334:【TRI-PLETTE】本当は目も耳も覆いたい。だが、マイヨは現実に立ち向かう
前回までの「DYRA」----------
マイヨはハーランの罠に掛かり、あわや重度のダメージを負わされかけてしまう。本能的にかわしたものの、それでも治療が必要になる。感覚を遮断した硫酸マグネシウム液に身を浮かべ、思考の海へと沈む。手掛かりとなる三つの日記を思い出したとき、昔の出来事が脳裏を掠める──。
(俺は、あのタブレットの持ち主を知っている)
一〇メートル四方の、プールを思わせる空間で、硫酸マグネシウム水に仰向けとなって浮かんだまま、マイヨは思考の海に沈んでいた。
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三六七五年前。生前、『陛下』を産みだしたことで国家を、社会すべてを裏から支配するニムローテ一族から歪んだ寵愛を得ていたドクター・ミレディアは、彼らの呪縛から逃れたいと思いながらも行動に移すことすらできずにいた。武装警察やハーランが率いるファンタズマと呼ばれる幽霊部隊の監視があまりにも厳しかったからだ。
だが、軍では彼女の身柄を奪取し、保護する作戦が立案された。当時、この件を仕切ったのは他ならぬマイヨ自身だった。彼女が軍で英雄と称された男に惚れていたことをいち早く知ったからこそだ。件の英雄から全面的な協力を得られたことも幸いし、彼女を軍で保護することに成功した。
作戦が成功したことを思えば些末かも知れないが、それでも決して安くない、マイヨ自身にとっては高い代償を支払う羽目になった。この作戦で投入した部下を失ったのだ。さらに悪いことには、死体が上がらなかった。
それでも、マイヨは何事もなかったように次の仕事に従事した。その次の仕事にも。精密時計のように動揺の色を見せることなく日々を過ごす彼に対し、死神や悪魔たちは「隙がないなら作ってしまえ」とばかりに、動き出した。
発端となったのは、ドクター・ミレディア奪取作戦完了から一年が迫ろうとした頃に動き出した、ファンタズマ殲滅作戦。
政権与党と、実態はどうであれ、民主主義に基づいて存在する議会によって警察に設立された、軍部解体を目的とする武装警察の頂点に君臨する「存在しない部隊」を潰す作戦だ。
このとき、マイヨを筆頭に情報将校たちは情報の裏取り不足を理由に反対した。政権与党はニムローテ一族の資金力で事実上支配されている連中なのだ。彼らが軍を心底から嫌っていることなど、情報将校たちは嫌というほど知っていた。なのに、当時の統合参謀本部は「|ドクター・ミレディアの最新兵器《RAAZ》のおかげで対外戦争が一段落ついた今こそ」と、作戦に前のめりになっていた。情報局を中心に諫めようと努めたが、叶わなかった。
その最中、情報局の最高責任者ルチアーノ──マイヨの上司──が謎の死を遂げた。宴席の帰り道に酔っ払いに絡まれ、暴行を受けたことに端を発し、入院先の病院で帰らぬ人となった。軍人故、よほどのことでもない限り、民間人に手を出さない。相手が酔っ払っているだけだからと、数発もらっても耐えたことは想像に難くない。
不幸な事故死として処理された。
違う。そうじゃない。あれは殺されたんだ。殺した犯人はターゲットを相当内偵していたか、さもなくば、彼の行動パターンを良く知っていたか。どちらかはさすがにわからない。
それでも、あれは鮮やかな手口だったとしか言いようがない。殺す意図はないと言えるギリギリの線での暴力で死なせたのだ。絶妙な加減で「怪我がもとで死んだ」にしてみせた。そう。言い方を変えれば、暴力の何たるかを最もよく知るヤツが酔っ払いのフリをして殺した、だ。
情報局サイドから、軍の作戦を止めることができる重鎮がいなくなった。
そうしてついに、ファンタズマ殲滅作戦が決行されることとなった。不本意ではあったが、決行となった以上やむを得ない。マイヨは情報局側から作戦立案のアドバイザーとして投入された。
いざ始まってみるとやはり情報が足りない。それどころか、よくもこの程度の情報で作戦決行などと思ったものだと呆れたほどだ
本来なら作戦を中断、中止するのが筋だ。けれど、流れはそうならなかった。それどころか威力偵察を行い、相手の内情を調べるなどと言い出す始末だ。
そして、にわかに信じられない展開になっていった。
「できるのと、やるのは違うんだけど?」
威力偵察へマイヨ参加が決定された──。
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「ふざけるな……だったよな」
視覚や聴覚、触覚、触覚、重力の感覚が遮断された状態で水に浮かんだまま、蘇る記憶に対し、憤りにも似た思いをマイヨは言葉に出してしまう。あっさりとした口調ではあるものの、言葉の端にはまぎれもなく棘があった。
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作戦失敗だ。そもそもこんな作戦、考えた時点でダメだって何度も言った。
どうしてこうなった。
威力偵察のとき、その答えはあった。
軍に殲滅作戦を「立案、実行」させることそのものが「ファンタズマ側の作戦」だったのだ。だが、その目的は──。
「俺……!?」
マイヨはあまりに予想外の事態と展開に驚いた。
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「おいおい。俺は部下を失っだだけじゃなく、RAAZからドクター殺しの濡れ衣まで着せられちまって……」
脳内で、ぐちゃぐちゃと暴れるように蘇る記憶を前に、マイヨは自嘲気味に笑った。罪悪感が自分を押し潰しに来ているようだ。しかし、思考と記憶の海で溺れることはなかった。
「あのとき、俺は、ミスをしちゃいない」
自分の動的なミスではない。なら、自分を責めることはない。結果の原因が天災レベルの運要素でもたらされたのなら、気にすることはない……とまでは言わないが、責めるのは無意味にも等しい。
「俺を裁くのは、俺だけが。ドクターの件で犠牲のコストになった彼女のことで俺を責めるなら、真実をすべて明らかにした後にしてくれってな」
自分の中に広がりかけていた、罪悪感という名の圧をマイヨは強い気持ちで払いのける。
「余計なことを何も考えないために『仕事をしろ』とは、誰の言葉か知らないが、本当にその通りだ」
マイヨはゆっくりと深呼吸をした。ただ、呼吸する今この瞬間に意識を集中する。
(彼女を死なせたのは確かに俺だ。その真実から目を背ける気もない。それでも、俺は戦う。そして、ドクター。貴女がダンナに残した、永久の輝きは必ず守る。そして、火を点す。──アンタが未来を信じてすべてを懸けて築き上げた、『名も無き霊妙たる煌めき』は、今の、このはるかな未来に取り残された俺たちにとって、希望の光だから……」
硫酸マグネシウム水に浮かぶマイヨの身体の周囲に、黄金色の粒子が舞い上がった。
334:【TRI-PLETTE】本当は目も耳も覆いたい。だが、マイヨは現実に立ち向かう2025/12/08 22:05
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12月に入って急激に寒くなりましたが、冬コミは1日、1日と近づいております。皆様如何お過ごしでしょうか。
リワード入ったり、SFでランクインしたりと本当に嬉しいです。
これも皆様の応援あってのことです!
唯一無二のゴシックSF小説、応援よろしくお願いいたします!
今回は文庫版「DYRA SOLO」を読んでいない皆様へ、言うなれば、逆の視点のエピソードを披露した形となります。
即売会でも頒布ペース非常に速く、そろそろ完売がチラつき始めております! この機会に、Web組の皆様におかれましても是非、手に取っていただけると嬉しいです!
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます!
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします!
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【宣伝】即売会参加まわりについて
姫月のサークル「11PK」は、以下のイベントに参加いたします。
12月31日(水)、東京ビッグサイト全館「コミックマーケット107」 西む39a
Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。
さらに、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)も持っていきますよ!
コミケでいよいよ「DYRA」最終巻が出ます! Web版とはまったく違う内容に驚いて下さい!!
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