320:【MORATA】タヌは父親をめぐる真実にたどり着……──
前回までの「DYRA」----------
チーロの助けを借りて、海上ルートでネスタ山の西北側の岩場海岸へ向かったタヌとキリアン。こちらからならマロッタやピルロなど陸路を使うことなくモラタへ行かれる。目的地はモラタ。迎えるディミトリ。タヌたちはたどり着いたものの──。
「ディミトリさん」
地下の抜け道を走りながらタヌが問う。
「誰が来てたんですか?」
「お前はそんなことを知りたいんじゃなくて、イスラ様に聞きたいことあるんだろ? で、用心棒の兄さん」
「ん?」
「タヌとイスラ様の話が終わったら、ソッコーでモラタ出ろ。面倒に巻き込むワケには行かないからな」
「何が起きているんや?」
「だから聞くなって。こっちの面倒にそっちを巻き込む気はないしな」
即答するディミトリの様子に、タヌは、よほどのことが起こっているけど、絶対に話さないだろうと確信する。
「どういうこっちゃ?」
「とにかく、そのタヌってヤツと絶対に逃げろってこった」
大きな声を出せないなりではあるが、しっかりとした声でディミトリが言い切った。
「あと、思ったより時間は多くないから、急げよ」
ディミトリは立ち止まると、右側の壁の一角を軽く押す。天井が開き、梯子が下りてきた。
「これ上っていけ。イスラ様がいる部屋の隣部屋に出るから」
キリアンが返事をするやすぐにタヌの身体を持ち上げ、先に梯子を上らせる。タヌがある程度上ったのを見ると、すぐに続いた。ディミトリはそれを見届けから再び壁に触れ、天井を元通りにすると、さらに奥へと全速力で走り出した。
「物置?」
「そうだなあ。何か物置みたいな部屋やな」
タヌとキリアンは、うーんと言いたげな声を出しながら、たどり着いた部屋を見回した。窓はなく、今いる周囲を除き、木箱やら丸められた絨毯やら色々なものが足の踏み場もなくなりそうな勢いで置いてある。外、それも遠くの方から微かに声やら物音が聞こえてくるが、何が起こっているのかはわからない。
「隣の部屋が、って」
「そういうことか」
キリアンが納得したような顔で親指を立てる。
「どういうことですか?」
「ここに隠し通路があることを隠すために、物置を装っているってこった」
説明を聞いて、タヌも声には出さないが、「そっか!」と言いたげな顔で頷いた。
キリアンが先に行き、扉をそっと、ほんの少しだけ開けて様子を見る。廊下に人の気配はない。
タヌはキリアンについていく形で部屋を出た。部屋は廊下の隅にあったので、隣の部屋の扉は一つだけだった。見覚えのある廊下に、タヌは安堵した。
キリアンが扉を軽く叩くも、反応がない。何度が試みたが、やはり結果は同じだ。
「おらんのか?」
タヌはここで、食堂の店長と一緒に来たときのことを思い出す。
「もしかして」
タヌは言いながら、扉をノックする。最初は三回。次に一回。さらにもう二回。
しばらくすると、扉の内側から解錠する音が聞こえてきた。
「そういうことか」
「前、ディミトリさんはこの叩き方をしていたの思い出して」
向こう側から扉が開いた。現れたのは、数日前にモラタを訪ねたときに最初に会った、いかつい顔の若い男だった。
「あ、確か、この間、ディミトリさんを訪ねてきた?」
「はい。ディミトリさんから、ここに行って、副会長さんと話してこいって言われて」
「そっか。今、ちょっと外が大変なことになっている。手短に。それと、カーテンを開けない。大きな声を出さない。いいな?」
「は、はい」
タヌは中へと入った。
「お連れの兄さん、ちょっと状況がヤバイ。俺と一緒にここで」
「何や、俺はタヌ君の……」
「だからだよっ」
若い男はそう言って、キリアンへ耳打ちした。
タヌは、部屋の奥にある衝立の向こうへ入った。
衝立の向こう側にある二人用テーブル席には、タヌが良く見知った一人の老人がいた。錬金協会の副会長だ。
「こんにちは」
「タヌ君。来てくれて良かった。もうすぐ、会えなくなるかも知れないからね。そこに座って」
いきなりの切り出しに、タヌはギョッとした表情を浮かべつつ、勧められた向かい側の席に腰を下ろす。
「えっ」
「今日わざわざ来たのは、私に言いたいことが、聞きたいことがあるからだろう? それも、この間とは明らかに状況が変わった、と」
「そうです」
「言ってごらん」
その言葉に、タヌは呼吸を整えてから口を開く。
「あの、ボク最初は『父さんを傷つけてはいけない』って言ってくれたあの意味がわかりませんでした。でも、今ならわかる気がするんです」
「今なら?」
「DYRAは、ボクの父さんに『トレゼゲ島で会った』って」
老人が表情を硬くする。
「最初は何を言っているんだろうって。でもDYRAは嘘をつかない、嘘をつく理由もない。なら、それが何を意味しているんだろうって」
「続けて」
タヌは自分なりにDYRAの真意を理解したからこそ、短い質問で確実な答えを得るにはどう聞けばいいのか考える。言葉を選び間違えてはいけない。そんなプレッシャーで押し潰されそうにもなるが、それでも耐える。
「言葉を選んだりしなくていい。思うより、時間は少ないかも知れない」
諭すように告げた老人に、タヌは気持ちを固めるように深呼吸をしてから告げる。
「副会長さんが知っていること、全部教えて下さい。父さんの居場所じゃないです。父さんのこと、特に、ハーランさんとのこと」
ハーラン。タヌはこの名前を出していいのか迷った。しかし、RAAZが「四〇日のうちに」と期限を切っていたことや、老人が今しがた「時間は少ない」と言ったことが決断させた。
「それと……」
タヌが畳みかけるように言葉を続ける。
「副会長さん。実は父さんがすり替わっていたことも、知っていたんじゃないですか?」
ここまで話してから、タヌは老人からの答えを待つ。数秒のはずなのに、永遠のように感じられる。目を逸らさず、まっすぐ老人の目を見る。
やがて、老人が一瞬だけ外の様子を気に掛ける仕草をした後、眦を下げてタヌを見た。
「短い間に、随分しっかりした子になったね。フランチェスコの図書館や、マロッタであの三つ編みの彼といたときとは別人のようだ」
老人は天井を少しの間仰ぎ見てから、ふうっと深い息を吐いた。
「そこまでたどり着くとは、すごい行動力だ」
「ボクだけじゃ、無理でした」
DYRAがいたからこそ、彼女の力があったからこそたどり着いた。タヌは本心からそう思った。
「以前なら、その名前を知った人間は、本来なら無条件でいなくなってもらうところだった」
錬金協会で反主流派だった人たちはやっぱりハーランと繋がっていると知っていたのか。一瞬、タヌは動揺するが、話を聞こうと、口を挟まない。
「ハーラン。名前は私も聞いていた。会ったのは本当に数えるくらいでな。あるときから、彼との連絡役、いや、ある意味代弁者というか、その役目はお父さんが担っていた」
タヌは一瞬、目の前が真っ暗になりそうだった。
「それって……」
「彼はそう、いつも見えない何かに対して恐ろしいほど警戒をしていたのか、姿を現すことはあまりなかった。二〇年以上の月日が流れてもなお、私が会ったのは数えるほどだ。裏を返せば、お父さんだけが信用されていた、ということだ」
「父さんだけが、ハーランさんから?」
「そうなる。あれは確か……二〇年か、そのくらい、いや、もうちょっとか? お父さんは今いるこの場所で彼が連れてきた人と一緒に勉強をしていたんだ」
タヌは、老人の言葉を一言たりとも聞き逃すまいと集中する。
「たくさんのことを学んでいた」
タヌは小さく頷く。
「何年かして、今度は教える側になった。それが二〇年くらい前か。でも、このときこの場所でまさに事件が起こった。それで、教え子になるはずの子は殺されて……」
ここでタヌは、何かに気づく。
「もしかして、この間、店長さんが言っていた、あのこと……?」
「よく覚えていたね。その通りだ。あのときはもう、お父さんたちを逃がすのが精一杯だった」
「父さん……たち? 父さんと、ハーランさん?」
「だけじゃない。彼と、彼が連れてきた人もだ」
どうして今、DYRAはここにいないのか。一緒にいてくれれば話の内容を突合できたのに。父親と、ハーランと、もう一人は誰なのか。
「それで、そう、その後、お父さんたちは身の安全を確保するため、姿を消したんだ」
「あのっ」
「何だい」
「父さんと、ハーランさんと、もう一人は誰なんですか?」
「詳しいことは知らない。ただ、どこからか耳に入ったのは、トレゼゲ島の生き残りの長老だ、と」
トレゼゲ島の生き残りの長老。タヌは、一人、あの人ではと気づく。
「島が沈む原因を作っておいて! 私がこんな身体で一〇〇〇年以上も無理矢理生かされているのも! 全部、あなたのせいだというのに!」
「お前とヤッたあの男の手で、死ねない身体にさせられたんだ。ラ・モルテ伝説が嘘でもトンデモでもないことの、生き証人として」
「私たちへ希望を約束した人を、トレゼゲの民は渡さない!」
「ウーゴって人だ……!」
「名前はわからない。聞いていなかった。申し訳ない」
「いえ」
「お父さんを捜すうちに、私の知らないことにまでたどり着いていたなら、私は感服するしかない」
老人が席を立ち、背の低い棚から手紙の束を取り出すと、タヌへ手渡した。
「その騒ぎの後しばらくの間、お父さんとやりとりした手紙だ。持っていきなさい。今となっては、君が持っているのがいいだろう」
「あ、ありがとうございます」
タヌは受け取ると、すぐに鞄の中にしまった。鞄を閉じて留め部をベルトで留めたときだった。
突然、大きな物音と銃声が鳴り響いた。
「えっ……?」
続いて廊下の方からバタバタと足音らしいものが聞こえてくる。
「タヌ君。行きなさい」
老人は顔色を変えて告げた。タヌが返事をするより早く別の物音が響く。
「タヌ君!」
キリアンが衝立の向こうから駆け込んできだ。
「最悪やっ! はよっ!」
タヌを庇うような態勢でキリアンが横に立った。タヌは、老人は何が起きているのかわかっている様子に何かを感じ取る。
「私が時間を稼ぐから、あっちの鏡の裏にある隠し扉から逃げなさい」
全身を映せる大鏡が部屋のレイアウトから見て死角となる位置に壁に立てかけてあった。キリアンは見るなり、タヌを抱きかかえ、走り出す。
同時に、見覚えがある人物が入ってくる。
「父さ……!」
部屋に入ってきたのは、見たこともない銃を手にしたピッポだった。
タヌの声を遮る形で老人と、ピッポを追うように部屋へ飛び込んだディミトリとがもみ合いになった。その隙にとばかりにキリアンは迷わず鏡を横にずらすと、そこから隠し通路へ飛び込んだ。
キリアンが内側から元通りにしたとき、二人は気づく。鏡は隠し通路側から部屋が見える、仕組みになっているのだ、と。文明が文明なら、マジックミラーと呼ばれるものだ。
「キリアンさん、あ──」
「静かに!」
キリアンは叫び出しそうになったタヌの口をすぐさま塞ぐと、その状態のまま引きずるような態勢で走りだした。
ほどなく出口が見えてくる。ここもマジックミラーなのか、外が見えた。騒ぎの声こそ聞こえるものの、人の気配はない。
「いこ」
その声を合図に、キリアンがそっと開くと、二人は外へ出た。そこは村の端にある、木材が山積みになった場所の陰だった。
「あれ、ピッポさんや……」
キリアンはタヌの顔を見ながら小さく頷いた。
「父さんが、どうして、副会長さんを」
「何が、どうなっとるんや」
「な……」
タヌが何かを言おうとしたときだった。
「!」
キリアンは反射的にタヌに覆い被さり積み上げられた材木置き場の陰に倒れこんだ。一瞬の差で、ドン! という大きな音が響き渡った。
「ぐっ」
積まれた材木の一部が崩れ、タヌやキリアンの上にも落ちてきた。
「大丈夫か? タヌ君」
「あ、はい。でも、すごい……」
運良く、崩れた材木がキリアンの身体に当たることはなかった。材木の山の側面に身体を密着させたことが幸いし、結果的に屋根か覆いのような形になったのだ。
「タヌ君は運がええんや。だから、オレもあやかれた、ってこったな」
キリアンが言ったときだった。
「ああっ!!」
タヌはキリアンの肩越しに人影を見た。銃を構えていた──。
320:【MORATA】タヌは父親をめぐる真実にたどり着……──
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クッソ暑い日々ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
書けるときに書くスタンスなので、もう一気に行くなら今しかないとばかりにやっております。
少しずつランク入りするようになったこともございまして、最近になって読み始めた方もいらっしゃるかも知れません。
「いや、これ先が結構気になるんだけど」とか思っていただけましたら、ブックマークなどで応援いただけると嬉しいです。
また、無事に夏コミもサークル当選しましたので、併せてご報告いたします。
8月17日(日) 南g26a 11PK
新刊はゴシックSF小説「DYRA」15巻! もちろん、みけちくわさん描き下ろし表紙カバーも健在!
コミケご参加される方、当サークルにも是非足を運んでいただければ幸いです。
引き続き応援、よろしくお願いいたします!