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317:【?????】マイヨ、わずか数日での世界の風景激変に絶望しかける

前回までの「DYRA」----------

 タヌはキリアンと共に馬車で移動を開始。キリアンはタヌに自分なりに考えた現状からある仮説を仄めかす。

 道中、二人は気づかない。カメラを構えた人々が思い思いに写真撮影をしていたことを──。


 まとまった量のナノマシンが補充できない。その悩みを抱えたまま、マイヨは一度、フランチェスコにある、アントネッラたちが隠れている家がある区画まで戻った。

「確か、この辺か」

 ここで、マイヨはヒソヒソともガヤガヤとも、何とも穏やかならぬ雰囲気になって集まっている一団に気づいた。野次馬だ。

「どうしたんですか」

 マイヨは何食わぬ顔をして近寄った。集まる人々の表情は何人かはともかく、大半の人たちのそれは硬い。恐怖と動揺の色が浮かんでいる。

「あそこだよ、あそこの家」

 誰かに声を掛けようかなどと思っていたところで、野次馬の一人がどこかを指差す。示した先は住宅街の一角だった。一軒を中心として、三軒くらいまとめて丸焦げになってしまっているではないか。マイヨは、火事の野次馬なのかと思うも、場所が場所だけに確認する必要がある。あたりで声を掛けても良さそうな人物を探す。

「何が起こったの?」

 野次馬の一人に問う。

「ええ。ほんのちょっと前にね。いきなりドーンって、すごい音を立ててそのまま大火事になったのよ、ここ」

「大火事?」

「ええ」

 マイヨは人々が何か話していることなどほとんど耳を貸さず、建物をじっと見つめる。焦げ方が普通ではない。まんべんなく焦げているではないか。

「火事、いや……」

 そうではない。ドーンという音と共に火事になったという。この派手な丸焦げ振りを見る限り、火事というより、爆発と言った方が適切な気がしてならない。

「それで、家の中の人は?」

 マイヨが誰にとなく声を掛けた。

「あー。そう言えば」

 すぐ近くにいた別の中年男が思い出したように答える。

「夜明けすぐくらいか。真ん中の家に行商人が訪ねてきた。その後、物音がして」

「その後は?」

「家人が出てきたよ。最初は小柄な男。で、そいつが行商人と何か言い争いを始めたんだ。そうしたらもう一人、ちょっと顔色悪そうな若い男が出てきた」

「それ、ボクも見たよ」

 別の野次馬、今度はあどけない顔の少年も声を上げた。マイヨは話す少年を見る。

「行商人が乗っていた荷馬車から何か農民みたいな人が何人も下りてきて、家にいた犬を連れた女の子を強引に乗せていた」

「何だって?」

 マイヨは嫌な予感を抱くが、どこで誰が見ているかわからない。遅れてやってきた野次馬の一人に徹する。

「その後、揉めていたところにその人たちが入ってった」

「へぇ。それで?」

「何か怖い音がしたからそっと離れちゃった。ごめん、わかんないや」

「物騒だなぁ」

 焦げた家を見た。そのとき、中からとび口を持った男たちが三人出てきた。服装から、火消し役だとわかる。

「ダメだ。誰も助かっちゃいない」

 その言葉に、野次馬たちがどよめく。火消しは言葉を続ける。

「両脇の家人は寝ている間か、寝起き直後に巻き込まれたっぽい。かわいそうに。けど、すごいのは真ん中だ。焦げまくっていて、顔もわからない」

「何だって!」

「焦げているだなんて」

「あー、中で五人、丸焦げだ」

 顔もわからない。焦げている。これらの言葉に、マイヨは呼吸が僅かに速くなった。

「一体……」

 マイヨは状況を頭の中で整理した。

 朝、行商人が来た。最初に男が対応し、その間に荷馬車から何人も人が下りてきた。二人目に対応したのは顔色の悪い男。そして連れ出されたのは犬を連れた女の子。何を告げているかは明確だ。

(アントネッラで間違いない)

 だが、家の中で五人が身元判別さえできない焼死体というのはどういうことなのか。ジャンニやキエーザなのか。それとも押しかけてきた連中を返り討ちして、彼女を乗せた荷馬車を追い、荷馬車から下りてきた連中が自爆でもしたというのか。情報がまったく足りない。

「その、焦げた人って」

 マイヨが反射的に火消し役の一人に聞いた。

「二人は背中に椅子の背もたれ、足に椅子の脚が一緒にくっついていた。恐らく、座っているときに……」

 聞いた瞬間、マイヨはイメージが浮かぶ。そして今起こっていることが何を意味するかも理解する。それは考え得る限り、限りなく最悪に近いそれだ。

 これからどうすれば、どう動けばいいのだ。マイヨは必死に平静を装いながら、冷静に考える時間を求めた。

 そのときだった。

 足首のあたりに、くすぐったい感触が伝わった。すぐに足下を見る。見覚えある翡翠の首輪を填めた子犬の姿があった。

「お……。どこ行っていたんだ?」

 マイヨは周囲から怪しまれぬよう、何食わぬ顔をして身を屈めると、子犬を抱き上げた。

 子犬はマイヨと目が合うなり、何かを訴えるように吠える。ほぼ同時に、遠くから何人かの男たちの声が聞こえた。

「──おい! 犬を探せ!」

「──捕まえるか、殺せ!」

 聞こえてくる声は殺気立っていた。マイヨは手近にいる女性の野次馬に声を掛けた。

「やぁ、探していた飼い犬が見つかって良かった。でも、散歩帰りなのに、とんでもないものを見ちゃったな」

 そう言って笑みを浮かべた。話しかけられた女性は容姿端麗な男から話しかけられたことが嬉しかったのか、幸せそうな笑みを浮かべて何度も頷いた。それが近くにいる女性たちにも聞こえたのか、女たちが皆、野次馬からそっと抜け出すマイヨへ笑顔を見せた。

「──おい! イヌいなかったか!?」

「──さぁ。飼い主と一緒にいるワンちゃんなら見たけど」

「──そうよねぇ。そんな走ってきたワンワンなんてねぇ」

 男たちと女たちのやりとりを聞きながら、マイヨはそっと人の輪から外れ、森の方へと歩いた。このとき、野次馬の輪から外れるのと入れ替わるように、首から胸元あたりに箱をぶら下げた数名の男たちが割って入ってきた。やがて焼けた家の方へその箱を向け、何かを始めた。その箱の前方には、丸いレンズが二つついていた。去り際、マイヨはそれをしっかりと見ていた。


「まずいなぁ。もう、俺たちが思っているよりはるかに残された時間が少ない。おまけんび、カードはハーランがほぼ手元に揃えつつあるってことか。それにしても……」

 子犬を抱きかかえたまま、人気のない森の中をマイヨは歩き続ける。

「なぁ。少し前まで話していた人間が死んだかもって知らされたときに味わうのって、こういう感覚なんだな。君の面倒を見ていたあの子が死んだとき感じた気持ちも、俺が頭でわかっていてもよくわからなかったものだった。でも、今はハッキリわかる」

 子犬が寄り添うようにマイヨの胸元に顔を置く。

「それにしても、ハーラン。予想以上の速さだ」

 今起こっている出来事を前に、マイヨはこの文明世界に住む人々が少しずつ、だが、確実にハーランが目指す先の世界へ魅力を感じ、ついて行く道を選んでいるのかも知れないと肌で感じた。去り際に見たのは、間違いなく二眼レフカメラの前身だ。文明が文明なら、オブスキュラ、ダゲレオなどと称されたタイプや、乾板式などをすっ飛ばし、いきなり二眼レフ、ロールフィルム式だ。恐らく、ハーラン側が技術を出したと見て間違いない。

「もう、この流れは止められない」

 進んだものを間の当たりした上、一部については触ることまで許されたことで、人々の中で憧れの感情が爆発、そちらへの流れが止まらなくなったのだ。開いてしまった魔法の箱の中身を見たとき、人々はその裏に潜む影の部分を見ず、光の部分だけを見て歓喜している。この感情が一気に伝播してしまったのだ。勝負はもう、決まったも同然だ。

「こうなってしまった以上、この流れはたった三人の『異物』である俺たちにはもう、止められない……」

 マイヨはふっと子犬に目をやった。悲しそうな目で見つめていた。

「大丈夫。アントネッラは必ず助ける。お前も協力してくれるよな?」

 マイヨの言葉がわかるのか、子犬は鼻を鳴らした。

「……超伝送量子ネットワークシステムに灯を入れる。『ヴェリーチェ』復活は俺が阻止するし、ハーランの懐に必ず死の片道切符を押し込んでやる」

 意を決して森の木を見上げたときだった。

 ガサガサと足音が聞こえた。

 追っ手かも知れない。ここで見つかったり面倒を起こすわけにはいかない。


317:【?????】マイヨ、わずか数日での世界の風景激変に絶望しかける2025/07/07 20:00



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 夏コミ(#C106)準備のため、連載を止めておりましたが、先週より無事に再開しております。

 ラストまではもう確定で決まっておりますので、一気に走り抜ける予定です。引き続きの応援をどうぞよろしくお願いいたします!


 また、無事に夏コミもサークル当選しましたので、併せてご報告いたします。


 8月17日(日) 南g26a 11PK


 新刊はゴシックSF小説「DYRA」15巻! もちろん、みけちくわさん描き下ろし表紙カバーも健在!

 コミケご参加される方、当サークルにも是非足を運んでいただければ幸いです。

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