338:【TRI-PLETTE】その子犬は、飼い主の愛と悲しみを誰よりも知っている
前回までの「DYRA」----------
DYRAはタヌの身柄を奪ったハーランを追う中、ついに西の果てに現れた電源タワーまでたどり着いた。そして、自身の行く手を阻むものたちへ情け容赦なく剣を振るっていった。
東の空から現れるダイヤモンドのような輝き。舞い上がる無数の青い花びらの周囲に広がる黄金色の粒子が反射し、煌めきが空へと広がる。
だが、その足下は波に流され少しずつ減ってきてはいるものの、無数の白い何かが広がっていた。青い花びらはその中心で、黄金色の粒子の中からふわふわと舞い上がる。
黄金色の粒子は、蛇腹剣を手にした女の全身に集まる。刃は白いものが広がる地面にジャラジャラと広がっている。
「ないよりマシ、か」
DYRAは蛇腹剣を直列に変化させると、剣を手にしたまま塔の方へと向かった。足下に広がる白いものへは興味を示さず、目もくれなかった。
「入口はないのか」
目指すは、崖の上から見たとき、人影があったあたりだ。だが、思っていたよりも塔ははるかに大きいこともあり、DYRAはひたすら走った。
しかし、走れど走れど、目当ての場所に着かない。このとき、DYRAはふと、さきほど一緒にいた子犬がどこへ行ったのかと気になった。少なくとも、さっさと走って行ったので、あの襲い掛かってきた連中と同じ末路に巻き込まれていないはずだ。
塔の外周をまわっていき、崖側から見えにくかった側のあたりまで走ったときだった。
足下に、小さな足跡が微かに見え始める。子犬が走った痕跡だ。DYRAは先ほどの犬がこの近くにいると直感する。やがて、塔の外壁に身を隠すように身を寄せている子犬を視界に捉えた。
「こんなところに」
DYRAは、子犬が小さなうなり声を上げているのに気づく。
「どうした?」
子犬の態勢に、何かに気づいたDYRAは、壁に背を密着させ、そっと覗くような態勢で先を見る。
「──開きました」
子どもの声だ。DYRAにとってそれが聞き覚えある声だった。
「──行きましょう」
入口がそこにあった。数名いるようだ。それでも、ハーランがいないならどうということもない。DYRAは直列状にした蛇腹剣を手に走り出した。子犬も後に続く。
「……!」
子どもの姿が壁の向こうへと消えて行く。DYRAは一瞬遅かったと思う。だが、まだ金髪の、端正な顔立ちの若い男がいる。彼に壁の向こうへ消えられては入口に関する情報を聞き取れなくなってしまう。DYRAは彼を絶対に行かせまいと急ぐ。
そのときだった。子犬がDYRAを追い越して前に出ると、鋭い声で吠えながら全速力で若い男の方めがけて走った。子犬は今まさに壁の向こうへ行こうとした男へ、体当たりした。
「わっ!」
若い男はバランスを崩すと、その場に尻餅をつく。子犬は間髪入れずに若い男の腰のあたりに飛び掛かった。黒い何かがゴトリと落ちると、子犬はそれを蹴り出すように遠ざけた。DYRAはそれが銃だとすぐにわかった。
「動くな」
DYRAは直列状の蛇腹剣を向けながら、男を見た。
「お前、確か……」
知らない顔ではない。一度、ピルロで見たことがある顔だ。だが、当時、DYRAはそれが女で、男の方はすでに死んでいると聞いた記憶していた。もっとも、RAAZやマイヨ、それにフィリッポから色々前提が覆るような話も聞いている。
ここで、子犬がDYRAの方を見ると若い男の前に、蛇腹剣の切っ先の前に立ち、何かを訴えるように甲高い声で吠える。DYRAはここで、若い男が身を起こそうと動いたのを見逃さない。
──ワウ!
今度は子犬が若い男の方へ振り向くと、先ほどとは一転、威圧するような声で吠えた。
「えっ!」
若い男が動きを止めた。
「ビアンコ。どうして? 僕を……?」
子犬は相変わらず、威圧的に吠える。
ここで、DYRAは吠える声のあからさまな違いから、子犬が何を訴えようとしているのか何となく理解した。
「お前、その犬に助けられたんだ。大人しくしろ」
「えっ?」
「確かルカレッリだったな?」
「僕を、知っている?」
DYRAはこのとき、剣の切っ先を向けるのを止めてから数歩動くと、先ほど子犬が蹴り出した銃を踏みつけた。
「私はお前の妹とやらに散々な目に遭わされたが、お前はその妹を売り飛ばして、ハーランといる。どんな気持ちだ?」
「い、妹を売り飛ばしたって、何ですかそれっ!? って、妹のことも知っている!?」
ルカレッリはすぐさま声を上げた。その声に動揺の色が浮かんでいるのをDYRAは聞き逃さない。
「お前、何も知らないのか? お前の妹はハーランから逃げて、マイヨへ助けを求めたんだぞ?」
DYRAは、RAAZを思わせる辛辣な口調で問うた。しかし、ルカレッリは少しずつ呼吸を整えて落ち着きを取り戻すと、答える。
「し、失礼ですね。僕は妹を売ったりなんて、していません。ただ、彼女に面倒な男が絡んできているっていうから。僕はちゃんと話をしたのに、突っぱねるし」
正しいかどうかはともかく、彼が誰を危険視しているのか、DYRAはすぐに想像がつく。
「マイヨか」
「そうです」
「お前はハーランから、何を言われた?」
「僕がハディットさんに助けてもらって、フィリッポ先生のところで勉強していたとき、街にとんでもないことが起こったって。彼の仲間が街を焼いた挙げ句、街を乗っ取ろうとして、妹を縛り首にしようとした、って」
聞きながら、DYRAはこいつは何を言っているのだろうと思う。それでも自分自身がそこに居合わせたわけではない。街を焼いたくだりにしろ、縛り首のくだりにしろ、思うところすべてを言葉にするのを避けた。
「正しいかどうかはさておき、お前、何が起こったかくらい、自分の目と耳とで確かめたらどうなんだ?」
マイヨがアントネッラを何かと気に掛けていたことは知っている。DYRAは彼女の自分への印象と分けて考え、それを言葉にした。
「貴女は、僕の妹の何を知っているんですか? それに、どうして彼女の犬が貴女と?」
「この犬はタヌと一緒にいた」
「タヌ? 誰ですか? その人は」
「お前の妹と知り合った少年だ。父親を探している」
初めて聞く名前だ、とでも言いたげな顔のルカレッリに、DYRAは続ける。
「お前の妹を助けようと、街のことまで気に掛けているマイヨや、錬金協会のRAAZまで巻き込んで、必死になって探している。その父親は今、ハーランの傍らにいる」
「フィリッポ先生の息子さん、ってこと……!?」
この言葉で、DYRAは彼とフィリッポの繋がりを改めて確認した。
「そういうことだ」
「そんな子が、どうして妹の犬を?」
「マイヨを通して預かったんだ」
「どういうことですか?」
「お前がマイヨのことをどう聞かされているのかも知らないし、興味もない。だが、これだけは言える。お前の妹が、その犬が、街の人間たちが、あの男をどう見ていたのか。マイヨがどういう男なのか。お前はハーランやその周囲以外の人間たちの言葉に耳を傾けた方がいい」
DYRAは言い終えると、ルカレッリの傍らを通り、壁に手を添えた。
「なんだ。入口じゃないのか?」
期待と異なる結果に、DYRAは肩をすくめてから壁から手を離し、ルカレッリの方を見る。彼は銃を拾おうと走ったが、そうはさせまいとばかりに白い子犬が銃に被さるかたちで立ち、拾わせなかった。DYRAは子犬を見ると、ルカレッリがやろうとしたことを見なかったことにする。
「お前、どうやって中に入るつもりだったんだ?」
「えっ?」
ルカレッリがハッとして振り返った。
「その壁のところから……」
DYRAは呆れたと言いたげな表情で深い息を漏らす。
「もういい。ここから入った連中に、ハーランはいたか?」
「い、いえ」
「ハーランはどうやって入った?」
「僕が言えるのは、ハディットさんは僕たちと一緒じゃなかった、それだけです」
「では、お前と一緒だったのは」
ルカレッリは答えない。
「答えたくないか? 一人は子どもだろう? あの、人を出し抜いた。もう一人は、ハーランでもフィリッポでもないなら、あのリマとかいう女か、そうでないなら、生体端末か」
「せいた……何ですかそれ?」
「わからないなら、それでいい」
「ちょっ……」
ルカレッリが何かを言おうとするが、DYRAは黙らせるべく、剣を向ける。
「聞いているのは私だ。お前じゃない」
「うっ」
「お前、本当に何もわかっていないようだな?」
そのとき、DYRAの視線のはるか先にある海で、青や黄色の線が空高くへと上がるのが見えた。
「あれが、見えないのか?」
DYRAは剣の切っ先を海の方へと逸らした。ルカレッリが呼応するように振り向き、海の方を見た。
「あれは……信号! 入域、禁止って」
小さく見える数隻の船から次々と青、黄色の線上の煙が上がっていく。世が世なら信号弾にあたる。なお、赤でないのは、船の火災と間違えないようにするためと、トラブルがないなら煙が上がらないからという理由だ。
「ここで起こることを理解している者たちが打ち上げたんだ」
「でも、もう、ここには」
ルカレッリの言葉をDYRAはぶった切る。
「考えなしに私を排除しようとした連中は皆、海の藻屑になっていればいいがな」
「なっていれば……って!!」
ルカレッリは顔色を変えた。
「今、ここにいていいのは、当時者だけだ」
そう言って、DYRAは自身の周囲に無数の青い花びらを舞い上げた。
338:【TRI-PLETTE】その子犬は、飼い主の愛と悲しみを誰よりも知っている2026/01/05 05:50
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2026年になりました。改めまして新年おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
寒い日々が続きますが、皆様如何お過ごしでしょうか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。
残すところこの作品もあと何回、というところまで参りました。
唯一無二のゴシックSF小説、最後まで一気に走りますので、一層の応援をどうぞよろしくお願いいたします!
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