324:【?????】タヌが山へ走った頃、RAAZはマイヨから「あるもの」を……
前回までの「DYRA」----------
一緒にここまで来たキリアンの姿はなく、通り掛かって助けてくれたキエーザも倒れた。タヌに貴重な手掛かりをくれた副会長も落命。彼と一緒にいたディミトリは絶望と混乱の中で立ち上がり、行動を共にすると申し出た。今、タヌはディミトリと偶然故郷に戻っていたロゼッタと三人で歩き出した。
歩きながら、タヌが独り言のような小声で呟く。
「ボクが山に逃げたとき、何があったんだろう」
「俺がわかる範囲で、いっか?」
ディミトリだった。
「はい」
「お前が山の方へ走ったとき、一緒にいたヤツが追い詰められたところから、俺と副会長が脱出路の扉のところで見たものだ」
タヌがいなくなり、同じような見た目の男とキリアンだけになった。
「君。勘違いしているようだけど?」
タヌに手を差し伸べた方の人物が何事もなかったように話し掛ける。
「子どもがここにいないなら、胸も痛まないし、問題ないんだ」
「負け惜しみか?」
そう言ったキリアンはこのとき、何かに気づいたのか、視線を違う方へ向けていた。
「俺は俺の用を済ませるだけだから」
「俺はこのとき、イスラ様を襲撃したヤツがいるってわかったから、飛び出しちまった」
ディミトリは少し、しんどそうな表情を浮かべた。
「こいつ! よくもイスラ様を!」
ディミトリは建物の影から、キリアンが押さえつけようと格闘する人物へ飛び掛かった。突然の出来事に、態勢を崩して倒れた人物。そこへディミトリが馬乗りし、殴り掛かった。
「アンタは早く!」
ディミトリはとっさに叫ぶと、キリアンは銃でもう一人を牽制しつつ、山の方へと歩き出す。
「やれやれ」
もう一人が困ったなと言いたげな顔でキリアンの様子を見ながら、二歩、三歩とディミトリたちと間合いを取る。二人目が慎重に動くキリアンを追おうと一歩を踏み出そうとした、ができなかった。声にならない声を出し、そのままうつ伏せに地面に倒れたのだ。
「動くなっ!」
今度は女の声が響いた。続いて、彼女に支えられながら、隠し扉から身体を引きずるように老人が姿を現した。
「何てことだ……」
地面にうつ伏せに倒れた男がゆっくりと頭と視線とを動かす。
「久し振りだな。ピッポ。いや、二人揃っているなら、フィリッポ、か」
老人が倒れた男の前に回り込み、腰を下ろした。
「俺も、じゃ昔みたいに、ジョルジョと呼ぶよ」
フィリッポと呼ばれた二人目の人物が、錬金協会の副会長の名前をファーストネームで呼んだ。老人は敢えて耳を貸さず、フィリッポの背中を踏みつけて立つ女を見上げた。
「あれは、二〇年ほど前のことだったか。あの日のことは、今ここでこの者と一緒に償う。ロゼッタ君だったか。会長にそれだけ伝えておいてくれ。だから、君とさっきの彼は、今すぐあの少年を……」
老人の言葉に、ロゼッタは首を横に振った。
「その前に、こいつだけは」
「止めたまえっ……!」
老人がロゼッタに声を上げた。その声を聞いたとき、ディミトリは馬乗りになって殴りかかる動きを止めた。
それが隙となった。
「うわっ」
反撃を受けたディミトリは組み伏せたはずの相手に一転、押し返される形となり、老人の前に転がった。
老人を守るような位置を保ちながらもディミトリが立ち上がったときだった。
「ディミトリ、彼女と逃げなさい」
老人が小声で指示したときだった。
「困るなぁ」
老人とディミトリ、ロゼッタは反射的に声が聞こえた方に視線をやった。一体いつからなのか、ディミトリと格闘していた人物のそばに一眼型の色付き眼鏡を掛けた髭面の男が立っていた。ハーランだ。
「オッサン……」
「ひどい呼ばれようだなぁ」
ハーランが苦笑しながら、足下に散らばった材木を気にせずゆっくりと距離を詰める。と、ここで、ディミトリと格闘した一人目の人物に耳打ちした。やりとりを追えると、山の方を見るや否や、走り出した。
「キミたちには悪いけど、見られちゃ困るものを見られた以上、ねぇ」
ディミトリから顛末の一部を聞いたタヌは、何と答えて良いかわからなかった。
「タヌさん」
ロゼッタも話す。
「あの場面でキエーザが乱入、眼鏡の男に挑んで。何かが投げ込まれてそれが爆発、炎上して」
「あのとき、イスラ様が俺を守ってくれて……」
「キエーザは返り討ちされ、ただ、彼は気になる言葉を残して」
「何て?」
ディミトリだった。
「あの奇怪な眼鏡を持っていて、『目に見える姿を信じるな』と」
謎めいた言葉に、ディミトリは足を止め、森の木々を見上げた。
「それ、多分、誰かに変装していたんじゃねぇのか?」
自分もマロッタでしてやられたときのことを思い出す。
「あのオッサンは、俺たちの常識じゃ考えられねぇ変装をするから」
タヌは、RAAZがサルヴァトーレの姿になるくらい変わるのだろうかなどと想像する。考えようによってはあれもすごい変装だ。しかも、目の色や髪の色をどうやって変えているのか想像することさえできない。
「あの様子だと、逆だ」
「逆?」
「キエーザはあの眼鏡男に挑んでの返り討ち。その結果であの眼鏡を手にしている」
「じゃ、誰かがオッサンの姿だった?」
「恐らく、そっちだろうな」
話を聞いているうち、タヌは少しずつ、呼吸が荒くなる。
「タヌさん?」
異変に気づいたロゼッタが声を掛けた。ディミトリも心配そうに見る。
「ご、ごめんなさい。大丈夫です」
口ではそう言ったが、タヌは話を聞けば聞くほど、心中穏やかではなかった。しんどい気持ちをどこか隠しきれないと言うのだろうか。もうこれ以上、誰かが自分の父親絡みで傷つくのを見たくない。でも、話を聞けば聞くほど、本当に自分に成し遂げられるのだろうか、大丈夫だろうかと心配になる。心の振り子が右に左にと揺れていく。それでも、行くしかない。行った先ですべてを解決させなければならない。父親と日常に帰るためにも。自分を助けてくれたDYRAやRAAZ、マイヨが何も心配することなく、彼らなりの平穏を取り戻せるようにするためにも。
自分に負けてはいけない。タヌは自分自身の両頬を両手で二度ばかり軽く叩いて気持ちを保つ。
「DYRAや、RAAZさんたちは、大丈夫かな」
自分だけの問題じゃないんだ。そんな風に考えているうち、タヌの中にふっと、そんな考えが浮かんだ。
RAAZはマイヨが根城に使っているドクター・ミレディアの部屋を訪れていた。
「小娘を取られた可能性がある、か」
「カメラ持った連中までやって来た」
「カメラ、だと?」
RAAZが表情を硬くする。
「ああ。二眼のこう、あれよ?」
マイヨが手を宙で動かして説明する。
「写真の技術はそれ自体でどうこうではないが……」
「アンタの言う通りだ。それ自体がじゃない。ハーラン、いや、恐らくタヌ君のお父さんも一緒になって、出せる技術をすでに出しているってことだ。恐らく、ピルロから連れ出した人たちをそそのかしたり、乗っ取った錬金協会を通しているんだろう。本当ならここは調べたいが、俺たちがやるべきことの本質じゃないから割愛」
「羨ましいという感情が周囲に沸き、そして雪崩のようになれば……」
「そういうこと。『文明の遺産』を出す、出さない、ってレベルの話だけならもう俺たちは負けたんだ。それも文字通りの完敗だ」
「負けるのは不愉快だ。だが、そこは本質じゃない」
RAAZは割り切った。その姿にマイヨも小さく頷く。
「そうだね。そこは。俺たちにとって守るべきはそこじゃないし。……と、あれ? ところでDYRAは? 島から戻ってもう丸一日経つわけだけど」
「私が持っている方の施設で、眠っている。ガキと離れたのがことのほかショックだったらしい。自分で決めたくせにまったく」
「そう言うなよ。RAAZ」
「私も彼女から、色々と覚悟のほどを聞けたから、まぁ、そこはいいか」
「というより、DYRAにとってタヌ君と過ごした時間は俺たちが考えているよりずっと楽しかったんじゃないかな。いつかお別れが来るとわかっていても、ある程度思い描いていたような、覚悟していたのと全然違う、思いも寄らぬ形だったらそりゃメンタルに来るって」
マイヨが言いながら、スパウトパウチ容器に入った水を飲んだ。RAAZは彼の言葉に興味を示さず、話題を変える。
「そういうお前は、ナノマシン充填をしたのか?」
「おかげさまで。ようやく半分以上は、ってところだ」
「時間が掛かりすぎていないか?」
「当然だ。掛かるに決まっている。アンタらとは違う。一つの身体で、人間何人分の処理をやると思っている? だからリソースの配分も変わる。その分、補充ペースが遅い」
「脳や神経の保護が優先、か」
「そういうこと。今の状態じゃ、処理を優先させれば、ハーラン戦なんて冗談でも無理だ。仮に西の電源タワーなんかに一般人が数で押し寄せてきても押し返せない。逆にアンタみたいに戦うことを前提にナノマシンのリソース配分をすれば情報を処理できなくなる」
RAAZは渋い表情でマイヨを見た。
「情報を扱うプロとしてのお前に聞きたい」
「どうぞ」
「今の現状で我々にとって、考え得る最良に近い落としどころはどこなんだ?」
RAAZの問いに、マイヨは天井を三秒ばかり見つめてから答える。
「ハーランを仕留める。ここを含めて、基地と周辺施設を処分する。超伝送量子ネットワークシステムと一体化させた《トリプレッテ》をこの星から離れさせる」
核心だけの手短な答えにRAAZはいっそう渋い表情になる。
「頭ではわかっていたが、プランBが、本当に存在しないとは。レッドラインがそのまま、こちらの最低条件。何も期待はできないな」
「こんなことを口にするのは心苦しいけど、状況次第じゃ超伝送量子ネットワークシステムと『トリプレッテ』を守るため、全員殺すことも必須になる」
「お前の口から私が考えている以上の苛烈な言葉が出るとはな」
「本来、『文明の遺産』は渡しちゃいけない。彼らが自分たちの力で『築き上げる』ものなんだ。理解できない状態で、ただ便利だからと『オーパーツとして』渡すなんて、論外だ。まして『ヴェリーチェ』なんて!」
溜息にも似た深い息を漏らし、マイヨは続ける。
「だから、実のところ、タヌ君のお父さんもね。アンタが『殺す』と言っているのは正しいというか、本当に、最適解なんだよ」
ここで、マイヨは飲んでいたスパウトパウチのパウチの水の残りが少なくなると、パウチを破って口元を広くしてから足下に置いた。左足下で置物のように大人しくしていた白い子犬が気づくと、美味しそうに飲み始める。
「本心を言うなら、DYRAを回収したのはよかった。あとは『鍵』か」
「『鍵』はお前が考えるところじゃない」
「あとはもう一つ。最悪の事態を想定して、リセット兼リブートキー。アンタの持っている方、スタンバっておいた方がいいかもな」
「お前の方は?」
「俺は準備できている。最後のカードは鎖骨の下にブッ刺してでも隠し持つさ」
「何を考えているんだか」
「俺はドクターとの約束を守って、アンタの命ある限り、アンタを支える。そのために必要なすべてをやる。成すべきを成す、ってヤツ。それだけだ」
「ミレディアが死んだ件があるというのに。どのツラでというべきか、彼女はそこまでお前に要求していたのかと改めて驚くべきか」
「生きるために俺が望んだことだから、そこは気にしなくていい。それより、そのことで今なら一つ、伝えられるし、アンタへ渡せるヒントもある」
「ん?」
「前にも言ったが、すべての証拠は超伝送量子ネットワークシステムに収まっている。だから俺の口から真実は言わない」
マイヨは背の低い棚の上にモバイルバッテリーのようなものに繋ぎっぱなしにしたタブレット端末を手に取ると、ケーブルを外してからRAAZへ渡す。
「前に彼女の警護をしていた女憲兵の休憩用の部屋で見つけた。ルカレッリの日記やら、ハーランの部屋からパクッたメモリやらの解析の片手間にこいつもやっていた。ただ、不揮発メモリ部とかの復元に時間が掛かった。ようやく見られるようになった。セキュリティロックも解除してある」
時代が時代なら、スマホやタブレットでありがちな四ないし六桁のPINや三×三マスの九個の点から六個を線状に繋ぐ程度な、個人レベルのセキュリティだ。マイヨにとってそんなものはないも同然だ。
RAAZは液晶ディスプレイに表示された情報にサッと目を通す。日付表示が見たこともないような数字になっているが、そんなものは気にしない。
「何だ……これは……!」
RAAZは忌々しげに上唇を噛むと天井を見上げた。その後、押しつけるようにタブレットを突き返した。
324:【?????】タヌが山へ走った頃、RAAZはマイヨから「あるもの」を……2025/08/25 20:00
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