325:【TRI-PLETTE】終わりの始まり」を前に、各々は互いの感情を確かめあう
前回までの「DYRA」----------
タヌは、DYRAと一緒に行動しなくなるなり重なった出来事に、心がくじけそうになるが、父親と再会したい、DYRAを守りたい、そんな気持ちで自分を奮い立たせる。その頃、RAAZはマイヨから「あるもの」を渡されて……
タブレット端末の画面に表示されたテキスト情報に、RAAZは苛立ちと怒りに似た感情を隠せない。
「お前は何も思わないのかっ!!」
「重要極まりない情報ではあるけど、真相そのものじゃないから。けれど、俺の中にだって言葉にならない何かはふつふつとわき上がってくる。それはその通りだ。ある意味、アンタ以上にね」
マイヨはRAAZを真っ直ぐ見つめる。
「こういうのを口にするのは見苦しいしダサいからずっと伏せていた。ここまで来たからもう言わせてもらう。この件に関しては、真相如何じゃアンタなんかより俺の方が殺意でいっぱいになるかもな?」
「お前の口から『殺意』なんて物騒な言葉が剥き出しの感情と共に出るとはな」
マイヨは小さく頷く。
「これも、真相へ繋がる重要な手掛かりだ。超伝送量子ネットワークシステムの電源入れたら、関係者全員の前で明かしたい。もう、嫌でも全員揃うだろ?」
遠回しにほのめかすマイヨに、RAAZは察する。
「お前がやってないと言った時点で、それは犯人を暴露したのと似たようなもんだぞ?」
「それは、どうかな?」
マイヨはほんの少し目尻を下げ、口角を上げた。
「あとさ、真実を暴露し終えた時点で、ここを爆破する。それを以てアントネッラとの約束を果たす。街が消えてなくなるとは夢にも、だろうけど、街で俺や彼女を支持した人はハーランに殺されたんだ。俺も後腐れもない」
優しげな表情から想像もつかない言葉とのギャップに、RAAZは苦笑した。
「思い出が多い場所だが、私にもお前にも『いつか来る日』か」
「それ。まぁそういうこと。あ」
マイヨはここで思い出す。
「忘れるところだった。前に鍵を開けてくれた向かい側の部屋」
「ああ、ディミトリの件でそのままにしていたところか」
RAAZはここで、憲兵の詰め所の向かい側にある部屋の扉の偽装コンソールを外した件を思い出した。
「手掛かりがないか、くまなく見ておきたい」
「じゃ、今のうちに行くか」
二人は部屋を出ると、廊下を少し歩いて、問題の扉の前に立った。
「どうせ爆破するんだ。構うものか」
RAAZは言いながら、ドアノブに手を当てる。無数の赤い花びらが周囲に広がると、取っ手部とその周囲が急激に錆びていき、やがて、グズグズに崩れていく。ここで扉を蹴り開けた。開いた瞬間、粉っぽいとも埃っぽいとの取れる空気が二人を襲った。一分ほど離れて耐えるが、空気が入れ替わっていったからか、落ち着いた。
「入っていいぞ? ISLA」
RAAZの言葉に、扉の向こうの部屋へとマイヨは足を踏み入れた。部屋はベッドとデスクセットがあるだけの簡素なものだった。シーツ類はすでに劣化がひどく、触れる状態ではない。それでも、かなりの汚れが縦長に広がっていることだけは一目でわかる。
「死体があったのか……これは、警察用か」
マイヨは一瞬だけしゃがみ、錆びた薬莢を拾うとまた立ち上がった。
「三〇〇〇年以上経っているんだ。人間の身体なんて、死体だったら一〇〇年もすれば骨だってなくなる。美術館や博物館に保存されるようなアレは、よほど保存状態が揃っている、いわば奇跡みたいなもんだ」
あっさりした口調で呟いたマイヨに、RAAZは少し驚いた。どうしてこの施設にミレディア以外の死体があったのか。RAAZはマイヨをじっと、続きを促すような視線で見つめる。
「ミレディア以外に……」
「この部屋がその答えだったということだ。この部屋も監視カメラが通常のものとは違って、超伝送量子ネットワークシステムに繋がるものだったなら、答えはあるよ」
「監視カメラは彼女の仕事部屋だけじゃないのか?」
「見た感じ、彼女の仮眠室だったぽいところじゃない? ここ」
マイヨはデスクセットを指さす。倒れた写真立てがあった。RAAZも中へ入ると、デスクの前へ行き、写真立てをそっと起こす。ステンレスの写真立てには、セピア色に変色、そのまま退色した写真が入っていた。辛うじてわかるのは、男女が二人で写ったものというだけだ。RAAZは少しの間じっと見つめたが、何事もなかったように元の倒れた位置にその通りに戻した。下唇をきつく嚙んで。
「ISLA。他に見るものは?」
「アンタもしんどそうだし、終わりにしよう。ここにはいるべき人物の痕跡が他にはもうない。見るべきはもう見た」
マイヨはそう言って、足早に部屋を出る。
「あとは、真実を暴露して、決着をつける。俺にとってこの件で残っているのはもう、それだけだ」
RAAZも踵を返して部屋を出、扉を閉めた。
「RAAZ」
「ん?」
廊下を歩きながら、マイヨが切り出した。
「俺はちょっと、外を偵察したいね。街の人々の様子もだけど、タヌ君のことも気になる。『DYRAがいない』のは、心の拠り所がなくなったって意味も含めてかなり負担になっているんじゃないのかな?」
「今のあのガキはその程度で心が折れることはないから心配するな。お前はむしろ、あの小娘の行方を心配した方がいい」
「俺は心配するよ? ついでに子犬君をここに置いておくわけにはいかないし、タヌ君に預けるのを兼ねて、様子も見ておきたい」
「わかった」
「で、ハーランと同じ形の移動マーカー、タヌ君の行き先の近くでどっかない?」
「マロッタの中心街はアウトだからな。地下通路も半壊したと思っていい。発想を変えていっそ、西の電源タワーから迎えにいったらどうだ? もっとも、ネスタ山があのザマになった余波で、マーカーにズレが出ていても、そのときはご愛敬だ」
RAAZの一言に、マイヨは困ったなと言いたげに苦笑した。
「そうだね。とはいえ、タヌ君たちはお父さんを捜すなら最終的には電源タワーへ行くしかない。もっとも、彼が今、どこにいるかが問題なんだけど」
「そのくらい、探す方法はあるだろ?」
マイヨは頷いてから話題を変える。
「あとさ、俺としてはアンタの方でナノマシン補充施設を提供してもらえるなら、ここを即時放棄してもいいと思っている」
「勝負するならそうなる。だが、少しくらいなら留守番役になるぞ? 私もお前がいない間に、気になったことの答え合わせをしておきたい。ハーランの口車に乗った連中がどこで何をしているかとか、衛星写真でゆっくり見るさ」
「あれ? アンタももう、禁じ手を躊躇せず、か。どうせハーランから先に仕掛けてきたんだ。俺だって『異文明に干渉するべからず』なんて不文律だの綺麗事を言う気はさらさらないよ」
「なら、あっちに置かれた生体端末を潰しにいくのか?」
「まずはまだあるはずの三体の捜索から。潰すのはその後。出掛けるのはそれも兼ねてだ、ってコトで。……じゃ」
マイヨはスタスタと先へ歩き出した。RAAZは歩を止め、その後ろ姿を見送った。
「……と、言ってはみたが、ハーランもガキの親父も、どこで何をしているんだか」
RAAZは溜息のような吐息を漏らしてから再び歩き出した。
シトリン色だった空がアメトリンのような二色がせめぎ合うような色合いになり始めた頃──。
モラタからずっと西にある、切り立った崖の下に広がる岩場の海岸で、顔の皮膚がボロボロになった男の背中をハーランが摩っていた。男は膝だけではなく、両手も岩場の海岸に落としていた。
「大丈夫?」
それに応えるように、助けられていた方の男が少しずつ身を起こすと、無残な自分の顔に手を掛け、顎のあたりから皮膚を剥がす仕草をした。約半分に植毛されているラテックスかシリコンででできた皮膚がベリベリと破れ、無傷のフィリッポの顔が現れた。
「あなたが無事でよかったよ。ハーラン。一芝居は打っておくもんだ」
「とんでもない。一瞬遅かったら、キミが俺として殺されるところだった。あの男……俺もさすがに肝を冷やした」
ハーランは自分に変装していたフィリッポがキエーザに追い詰められたとき、とっさに隠し持っていたソウトゥースナイフで腹部を刺した。
「あのとき、間に合ってよかった。だが、キミを助けるのが精一杯で、女の方を仕留め損なった」
「いや。彼女は俺が自分で仕留めたい。出会ってそんな経ってなかった頃、あなたを危険に晒した件もあるしね」
フィリッポはそこまで言うと一転、ハーランへ充実していると言いたげな笑顔を浮かべ、岩場に大の字に寝転んだ。
ハーランがフィリッポの手からラテックスのマスクを回収する。ハーランの手には、同じように作られたフィリッポの顔のマスクがあった。
「本当に、フィリッポが無事でよかった。あそこで怪我でもしようもんなら、俺はキミにも、そしてタヌ君にも申し訳が立たない立場になるところだったんだ」
ハーランも安堵の深い息を吐いてからフィリッポの隣に大の字になった。
「だいたい、『キミの息子さえ守れませんでした』なんてなれば、この文明の人たちへ罪滅ぼしがどうとか以前の話だ」
「ハーラン。あなたが言ったその、ケーサツだっけ? 優しいんだな?」
「いや。敵には厳しいよ? でも、何も知らず日々を平和に生きる人々の生活を守るため、彼らに嫌われてでも命を懸ける。そんな俺たちへ、ときには人生を捧げて協力してくれる人たちにはできる限りのことをする。それが警察ってもんだ」
「嫌われても、ってすごいな」
「誰かが嫌われ役を引き受けないと、暮らしの平穏や安寧は回らない。でもフィリッポ。皆が嫌がることだけど、大事なことをする人たちには高い対価を払わないといけない。でないと、それ以上の代償を強いられるからね」
「ハーランは色々なことを教えてくれる。勉強になることばかりだ」
「フィリッポ。俺はキミたちが『文明の遺産』を前向きに活用することには助力する。けれど、俺は支配者になろうなんて気持ちはない。あの錬金協会のクソガキとは違う」
「だから、信じている」
「俺はただ、色々助言をしたり助ける。その上で適度に敬意を払ってもらって静かに暮らし、天寿を全うするつもりだ」
「それなら、ハーランにお願いしたいことがあるかも」
「聞けることなら」
フィリッポは一呼吸おいてから切り出す。
「息子のことだよ」
「タヌ君。しっかりした子じゃないか」
「今、二人だけだから言うけど、ビックリした。自分が思っているより全然しっかりしていた。今まで教えたどの子より息子の方が、ってくらい。あなたに見守ってもらってよかった」
フィリッポはハーランを見る。吸い終わった電子タバコを懐にしまっているところだった。
「いや。ところが計算外が多すぎた。まさか村があんな理由で焼かれて、あのクソガキと行動を共にするとは、だ。おまけにキミのカミサンのことも」
寝そべったまま、空を見上げながら話を続ける。
「ソフィアには本当に申し訳ないことをした。独りぼっちにしちゃったようなものだからね。だからこそキミにしか、頼めない。その……一緒に『文明の遺産』を分かち合えるときが来たら、息子にも色々と教えてやってほしい」
「いいけど、キミがちゃんと生きて帰ること。それが条件だ。二人一緒に、勝って、生きて帰って、それからが本当の大仕事だ」
隣同士で大の字になって寝転ぶ二人は、どちらからともなく互いに視線を向ける。
「ハーラン。あれはできあがったのかい?」
「君たちの文明にまで残っていた僅かな資料、ピルロで読み漁って研究した甲斐があった。それでもたった一つしかできなかった。救いがあるとすれば、二回、余った材料から作ったもので実験できたことか。わかったのは、手の内を読まれた時点で話にならないということだ」
ハーランの言葉に、フィリッポは彼を心配そうな表情で見つめる。
「それでも、使えるとわかった。まず、彼女には無事でいてもらわないと困るし、それとは別に、電源を入れるために一人はどうしても必要だ」
「じゃあ」
「不意打ちしかない。狙うは一人。俺がやる。大丈夫だ。確かに難しいが、絶対にしくじらない。未来のために」
「でも、あなたでは警戒される。何なら、俺がやる」
「臨機応変。あとで使い方を教えておくよ」
隣同士で大の字になって寝転ぶ二人は、どちらからともなく互いに視線を向ける。
「こんな言葉は恥ずかしいんだが。……キミと出会えて、良い関係を築けてよかった。フィリッポ」
「あなたにそう言ってもらえるのは嬉しい」
二人は共に、笑った。
325:【TRI-PLETTE】終わりの始まり」を前に、各々は互いの感情を確かめあう 2025/09/01 20:00
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気がついたら2025年も8か月がおしまい。3分の2がおしまいということで、ビックリです。
皆様如何お過ごしでしょうか。
作者姫月はようやく、新しい仕事場が決まってホッとしております。
今回のDYRA、いよいよファイナルに向けてフルドライブ始まるよ、ってな回です。
これまで仕込んだ伏線も一気に回収できればと思っております。
即売会参加まわりについてです。
姫月のサークル「11PK」は、9月21日(日)、東京都八王子市にて開催の「第11回TAMAコミ」にサークル参加します!
「ビッグサイトのイベントは規模が大きすぎてちょっと……」という方や、「コミケは二次創作見て回って終わっちゃうんだよね」という方。TAMAコミは450サークル程度参加の小回りが利くサイズのイベントですので、是非遊びにいらして下さい!
ちなみに、Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」文庫本で頒布しています(Web未収録シーンがあります!)。
さらに、物語の核心に迫る前日譚にして、反響が大きめな「DYRA SOLO」(Webでは読めません!)も持ってきております!
9月21日 第11回TAMAコミ
11:00-16:00 東京たま未来メッセ(JR八王子駅徒歩5分/京王八王子駅徒歩1分!)
ここまで読んで下さってありがとうございます!
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