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031:【FRANCESCO】DYRAはどこへ行った!?

前回までの「DYRA」----------

バールで会計を済ませていたとき、DYRAは黒い鞄を出され、困惑する。そんな矢先、店先であの三つ編み長髪男から声を掛けられる。

DYRAが会計から戻ってこない。気になったタヌが会計場で行ってみると、鞄を間違えたと言われた。

だが、DYRAの姿はない──。

 DYRAがいなくなった。まるで神隠しにでも遭ったように。一体何が起こったのか。

 タヌは激しい動揺を必死になって隠しながらDYRAの姿を捜す。その手に、彼女に渡されるはずだった白い四角い鞄を持って。すでに食事を共にしたバールの近場の店へも一軒一軒入って特徴を伝え、見かけなかったかと聞いてまわるなど、くまなく歩いた。タヌなりにできることをすべてやっているつもりだった。タヌ自身、何軒の店、何人の人間へ聞いて歩いているかわからなかった。

 ふとタヌは空を見上げた。すでに空の色はDYRAと一緒だったときの明るいアクアマリン色からカーネリアン色、そして今、アメジスト色へ変わろうとしているではないか。だが、手掛かりになりそうな話を聞くことができないまま、今、この瞬間を迎えていた。

(DYRAが何も言わずにいなくなっちゃうなんて!)

 タヌはまだ、DYRAが自分の前から消えてしまったことが信じられない。

 確かに、初めて出会ったときは同行することに対してあまり良い返事をしなかった。事実、DYRAは「勝手にしろ」と言ったくらいだ。しかし、ペッレでは一転した。確かにサルヴァトーレからの口添えもあったが、「状況が『勝手にしろ』と言うことを許さない」と明言した。そんな矢先に無言で姿を消すなんて。このまま別れて終わり、なんてことになったらどうしたら良いのか。タヌの心に大きな暗い影が落ちる。

(でも!)

 出会ってから一連のやりとりがタヌの脳裏を掠めていく。反応は素っ気ないし、愛想や笑顔もほとんどないに等しい。だが、村の小屋で隠れるように一夜を明かしたとき、彼女は食事を持ってきてくれた。一緒に行くと言ったとき、「勝手にしろ」と言いはしたものの、嫌がるような素振りを見せることはなかった。何より、サルヴァトーレと出会う前でも両親のことを多少なりとも聞いたりしてくれた。ここから導き出せる答えはただ一つ。

(ボクのせいでもないし、サルヴァトーレさんみたいな知り合いが来たからいなくなったわけでもない!)

 タヌはこの瞬間、生まれて初めて自分の中で、わかる限りのことを総動員して懸命に考え、導き出した答えに自信を持った。そんな気がした。

 DYRAは自分の意思で姿を消したのではない。

 そうとわかれば、早く捜し出さなければならない。タヌは道の端に寄ると、大きく深呼吸をした。自分の中に広がりかけていた、心を押し潰そうとする不安や、弱気の虫を追い出す。

 どこかに手掛かりはないか。どんなに小さくても、何か一つくらいはあるはずだ。もう一度、大きく深呼吸をしてから記憶の糸をたどった。気持ちばかりが焦っていたせいで、大事なことを見落としてはいないか。

(何か、手掛か……あっ!)

 雷にでも打たれたようにタヌはハッとした。どうして一番近くにあるものを見落としていたのだろう。手掛かりなら、今まさに手にしているではないか。

 タヌはとっさに、手に持っている白い四角い鞄に目をやった。

(そうだ!)

 この鞄の中を見れば、何かわかるのではないか。

(DYRA、ごめん! でも!)

 他人の鞄を勝手に開けて中身を見るなど、人としての行儀が悪いと叱られても文句は言えない。それはわかりきったことだ。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。一%でも可能性があるなら、開けて、中身を確かめるべきだ。DYRAが無事に見つかって戻ってきたら謝れば良いだけだ。それで厳しく叱られてしまうなら、そのときはそのときだ。

 そうと決めたらどこで開ければいいか。タヌは考える。もう、宿屋は出てしまったので、あの部屋へ戻ることはできない。

 こんなとき、DYRAなら、サルヴァトーレならどうするだろう。タヌは自分が二人の立場になって、もし、自分がいなくなったらどう考えるか、などと想像する。仮に誘拐の類だとして、その辺の柄の悪い暴漢程度ならともかく、錬金協会のような組織が絡んでいる可能性があるのなら──。

 タヌは考えた末、いったん宿屋へ戻ることにした。もし何か言われたら、「もう一晩泊まりたいです」とでも言えば良いだけのことだ。

 タヌは宿屋へと走った。


 宿屋へ戻ったタヌは帳場へと向かった。昨晩と違い、帳場にいたのは中年の男性だった。念のため、帳場にもDYRAが戻ってきていないかと声を掛けて聞いたが、やはり戻っていないとのことだった。

 この後、タヌは帳場の男性に部屋へと案内された。奇しくも昨晩と同じ部屋だった。不思議なことに、帳場では宿賃を請求されることがなかった。おかしいと思ったが、今はそのことを考えている暇はない。

 タヌは部屋へ入ってすぐ扉に鍵を掛けると、窓のカーテンも閉めた。テーブルの上に鞄を置いてから、さらに今一度、戸締まりを確認する。もう大丈夫と安心したところで、タヌは慣れない手つきで鞄を開いた。

「うわ……」

 中身はDYRAの着替え一式と財布だった。服の上に一通の白い封筒が添えられている。タヌはまず、財布を手に取った。持ってみると恐ろしく重い。開けずとも、アウレウス金貨がたくさん入っているのだろうと想像できた。財布を戻すと次に服へ目をやり、皺をつけないように丁寧に触れた。パッと見の印象だが、それなりに良い素材のブラウスとスカートだと素人目でもわかる。しかし、タヌはここでふと思う。

(あれ?)

 サルヴァトーレがDYRAへ渡した服と比べると遠く及ばないのだ。素人のタヌが見ても、あれは本当にすごい。村にいた頃、女性がお祭りや晴れの日に着ていた「都のお土産でいただいた最高の服」とやらが全部ぼろ切れに見えてしまうほどだ。ハッキリ言って、鞄の中に収まっている服は今のDYRAに相応しくない。むしろ、王様やお姫様に乞食の服を着させるに等しい仕打ちだ。タヌは最後に、封筒を手に取った。幸い、封筒は蝋で封をされていないので、中身を確認できる。レアリ村でDYRAと初めて出会ったときとピアツァとで少しだけ見た覚えのある、花のエンボスが施されたカードが入っていた。

(DYRA、ごめん。でも……)

 タヌは、「詮索しない」約束を破ることを心の中で謝りながら、カードを開いた。


  Benvenuti a Francesco


(フランチェスコへようこそ……?)

 文面を見た瞬間、タヌは拍子抜けした。何か難しい内容や、込み入った内容が書かれているかと思っていたからだ。そうでなくても、初めて出会ったときに見せてもらった、行き先を示すような地名や場所くらい書いてあると思ったのに。

(こ、これだけ?)

 これは挨拶だけと言っても何ら過言ではない内容だ。どうしてわざわざこんなカードで書くのだろうとタヌは考え始めた。

(全部見たわけじゃないからわかんないけど、少なくとも、長い手紙じゃないってことだよね)

 ふと、タヌの脳裏にあることが浮かんだ。仮にカードに行き先だけしか書いていないなら、DYRAは常に『誰か』から言われて次の行き先を決めている、または、『誰か』が常に行く先々で彼女を監視しているのではないか。断定はできないが、そうかも知れないと思わせる要素は今までの移動の経緯を振り返ると絶対ないとは言い切れない。むしろ、今まで自分が気づかなかっただけで、アオオオカミの動きとか、世の中の不穏な動きなどを含めて、町や村に災厄を起こる前兆を調べている存在でもいるのだろうか。

(まさかとは思うけど)

 DYRAは町や村を守るために人知れず戦っていて、ときには自分の村のように間に合わなかったり、ピアツァのような結末が起こってしまったりしているのではないか。タヌの中でいつしか、そんな妄想が膨れ上がっていく。

(それはさすがに)

 いくら何でもご都合主義が過ぎる。

 しばらくの間じっとカードと鞄を見比べるうち、タヌは別のことを思い出す。ペッレでサルヴァトーレと初めて出会ったときのことだ。

(そういえば、サルヴァトーレさんも同じ鞄を持っていたっけ)

 ひょっとして、サルヴァトーレもDYRAと同じ立場か協力者だったりするのだろうか。だとすれば、彼のあの強さや非常に協力的な振る舞いにも合点がいく。

(あ、でも)

 そうならDYRAの態度があそこまで硬かったことに説明がつかない。それにもう一つ。サルヴァトーレから弟だと聞いていたクリストは錬金協会に出入りしている。しかし、DYRAは錬金協会の関係者らしき人物をレアリ村や、ピアツァの外の森で殺めているではないか。

(錬金協会とは関係ない、ってことかな)

 タヌはさらにあれこれ考える。仮に錬金協会と敵対しているなら。そうだとしたら、DYRAを支えているのはどういう存在なのか。まるで行く先々をあらかじめ知っていて、鞄が渡されるときも、まるで示し合わせたようではないか。特に今回はピルロへ行く予定をいきなり変更してフランチェスコへ来たはずなのに、こうしてきちんと鞄が渡された。けれども、ここまで正確に一人の人間を追えるのは、タヌが知る限り、錬金協会以外考えられない。

(あれ? それだとDYRAはあんな風に皆から白い目で見られるわけがないし)

 そうだった。DYRAはラ・モルテと蔑まれている。人間とは思えない強さを持っているだけならいざ知らず、青い花びらを舞わせて、大地を枯らしていく能力すら持ち合わせていたではないか。だが、ラ・モルテの話は遠い昔から言い伝えられている。仮にDYRAがそうなら、見た目からでは想像もできない年齢になる。彼女は何者なのだろうか。

(確か、錬金協会の会長さんは)

 一〇〇〇年以上前からいるとの触れ込みだ。それが本当なら、錬金協会というより、RAAZ個人と何らかの関係があるのだろうか。

 タヌは色々考えてはみたものの、結局、今ある手掛かりからでは、これ以上これと言った答えが浮かばない。いや、考えついたものはどれも、およそ答えにすらなっていない。

(う、うーん)

 そこへ、窓の外から突然、ざわざわした声が聞こえ始めた。街の人々の賑わいとは明らかに違う。むしろ、この近くのどこかへ何人かがバタバタと押しかけている風だ。

(何だろう?)

 タヌは、カーテンをほんの少しだけずらして、ちらりと覗くように外の様子を見た。外にはランタンを持った黒い外套姿の人間が何人も見えた。二人や三人ではない。パッと見でも五人以上いるとわかる。

「──とにかく捜せ!」

「──白い鞄を持ったガキを捜せ!」

 窓の外から聞こえてくる声に、タヌは黒い外套の面々が捜しているのは自分ではないかと気づく。宿屋の帳場にいた男が自分のことをしゃべったら面倒なことになる。どうしたらいいのか。タヌは窓際から離れると、あたりを見回した。

「あっ」

 タヌは白い鞄を閉じると、とっさにベッドに敷かれたカバーを外し、分厚いマットレスの下へ隠す。そして枕を置いてからベッドカバーを掛け直した。これで最悪の事態になっても、時間稼ぎくらいはできるはずだ。

 もう一度窓際へ近寄り、先ほどと同じようにカーテン越しに外を見た。眼下では、数名の人影が宿屋の前で回り込むように散っていく。ほどなくして足音がピタリと止んだ。宿屋の入口のところで止まったと想像がついた。窓のちょうど真下で人影が動きを止めている。

(えーっ)

 どうか何事もなくこのまま立ち去ってほしいと願いながら、タヌは窓際から離れると、ベッドの片隅に腰を下ろし、息を気持ち潜めた。やがて再び足音が聞こえ始めるが、どんどん小さくなって、聞こえなくなった。宿屋から立ち去ったのだとわかると、タヌは深い息を漏らした。

(はー。良かった)

 ホッとして立ち上がり、深い息を漏らしたときだった。突然、扉をノックする音が響いた。

「あの、宿屋の者です」

 扉の向こうから聞こえてきたのは、先ほど帳場にいた男の声だった。

「お部屋の見回りです」

 タヌは扉を少しだけ開いて僅かに顔を出す。扉の向こう、廊下に立っていたのは帳場にいた男一人だけだった。それでもタヌは警戒を怠らなかった。

「は、はい」

「先ほど錬金協会の方が来て『人を捜している』と。白い鞄を持っている方とのことでして」

「え、ええ、はい」

「もし覚えがありましたら、私か、言いにくいようでしたら、この先の広場にある錬金協会の事務所に行ってやって下さい。夜中でもあそこは開いていますから」

「わ、わかりました」

「夜分に大変失礼いたしました。それでは」

 帳場の男は、タヌの頭越しに部屋をざっと見回し、白い鞄がないことを確認してから一礼して、帳場へと戻っていった。タヌは扉を閉め、施錠すると、危機一髪だったとばかりに息をこぼした。そしてすぐに、次に何をしたら良いだろうと考える。

(本当に、DYRAを捜さないと。でも)

 朝食を共にしていたとき、DYRAと今日は錬金協会の建物へ行こうと話していた。タヌはもしかしたらDYRAがいるかも知れないと微かな期待を抱く。幸い、フランチェスコは今まで寄った場所と違い、夜遅くても明るく、寝静まる気配がない街だ。今から外出しても大丈夫だろう。

 そうと決まれば善は急げだ。タヌは早速、出かける身支度を始めた。先ほどベッドに隠した白い四角い鞄から、貴重品である財布とカードだけ抜き取ると、たすき掛けにして背負っている自分の小さな鞄へ移した。空き巣などの物盗りの類に入られてしまっては大変だからだ。

 出かける支度を済ませると、部屋を出て鍵を掛け、帳場の方へと向かった。

「どちらかへお出掛けですか?」

 声を掛けてきたのは、先ほど部屋の前まで来た帳場の男だった。帳場には他に数名の利用客とおぼしき男女の姿がある。そのうちの何人かも宿屋から出かける直前、といった雰囲気だ。

「あ、ちょっと散歩です」

 タヌは部屋の鍵を預けようと帳場の男へ渡したとき、帳場の台に街の地図が置いてあったのを見つけると、一枚取った。

「お気をつけて」

「はい」

 タヌは会釈をすると、ちょうど宿屋から出かける数名の男女客に紛れて建物を出た。

 タヌは地図をチラチラ見ながら、錬金協会の建物がある広場の方へ雑踏に紛れて歩いた。人も減らないどころか増えているし、明るい夜の街が一層明るく感じられる。広場の近くまでたどり着いたところで周囲を見回した。視線の先に、ペッレにあった錬金協会と同じ看板を掲げた建物があった。二階建てと平屋をL字型に繋げた作りで、こぢんまりとした印象だ。

(フランチェスコの街は大きいのに、錬金協会の建物はペッレより小さいのかな)

 タヌは建物の前に立ち止まると、看板に書かれている文字を読んだ。


  図書館出張所 左手奥へどうぞ 夜一一時まで(最終入館受付一〇時)

  どなた様でもご利用いただけます


  別館 関係者以外の立入をお断りしております。ご了承下さい


「一〇時?」

 タヌはDYRAが使っていたような時計を持っていないので、今が何時かわからず、困り果てた。ここで立ち止まっていても仕方がない。ダメでもともとと、看板に書いてある「左手奥」へと目立たないように早歩きで向かった。

 たどり着いた先には、「図書館出張所」の看板と質素な木の扉があった。タヌは誰でも入れるとあった案内を信じて、入口の扉を開いた。

「いらっしゃいませ」

 扉の向こうは灯りが煌々としており、まだ入ることができそうだった。タヌは受付と書かれた矢印が指す方へ向かった。受付に行くと、妙齢の女性が二人、座ったまま出迎えた。

「本日のご利用は、一一時までとなります」

「一一時?」

 反射的にタヌは聞き返した。

「はい」

 女性の一人が「今の時刻はこちらです」と言いながら、壁に掛けられた時計を差し示した。八時五〇分だ。タヌは早く時計の見方や時間の流れる感じを覚えようと改めて心に誓った。

 タヌは女性たちへ「ありがとうございます」と言ってぺこりと頭を下げてから、図書館の中へと入った。

 その後ろ姿を何名かの人間が異なる場所から見ていたことも、宿屋からここまでずっと尾行されていたことにも、タヌは気づかなかった。


改訂の上、再掲

031:【FRANCESCO】DYRAはどこへ行った!?2024/07/23 23:15

031:【FRANCESCO】DYRAはどこへ行った!?2023/01/05 17:13

031:【FRANCESCO】DYRAが消えた(2)2018/09/09 13:58


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