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321:【MORATA】どうしてこうなった!? タヌは目の前の現実を処理しきれない

前回までの「DYRA」----------

 チーロの手を借りてモラタへ来たタヌは、錬金協会の副会長に会いにいく。これまでDYRAと一緒にいた頃からずっと集めてきた情報から、今こそ父親に関して質問をぶつける。しかし、そこへ乱入する者が現れた。


「と……」

 タヌは、キリアンの肩越し、落ちてきた数多くの材木の隙間越しに銃を構える人影を見た。

「とう……さ……」

 キリアンはタヌの青ざめた表情と震える声とで自分の背後で何が起きているのか確信した。

「ってぇっ!」

 反射的に、背中を材木の山に全力で押し当てる。

「──!」

 銃声と舌打ちするような声が両方聞こえる。続いてガラガラと材木の山が崩れる音と何かが落ちた、どしん、という音とが混じる。

 キリアンは立ち上がると、すぐさまタヌを助け起こす。すぐにタヌを自分の背後にやると、どこに隠し持っていたのか、ペッパーボックス式のピストルを取り出し、構えた。銃口が向く先は、材木の下敷きになって仰向けに倒れている男だった。

「ピッポさん。観念せい……!」

 そう言って、キリアンが引き金を絞ろうとしたときだった。

「引き金を引くのは、待ってくれないかな?」

 キリアンの後ろにいるタヌのさらに背後から、冷静な声がした。タヌがすぐに振り返った。

 材木の下敷きになって倒れているのと同じ顔の男がそこに立っているではないか。しかも、同じように銃を手にして。

「えっ!」

 タヌの素っ頓狂な声にキリアンが振り返る。

「……は?」

「父さんが、二人!?」

 その間に、材木の下敷きになっていた方が身を起こす。タヌとキリアンは背中合わせになって、それぞれの目の前にいる男を見る。

 タヌは目の前にいる男が、DYRAと一緒に捜した父親──ピッポ──とだいぶ印象が違うなと、言葉にこそしないが内心、驚いた。

 もう一人の男もタヌの顔を見ると、ほんの少しだが目を見開き、すぐに腰の後ろのあたりに銃をしまった。

「君。大丈夫かい?」

 自分へ声を掛けた男の優しい口調にタヌは内心、驚いた。

「子どもは安全な場所へ」

 タヌの正面に立つ人物がそう告げ、手を差し伸べる。だが、差し伸べられた手をタヌは取らなかった。自分がいなくなれば、キリアンが危なくなるのがわかりきっているからだ。

「タヌ君」

 キリアンが呟くほどの小声で呼び、話し掛ける。

「オレがタヌ君の手ぇ触ったら、すぐに山の方へ。ええな?」

「ぅん」

 タヌは小声で、キリアン以外には返事と悟られにくい調子で答えた。敢えてこんな言い方をしたのだ。後ろにいる彼の目にはきっと、自分からは見えない何かが見えているに違いない。タヌはそう信じる。

「さぁ、早くこちらへ」

 タヌの正面にいる人物が言ったときだった。

 タヌの手に、キリアンの手が触れた。

「!」

 タヌが脱兎の如く走り出すと同時に銃声が響く。一瞬の動きだった。次の銃声が響いたときには、キリアンは素早い身のこなしでピッポの後ろに回り込み、手にしていた銃を無造作に散らばった材木の中へとはたき落とした。

「動くなよっ!」

 キリアンがピッポを人質に取る形で同じ顔のもう一人へ声を上げた。

 その間に、タヌは必死になってネスタ山へ続くモラタの北側の山道を走った。山道と言っても、舗装もされていなけえれば杭や紐などの目印があるわけでもない。森の中にある(けもの)(みち)と言った方が端的だ。キリアンは必ず来てくれる。向こう側からわからない、かつ、背の高い木々が集まっているあたりまで行くと、速度を落としつつ、木々の間からキリアンたちがいる場所を遠目に見た。

 声は聞こえないが、何が起こっているかは何となくではあるが見える。

 落ち着きを取り戻すにつれ、タヌはほんの少し前の状況を思い返す。何が起こったのか自分の中で少しずつ処理できるようになるに連れ、頭の中で理解が追いつかなくなり始めた。

(……父さんが、二人!?)

 DYRAから聞いた話もあった。キリアンとその可能性が、という話もしていた。だが、いざ本当に同じ顔の人間、それも父親が二人、目の前に現れたとなると、落ち着いてなどいられない。他人で同じ顔がいたときとは比べものにならないほどの動揺という名の衝撃が広がる。タヌはばくばくする心臓を胸のあたりを手のひらで押した。

 あれは本当に父親なのか。どこかでゆっくり落ち着いて考えたい。しかし、今はそんな悠長なことをしてはいられない。

「そんなバカな。そんな。そんなそんなそんな」

 フランチェスコでマイヨと同じ顔の……あのときなど比べものにならない。ハッキリしていることは一つだけだ。どちらかが本物で、どちらかが偽物。だが、確かめたくてもその手段がない。母親が生きていればまだ可能性はあったが、今はその選択肢もない。

 昨日の朝、DYRAから聞いた話でいけば、本物は後から現れ、自分に手を差し伸べた方だ。しかし、それだけを根拠にするのはどうなのか。

 でも。

 これこそ、まさに懐に入らなければ真実はわからない。自分だけならそうしたいが、キリアンや錬金協会の副会長、ディミトリらを危険に晒してしまう。それに、DYRAの話では、父親はハーランと行動を共にしている。何よりそのハーランが曲者だと。焦って飛び出していいことなど何一つない。

 木々の陰から遠目に、上から見下ろす先の光景は穏やかそうには見えない。

「……人、増えてる?」

 自分が駆け出したとき、あの場にいたのは自分以外、キリアンと父親が二人。三人だった。今、見えるのは六人。建物の陰で立っているだけの人物を入れれば七人だ。副会長やディミトリはもちろん、彼らと行動を共にしている人たちが加勢してくれたのだろうか。

 タヌはもう一度、じっと目を懲らす。遠目だから断言できないが、服の色からもしかしたら知っているかも知れない人物がいる気がする。否。気がする、ではない。恐らく、知っている、だ。それどころではない。見ようによっては知っている人間ばかりかも知れない。

(二人の父親。キリアンさん。副会長さんとディミトリさん。それに、もう一人は誰だろう。あと、あれ? 建物の陰にも?)

 もう一人は良くわからない。そして最後の一人、建物の陰にいる人物は遠目に見てもわかる特徴がある。目元のあたりが光っている。普通、人がいるとわかる目一杯の距離から見るのであっても、顔の、それもあんなところがダイヤモンドのように輝くなど有り得ない。だが、タヌが知る限り、例外が一人だけいる。

 一番まずい人物がそこにいるではないか。タヌは顔色を変えた。あの場にいるキリアンや副会長は物陰にあと一人隠れていることを知っているのだろうか。教えられるものなら教えたい。だが、そんなことをすれば自分がここにいるとバレてしまう。キリアンが先に行くようにと言ったのは、安全を考えてくれてのことだ。ここでノコノコ出ていくような真似をすればすべてがおじゃん(・・・・)になる。それに、自分が出ていったとして、自分自身を含めて皆が絶対に助かる保証とてどこにもない。

 だからといって、放っておいていいのか。

 父親だけではない、ハーランまでもがあそこにいる。結果的に自分だけ安全な場所にいていいのか。

 もし、今自分の傍らにDYRAがいれば。彼女に相談できただろう。もし、あそこにいるのが彼女なら、切り抜けることができると信じただろう。しかし、今、彼女はいない。DYRAも、RAAZも、マイヨもいないのだ。

 タヌは自分の無力さを痛感する。こういうときはどうしたらいいのか。だが、良い方法が何も思い浮かばない。

 悔しい表情で天を仰ぎ見る。ゆっくりと視線を戻したときだった。

「──!」

 突然、タヌは背後から口を塞がれた。

「──! ──!」

 悲鳴にも似た声を上げたつもりだが、口元を塞がれているため、麓側にいるキリアンたちへは届かない。タヌはその状態のまま、何者かによって、山の中腹側へと身体を引きずられた。

「!」

 タヌは足下を意識し、自分を引きずる何者かと足取りのテンポを合わせるべく、バランスを取り戻す。次に口元を塞ぐ手を外そうとするが、これはできなかった。力が違いすぎる。見た感じ、そんなに太い腕でもないのに、力が強い。おまけに頬骨のあたりにおかれた親指にも力が入っているためか、そう簡単に外れない。

 木々の陰から建物を見ることが完全にできなくなるほど離れたあたりで、耳元で小さな、だがハッキリとした男の声が聞こえた。

「落ち着いて。大きな声を出さないで」

 聞き覚えある声に、タヌはハッとした。

 口元を塞いでいた手が離れると、タヌはすぐに振り返った。そこにいたのは、土気色を思わせる病人のような顔色の肌、目鼻立ちがハッキリした顔立ちと、アレキサンドライトを彷彿とさせる緑とも紫とも取れるような瞳をった、ぱっと見で男か女かわからない人物だ。

「……キエーザさん? ですよね。あの、どうしてここに? アントネッラさんたちと」

 ここにいるとは夢にも思わなかった人物の登場に、タヌは驚くと同時に少しだけ安堵する。

「話は後で。昨日の夜明け前、フランチェスコで面倒が起こった」

「め、めんど、う?」

 タヌは心配そうな顔でキエーザを見る。

「刺客が五人、隠れ家に雪崩れ込んできて、アントネッラさんの身柄を取られた。自分たちを足止めしようとした刺客を返り討ちして、彼女を攫った連中を追い掛けた。その先でまた話が難しくなってな」

 話を聞いたタヌは表情を引き攣らせた。

「あの、マイヨさんは?」

「深夜にマイヨが外したところを狙われたんだ」

 マイヨが時折いなくなることはタヌも知っていた。DYRAやRAAZと同じような存在であるにも関わらず、彼らとは比べものにならないほど体力の消耗が激しい様子だった。少しでも体力を回復させようとしているのだろう。けれども、事態はその間隙を縫って起こったという。マイヨは知っているのだろうか。アントネッラやジャンニは無事なのだろうか。タヌの頭の中でそんな思いがぐるぐる回る。

「君はどうしてここに一人で? 会長や何でも屋と一緒だったのでは?」

 キエーザの問いに、タヌは山の麓を指さしながら、簡単に今おかれている状況を説明をした。

 タヌからの説明に、キエーザは渋い顔をした。

「……なるほど。会長は昨日無事にあの女性と合流し、君は何でも屋と動いている。そして今、そこに父親がいる。しかも、偽物と本物が争っているとかではない。おまけにあの男と一緒にいると」

「はい」

「あの男がいるとなると、助けにいくのは確かに……」

「ボクでできるなら」

 とっくにやっている。タヌはそう言いたいのを堪えた。

「しかし、何でも屋だけならともかく、助けるには人数が多いな」

 言いながら、キエーザは背中に背負っていた鞄を下ろすと、中身を確かめる。タヌも覗き込む。が、入っているのは見たこともないものばかりだ。

「何が入っているんですか?」

「どれも、いざとなったら会長が『使え』とおっしゃっていたものだ。とはいえ、あまり良いものではないが」

 キエーザは中かいくつかを取り出す。握りしめてちょうど手の中に収まるくらいの大きさのものだ。だが、タヌはそれが何かわからない。

「君は、どこへ行って何をしようと動いていた? 会長から、何を言われていた?」

「DYRAは、『文明の遺産』がある場所へ行くって。ボクは、DYRAから一緒に来るなって言われていて。それでも、ボクはその一歩手前で父さんを止めないといけないから」

「女性と、会長は一緒に?」

「はい。DYRAは、『文明の遺産』を確保するのはRAAZさんやマイヨさんが危害に及ばないようにするためって」

「ということは、西の果て、海に現れたというあの塔へ向かっていたということか?」

「え……」

 そう断言していいのだろうか。タヌはキエーザを見ながら「多分」と呟くのが精一杯だった。

「そうなると、気になることが出てくる」

「え?」

 キエーザが呟くと、タヌは怪訝な表情を浮かべた。

「これからどうする?」

「『どうする』って?」

「君には選択肢が二つある」

「はい」

「一つは、麓にいるという何でも屋たちを待つ。もう一つは、あとから来ると信じて、いったん身の安全を確保しつつ、態勢を立て直して西へ向かう」

「立て直して……」

「それが何人になるかはともかく」

「なら、皆で……」

 タヌの言葉は続かなかった。キエーザの表情が、視線が、そんな甘いことを言うなと言わんばかりだったからだ。

「今から三〇分待て。三〇分後、ここで合流した顔ぶれで移動する。もし知った顔以外が近づいてきたら必ず隠れるように。君はどんなことがあろうとも捕まってはいけない」

 キエーザは言いながら、持っている懐中時計をタヌへ差し出す。次に鞄をタヌの足下に置いた。

「もう一つ。三〇分経った時点で万が一にも誰も来なかったときは、君は鞄から地図を出して、早々に進むこと。待ってはいけない。同じ場所に長くいてはいけないから。先に行っても、そのうち追いつく」

「わ、わかりました」

 タヌは本当に大丈夫だろうかと心細かった。が、それを言葉にすることはなかった。キエーザはもう、麓の方へと移動を始めたからだ。

 この後しばらくの間、タヌは時計と周囲とに何度も視線を行ったり来たりさせた。ここで待つしかないのはわかっている。わかっているが、とにかく落ち着かない。

 時計の針が一五分少々経過したことを告げたときだった。

 ちょうどタヌが大木に背を預けたとき、突如、地響きと共に恐ろしい音が響いた。

「!」

 声を上げるより先にタヌの両肩や足のあたりを熱を帯びた強めの風が通り抜ける。何が起こったのかわからず、思わず身を屈めるとすぐに、キエーザが持ってきた鞄を後頭部から首のあたりに当て、楯のようにした。

 周辺の、そんなの太くない木がボキボキと折れて次々倒れる。幸い、タヌが身体を預けた木は衝撃に耐えたのか、無事だった。が、それでも、折れた枝の一部が頭の上にバサバサと降ってきた。

 音や地響き、風が止んだのがわかったところで、タヌはゆっくりと屈んだ身を少しだけ起こし、振り返る。木の陰からそっと、麓の方を見た。

「ええっ!」

 建物が燃えて、もうもうと煙が立ち込めているではないか。

 下りて様子を見に行くべきか。それとも──。

 タヌは一瞬、躊躇したものの、次の瞬間には麓の方へ向かって走り出した。



321:【MORATA】どうしてこうなった!? タヌは目の前の現実を処理しきれない



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 クッソ暑い日々ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 気がつけばいよいよコミケまで2週間を切りました!

 姫月もサークル参加しておりますので、是非、当日コミケご参加される方は当サークルにも遊びに来て下さい。


 8月17日(日) 南g26a 11PK


 新刊はゴシックSF小説「DYRA」15巻! Web版とは違う展開に驚いて下さい! そしてもちろん、みけちくわさん描き下ろし表紙カバーも健在! サークルスペースには特大ポスターも飾っております!

 去年末登場し、ファンの皆様、初見さんいずれからも満足度が凄まじく高い、あの「DYRA SOLO」も出しております!


 コミケご参加される方、当サークルにも是非足を運んでいただければ幸いです。

 引き続き応援、よろしくお願いいたします!

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