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DYRA ~村を焼かれて帰る場所をなくした少年が、「死神」と呼ばれた美女と両親捜しの旅を始めた話~  作者: 姫月彩良ブリュンヒルデ
XVII 悪意の手を逃れたどり着いた先

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333/333

333:【TRI-PLETTE】マイヨは硫酸マグネシウムの中で記憶の海へと沈んでいき

前回までの「DYRA」----------

 マイヨはハーランとフィリッポの本当の関係の手掛かりを求めてネスタ山から移動、ピルロのある場所へ。ヤマを張った場所は山崩れのせいか恐ろしいほど散らかっている。しかし、その散らかりが「不自然だ」と気づいたとき──


 深夜未明。

「くそっ……」

 息が苦しい。立ち上がるのもままならない。それにしても風が肌に当たる気がする。何が起こっているのか。

「何だ、これ……」

 身体中のあちこちが痛む。少しずつあたりが見えるようになる。マイヨは自分が置かれている状況にようやく気づく。どこかにうつ伏せになって倒れているのだ、と。二度ばかり小さく頭を振ってから、少しずつ体を動かし、四つん這いのような体勢を取る。身体の上に何も被さっていないのを確認すると、ゆっくりと動いて立ち上がった。

 白のアンサンブルは焼けたのか破れたのか、もうボロボロで、下に着用していた黒のアンダースーツ姿になったも同然だ。顔や髪も煤けている。

「……ったく、アンダー着ていなかったら、最悪だ」

 ふらつく足取りで周囲を見ながら歩き出した。

 周囲は廃墟だった。

「ピルロって街そのものを罠の餌にするつもりだったってことかよ……」

 マイヨは納得したと言いたげな声を漏らす。街にはルカレッリもアントネッラもいない。これまでに集めた情報から、街はハーランに与するか、反するかで二分され、後者は既にその大半がハーランの手で爆殺されている。前者は煽動されて街を出ている。出されていると言ってもいい。

「口は悪いが……」

 ハーランの立場に立てば、ピルロと繋がる地下トンネルからの通路や、フィリッポとの繋がりにまつわる情報は見られたくない。ならば──

「あわよくば俺諸共消す、と。街そのものを囮としたり、爆殺場にしたりも特に問題はないってか」

 ゴーストタウンどころか、本当に廃墟と化したピルロを見ながら、マイヨは憮然とした。

「けどさ……」

 今はここから離れるしかない。

 収穫がないのは悔しいが、この段階でダメージを被ってしまうのは拙い。なけなし(・・・・)のナノマシンを消耗させられてしまったのだ。次の罠があるようならただでは済まない。今後の活動に間違いなく障る。

(そういう、ことか)

 ハーランは間違いなく自分を潰しに来た。よしんば潰すことはできずとも、一定以上削る。そういう思惑を抱えていたと読んで間違いない。偶然の可能性はない。アントネッラは連れ出された。ルカレッリはハーランの庇護下。植物園の隠し部屋の存在を知る者は極めて少ない。



「だが……」

 もう、今までアジトとして使っていたドクター・ミレディアの施設は破却する。だとすればどこで消耗したナノマシンを補充するか。この状況では時間的になことを考えてもフル補充は不可能だ。ならばせめて、ダメージだけでも回復させたい。

 マイヨは記憶をたどり、昔の、自身がいた文明下の地図を思い出す。

(そっか。RAAZがメレトにいたのは……)

 南側にずっと下っていくと、軍の特殊部隊(スペシャリテ)が秘密移動用に使う、ソンメルジビレ(潜水艦)の基地があったからだ。あそこは記憶が確かなら、もともと特殊部隊(スペシャリテ)向けの施設だ。当然、専用の治療施設もあったはずだ。それもオロカーボンだったり、疑似無重力空間で感覚遮断もできたりと、最高戦力向けのハイレベル施設だ。

(二択か。だが……)

 あそこか、現地集合と言っていた以上、西の果てにあるあの塔──電源タワー──このどちらかしかない。

(不本意だが、時間を考えれば、やむを得ないか)

 どちらに行くか、決めた。

 マイヨは黒い花びらを周囲に舞い上げ、その場から姿を消した。




 一〇メートル四方の、プールを思わせる空間。そこは硫酸マグネシウム(エプソムソルト)水で半分ほど満たされていた。ただ、真っ暗で、何の音も聞こえない。

 マイヨは無重力さながらの浮遊感に身を委ね、仰向けになって浮かんでいた──。

(俺は、生きている……)

 ナノマシンを補充はできないものの、ある程度のダメージ回復はできる。無音と漆黒の空間なら五感の感覚を遮断できることも神経を休めるという点からはプラスだ。同時に思考の整理もできる。


 あの植物園の隠し部屋に罠を張った。

 今となっては双子とハーラン、そして子犬だけがその存在を知る部屋だ。そもそも罠を張る必要も理由もない。

 だが、現に罠はあった。

 何を意味するのか。

(嗅ぎつけてきたヤツを……)

 始末する。

 それ以外の目的があるとは思えない。

 普通に考えればあんな足の踏み場もない部屋だ。床の一角に罠を張る必要などない。よほど慧眼でなければ見抜けない、あの地下トンネルの開閉口の部分に狙い撃ちで仕掛けてあった。知っている、見破ってくる人間への対策だ。現時点でそれがわかるのは……

(俺……だよなぁ)

 どう考えても、自分に対して仕掛けてきたとしか考えることができない。マイヨは溜息にも似た深い息を吐く。

(ハーランたちだって、武器弾薬、爆弾、エネルギー源の類はどれも現時点で貴重なはずだ。それをあそこに仕掛ける保険に使った)

 自分が極度に警戒されているとマイヨは勘づく。そしてそこから一つ、導き出す。

(案外、俺が考えていた可能性とか大筋で当たっているってことか)

 だが、そんな考えは甘いのもわかっていた。

(単に「鬱陶しいヤツ」で動く可能性が一番あるから、ってだけかもだし)

 マイヨはもう一度、息を吐く。

(鬱陶しいといえば……)

 限りなく五感が遮断された空間で、マイヨの脳裏にふっと記憶が駆け抜ける。RAAZと一緒に現場を見た、あの部屋の件だ。死体すら風化してなくなっていた。シーツはボロボロだったものの、空調と、化繊であったおかげで辛うじて判別できた。

(何てことだ……!)

 あの部屋には錆びた薬莢が落ちていた。警察が使う銃の規格だ。

 以前、RAAZと二人で別の部屋を調べたことも思い出す。ドクター・ミレディアの警護をしていた女憲兵の部屋だ。あそこにはキラキラしていたのであろうピンクのペンがあった。そして彼女が使っていたタブレットからデータサルベージをして見つけた日記。

 その組み合わせに、マイヨは苦い表情を浮かべた。

(およそロクな日記が出てこない)

 ピッポの日記、ハーランのロードマップ、ルカレッリの日記、そして……。マイヨは自分が目を通した他人の日記がおよそネガティブなものばかりだったことを思いながら、うんざりだと言いたげに眉をひそめる。

(RAAZ目線なら、これでも俺がドクター・ミレディアを殺したことになりかねないのか……)

 いつしか、マイヨの脳裏を昔の出来事が走馬灯のように駆け抜けた。


333:【TRI-PLETTE】マイヨは硫酸マグネシウムの中で記憶の海へと沈んでいき 2025/12/01 22:00


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 冬コミに向け、校正校閲調整が遅れてしまったこともあり、出鼻をくじかれましたが、ようやくファイナルまで突っ走る態勢が完全に整いました。

 まぁ、仕事場をクビというかリストラされちゃったわけですが、だからこそ、もっと頑張る態勢作ります!

 唯一無二のゴシックSF小説、応援よろしくお願いいたします!


 改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます!

 また、今回初めて読んだという方、是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします!

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【宣伝】即売会参加まわりについて

 姫月のサークル「11PK」は、以下のイベントに参加いたします。


 12月31日(水)、東京ビッグサイト全館「コミックマーケット107」 西む39a


 Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。

 さらに、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)も持っていきますよ!


 コミケでいよいよ「DYRA」最終巻が出ます! Web版とはまったく違う内容に驚いて下さい!!

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