310:【TREZEGUET】他愛ないおしゃべりは、明示なき和解かも知れない
前回までの「DYRA」----------
無事にマロッタから脱出させることに成功した一行。この後タヌたちはメレトへ、アントネッラたちはフランチェスコへとそれぞれ向かう。それぞれが目的地へたどり着いたところで、RAAZとマイヨは二人だけで状況整理を始めた。
深夜過ぎ未明。メレトではタヌたちが眠りにつき、フランチェスコではアントネッラたちが眠りについていた頃。
「アンタも相当消耗していたんだな」
オロカーボンで満たされた円筒形の容器の中で、顔だけ浸からず僅かに出した状態で休むRAAZを見ながら、マイヨは難しい表情を浮かべた。容器の傍らにある計器類は、メーターやらグラフがすべて最大値に寄っており、一秒あたりの供給量を示す数字も完全に振り切っているからか、9999のまま動かない。
「良かったのか? 私が先で」
「ああ。アンタは体内でのナノマシン生成が順調にさえなれば問題ない。安定して自己回復させるために必要な最低量を確保すれば何とかなる。けど、俺はナノマシンを完全に外部補充。時間効率を考えたら当然。アンタが先の方が良い」
「すまない」
「いや。アンタはハーランをぶっ潰すために必要な、こっちの数少ない手駒を守り切ったんだ。先に高ぶった神経を鎮める必要もあるだろ? 休んでくれ」
「わかった」
RAAZは深い息を吐いた。
「アンタにとってここは懐かしい場所だろ?」
「そう、だな。まだ、メンテナンスが必要だったときに世話になった。私がぶっ倒れていて、ミレディアがいつも覗き込んでは様子を見ていた」
「そんなだったのか。俺は、アンタが安定稼働可能になって割とすぐの頃、ズタボロになってここに担ぎ込まれたってドクターから聞いたさ」
「ミレディアから聞いたときは驚いたさ。その光ファイバーみたいな髪と、白ワインみたいな瞳の優男があのマイヨ・アレーシだったとはなって」
「当時の俺は、人に素顔とか殆ど見せなかったからな」
「面割りを恐れていたのか?」
「警察の連中やらファンタズマなんかに割られたら面倒になるからな」
「となると、疑問が出るぞ?」
「え? 何? 言ってくれよ」
RAAZは息を整えてから話す。
「どうやってハーランはお前の面割りをしたんだ?」
「そこだよ。俺の顔を知っている人間に会ったとは思えない」
「そもそも知っているのは?」
「当時知っていたのは、軍の最上層部ばっかりだ。ホラ、ウチの軍って、入隊届出して三か月くらいで厳しい訓練で死んだことするじゃん? おまけに俺に限れば、入隊当時とは顔も違う」
RAAZやマイヨがいた当時の軍は、敵国のスパイを警戒するのはもちろん、同じ国内の存在でありながら関係が最悪だった警察関係者からも所属軍人や機密情報を守るため、入隊時点でビジネスネームよろしく、ミリタリーネームをつける。さらに、見込みある者は訓練中の事故を装って死んだり行方知れずになったと偽装して市民IDを抹消、新造するなどで、入隊から早い時点で警察側に取り込まれないように徹底していた。
「つまり、情報局に拾われた時点で……?」
「ああ。基礎訓練完了後、すぐにスカウトされた。その時点でID消されたし。で、二年半の秘密訓練を受けさせられたんだ」
「死亡扱い?」
「ああ。で、秘密訓練終わって、新しいIDの話になってさ。で、俺、マイヨで良いよ、って」
「ふむ。通常は同じ名前でID新造は有り得ないはずだがな」
「良く覚えているな。検査受けてさ、俺が絶対に子孫残せない身体だってわかったから、『顔を変えるなら名前同じで良い』って言われたんだ」
「あの社会と戦うためとは言え、軍も残酷だな」
子どもが生まれればDNAから逆引きされて、そこから『マイヨの正体という名の機密』が露見するリスクを恐れての措置なのは明白だ。
「俺は信じられないほどの情報の洪水を泳ぎながら真実を見たり、踊らされる人間を見たりするのが大好きだけど、『ウソが前提』ってのだけは耐えられなかった。それが軍に入った動機だ」
マイヨが明かしたまさかの入隊動機に。RAAZは苦笑した。
「そうだったのか」
「『陛下』が作るのは何もかも、そう、人間の感情に至るまでがまやかしとハリボテの世界。それが本当に嫌だった。人間があんなモンに本当に負けるような弱い種なのか、そんなはずはない。それを確かめたくて軍に志願した」
「警察は来なかったのか?」
「エレメンタリのときからスカウトはずっと来ていた。けど、『スカウトのオッサンがブサイクだから嫌だ』って理由で断った。本当のことを言えば思想収容所送りだ。本心を隠すのが一番大変だった。密告も怖かったしな」
聞いた途端、容器の中でRAAZはプッと吹き出し、そのまま笑った。ひとしきり笑うと、一転、真顔になる。
「お前らしいな。……で、ミレディア絡みに戻るんだが」
「ああ」
「ラウレンティスなどの最上層部以外、面が割れていないと言ったな」
アウレーリオ・ディ・ラウレンティス。RAAZたちが所属していた軍で、統合幕僚長を勤めた、四軍の長のことだった。
「どうして、面を知る者が『誰もいない』と言い切れる?」
「悪いけど、部下でも例外なく死んでもらっているからだ。当時俺の顔を知るって、そういうことなんだよ」
当たり前のように告げたマイヨに、RAAZは溜息にも似た小さな洩らした。
「とんでもない男だな。お前は」
「そう? 情報を守るためだ。俺の顔が最高機密なら、そうなるさ。必要なら、心苦しいが……」
顔が機密だからこそ、知ってしまった人間は味方でも殺す。話を聞きながら、RAAZは苦虫を噛み潰したような渋い顔をした。
「最悪だな」
「そういうこともあってさ、俺に同僚はいない。鉄砲玉はいくらでもって感じだけどね」
鉄砲玉とは、利用するだけする協力者のことだ。部下ではない。
「お前と寝た女とかでもか?」
「俺の顔を知った女の子は、基本、全員死んでる。任務を生きてやりきった子も含めてね。俺が直接死体を確かめていないのが一人いるけど」
「お前、寝た女も殺しているのか?」
「俺は、俺のために死ぬと誓ってそれを実行できる女しか部下にしない。だから、成功して生還したときは……『苦しまないように』とか、『即死はさせない』ってくらいの思いやりはあるつもりだ」
苦しまないように、遅効性かつ眠るように殺すのが思いやり。まともな人間の発言に聞こえない。だが、今はISLAを糾弾する場ではない。RAAZは敢えて触れない。
「で、その例外の一人ってのは?」
「死体を武装警察に持って行かれたんだ。それも、寄りによって、ドクターを軍へ引っ張り込む作戦のときに」
「肝が冷える話だな」
吐き捨てるようにRAAZが言ったときだった。マイヨが手近な場所に置いていたタブレット画面全体が明滅している。
「あれ?」
マイヨがタブレット画面に視線をやった。
「……え?」
「どうした?」
「……DYRA?」
今までの話の流れを根本からぶった切るような一言に、RAAZは上半身を起こしそうになる。
「前に彼女につけておいたマーカーからの反応が出ている。どうなっているんだ? 俺、ちょっと確かめてくる」
「私もすぐに追う。場所は?」
「反応は大深度地下からだ。それも、以前にアンタと俺とで鍵が非対称になっているって話をした、あそこだ」
「B50に繋がるところか?」
「そこだ。行ってくる」
マイヨは先に部屋を出た。
部屋を出ると、最下層へ向かって続いている階段がある非常用扉がある場所まで廊下を走った。
「どうなっているんだ!?」
呟いてから、扉を開いた。
「えっ……!」
扉の向こうが見えた瞬間、マイヨは我が目を疑った。
「い……一体」
階段の踊り場で倒れているDYRAの姿があった。
「DYRAはいったん休ませたから良いとして。それにしても本当に、お前は目を覚ましてからこの施設そのものを見て回っていなかったんだな」
容器から出て、着替えを済ませたRAAZが追いつくと、DYRAを抱き抱え、マイヨと共にある場所へ移動した。そこは大深度地下四七階にある小さな、だが、RAAZが使っているものと同じ型の大型容器が用意された部屋だった。
「こいつは彼女が私を調整していたときに使っていたものだ。予備のように見えるシンプルな作りだが、内蔵されたナノマシンのリアクター含むアセンブルシステムを全体で効率良く調整できるチューニングがしてある」
「って、良く電源入ったな?」
「西の電源タワーを起こして量子ドットパネルも動いている。入るだろ?」
「送電の仕組みは?」
「軍専用の海底ケーブル。デシリオからちょっと行った海の真ん中に中継点がある。岩場が目印なんだが、見つけたところで何ができるわけでもない」
「潜っても、か」
「はっ」
RAAZが鼻で笑う。
「超伝送量子ネットワークがほしいなら切れないはずだ。電源を物理的に破壊するのはバカがやることだからな」
「確かに。本来の文明を復興させたいってんなら確かに、今のアイツにとって、電源は絶対にアンタッチャブル、ってことか」
「ああ。軍の海底電源ケーブルは深く埋められている上に細工するんでも、大型重機がないと無理だ」
「ってことは、当面は大丈夫ってことか。となると、西のタワーへの破壊工作とか、それこそ群衆を雪崩こませて傷でもつけられたらどうする?」
「それはお前が阻止しろ。小娘はそこで使い道があるんだからな」
「当然だ」
マイヨが返事をしたときだった。
「……」
微かな声が聞こえた。
「DYRAが……」
RAAZが彼女を見る。マイヨは何かを思いだしたような顔で頷くと、部屋を出る。
「アンタしばらくそっちでDYRAを見ているつもりだろ? なら、俺はその間、ナノマシン補充しておく」
マイヨはそう言って、階段を上った。RAAZは足音が遠くなり、聞こえなくなると、DYRAへ声を掛ける。
「キミが無事で、良かった」
「……」
うっすらと目を開けたDYRAは、今まで人に見せたことがなかったであろう、少し疲れた感じではあるものの、優しげな表情だった。蚊の鳴くような小さな声で、DYRAが「ああ」と言ったのをRAAZはハッキリ聞いた。
「キミの所在がわからなくなったときは、神経が磨り減ったぞ」
「そう、か」
RAAZを見て、DYRAは小さく頷いた。
「それにしても、こんなにナノマシンを消耗するとは、何が起こった?」
「色々、あったんだ」
「一つずつ聞く。サルヴァトーレの店を出てからを、聞かせてくれ」
「そこから……ああ、立ち寄って良かった」
「全体としては褒められないが、それでもキミは私に伝えようと、良い選択をしてくれた。キミが一人になった顛末もガキたちから聞いた」
「誰のことも、責めないでくれ。あの場は、ああするしかなかった。私も、自分の無力さが辛かったんだ」
泣き出しそうな顔でDYRAは続ける。
「ラ・モルテとか言われる割に、ハーラン一人さえどうにかできない。指摘がその通り過ぎて、情けなかった……」
「あの小娘……!」
「彼女のことも、責めなくて良い。確かに、彼らの考えではそう思い至るのがごく普通だ」
「DYRA。……言ったはずだ。ガキ以外に情を掛ける必要はないし、気遣い無用だと」
「そうだった」
DYRAは何度も小さく頷いて笑った。
「タヌは……そう、皆、無事なのか?」
「安心しろ。今はメレトにいる。キミは、どこにいたんだ?」
「信じられないようなところだ」
「信じられない?」
「ああ。おかげで、思い出せなかったことを、いくつも思い出した」
RAAZがどこだと言いたげな顔でDYRAを見る。
「私は、ハーランに追い詰められて、『絶対に逃げおおせないと』って必死で。気がついたら、あの島にいた」
あの島。
その意味を理解した瞬間、RAAZが顔色を変える。
「本当か!?」
「お前がそういう顔をするのもわかる。何せ、一番信じられなかったのは私だしな」
同じような口調で、DYRAは続ける。
「恐ろしく朽ちた屋敷があった。茶色く、ボロボロになった写真が入った入れ物があって、お前と、あの女の写真があった。理由はわからない。でも、掃除したくなった」
重い話のはずが、掃除をしたくなったの一言で重みが変わる。RAAZは思わず、小さな息を漏らすように脱力した反応をする。
「そして、一日かそこらで、色々なことが起こりすぎた。タヌへ、どうしても話したいこともできた」
DYRAは、遠い目をした。
2025年、無事に3回目の更新です。
ゴシックSF小説「DYRA」310話は最終章に向けてとんでもない爆弾エピソードかも知れません。
特に、冬コミで「DYRA SOLO」をゲットしていただいた皆様は阿鼻叫喚かも。なお、「SOLO」はWeb掲載予定ございません。紙媒体のみですので、この機会に是非お求め下さい! 2月のCOMITIAで頒布します!
この回でご縁得た皆様方におかれましては、この機会にブックマークとかいただけると嬉しいです!
(最新話を「最速」で! なら、pixivで読んでいただいてのブックマークが本当に最速。フライング更新もアリなので)
というわけで、ではまた来週!
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即売会参加予定は以下の通り。
2月16日(日) COMITIA151
東京ビッグサイト東1-3ホール 東1ホール そ55ab
サークル「11PK」
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更新履歴
310:【TREZEGUET】他愛ないおしゃべりは、明示なき和解かも知れない2025/01/20 20:15