323:【MORATA】タヌの決意を運命は嗤えど、それでも抗い、立ち上がる
前回までの「DYRA」----------
キリアンの機転でネスタ山へ逃げたタヌは、通り掛かったキエーザの助けを得るも、どんどん悪くなる事態を前に混乱する。それでも、自分は何故父親を捜すのか、その原点に立ち返り、もう一度立ち上がった。もう、誰も傷つけたくないから。
キエーザが倒れた。錬金協会の副会長もなくなり、キリアンの姿もない。
それでも、まだ、できることがあるではないか。やらなければならない。
何より、独りぼっちにならなかったのは奇跡だ。ディミトリは無事だ。そしてどういう経緯かはわからないものの、ロゼッタもいる。
タヌは立ち上がり、キリアンの姿を捜す。だが、どこにも見当たらない。彼に限ってそう簡単に倒れてしまうとは思えない。だが、その姿はない。
小さな町、モラタ全体をくまなく捜してもなお、見つからない。
見つかるまでこの町や周囲を捜し続けた方が良いだろうか。
「もしかして」
キリアンの強かさを考えれば、目ざとく地下に張り巡らされた通路の出入口を見つけ、脱出しているのではないか。そう考えるのが妥当だ。自分がキリアンなら、ほとぼりが醒めるまで隠れている。
タヌは、燃えた建物がある場所から離れ、山の方へ歩いた。ディミトリもまだいる。敢えて声を掛けず、山の麓まで移動した。
「タヌさん」
ロゼッタが声を掛けた。
「そうだ。ロゼッタさんは、どうしてここに?」
「話せば長いのですが、端的に言えば、西の果てでの騒ぎの後、私はお役御免になりました。それでも会長は助けて下さり、アニェッリまで送って下さいました」
「え? それじゃ、今は?」
「マロッタへ戻る途中、山の一角が崩れた騒ぎ。ですので一度、生まれ育ったこの街へ戻ろうと。ただ、戻ってみればそれはそれでこの騒ぎ」
よもやRAAZが彼女をお役御免にしていたとは。知らなかったタヌは、顔にこそ出さなかったものの、信じられなかった。
「ご、ご家族とかは?」
「両替商を通した連絡網で無事、と」
ロゼッタの話では、マロッタの食堂で働く息子は同僚と共に食材調達に出掛けていたが、業者が手違いを起こしたことから手間取り戻れずじまいで、結果的に難を逃れるたとのことだった。両替商はどんな小さな町もある。錬金協会の支部がない場所でも行き届いている。タヌが知る限り、レアリ村にも村役場の端にいた。彼らはお金のやりとりをするとき、必要なら手紙や伝言も預かる。彼らは連絡手段も通常の郵便馬車を使わず、提携した馬貸し屋の協力で、一日あたり何度か馬を出してやりとりするなど、とにかくスピード重視だ。ここでやりとりしていたなら、よほどのことがない限り確実に届く。
「そっか。でも、お役御免なんて」
「ですが、タヌさんとここで会えたのも縁です。私でよければ、お手伝いします」
まだ味方はいる。助けてくれる人もいる。タヌは自分の中で気力がしっかり戻ってきているのがわかった。
「ロゼッタさん。お願いします」
「ええ。ところでタヌさん」
「はい」
「DYRA様は」
「RAAZさんと一緒です」
ロゼッタは少しだけ表情を和らげる。
「よかったです。会長はずっと昔から、あの方のことを案じておりましたから」
「知っていたんですか?」
「私が知る限り、とても気遣っていました」
そのときだった。
「おい!」
タヌはディミトリの声にすぐ振り返った。ロゼッタも振り返る。ディミトリが二人を追うように走ってくる。
「なぁ。俺も……その、俺も混ぜてくれよ」
「ディミトリさん」
「お前、親父を捜すんだよな。俺、監査のポンコツや会長お気に入りのキエーザほどじゃないかもだけど、一応幹部だった。イスラ様のそばにいた。だから、少しくらいなら、役に立てるかも」
タヌとロゼッタは顔を見合わせる。ロゼッタは首を小さく横に振るが、タヌは、その反応に対し、首を横に振った。タヌがわかり限りのこれまでの流れから、ディミトリがひどいことをするとは思えなかったからだ。
「そしたら、ディミトリさんが知っていることとか、教えてくれますか。ボクがこんなこと言うの変だけど、ボクたちが実は知らないこととかまだまだあるだろうし」
「いや、俺は会長とかにほとんど話しているぜ?」
言ってからディミトリがハッとする。
「あ、そっか。お前がいなかったときのもあるし、わかった。そしたら質問してくれ。本当に知らなくて答えられないこと以外なら」
ロゼッタは一歩後ろを歩き、後方を警戒しながら聞いている。
山へ足を踏み入れ、ほどなくしてキエーザと会った場所までたどり着いた。
「ここは確かに、あっちからは見つからなくて、こっちから割と見える場所だな。それにこれだけ木が多いし、葉もまだ枯れていない。上から見られる心配もないってことか」
ディミトリはここでいったん足を止めた。
「悪ぃ。ちょっとだけ」
そう言うと、ここでディミトリは燃えた建物がある方を向くと、しばらくの間、深々と頭を下げた。タヌはそれを見ながら、副会長への謝意を示しているのだろうとわかると、少しの間、一緒に頭を下げた。
「すまねぇ。行こう」
ディミトリはゆっくりと頭を上げた。
「道は、わかるのか?」
「ああ。会長とかキエーザみたいなのしか知らない道とかあるみたいに、イスラ様も近い人間としか共有してない道がある」
自分が思っているよりもずっと情報共有がされていないことに、タヌは耳を疑った。
「では聞くが」
ロゼッタがディミトリの背後から声を掛けた。
「お前たちは結局、あの怪しげな髭面の男たちを後ろ盾にしていたのではなかったのか?」
「アンタさ」
ディミトリだった。
「サラッと言うなよ? ハーランと一緒にいたのはコイツ、タヌの親父だ」
「どちらが、だ?」
ロゼッタからの切り返しに、ディミトリは少し間を置いて答える。
「何言っているんだ?」
聞きながらタヌは、ディミトリが質問に質問で返すのを無理もないと納得した。他ならぬ自分も、どちらが本物なのかと疑ったほどだからだ。
「そもそも、お前たちが会長のご意向に反し、あんなのと結託したのがすべての始まりではないのか?」
「それ言っちゃう!? 確かに、それを言われちまえば返す言葉もないけどよ」
「だから何だ? 原因の一端にはなっているだろう?」
「俺の聞いた限りじゃ、イスラ様は二〇年以上前にタヌの親父と出会って、『文明の遺産』探しをしていたときに何かあったって。もっと言っちまうと、実はイスラ様本人は、ハーランとは数えるほどしか面識ない」
「そのうちの一回が、モラタで起こったあれか」
「そういうこと。若い男女だか夫婦が会長へチクったせいで全部ご破算になったって」
「ああ。そうだ。私はあの騒ぎで夫を失った」
一瞬ではあるものの、タヌはその場の空気が凍ったような感覚に気づいた。
「あのと……って! おい! マジか!!」
ロゼッタが密告の張本人だった。タヌはディミトリの顔が引き攣っていくのを見つつ、振り返る。ロゼッタは対照的に特に何かを気にしているという表情ではない。
「真実がわかればわかるほど、仇を討てばそれでいいという話でもない。仮に今ここでお前を殺しても、何の意味もない」
タヌはロゼッタの話を聞いて、以前モラタへ、マロッタの食堂の店長と来たとき、彼が話していた言葉を思い出す。
「ええ。あなたがたが父と兄を殺してくれたことは忘れていませんよ」
年齢的に考えて、食堂の店長の兄、イコール、ロゼッタの夫。こんなところで繋がっていたとは。知っているかどうかはさておき、どちらもRAAZの密偵だ。意外な繋がりに、タヌは世間の狭さを感じた。と、同時に、RAAZが彼女を使い捨てにせず、気遣っていたのは自身と同様、人生の大切な人を失ってしまったから同士故かも、などと想像した。
「何? 何か、気まずいんですけど」
「お前がどうこうじゃない。気にしなくていい。仇討ちは、時が来たら必ずやる」
ロゼッタの大切な人もハーランに殺されていたなんて。タヌは掛ける言葉がなかった。
「ハーラン、か」
ディミトリの呟きに、ロゼッタは何も反応しなかった。
「ところで、あの、ボクたちは西の果てに向かっている、でいいんですか?」
「西の果て……あれは何なんだ?」
「わかりません。でも、ボクが知っている範囲では、あと三〇日とちょっとって」
「それまでに?」
「それまでに何とかしないと、って」
「何とかって、何だよ?」
「わかりません。でも、ハーランさんとの決着を、みたいな話の流れだったような」
「それにしてもあのオッサン。とんだ喰わせ者だ」
「ディミトリさん……」
ディミトリのぼやきに、タヌは悲しげな目で彼を見た。彼はハーランに騙されたのではないか。それにしても、ハーランは一体、何をしたいのか。そこに父親はどういう形で関わっているのか。
三人はこのあとしばらく山中を西へと歩き続けた。その間タヌはずっと、DYRAやRAAZが大丈夫なのか、今は何をしているのかなど気にし続けた。それでも、今は前へ進まなければならない。タヌはとにかく歩くことに集中した。
323:【MORATA】タヌの決意を運命は嗤えど、それでも抗い、立ち上がる2025/08/18 20:00
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残暑厳しい日々ですが、皆様如何お過ごしでしょうか。
さて。
コミックマーケット106へたくさんのご来場がありました。星の数ほどある(?)サークルで、当サークル「11PK」へ遊びに来て下さった皆様、文庫版「DYRA」をお手に撮って下さった皆様、本当に、本当にありがとうございました!
改めて、御礼申し上げます。