327:【TRI-PLETTE】人間らしい優しさを見せるマイヨに、タヌは嫌な予感を抱く
前回までの「DYRA」----------
ディミトリやロゼッタと共に山で夜を越すことになったタヌ。三人で錬金協会の副会長から託された手紙を読み始めたが、書かれている内容はあまりに重く、むしろピンと来ない。
タヌとディミトリ、そしてロゼッタがそれぞれ近くにある大きめの木に預け、休もうとしたときだった。
突然、ガサガサと枯れ木の枝や枯れ葉を踏みしめる音が耳に入った。遠くから近づいてくる、だんだん聞こえてくる的なそれではない。目の前にいる、それまで少しも動く気配がなかった生き物が突如動き出したのではと思わせる音だった。
「!」
ロゼッタはタヌを守るようにそばに寄り、ディミトリは薪に使った木の一つを手に取って身構える。
「ああよかった。見つけられた」
三人にとって、聞き覚えのある男の声だった。
「マイヨさん!」
声を聞くなり、タヌはパッと明るい表情を浮かべた。ロゼッタが背中を預けていた大木の背後からマイヨが姿を現した。その手には抱えられる程度の大きさの麻袋。足下には白い子犬。
「無事でよかった。DYRAと離れたことで面倒に巻き込まれていないかってね」
その言葉を聞くなり、ディミトリが気まずそうな表情でマイヨへ見る。
「どうして君がいるの? それに、密偵さんも」
言いながら、マイヨはタヌへ麻袋を手渡した。
「ありがとうございます」
タヌはすぐに袋の中を見る。早速、水の入った瓶を取り出すとすぐにディミトリとロゼッタへ手渡した。そして袋を敷布にして、干し肉やドライフルーツをそこへ置いた。
焚き火の前でタヌは早速食べ始めた。ディミトリは水を手に、手にした木を焚き火に戻してから隣に腰を下ろす。ロゼッタは焚き火を挟んで二人の向かい側に座り、マイヨはその傍らに立った。
「タヌ君。何でも屋さんがいないみたいだけど、何があった?」
マイヨの質問に、タヌは食べながら、移動の経緯や、モラタへ着いて副会長に会ったこと、その時点で襲撃騒ぎに巻き込まれたことを手短に話した。
「俺の質問への答え方がわかっているって話が早くていいね。じゃ、次の質問。襲撃されたとき、知っている顔はいた?」
「はい」
「誰?」
「父さんが……二人」
ここで、マイヨの表情がわかりやすいほど硬いそれに変わった。
「二人? どういうこと?」
「一人は、デシリオや、あの東の果てや、西の果てで会った父さん。でも、もう一人は……」
タヌは口ごもる。
「もう一人は?」
「その……すごく、優しそうと言うか、穏やかというか」
「優しい?」
「はい。ボクとキリアンさんが一人目の父さんから逃げていたとき、突然出てきて、ボクに手を差し伸べてくれて」
マイヨは難しい、硬い表情のまま、頷いて続きを促す。
「でも、そのとき、キリアンさんがボクに『先に山へ逃げるように』って」
「それで?」
「ボクはこの山へ逃げました。山で大きい木の陰から様子を見てたら、山道からキエーザさんが来て」
「キエーザが?」
タヌはキエーザと再会したときのことも手短に告げ、副会長らがいた建物が突然燃えたのを見て、西側から回り込んで戻ったことなどを告げた。
「タヌ君。最後の質問だ。そこにハーランはいたか?」
「遠目から見ていたから、……わかりません。」
「ありがとう。次は密偵さんだ」
ロゼッタがマイヨを見る。
「アンタはそもそもなんでモラタに?」
「私の生まれ育ちの場所だからだ。会長から暇を言い渡されたので、やり残したことをやろうと」
「やり残したこと、ってのは?」
「私の、夫を殺した男を……」
「なるほど。要は、ダンナを殺した男がここにいる、もしくは確実に来ると踏んだわけだ」
「その通りだ」
「で、いたの?」
「いた」
「タヌ君が言った、襲撃のときに『した』側に? それとも『された』側に?」
「襲撃した側だ」
マイヨは一瞬だけ眉間に皺を寄せてから、続ける。
「顔の見た目は? 髪とか肌色とか、特徴を」
「髪は、茶色だが、色褪せたようで、背はそこの彼と同じか、気持ち高いか」
「まさかとは思うけど、タヌ君の、お父さんじゃないかって言われる?」
「そうだ」
「タヌ君は『二人いる』と言った。どっちだ」
「落ち着いた感じの方だ」
「それで、アンタはどうした?」
「仕留めようとしたが、副会長に止められた」
「なるほど」
マイヨはここで、ディミトリを見る。
「アンタに聞きたいことは単純だ。問題の場に何人、誰と誰がいた? その中にハーランはいたのか?」
「オッサンはいた。俺がわかっている限り、あの騒ぎで確認できたのは、タヌと連れの何でも屋。その、タヌの親父が二人。あと、俺やイスラ様を助けてくれた彼女、最後に乱入してきたのがキエーザだ」
「それで?」
「タヌはその、先に山へ走った。何でも屋もどさくさに紛れてタヌを追うように走った」
「続けて」
「同じ顔のうちの一人が追った。で、オッサンは言った。『キミたちには悪いけど、見られちゃ困るものを見られた以上』ってな」
「騒ぎのときにハーランはいた。タヌ君は先に逃げていたから確認できなかった。そして、お父さんの姿をした人間が二人。で、キエーザは?」
「ここで爆発騒ぎがあって、同じタイミングでアイツが入ってきた。そのとき俺は、イスラ様がその、俺の楯になって、爆発から守ってくれて……」
ここでディミトリは沈痛な表情になり、俯いた。マイヨは事務作業は終わったとでも言いたげな目で彼を見るだけだった。
「キエーザはそれで?」
「タヌさんと私で無事な人を捜そうとしたとき、もう……」
「何か言っていた?」
「会長への伝言で、『目に見える姿を信じるな』と言い残して……」
ロゼッタの言葉に被せるように、マイヨが悔しそうに舌打ちした。少しして、気を取り直したようにタヌを見た。
「タヌ君」
「はい」
「副会長さんから伝言や、何か預かっている?」
「……これだけです」
タヌは言いながら、ディミトリやロゼッタの顔をちらりと見つつ、鞄から手紙を取り出すと、マイヨに渡した。それは先ほど話題に取り上げたものとは違う手紙だった。
「これは?」
「父さんと手紙のやりとりをしていたものの中で、残っていたものって」
「残っていた?」
「出会ったばかりの頃のものの、残りだって」
マイヨがサッと便箋に目を通してから、封筒の差出人名に目を落とす。
「……これ、預かっていいかな?」
「は、はい」
マイヨは手紙を懐に収めながら、タヌを見る。
「手紙を読んで気になったんだけど。これはあくまで俺が知らなかったから、って話で」
「何ですか?」
「そう言えばタヌ君って、フルネーム聞いてなかったなって。お父さんやお母さんもだけど」
「ボクはタヌ、とだけしか。村の人たちも、父さんや母さんの名前なんて、呼び名以外、興味もなかったみたいし」
「そうだったんだ」
「おいなんでいきなりそんなこと聞くんだよ!?」
ディミトリがマイヨへ突っ掛かるような口振りで問う。
「俺は敢えて何も知らないし、聞いていないよ?」
タヌは、マイヨの意味深長な言葉で、彼が言わんとすることを理解する。ディミトリとロゼッタも、マイヨをじっと見た。
「俺はタヌ君が心配で様子を見に来たつもりだった。けど、アンタらがいるなら、縁あったものとして警告しておく」
一体何を言い出すのか。タヌはじっと耳を傾ける。
「君たちは西の果ての塔へ行く。でも、行ってどうするの? タヌ君には行かなきゃいけない明確な理由がある。でも、おたくら二人にはないよ。特に密偵さんは、せっかく助かった命なんだ。アンタの主からの思いやりを、無碍にしない方がいい」
ロゼッタがマイヨを睨む。タヌの目に、お前に言われたくないとでも言いたげな表情に見えた。マイヨは続ける。
「ダンナが殺された件も、アンタの主だったRAAZに委ねてくれないか?」
「会長のお手を煩わせるわけには……」
「RAAZがアンタの面倒みたの、そういうところもコミコミだと思うよ? ああ見えて、アイツは面倒見いいから。それに、アンタここまで来て、タヌ君の目の前でできるの? って話にもなるからね」
そこまで言ってから、ロゼッタとの話は終わったとばかりにマイヨは身を屈めると、白い子犬にタヌの方へ行くよう促した。子犬はタヌの傍らに駆け寄った。
「タヌ君。その子を頼む。アントネッラの子犬だ。フランチェスコで彼女は身柄を取られた。キエーザは君とは、アントネッラを追う途中で会ったって感じだろう」
「は、はい」
「その子は、色んな意味でとっても役に立つからね。タヌ君。アントネッラと再会できるまで、絶対に離れちゃダメだよ? 俺も一つだけ、その子に訓練したくらいだからね」
マイヨが冗談めかして告げてから、ディミトリとロゼッタを改めて見る。
「アンタらに二つ、頼みたい」
「何だよ?」
「西の果てで、恐らくかなりのゴタゴタが起こる。塔の中にタヌ君と子犬君は入ることになる。そのとき、俺とDYRAとRAAZ、そしてハーラン以外が無事に脱出できるよう手伝ってあげてくれ。それ以上は絶対に手を出してくれるな」
「わ、わかった。それはいいけどよ。その犬の飼い主は?」
「アントネッラか。ハーランが身柄を押さえたと見て間違いない。あっちももう、なりふり構っていられないんだ。時間との競争って言うのかな」
「時間との、競争?」
「なぁ。教えてくれ。オッサンといい、会長たちといい、今、『文明の遺産』の『何』をめぐって争っているんだ?」
ディミトリが背筋を伸ばし、改まった口調で尋ねた。
「間接的に、アンタらの未来。直接的には、人間の心を支配することすら可能な巨大な力を持った箱の取り合い、かな」
「じゃ、会長たちがそれを取ったら……」
「もともと、RAAZの妻だった女性が作ったものだ。ある意味、今となっては持ち主はRAAZで、俺は言わば彼女から雇われた管理人みたいなものだ」
「じゃ、オッサンは……」
「それを奪って、この世界に俺たちの文明を復興しようとしている。おまけに、ハーランはアンタらの心を支配する道具として、DYRAを使うつもりだ」
「DYRAを!?」
タヌは大きな声を出した。が、マイヨは気にせず話す。
「そうだよ。言うことを聞かないヤツは、ラ・モルテという恐怖の名において裁く」
「何だ、それ!?」
「DYRAはハーランの思い通りになる気はないと、即答で拒否した」
「会長たちが手にしたら、どうなるんだ?」
「元々あれは、世界に仕掛けられた、『ハーランたちにとって都合がよくなる仕組み』をブチ壊すために作られたものなんだ。当然、アンタらには必要ない、それどころか、おぞましいものだ。こっちで責任を持って処分する。アンタらに言えるのは、それだけだ」
マイヨはそこまで告げると、タヌたちから離れる。
「伝えることは伝えた。タヌ君。西の果てで会おう」
「マイヨさんっ! 一緒に行きましょう!」
反射的に告げた。
「俺はあと一つ、やることが残っている。だから、一緒には行けない」
それだけ言うと、夜の森へ溶け込むように姿を消した。
「マイヨさん……」
「タヌ。お前、どの手紙を渡したんだ?」
ディミトリが切り出した。タヌは膝を落として子犬を撫でながら話す。
「渡したのは、一番最初の手紙です。『今は元気』とか、無難な内容しか書いてなかったから」
「肝が冷えたぜ……って」
ディミトリは大きく息を吐き、ロゼッタは「ふぅ」と小さな声を上げて息をこぼす。
「だが、あの男は手紙を持っていった。その手紙からでも何かを見つけた可能性がある」
それぞれの言葉を聞きながら、タヌはまったく違うことを考え、違和感を抱く。マイヨはディミトリやロゼッタへ気遣いを見せた。彼はそういう人間だっただろうか。言葉は悪いが、彼が見せてきた優しさはよくも悪くも、下心のあるそれだ。なのに、さっきのそれは明らかに違う。掛け値なしというか、人間らしい気遣いと思いやりだ。タヌは、自分の中で嫌な予感が頭をもたげ、むくむくと大きく膨れ上がっていくのを感じ取る。もしかして、彼はここから先、ハーランたちに勝つためなら、自分たちに対しても情け容赦せず、場合によってはそれこそ縁ある人間さえ手に掛けるのではないか。
タヌはわき上がる恐怖心を隠しきれず、膝を震わせると、地面に落とした。
327:【TRI-PLETTE】人間らしい優しさを見せるマイヨに、タヌは嫌な予感を抱く2025/09/16 20:00
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少しずつではございますが、残暑も和らぎ始めた感じです。皆様如何お過ごしでしょうか。
作者姫月はようやく、色んな準備に入り始めました。
今回のDYRAは、マイヨの「人間としての」優しさを知る最後の機会ですね。
即売会参加まわりについてです。
姫月のサークル「11PK」は、9月21日(日)、東京都八王子市にて開催の「第11回TAMAコミ」にサークル参加します!
「ビッグサイトのイベントは規模が大きすぎてちょっと……」
という方や、
「コミケは二次創作見て回って終わっちゃうんだよね」
という方。
TAMAコミは450サークル程度参加の小回りが利くサイズのイベントですので、是非遊びにいらして下さい!
ちなみに、Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」文庫本で頒布しています(Web未収録シーンがあります!)。
さらに、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)も持ってきております!
9月21日 第11回TAMAコミ
11:00-16:00 東京たま未来メッセ(JR八王子駅徒歩5分/京王八王子駅徒歩1分!)
【オ21-22】 ←広々2スペです! 立ち読みも安心。
ここまで読んで下さってありがとうございます!
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