312:【TREZEGUET】ハーランは世界を復興させるためDYRAを引き入れたいらしい
前回までの「DYRA」----------
DYRAはRAAZやマイヨがいる場所へ戻った。そして今度はRAAZと共に島へ舞い戻る。ふたりが初めて出会った場所に第三者の無神経な跡を見たRAAZは迷わず思い出の場所を焼き払う。その後、ついにDYRAはフィリッポの身柄を押さえる。しかし、そこへ招かれざる人物も姿を現した。
「おはよう。突然消えたと思ったら、まさかこんなところにいたなんて」
ダイヤモンドのように輝く陽の光を背に歩いてくるので顔かたちは良く見えないが、声で誰が来たか、DYRAもRAAZもすぐにわかる。
「ここで決着と行きたいが、私にも、都合があってな」
RAAZは言いながらフィリッポを軽く蹴飛ばしてから離れ、DYRAを庇うような態勢を取る。
「こっちもだよ。まったく。モラタとかいう山間部だけじゃなくて、ここもバレるとはね」
だんだん顔がハッキリ見えてくる。ワンレンズのゴーグルを思わせるサングラスを掛けた髭面。黒の上下に、手には対戦車ライフルを思わせる大型の銃。
「ハーラン……」
DYRAは僅かではあるが眉間に皺を寄せて呟いた。
「フィリッポ。色々詰められちゃったみたいだが、大丈夫?」
「ああ」
ハーランがフィリッポに手を貸し、助け起こそうとする。
「それにしてもクソガキ。ひどい扱いだな」
「どっちがだ? 私のDYRAを死体まみれの坑道に閉じ込めようとしたと聞いているぞ?」
RAAZの指摘に対し、ハーランは何も聞こえちゃいないとばかりに言葉を続ける。
「お嬢さんと一緒にお父さんを捜しているタヌ君の、お父さんへ随分ひどい扱いをするじゃないか。本性がわかるってもんだ。タヌ君が知ったらどういう反応をするかなぁ」
「お前も、大概だな」
遠回しに、だが、ねちねちと聞く側が嫌がることを楽しそうに話すハーランの言い回しに、DYRAもRAAZも眦を上げた。DYRAはRAAZが構えようとするより早く彼の前に出ると、その手の周囲に青い花びらを舞わせながら、直列状の蛇腹剣を顕現させ、その切っ先をハーランへ向ける。
ハーランとフィリッポを睨み付け、DYRAは言葉を続ける。
「フィリッポ。お前にも思うところがあったのだろう。だから彼と組み、社会全部を使ってRAAZを排除する計画を立てた。だが、組む相手はどうだったんだろうな」
フィリッポは苦痛に呻き、痛みを堪えるような仕草をしながら上半身を起こそうと試みるだけで、何も答えない。
「お嬢さんが何を知り、そこから何を導いたのか。それだけは聞いて帰りたいな。連れて帰ることができれば一番なんだがね」
「本当に性格悪いな? ハーラン。これは私が言えた義理ではないとわかって言うが、お前に、信じるに値する人間なんていないんじゃないのか?」
「んー? それはキミもそうだろう? お嬢さん。俺とキミは同類だし同志たり得ると思うんだけどねぇ」
「私のDYRAになれなれしく……!」
RAAZが手にしたルビー色の諸刃の剣を、剣身の半分にカバーが掛かり、刃の部分がプラズマのような光を放ち続けるものへと変える。それをハーランへ構えるべく、DYRAを軽く突き飛ばす。
「待てRAAZ!」
DYRAは剣を地面に突き立てて体勢を崩さず踏みとどまる。すぐさま、RAAZの左手首を掴んだ。
「今ここで決着をつけようと焦れば、ハーランの挑発に乗るだけだ」
以前ネスタ山で対峙した経験から、DYRAはハーランのこの話し方に何か裏があると察知する。掴んだRAAZの左手を包むように握って、さらに続ける。
「今は、そのときじゃない」
「何?」
「RAAZ。今少し、私に。移動中に話しきれなかった部分も含めて明かす」
RAAZがDYRAを少しだけ、じっと見る。
「わかった。聞いてやる。続けろ」
「すまない」
剣を下げることこそなかったが、RAAZは同意した。DYRAは頷いた。
「気の利いた言葉が出ないから結論から端的に。そこにいるのが本物のタヌの父親。ハーラン。お前はフィリッポとその家族を守るために、替え玉を用意し、タヌはもちろん、あのソフィアとかいう死んだタヌの母親にもそれを信じ込ませた。そしてそれを知っているのはこの世でただ一人、お前だけだった。私が知るまでは」
DYRAはさらに続ける。
「そして、彼の家族を守るという約束故に、ネスタ山で私やRAAZを追い詰めたとき、タヌにだけは『逃げろ』と言ったり、デシリオでああまで自信を持って『私と交換で父親に会わせる』と言い切った。違うか?」
「それで?」
ハーランが眦を下げ、口角を上げて続きを促す。
「お前、否定しないのか?」
「お嬢さんの話だ。いきなり腰を折ったりはしないさ。続けて」
「……お前は、私とタヌに『替え玉』を追わせて、本当は何をしたかったのか。RAAZとここへ戻る道中、それを考えた。浮かんだのは二つ。最初はどちらかだと思った。けれど、お前は長い目で見て動いている。そう考えると案外、どちらもだったんじゃないかって」
「ぼかすねぇ」
ハーランが楽しそうに言う。
「私はお前のその、人を疑心暗鬼にさせたりする手口が気に入らない。それでも、RAAZと対峙するために長い時間を掛け、何が起きても臨機応変に対応できる計画はよく練られていると思ったさ。……不愉快だがな」
DYRAは直列状の蛇腹剣を握る手に力を込め直した。
「いやあ。何というか……はははははは」
ハーランは持っているライフルを肩で担ぐと、楽しそうに笑って、言葉を紡ぐ。
「タヌ君のお父さんの話、そこに絞れば『当たらずとも遠からず』だね」
「何だと」
「クソガキ。ここは俺とお嬢さんの話の場だ。黙ってろ。……お嬢さん。その言い分が仮に大筋であっているとして、それをタヌ君にそのまま話して、信じてもらえると思っているかな?」
「お前のことだ。そう言うと思っていた」
DYRAにとってそれは一番痛い指摘だった。本当ならタヌの父親をめぐる話である以上、連れてくるのが筋だった。時間を優先した結果、それができていない現状に、DYRAは臍を噛む。それでも、怯んではいけないと金色の瞳に一層鋭い輝きを宿す。
「ハーラン、そう言ったお前は、私に何を言いたい?」
「俺は本物のタヌ君のお父さんを知っている。いなくなった顛末も含め、証明する手段も持っている。でも、お嬢さんにはそれがない」
「DNA鑑定すれば良いだけだろうが」
RAAZが横槍を入れた。DYRAはその鑑定が何かは皆目わからない。それでも、彼らの文明であれば親子かどうかを調べるそれなりの方法があったのだろうと推察した。
「残念だなぁ。復興できても、その技術まで完全なレベルで戻すにはしばらく掛かるよ。で、その頃にタヌ君が何歳になってしまっているかなぁ」
「くそっ」
勝ち誇るハーランに、苦虫を噛み潰したような表情のRAAZ。あまりにも対照的だ。
「おまけに、クソガキがタヌ君のお父さんを情け容赦なく痛めつけたと来た。こんな痛々しい姿、タヌ君が見たらどう思うだろうなぁ」
言いながら、フィリッポが立ち上がるのを手伝おうと、ハーランが手を貸した。その様子を見てDYRAも状況のまずさにどう対処したら良いのか考えあぐね、何度目かの苦い表情を浮かべる。
「別にお嬢さんが痛めつけたわけじゃないんだ。それについて動かぬ証拠もあるから心配しなくて良いよ」
動かぬ証拠。自信ありげに話すハーランに、DYRAはまた『文明の遺産』を使うのかと察知する。
「お嬢さん。一つ提案だ。タヌ君とお父さんが円満に再会できて少しでも良い結末にとキミも願っているんだろう?」
「わかりきったことを」
「なら、俺と組むのが良い折り合い点だと思うんだけどね?」
ハーランからの提案に、DYRAは無言のまま、検討に値せずと返した。
「バカバカしい」
「お嬢さんは賢い。もう、色々察しているんじゃないかな? どうして俺たちがこんな回りくどいことをしているのかとか」
「『RAAZを潰したい』から。それ以上の答えに敢えて興味はない」
他人の心の痛みをほじくって笑う人間など興味もない。どうでもハーランとその思うところへ興味を示せというなら、許されざる人間として、それだけだ。DYRAにとって紛うことなき本心だった。
「そのクソガキと一緒にいて、キミは何の得をする? ラ・モルテと表では罵られつつ、裏では人々から蔑まれる。すべての男たちからは恐怖の象徴だと怯えられる一方であわよくばと欲望処理の標的にされ、女たちからは衰えぬその美しさを妬まれ恨みを一身に買う。それがキミの幸せか? 忌み嫌われる死神でいるより、この世界の人間たちから至高神と呼ばれて大切にされる方が格段に幸せだと思うがね?」
DYRAは呆れたと言いたげな口調で聞きながら、ハーランを憐れむような目で見る。そして彼の長い言い分が一区切りついたところで、白々しいほど大きな溜息を吐き、告げる。
「お前は目に見えるものしか見えないのか? いや上っ面……違うか、それこそ上澄みしか見ていないんだな? そして、目先だけを満足させれば人をどうにでもできると思うとは」
「俺と来れば、キミの安全と心の平安を約束できる」
「お前は別に、私に興味があるわけじゃない。お前たちが争う原因となった『死んだ女』と同じような姿をしていることと、RAAZと能力や組成が近い存在だから。なのにそれをつまらない言葉で包み隠しているだけだ」
「DYRA。もう良いだろう?」
RAAZがDYRAの剣を握っていない方の手に指を絡め、軽く二、三度握ると手を離し、肩を掴んで自身の方向へ引っ張った。
「話は終わりだ」
プラズマの輝きを放つ刃をハーランへ向けた。
「クソガキ。そっちがそのつもりでも、もう遅い」
一歩も引き下がらず、それどころか勝ち誇った表情でハーランが言い切る。
「何?」
「俺が、何も知らずに『トリプレッテ』を渡せと言ったとでも思っていたのか? マッマが作った大事な大事な社会インフラだぞ?」
「お前のために作ったんじゃない。ミレディアは、お前らが支配したクズみたいな社会をブチ怖そうと必死だった」
「確かに役人の一部は悪用したりもあっただろうさ。けどな、それを潰すのは俺たち警察の仕事でな」
「その警察が一番腐りきっていただろうが!」
RAAZが放った言葉が激突の合図となった。ハーランが大型ライフルを構えるより早く、RAAZが自身へ銃口を向けさせまいと剣を振り下ろす。ハーランは発砲を諦めると、大型ライフルを楯のように使いながら、フィリッポ退避を優先させる。プラズマの輝きが放たれる剣身が、ライフルを真っ二つにする。直後、ライフルがボン、とどこか鈍い音を立てて爆発したことで一瞬、視界が途切れた。RAAZは自身の周囲に赤い花びらの嵐を起こし、煙や破片からも含め、爆発から身を守る。
ハーランは爆発に紛れ、フィリッポと共にRAAZから間合いを取った。
「お前にはマッマの思い出をどうこう言う資格も、そこのマッマの生き写しみたいなお嬢さんを利用する資格もない」
爆発の煙が薄らいでいく中、ハーランがRAAZを真っ直ぐ見る。その視線が今までとはまったく違う、これまで見たこともないガラス玉のような目玉を確認できなくなるほどの輝きを宿しているではないか。
「……必ずマッマの仇を取って、お前が破壊し尽くした世界を取り戻し、復興する! 邪魔はさせないっ!」
ハーランの怒声に、DYRAは声にならない声を発した。
「俺が何も知らないと思ったら大間違いだぞ? 軍が基地の東側に隠していたのは、量子ドットの太陽光パネルがある電源タワーの位置をカモフラージュする気象コントロール施設。その底にマッマが隠したのは、『トリプレッテ』用に使う給電用照射装置の起動スイッチ」
「よくもまぁ、ウソかホントか知らんことをペラペラと」
RAAZはそう言って、地面に唾を吐いた。
「お嬢さん聞いたか? このクソガキは、こういう男なんだよ。それと、一番大事なことだ。……ここはお嬢さんとの出会いの場所なんかじゃない」
DYRAは予想外の言葉に、RAAZとハーランを交互に見た。
「そう。ここはマッマが遺したものへ直接繋がる場所。クソガキはお嬢さんのことなんか少しも大事に思っちゃいないよ? そいつは、自分がマッマの死に間接的に加担しながら、彼女が世界のために遺していったものすら独り占めしようという、クソガキと呼ぶのすらガキに申し訳ないくらいの、ただの浅ましい──」
「いい加減にしろっ!!」
この期に及んで聞く耳などいらない。DYRAは鋭い声でハーランの言葉を遮るように言い放った。
「RAAZの思い出に私がいようがいまいが関係ない! 他人の心を土足で踏みにじるお前は何様のつもりだっ!!」
DYRAは蛇腹剣を鞭状にし、ハーランへ振るった。無数の青い花びらにまじって、サファイア色の刃が標的へ向かって降り注ぐ。ハーランはすぐさまフィリッポを抱き抱え、横っ飛びで回避する。
「キミが利用される姿を見るのは残念だよ。次に会うときまでに考えておいてくれ。そのクズはキミを世界で最も忌むべきものにしたが、俺はキミを至高神にする」
ハーランは言い終わるタイミングに合わせて、自身の足下に何かを投げつけた。周囲は光と真っ白の煙らしきものに包まれた。
「ちっ!」
白いものが晴れていったとき、ハーランもフィリッポもそこにはいなかった。
「オプティカルスモークで逃げられた、か」
吐き捨てるような口調でRAAZは言い捨てた。
「オプティカルスモーク?」
「煙と目眩ましの光が両方一度に出る。それ自体に実害はない」
説明を聞いたDYRAは頷いた。そして、話題を変える。
あっという間に2月です。1年はまだ11%ちょっとしかアレなのに、てんこもりでしたね。
ゴシックSF小説「DYRA」、劇中人気キャラ、イケオジことハーランようやく再登場。お待たせしました。彼がついに「最終章スタート宣言」しました。
2月16日のコミティア151(東京ビッグサイト東1-3ホール)にも参加いたします。
併せて是非よろしくお願いいたします。こちらでは、Web掲載予定ナシの完全読み切り、「DYRA SOLO」頒布がございます!
今回が初めてのご縁という方、今後ともよろしくお願いします! 併せてこの機会に是非ブックマークよろしくお願いいたします。
(最速で読めるのはpixivになります。こちらは月曜の朝には読めます。何ならフライングも有り得ます)
それではまた次回!
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即売会参加予定は以下の通り。
2月16日(日) COMITIA151
東京ビッグサイト東1-3ホール 東1ホール そ55ab
サークル「11PK」
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更新履歴
312:【TREZEGUET】ハーランは世界を復興させるためDYRAを引き入れたいらしい2025/02/03 20:01