315:【?????】その選択が旅を思わぬ方向へ。タヌは自分の意思でそれを成す
前回までの「DYRA」----------
DYRAはRAAZの助けでメレトへ。そしてついにタヌと再会を果たす。何を言い、何を言わないのか。悩みながらDYRAはトレゼゲ島でフィリッポと会ったことや彼がハーランと行動を共にしていることを話した。タヌはそれでも父親と「会って話したい」と言い切った。
DYRAから『文明の遺産』が誰かの手に入ったらどうなるのか聞いたタヌは、空を仰ぎ見たり俯いたり、時折DYRAの顔も見る。その間、一言も発さなかった。
タヌはここまでの出来事の数々やDYRAから聞いた話をもとに、今一度、これからのことを考え、自分の中でまとめる。DYRAはそんなタヌを見ながら、静かにコーヒーを飲んで待つ。
「DYRA」
ようやく考えをまとめたタヌが声を掛けた。
「聞いて良い? 詮索とかじゃなくて」
「何だ」
「DYRAはこれからどうするの? っていうか、『文明の遺産』を見つけて、その後、どうしたい?」
「『ハーランに渡さない』」
「うん。それはそうだよね。DYRAやRAAZさんだって、自分の身を守らないとって話だったし」
「ああ」
「ハーランさんは、『文明の遺産』を使って『何か』をしたい。でも、DYRAはそれが良いモノじゃないって感じている。RAAZさんやマイヨさんも。そういえば、RAAZさんは……」
タヌは、RAAZがDYRAに亡くなった妻を重ねていた様子を思い返す。もしかしたら、その人を生き返らせるために『文明の遺産』を使いたいのか。もし本当にそうだったら、DYRAが言葉に出したりすることはなくても、ひどく悲しむのではないか。それが逆に恐ろしい災いをもたらす発火点になってしまうのではないか。そんなことになってほしくない。
「うーん。マイヨさんはあんまり興味なさそう。っていうか、アントネッラさんと『文明の遺産』を廃棄することを約束していたし」
「そんな約束をしたのか。よくRAAZが許したな」
DYRAの指摘に、タヌは小さく頷いた。
「多分、ああいう約束をしないと、RAAZさんたちもアントネッラさんもお互いを信用できないみたいな」
話しながら、タヌはマロッタで話し合ったあの場にDYRAがいなくて良かった、などと思う。あの場にいたら、マイヨもアントネッラを宥めることができたかわからない。それどころか、RAAZが怒りで話し合いをぶち壊していたかも知れない。
「そうか」
「それで、DYRAはどうしたいのかな? って。気になったんだ」
「考えたこともなかった。どちらにしろ、手に入れてから考える」
淀みない口調で、だがあっさりと告げたDYRAに、タヌは少しだけ拍子抜けする一方、疑問を抱いた。出会ってからこの方、DYRAは自分から何かをしたいと意思表明したことがあっただろうか。タヌが知る限り、父親捜しに最後までつきあうと言ってくれたときくらいだ。だが、今はそこを考える余裕はなかった。
「もし、その、『文明の遺産』が何かとんでもないものだったとして。DYRAは悪いことや恐ろしいことには使わないと信じている。けど」
「タヌ。今まで知ったことや話の詰み重ねからある程度わかっているとは思うが、『文明の遺産』は『技術』だ。つまり、宝石や金銀のような形あるものではない。仮に私が手にしたとして、使い方がわからない。RAAZは……思い出せ。あの男が悪用したか?」
DYRAに言われてタヌは記憶をたどる。
「そういえば、港であったあのお兄さんも……」
アニェッリの港で思わぬ再会を果たした、ペッレでアオオオカミに襲撃された青年をタヌは思い出す。彼が言った言葉も。
「この船は小さいけど、サルヴァトーレさんのところで特注で作ってもらった船です」
「マロッタの食堂には他のお店にはないようなすごい石窯があって、それもサルヴァトーレさんが発明したって」
「サルヴァトーレさん、っと、RAAZさんは皆が使えるものを」
「ああ」
「マイヨさんは、ボクたちに技術を使わせたくないって感じだし」
この時点で、RAAZたちと自分の父親やハーランたち、どちらが『文明の遺産』を手にするに相応しくないかは明白だ。
タヌは腕を組み「うーん」などと声を上げ、視線だけを動かす。
「……やっぱり」
しばらく経って、タヌは切り出す。
「DYRA。ボクは父さんに会いたい! それ以上に、父さんがやろうとしていることを止めなきゃ」
「そうだな」
「DYRA。ボクが一人で行ったら殺されるっていうなら、やっぱり一緒に行こうよ。その、最終目的地の手前で父さんを止めるができれば、DYRAとの約束、『最終目的地へは一緒に来るな』を守ることもできる」
タヌなりに考えての折衷案だった。
「RAAZが許すと思うか? お前の父親と一緒にいたハーランはあのとき、私にこうも言った。『忌み嫌われる死神でいるより、この世界の人間たちから至高神と呼ばれて大切にされる方が格段に幸せだと思うがね?』と。RAAZがいる前でだぞ?」
「何それ?」
「早い話が、お前たちの世界の人間すべてが私を崇めるようにすることができる、と」
「はい?」
タヌは言葉の意味がまるっきり理解できず、小首をかしげた。
「だろ?」
DYRAが一瞬だけ、クスリと笑みを洩らす。だが、その後、厳しい表情を浮かべる。
「そういうことだ」
「どういうこと?」
「恐らく、ハーランがやりたいことの一つは、そういうことだ。『文明の遺産』という名の暴力装置を隠し持つだけでは飽き足らず、人々の恐怖の象徴を手にすることで、優しい隣人のフリをして近づき、硬軟両様を使い分ける」
タヌは、ここでハッとすると、引き攣った声を上げた。
「あのときのあれって……!」
ハーランに連れて行かれたときに言われた言葉をタヌは思い出す。
「俺だって人間だ。嫌われ、蔑まれるより、たとえささやかでも敬意を払われ、静かに暮らせる方が良いに決まっている」
DYRAからの指摘で、タヌはハーランの言葉の真意を想像した。
見方次第では、混乱が起こっても自分は直接当時者になることなく安全な場所を確保するという意味ではないのか。それも、人々の恐怖の象徴としてDYRAを利用し、それを隠れ蓑にして。DYRAから言われるまで夢にも思わなかった。タヌは彼女が言った、嘘も言わないが、本当のことも言わないハーランという人物評の本質を垣間見る。
「何か、覚えがあるのか?」
「うん。もしかして、って」
「ならば、お前一人で何とかなる相手じゃないことくらい、わかっただろう?」
約束事を守りながらずるをやる。それは、本当の意味でずるい大人なのではないか。RAAZも一筋縄ではいかないし、マイヨも外見からでは想像もつかぬ曲者だ。それでも、二人は筋を通している。姑息なこともしない。するときは、それが褒められないと理解した上でやる潔さもある。だが、ハーランはそうでない。褒められないことを涼しい顔でやってのけるということか。タヌはそれでも諦めず、何か方法はないかと道を模索する。
「DYRA。今、ちょっとだけ、部屋で一人で考えて良い? 一番奥の部屋」
「ああ」
了承を得ると、タヌは席を立った。
「コーヒーをおかわりして、飲み終わったら蔵書部屋に来てほしいんだ。それで、お願いなんだけど……」
タヌは最後の部分をDYRAへ小声で告げてから、真鍮でできたどこかの部屋の鍵を持って屋敷へと入った。DYRAは難しい表情でタヌの背中を見送った。
DYRAが再び着席すると、タヌと入れ替わるように小間使いが現れ、コーヒーポットを新しいものと交換し、焼き菓子を置いていった。
「何を考えているんだ?」
熱いコーヒーをポットからカップへ注ぐと、DYRAはふと、周囲へ目をやった。庭の目立たない場所でキリアンと何やら話し込んでいる。
遠目からでもわかるくらい、わざとらしいほど味わい深そうにコーヒーを飲む。その後、もう一度ちらりと目をやり、RAAZとキリアンが気づいている様子がないのを確かめる。DYRAはここでそっと席を立ち、目立たぬように屋敷へ移動すると、その足で蔵書部屋へ向かった。
「タヌ? ……? あいつ、人を呼んでおいていないのか?」
DYRAは蔵書室の一角にある読書用のテーブルセットに目をやった。畳んである白い紙が二枚置かれていた。DYRAは二枚を手に取ると、一枚目に目を通す。
(……なっ、何てヤツだ!)
続いて、二枚目にも目を通す。
(ったくっ!)
読み終えるとDYRAは二枚まとめてぐしゃりと掴むと、そのまま蔵書室を出て廊下を移動、客人用の寝室の扉を開けて、中へと入った。
ざっと見回すと、天蓋があるベッドの枕元に見覚えあるものが目に飛び込んだ。DYRAはそちらへ走ると、枕元に置かれたものを手にとった。DYRAの財布だった。旅の間、何度か白い四角い鞄に入って届けられたそれは、恐ろしく軽かった。だが、DYRAはそんなことなど気にも留めず、財布を開く。
中には干し肉の入った袋のひもで通された、これまた見覚えあるものが入っているではないか──。
(あの紙には……)
手の中でくしゃくしゃになった紙に再度、目を通す。
「ふっ……」
タヌが何を考え、何を思いこんなことをしているのかを察すると、DYRAは苦笑を漏らした。
「『最終目的地』の、『一歩手前』で……か。確かに、お前の言うとおり、それしかない」
タヌが何を考えているのかわかった以上、それに全力で応えるだけだ。DYRAはくしゃくしゃになった紙をビリビリと細かく破ると、破片を手の中に握りしめ、寂しそうな顔をした。
「だが、私にどうしろと……?」
溜息交じりに呟いたときだった。
「心配するな。あのガキは、キミが想像している以上に胆力をつけたってことだ」
聞き覚えある声が背中にぶつけられた。DYRAは振り返った。寝室の扉の前にRAAZが立っていた。
「ガキには何でも屋をつけておいた。心配するな。が、それにしても」
寝室に入り、一歩一歩DYRAへと近寄る。
「親父に会うためとは言え、ガキはハーランの懐に本気で入れるとでも思っているのか。ったく」
「できるわけがない」
「安心しろ。だから、何でも屋に次善の策を預けておいた」
「意外だな」
RAAZはDYRAの後ろに立って、彼女の両肩に手を置き、耳元で囁く。
「ガキの親父を殺すことについては変える気は無い。だが、ガキは私はもちろん、誰よりもキミを裏切らなかった。だから、再会までは影ながら助けてやるさ。だがな……」
DYRAから離れると、RAAZは鋭い視線で部屋を見回し、呟く。
「どうせキミのことだ。これもガキと一芝居仕組んでいるんだろ? いつぞやは私がキミやガキを踊らせた。なら、今度は私はキミたちの仕掛けた芝居に乗ってやるさ。だから、敢えて何も聞かないでやる」
RAAZの言葉に、DYRAは彼が自分の方を見ていないことをいいことに、眉間に皺を寄せ、渋い表情を浮かべた。
1か月ぶりになります。お待たせして申し訳ございません。
15巻編集&5巻リライト作業に入っているため、すっかりWeb版が月刊ですね。
DYRAとタヌ、何やら二人だけで大作戦を考えたようです。何が始まるのでしょうか?
5月11日(日)は文学フリマ東京40(東京ビッグサイト南館 12:00-17:00)
こちらに参加いたします。是非、遊びに来て下さいませ!
サークルスペース確定次第、追ってまたご報告させていただきます。
また、今回が初めてWeb「DYRA」読んだよ、というご縁な方、今後ともよろしくお願いします! まさに最終章のプロローグが終わりました。最終章走り出したところですので、併せてこの機会に是非ブックマークよろしくお願いいたします。
(最速で読めるのはpixivになります。こちらは月曜の朝には読めます。何ならフライングも有り得ます)
それではまた次回!
-----
更新履歴
315:【?????】その選択が旅を思わぬ方向へ。タヌは自分の意思でそれを成す2025/03/31 23:59