341:【TRI-PLETTE】愛と欲が織りなす物語の果ては、人間の悍ましさなのか
前回までの「DYRA」----------
タヌは西の果てにある、電源タワーの中にいた。アントネッラの声が聞こえて戸惑っていると、クリストとアンジェリカが現れる。何が起こっているのかわからない中、二人に案内された場所は見たこともない光景が広がる部屋だった。そこに、ハーランがいた。
「何か」
ハーランがさっきから何を言っているのかわからない。それでも、タヌはわからないなりにわかったことを言葉にするべく、顔を上げ、すぅっと息を整える。
タヌはハーランを真っ直ぐ見た。
「どうして、母さんがいなくなっちゃったのに、ボクがこれから過ごす時間が明るく楽しいと言い切れるんですか? 母さんが死んだ件がどうして、RAAZさんのせいになるんですか?」
数秒もないほどの短い時間、場の空気が一気に硬くなった。それでもハーランはいつもと同じ口調で返す。
「殺した、つまり直接手を下したのは、ネズミだった。そう言う意味かな?」
タヌはここでもう一度、意識して呼吸を整えると、さらに畳みかける。
「何を言っているんですか? あのときマイヨさんは、自分がRAAZさんに殺されるかも知れない危険を冒して、ボクに謝るために姿を見せてくれた。そして、迷わずセータイタンマツさんを切り捨てていた」
クリストやアンジェリカはタヌを注視するが、ハーランは表情を特に変えなかった。
「証拠を消すのは当然だろう?」
「マイヨさんは、そういう人じゃないです。あの人は、使える選択肢がなくなると悔しそうな感じになるのを意外と隠し切れない人ですから」
タヌの言葉に、ハーランは少し表情を和らげる。
「タヌ君は、人をちゃんとよく見ているんだなぁ。お父さんも人を見る目があった。俺も見る目がある人間には好感を抱く」
「ハーランさん」
「何かな」
「……本当は、何をしたいんですか? ここで。こんな鉄の塊みたいな『文明の遺産』で」
タヌはハーランをじっと見た。
「ここが巨大な塔なのは、見たよね?」
「はい」
「この部屋は、この巨大な塔の心臓みたいな場所だ。この中身は、皆が普通に、穏やかに過ごせるようになるためのもの、と言えばいいのかな」
漠然とした答えに、何を言っているのかタヌは理解できない。だが、それを表情に出してしまえば丸め込まれるか誤魔化されてしまう。それ故、タヌは表情を崩さず、続きを促すように無言を貫く。
「この部屋の、あの大きな柱。あれは──」
「──超伝送量子ネットワークシステム。ミレディアはあれを使って、ニムローテが人の心に作った檻を叩き壊そうとした。だが、ニムローテが手にすれば、今度こそ世界を永遠に支配する檻となる」
ハーランを遮って説明した声にタヌはパッと顔を明るくして振り返る。
「RAAZさん」
部屋の一角に無数の赤い花びらが舞い上がっている。その中心に、DYRAを抱き抱えてRAAZが現れた。以前、デシリオで見た、|あの真っ赤な甲冑らしきもの《プロテクター》を身にまとっている。ルビーを思わせる美しい輝きに、タヌは少しの間だけ、見とれた。
DYRAをそっと下ろすと、RAAZはハーランを睨み、言い放つ。
「彼女がお前たちを倒したい一心で築いたものを、誰がお前らなんかに!」
「クソガキ。何か勘違いしていないか?」
ハーランがRAAZへ告げる。そのとき、タヌにはハーランがやれやれ、とでも言いたげに見えた。
「ネズミの親玉がマッマを騙して連れ出したのがすべての始まりだ。ま、お前はそのおかげでイイ思いしたってか? けど、こっちは大迷惑だ」
「イイ思いだぁ? 何言ってやがる?」
RAAZが右手の周囲に赤い花びらを舞わせ、剣を顕現させると構える。刃に白く細い雷の輝きが放たれる方の剣だ。DYRAはすっと半歩下がる。次に警戒するようにあたりを見回すと、同じように青い花びらを舞いあげ、蛇腹剣を顕現させた。タヌは、DYRAが自分に目もくれず、さらには一言も発さぬその姿に、彼女がRAAZの中に渦巻く気持ちを彼女なりに整理し、納得した上で行動しているのだとわかった。そして、今はそこにすべて集中している、とも。
「ミレディアは傷ついて、苦しんでいたっ! テメェらのクソな振る舞いを思い出しては血の涙を流して呻き、それすらプログラムの一行一行に込めていた! それを『イイ思い』だぁ? あぁ?」
RAAZの瞳の輝きがタヌの目にも飛び込んだ。タヌが知る限りの怒りや悲しみなどはるかに超えていた。ただ、それを見た瞬間、すぐにDYRAがいる方へと走った。止めたいからとか、合流したいからではない。RAAZの邪魔をしてはいけないと本能的に察知したからだ。自分の存在そのものが彼の『行動の選択肢』を少しでも縛る可能性を作らないためだ。
RAAZは怒りなのか、恨みなのか、何の感情を込めているのかわからない声を上げてハーランを斬りつける。ハーランは刃から放たれている細い光をギリギリで避けると、すかさず、左手に隠し持っていた銃を発射した。
「えっ!」
タヌはDYRAの傍らで小さな声を漏らした。RAAZが銃弾を左の肘下で受け止めたではないか。装甲が一瞬ピカッと光るだけで、ヒビすら入っていない。
驚いているそばから、RAAZの足下を中心に、赤い花びらに混じって黄金色の輝きが円を描くように広がっていく。まるで、足下を中心に雪の結晶の絵か、幾何学模様を描いているようだ。タヌは一体、何が起こっているのか理解できなかった。RAAZが動くたびに、足下のその模様も同じように動いている。どういう仕掛けなのか、タヌはまったく理解できなかった。
「お前だけはっ!!」
RAAZは剣を二度、三度と振るう。立て続けに細く白い光が放たれ、ハーランを襲う。
「必ず殺すっ!!」
鬼気迫るRAAZの姿に、DYRAさえ一瞬ではあるものの、僅かに腰が引けたほどだ。タヌは尋常ならざる雰囲気にゾッとした。
「ぐっ!」
ハーランはどんどん防戦一方へ追い込まれていく。だが、苦しそうな様子はない。
(あれ?)
苦しいというより、苦しいフリをしているのではないか。タヌは嫌な予感を抱く。すぐに周囲を見回す。DYRAもいつからか、鋭い瞳でどこかを見るようになっている。タヌは彼女が何を見ているのかと同じ方向へ視線を向けた。
タヌは彼女が何を見ているのか気づくと、目を見開き、困惑する。
(どういうことっ……!?)
視線のずっと先では二組の男女と、いくつかの影とが蠢いていた。
アンジェリカが部屋の中央にある銀色の柱の方へ足音を忍ばせながら、回り込むように走り出した。それに気づいたクリストが追っている。
柱の前にまでたどり着いたアンジェリカが何かを探しているのか、手探りを始めた。
「止めて下さい!」
クリストがアンジェリカに声を張り上げ、彼女の動きを止めようと手を伸ばす。一方、RAAZとハーランはそちらへまったく意識をやらない。
「これを手に入れたら支配者だと言うのなら、私が──!」
アンジェリカがクリストに言い放った。
「──止めろ!」
聞き覚えある男の声が、二組目の人影がいるあたりから響いた。
「──!」
続いて、呻き声にしては大きな声と足音。声は女のものだった。走り出した人間が近づいてきたので、タヌはハッとした。
「アントネッラさん!」
後ろ手に縛られ、口元を茶色い何かで塞がれたままでアントネッラが走ってくる。すると、別の場所で蠢いていた影にも動きがあった。彼女を追うように、白いふさふさした塊が現れる。タヌはそれが、自分が預かっていたアントネッラの飼い犬だとすぐにわかった。どうやってここに来たのかはわからないが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
DYRAはタヌもアントネッラも眼中にないとばかりに、RAAZとハーランの動きだけに集中できる場所へすっと移動する。
ここで、アントネッラがタヌの前でつんのめった。
「あっ」
タヌが反射的にアントネッラの身体を受け止めた。彼女の身体を縛るものが、自分に使われていたのと同じ紙か布で貼るものだとわかると、すぐに剥がした。
「あ、あ、ありがとう……はぁ、はぁっ」
身体の自由を完全に取り戻したアントネッラはタヌへ礼を言った。
「タヌ君っ。あのね……っ!」
アントネッラはすぐにタヌの手を引くと、この場から少し離れた場所の壁際へと走った。タヌは、彼女が背後から何かされることを警戒したのだと理解した。白い子犬も二人についていく。
「あのねっ──」
何かを話そうとするアントネッラをタヌはじっと見るが、彼女はその先を話せなかった。
──キャンキャン!
子犬が柱の方を見ながら、警戒心露わに吠えた。タヌもアントネッラもすぐにそちらを見る。
柱の陰から人影が飛び出してくる。それが誰かわかったとき、タヌはひときわ大きく目を見開いた。
「とっ……!」
見たこともない銃を構え、二人の方へ走ってきたのはタヌの父親だった。
341:【TRI-PLETTE】愛と欲が織りなす物語の果ては、人間の悍ましさなのか2026/01/26 23:20
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もうすぐ旧暦でも2025年が終わりそうです。皆様如何お過ごしでしょうか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。
怒れるRAAZ。このあとどうなるのか、ご期待下さい。
そして、気がついていますか? 「ここにいなければいけない誰かさん」がまだ出てきていないことに……。
こちらも併せてご期待下さい。
唯一無二のゴシックSF小説、最後まで一気に走りますので、一層の応援をどうぞよろしくお願いいたします!
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Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。
今回の新刊は何と、最終巻です!! しかも、Web版とはまったく違うというビッグサプライズ。
こちらは、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。
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