035:【FRANCESCO】クリストって一体!?
前回までの「DYRA」----------
タヌが利用している宿屋に突然、来訪者が。帳場へ行くと、そこにはペッレで出会ったあの少年が立っていた。再会を喜ぶタヌ。だが、そんな二人の前に、「サルヴァトーレからの遣い」と名乗るメイドが現れて……
「タヌさん! その人はっ……!!」
突然叫んだクリストに、タヌは、いつも穏やかそうな印象を持っていただけに驚く。その一方で、目の前の冴えない小間使いが見せたものに、ハッキリと見覚えがあった。
「あげる。お父様のものは、絶対になくしてはいけない。まして、他人に盗られるなど、決してあってはならない。そして、何処で誰が見ているかもわからないから、みだりに人に見せるのも、止めた方がいい」
父親の残した手掛かりを大切に扱うようにと、サルヴァトーレがチョーカーの革紐をくれたときに取り外したペンダントヘッドだ。あのとき、あの場にいたのはサルヴァトーレとDYRAだけだ。目の前に現れた冴えない小間使いがサルヴァトーレからの遣いに違いないとタヌにも容易に想像がついた。
(この人についていけば、サルヴァトーレさんに会えるってこと?)
だが、タヌの思考はクリストの声で遮られてしまう。
「タヌさん、逃げて!」
言い終わるより早く、クリストがタヌの腕を引いて、通りに出て走り出した。
「う、うわわっ」
タヌはいきなり腕を引かれたことでバランスを崩しそうになる。それでも、引きずられるような体勢になりながらも、転ぶまいと必死になって一緒に走る。それにしても、クリストはこんなにも力が強かったのかとタヌは内心、戸惑った。
「ちょっ……! わっ!」
一方、小間使いも自分が悪人か何かのように言われて驚きつつ、走り出した二人を追う。
逃げる少年二人と追う小間使いという図式のせいか、朝、通りを歩く人たちが何が起きているかなどお構いなしに、盛り上がる。通行人たちは次々と皆、子どもの味方になるとばかりに、ある者は道を開け、別の者は路地裏にある抜け道を指差して教えるなどして逃げる二人を手助けする。中には、小間使いの前に足を出して転ばせようとする者まで現れる始末だ。しかし、小間使いがそんないたずらまがいの罠に引っ掛からなかったのは言うまでもない。
タヌとクリストはかなりの距離を走ったが、まだ小間使いが追い掛けてくる。小太りな体型からでは到底想像できない足腰の強さと体力。タヌは脱帽しそうだった。
「っていうか、クリスト。ねぇ、あの人誰?」
タヌは走りながら問うた。
「君、前にレアリ村から来たって言っていたでしょ? ちょうどあの時期、レアリ村が襲われた事件があったんです」
走りながらクリストが話す。
「そのことで、君が追い掛けられているんじゃないかって、協会でそんな話が聞こえてきているんです!」
「ええ!?」
良くわからないが、村に火が放たれたときのこと絡みなのか。タヌは荒い息の中で驚きながらも、耳を傾ける。
「実はあの村、何でもワケ有りのものがあって、火が収まった後に確かめたけれど、それが見つからなくて、盗まれただか持ち出されただかって!」
話をしながら人にぶつかることなく走り続けるクリストの器用さに一瞬だけ、タヌは感心しそうになったが、今は意識をそこに向けている場合ではない。
「その持ち出されたものがまだ見つかっていないから、『レアリ村で生き残りの誰かが持っているに違いない』って! それで、タヌさんも『レアリ村から来た』って言っていたから!」
走りながら話を聞いたタヌは、ぞっとした。
(えーっ!)
少なくとも、今までの経緯とクリストの話を突き合わせて察するに、追われる理由は自分がレアリ村出身の生き残り、そして、『何か』を持っているから、だ。その『何か』とは──。
(父さんの、あの『鍵』!)
この瞬間、タヌは明確に自分が狙われていることを理解した。レアリ村出身で、焼け残った村から『鍵』を持ち出したからだ、と。思えば、焼け残った箱の中に入っていた『鍵』は、錬金協会の鍵の印とほぼ変わらぬ意匠ではないか。あれをめぐる争奪戦だと、タヌは察知した。
「で、でもっ」
どこからどう聞けば良いのか、頭の中がまとまらぬまま、それでもタヌは声を発する。
「で、ど、どうしてボクが……っていうか、あの人は誰なんですか!?」
「ぼくも詳しいことは知らないです! でも、タヌさんを狙っている人!」
叫ぶような声でタヌは質問した。手を引いて走りながらクリストが答える。それに対し、タヌは質問に対して答えが答えの体をなしていないと気づく。だが、タヌもタヌで、どう質問すればわかりやすい答えがもらえるかを頭の中でまとめる余裕がなかった。走りながらタヌは数歩ごとに通行人と肩や腕が触れてしまうが、クリストが絶対に手を離さないとばかりに強く引っ張っていたため、はぐれることはなかった。
「えっ、それど……」
タヌの言葉は最後まで続かなかった。角を曲がろうとしたときに、クリストが目の前に現れた男と出会い頭にぶつかってしまったからだ。そのはずみで、タヌは身体の自由が戻った。クリストがそれまで掴み続けていたタヌの手を離してしまったのだ。
「クリストッ」
クリストと離れてしまったタヌは人混みに流されてしまい、これまた別の男にぶつかって転んでしまった。
「いててて」
「行きましょう。お疲れの中、申し訳ございませんが」
優しい声と共に、タヌは背後から何者かに二の腕を捕まれた。女の手だった。タヌは反射的に振り返った。そこにいたのは小間使いだったが、先ほど遭遇した厚底眼鏡な女性ではない。細身で、長い髪をアップにして、バランスよく筋肉がついた体型が印象的な美女だった。
(違う人!?)
タヌはここで、目の前にいる小間使いの服に目を留めた。腹部や袖がそこかしこ裂けているではないか。まさかこの人は、先ほどの小太り小間使いと同一人物なのだろうか。タヌはそんなことを考える。
悲鳴を上げれば周囲の人が助けてくれるだろう。しかし、タヌはそうしようとは思わなかった。理由は簡単だ。サルヴァトーレが持っていたチョーカーのペンダントヘッドを出して、彼の関係者であることを仄めかしたからだ。さらに、丁寧に申し出ている上、強引に連れて行くような素振りも少しも見せない。ここまで追いかけてきたのも、どうしても連れてくるようになどとサルヴァトーレから言われているのではないか。タヌは敢えてこの小間使いに引っ張られる方を選んだ。クリストを信じられないのではない。ただ、彼以上に、サルヴァトーレを信じたいだけだった。
「タヌさん!」
クリストの声が人混みの向こう側から聞こえた。しかしその声は、タヌとはぐれてしまって困惑するそれではなかった。
「邪魔をする!?」
小間使いとは到底思えぬ鋭い声でクリストを牽制するなり、小間使いがタヌの腕を引いて路地裏へ走り出した。人混みで遮られることを嫌がったのは明らかだ。クリストも人混みをかき分けて後を追ってくる。そのときだった。
「タヌさんでしたね。少し、失礼」
小間使いがそう告げると、路地裏の角を曲がるなり、すぐそばの建物のドアを開けてタヌを押し込む。続いて自身も入り、内側から施錠した。さらに「こちらへ」と言うと、別の扉の方を指し、地下への階段へ行くよう合図した。
「あの、小間使いさん、あなたは」
「サルヴァトーレ様から頼まれました。変装をして姿を見せたご無礼、どうぞお許し下さい」
そう言って、小間使いは自身の服の腹部を指差し、続いて眼鏡のジェスチャーをしてみせる。彼女のこの仕草で、タヌは目の前の女性が先ほど現れた小太りの小間使いだったとわかる。申し訳ないが、タヌには同一人物だとはとても思えなかった。冴えない姿ではなく、どうしてこちらの姿でいないのだろうかと思ったほどだ。
「タヌさんが戸惑うのも、わかります」
小間使いがそう言って、持っていたサルヴァトーレのペンダントヘッドを手のひらに載せて今一度、タヌへ見せた。タヌは、間違いなく同じ人物だと納得した。
それにしても、一体どうなっているのだ。クリストはサルヴァトーレの弟だと、他ならぬそのサルヴァトーレが言っていたはずだ。タヌは小間使いに色々聞きたいと思うが、今はとても質問などできる雰囲気ではなかった。
「とにかく、お疲れでしょうし、今少し、下のお部屋で姿を隠してお待ち下さい。万が一、ここも見つかって逃げる場合には、何事もなかったように先ほどの宿屋へお戻り下さい。お迎えに参りますので。ただ、見つからないように」
それだけ言うと、小間使いはタヌが部屋に入って扉を閉めて、隠れたのを見てから、外への扉の前へ行き鍵を解いて扉を開いた。その途端にクリストと小間使いの目が合った。タヌは、隠れた扉の隙間から階段越しに様子を見た。
「──人攫い! 誰に頼まれたんだ!?」
「──人攫いはどっちだ!?」
開口一番言い放ったクリストに対し、小間使いが腹部の裂け目から自身のワンピースとブラウスを破って脱ぎ捨てる。身体の線がハッキリわかる黒のボディスーツと、ロングブーツを履いた姿が露わになった。
「──お前のせいで、子どもに逃げられただろうが!」
二人のやりとりを扉越しに聞いているタヌは、小間使いがハッタリを言ったと理解した。
「──それは、こっちのセリフ! イスラ様が彼に会いたいと言っている!」
クリストの放った言葉に、扉の向こうのタヌはまずいと言いたげな表情をした。まさか、クリストが錬金協会に自分を連れて行こうとしたなんて。タヌは早く逃げようと思う。タヌは耳だけ貸しながら、今いる部屋の中をざっと見回す。広い部屋の反対側にもう一つ、出入口とわかる扉を見つけた。
「──私はサルヴァトーレ様より頼まれただけだ!」
「──お前如きが兄様の名を口にするのか!!」
小間使いの言葉を聞いたクリストが激しい怒りをぶつけるかのように叫んだ。タヌにとってそれは思わぬ展開だった。タヌは息を呑んで耳を傾ける。
「──まごうことなく、これはサルヴァトーレ様からの預かり物だ」
「それ……!?」
小間使いは冷静かつ毅然とした声で返している。やりとりから、恐らくペンダントヘッドを見せているのだろうとタヌは察した。飛び出して顛末を見たい衝動に駆られるが、そんなことをしてはいけないと我慢する。
「──兄様は、協会に殺されている!」
再構成・改訂の上、掲載
035:【FRANCESCO】クリストって一体!?2024/07/23 23:19
035:【FRANCESCO】クリストって一体!?2023/01/05 20:54
035:【FRANCESCO】騒々しき時間(2)2018/09/09 14:22
CHAPTER 47 暴露2017/05/22 23:00