309:【TREZEGUET】脱出に成功した故、成すべきが明確になる
前回までの「DYRA」----------
DYRAがどこにいるかわからない中、タヌたちはRAAZが密かに作っていた地下通路を伝いマロッタから脱出を図る。途中、フランチェスコの東へ向かうマイヨたちと別れ、タヌはキリアンや店長とトロッコを使い、港町デシリオをめざすべく、南へと移動した。
真っ白な部屋へ戻ったRAAZは、一時間程度の仮眠を取った後、準備を整え、トロッコの終着点へ先回りしていた。足下には大きめのランタンを二つと、ちょうどランタン二つが入る程度の麻袋を一つ、置いている。
「そろそろ、か」
やがて、地下通路の遠くの方からガラガラと車輪の音が響き渡る。ランタンの光が見え始め、見覚えある人影が近づいて来る。トロッコはRAAZの脇を通り過ぎ、少ししたところで止まった。
「おお、会長さん」
「RAAZさん」
「おー。ホントに兄さんおったわ」
トロッコから降りてきた三人はRAAZの元へと駆け寄った。
「さすがにここは気づかれていない、か」
言いながら、RAAZは足下のランタンを二つ手にすると、キリアンと店長に一つずつ渡した。
「そろそろ夜になるからな」
「おお。ありがとうございます。助かります」
「ありがとな」
「それと」
言いながら、RAAZが麻袋から何かを取り出し、その後でタヌへ渡す。
「中に三人分、入っている。軽食だ。まだ移動する。一休みするなら今しかない」
「RAAZさん。ありがとうございます」
「おー! 気が利くなぁ!」
「重ね重ねの気遣い、痛み入ります」
タヌが中身を確かめる。薄く切った豚肉を多めに挟んだライ麦パンと、水が入った瓶がそれぞれ三つずつが入っていた。分け合うと、三人はその場に腰を下ろし、食べ始めた。
食事を終え、水を飲んだところで改めて四人で出発する。
「この地下の道、とてつもなく長いですよねぇ」
「もう出る。心配するな」
「トロッコ、もんのすげぇスピード出たからビビったわ」
「そうか?」
疲れが多少残っていながらも、マロッタを無事に脱出できたことと、食事を取ったことで精神的に余裕が戻ったのか、三人は会話をする余裕が戻っていた。
「それにしても会長さん」
「ん?」
「これからどうするおつもりなんです? マロッタを抜けたのは良いとして」
歩きながら店長が切り出す。
「それオレも聞きたいわ、兄さん。取り敢えず、あのハーランってクソ外道な野郎をカタす、これはわかる。けど、そこに至るまで具体的にってな」
補足するようなキリアンの質問も聞くと、RAAZは小さく頷いた。
「そのあたりは追って話す」
RAAZはそう言って、近くにある上への螺旋階段を指し示した。三人は階段を見てからキリアンを先頭に、タヌ、店長と続く。RAAZは螺旋階段がある場所の扉をそっと閉めてから、最後に上った。
外へ出ると、そこはメレトへもアニェッリへも向かうことができる、川の中州だった。そこから橋を渡って東側へ行くと、メレトのすぐ近くで、チェルチやデシリオにも繋がる道だった。橋の向こう側に行ったところに、二頭立ての荷馬車が停まっている。タヌはあたりを見回しながら、口をぽかんと開けて驚くばかりだった。タヌだけではない。店長もキリアンも、意外そうな顔をしている。
「確かに、ここまで来ればさすがに一安心ではありますけどねぇ」
「店長。やることは多いぞ?」
「ええ」
「メレトでは一番上の別荘にいる」
「それ、あの超高級別荘街で一番良いところじゃないですか」
「そういうことだ。それと、何かと物入りになるはずだからな」
そう言って、RAAZが片手で持つにはいささか大きめの革袋を店長へ渡す。タヌはそれが先ほど食事を入れていた袋からRAAZが取り出していた別の袋だとわかった。
「こ、こんなに良いんですか!?」
「足下を見るヤツもいるだろう? 果ては面倒毎の口止めや、最悪、口封じにもカネがいるだろう。今は時間が優先される」
「かしこまりました。食糧や物資調達は任せて下さい」
「頼む。受け渡しはメレトの入口のそばの管理小屋で。あそこは少し前に面倒な密会騒ぎがあって以来、鍵を取り替えて誰も入れない。その鍵だが、サルヴァトーレの手の者が、マロッタの、前の店と同じものに変えてある」
店長は振り返ることなく、だが、肩越しに親指を立てる仕草をした。
「そこも、さすがサルヴァトーレさんだ。かしこまりました」
四人は馬車に乗り込むと早速、移動開始した。店長が御者となり、三人が荷台に乗っている。
「それと、これからどうするって話。言っておく」
「ホントにどうするん?」
身を乗り出すキリアンとは対照的に、タヌは小さく頷いた。店長は耳だけ貸しているというジェスチャーをした。
「簡単な話だ。ハーランを殺処分した上で、小娘との約束の手前、面倒な『文明の遺産』をまとめて処分する。この顔ぶれで当面手をつけることは三つ。ハーランの居場所特定し引きずり出すにあたり、外堀を埋める。これは恐らくあの小娘が中心になるだろう。次に、ガキの親父を見つけ出して身柄を確保する。聞きたいことが多い。可能な限り生きている状態でだ。最後の一つは四〇日、いや、正確には実質三五日以内にこれらをやり遂げる」
「つまるとこ、オレらがやるのは三五日のうちにピッポさんを見つけ出す、で、ふん縛ってタヌ君の前に突き出せば良い、ってことか?」
「まぁ、そういうことだ」
聞きながらタヌは、キリアンの言葉を聞いて安堵した。裏を返せば、RAAZのそれが遠回しに死の一歩手前まで痛め付けても構わない、だったからだ。
「タヌ君」
キリアンがタヌの肩をぽんと叩く。
「大丈夫や。今度こそきっちりピッポさん、とっちめたろ」
「はい……」
タヌは、キリアンの言葉にそれ以上言えない。仮に今上手く父親の身柄を確保しても、DYRAがどうなっているかわからないからだ。
「オネエチャンのこと、心配しとるんか?」
「あ、ええ、はい」
「お兄さんが見つけてくれるって。大丈夫さ。それに、あのオネエチャンがそう簡単にくたばるようには見えん。多分、大混乱のどさくさやし気を遣いながら目立たないように動いているんやろ」
キリアンの言葉に、タヌはそうであってほしいと心から願った。
「我々はメレトの入口で飛び降りる」
RAAZが御者役の店長へ告げた。それを聞くや、店長はあたりの風景をざっと見てから年季が入った真鍮製の懐中時計で時間を確認する。空はすでに竦んだようなグレーラブラドライトのような色合いになっていた。
「ちょうど陽が暮れるあたりでメレトに着きますよ」
「わかった。もうぼちぼち、か」
「ええ」
話してから少し経ち、空がだいぶ暗くなってきたところでメレトの入口が見えてくる。
「じゃ。ランタンは二つとも使って良い」
「あとは任せて下さい」
RAAZと店長がやりとりしたところで、「おいちゃん、気をつけてな」と言いながらキリアンが荷台から飛び降りた。
「店長さん、気をつけて下さいね」
「タヌさんも。お父さん見つかりますように」
店長へ言い終わるやタヌの身体が持ち上げられ、宙に浮く。RAAZがタヌを抱き抱え、荷台から飛び降りた。
この後。
夜の帳が下りたのとほぼ同じタイミングで、三人はメレトでも丘の一番上にある大邸宅に到着した。そこはタヌにとって勝手知ったる場所だった。
煌々と灯りを照らす外灯を見ながら、ここで遭遇した出来事を振り返る。DYRAと旅を初めてまだそう経っていなかった頃、フランチェスコから脱出し、副会長たちの助けもあってここにたどり着いた。いなくなったと思われたDYRAと再会できたのもここだ。デシリオでDYRAが遭遇、取り逃がした父親を追い続ける中、最後になるかも知れない休憩として過ごした場所もここだった。まさか再び、いや、三度ここに来ることになろうとは。
「兄さん。今日はいったんここで寝泊まりして良いのか?」
「ゆっくり朝を迎えられるかは確約しない。それでも、たとえ一分であっても寝られるときに寝ておけ。ガキはともかく、何でも屋、お前もマロッタからこの方、仮眠を取っても神経が休まっていないだろう?」
「有り難い」
「屋敷の二階、好きな部屋を使っていい。一階の台所の床下に食糧備蓄がある。小間使いが二人いるから、何かあったら言っておけ」
「え? 兄さんは?」
「フランチェスコの様子も気がかりだし、DYRAのこともある。ISLA、ああ、お前たちにはマイヨだな。アレと段取りを確認しておく。明け方には戻る。心配するな」
「お、おぅ」
キリアンの返事を聞いたところで、RAAZは自身の右手を横に、肩の高さに上げる。次の瞬間、指先のあたりから赤い花びらがふわり、ふわりと舞い、やがて嵐のように激しく広まっていく。
「うをっ」
キリアンは初めて見る光景に驚きの声を上げた。タヌは、何度か見たことあるとはいえ、これだけの近さで見るのは初めてだった。
RAAZの姿は無数の赤い花びらが織りなす嵐に包まれ、細かい光の粒に包まれ、消えた。
タヌやRAAZたちがメレトに到着したのと奇しくも時を同じくして、マイヨたちもフランチェスコの東側にたどり着いていた。
「あの地下から、まさかこんなところにまで繋がっているなんて……」
そこはフランチェスコのほぼ東端から南へと広がる森の一角だった。森の向こうを見ると、東門、そしてペッレへと繋がる街道も見える。デシリオ方面へと向かう道へ繋がる側道も同様だ。
「ここなら確かに、交通の便は良くて、かつ、目立たないわ……」
「そういうこと」
「ここからだと、ここからすぐ北西へ行ったところに、森を出たあたりに住宅街がある。と言っても、その一角は錬金協会が買い占めたところだ。その一角に隠れれば何とかなるかも知れない」
キエーザがそう言うと、マイヨはそこへ案内するよう指示を出した。
「すぐそこだ。来てくれ」
マイヨ、アントネッラ、ジャンニはキエーザの案内で住宅街へ向かった。目的の家はすぐに見つかり、一行は中へと入った。家は二階建てで、家具などの必要なものは一通り揃っている。四人は二階の部屋で話を始めた。
「ジャンニ」
「ああ」
マイヨはジャンニをじっと見る。アントネッラは心配そうにジャンニとマイヨとに視線を何度も往来させた。
「行商人との連絡役をやってもらうの一つ。あとは、情報集めもしてもらう。キエーザと手分けをしての作業になる」
「あ、ああ」
「こういう言い方はなんだけど、言っておく。ハーランの罠や山の爆発、その両方を躱して今なおアントネッラを信じて生きている人たちにとって、アンタは『裏切り者』に見えるだろう。けれど、ハーランに与した連中からも『お尋ね者』だ」
「俺は、どっちからも……」
「そういうこと。だから、信頼を取り戻さないとアンタに居場所はない。そういう意味でも一世一代の大一番に挑むことになる。そこはわかっているね?」
マイヨの念押しに、ジャンニは、大きく頷いた。
「アンタはもう、勝ち馬がどっちか、なんて選べないんだ。我が身可愛さにそんな中途半端をやれば、どちらが勝ったところで『コウモリ』だってんで殺される」
「わかった」
「腹は、括った方が良い」
「ええ」
「キエーザの言う通りだわ。ジャンニ。すっごく辛い場面だけど」
「ええ。ええ。そうですね。アントネッラ様も」
「彼女だって、街のためにその手を血で汚す覚悟も固めている」
「はい」
ジャンニの返事を聞くと、マイヨは次にキエーザを見る。
「キエーザ。ハーランを引きずり出すんだ」
「マイヨ。引きずり出したとして、アンタで仕留められるのか?」
「俺たちがやるのは引きずり出すところまでだよ? 最終的に仕留めるのはRAAZになる。もちろん、ある程度潰すことができれば、俺でも仕留められるけどさ。そこに持って行くのが難しいんだよ、アイツは」
「つまり、私たちは髭面を引っ張り出して、お兄様はもちろん、髭面の駒として使われている人たちを剥がす。こんな感じ?」
「そんな感じかな」
「やることはわかった。だがマイヨ。あのハーランってのは他人に化けて、声まで擬態して、人心を引っ掻き回す。これの対策ができないことには」
キエーザからの意見に、マイヨは二度頷いた。
「俺やRAAZはある程度あっさり見破れるけど、確かにそこだよな」
「本物かどうかの目印がないと、ダメよね」
「そういう意味では子犬君も大事な大事な戦力だ」
言いながら、マイヨはアントネッラが抱き抱える子犬の頭を軽く撫でた。子犬は嬉しそうな声で啼いた。
「君とルカレッリを見分けられる。当然、ハーランが化けてもだ」
「化けたときの特徴とか、あるの?」
「オゾン臭がするから俺やRAAZはすぐにわかる。でも、君たちはわからないだろうね。俺たちしか知らない情報で符合を作るしかないな」
マイヨがそう言うと、全員が難しい表情でそれぞれ天井や壁、テーブルなどを見つめる。子犬はそんな四人を興味深そうに見る。
「ねぇ」
アントネッラだった。
「マイヨがあの山で最後に……その、あの子の名前はどう?」
「そう言えば、俺、名前を聞いていなかったよ」
「あの子、ドゥーオって名前だったの」
「『2』か。それ、怪しいヤツにその質問をぶつけて確かめるのは良いかもね。俺が助けた。犬の面倒を見た。山へ逃げた」
「決まりだ」
キエーザがそう言うと、全員、頷いた。
「じゃ、俺は少し外していいかな。体力の消耗が激しい」
「あ、そっか。休むって言っていたのに、ネスタ山があんなことになって、戻ってきたのですものね」
「ああ。あと、RAAZと情報共有をしないといけない。終わり次第戻る。アントネッラ。神経が疲れているだろうから休んでおいて。戸締まりはしっかりとね」
「ええ」
「それじゃ、また朝に」
マイヨは言い終えると、部屋を出て、階段がある方へと歩き出した。足音は階段を下り始めたあたりで聞こえなくなった。
「戻った」
「私も先ほど来たところだ。ほぼ待っていない」
普段はマイヨがねぐらとして使っているドクター・ミレディアの施設にある小会議室でRAAZとマイヨが合流する。
「無事にたどり着いた。まずは感謝する」
「こっちもメレトに着いた。だが、ガキも何でも屋も神経を消耗している」
「そりゃそうだよ。ネスタ山の一角をそっくり崩すような手を使ってきたんだ。その被害状況も正確に見たいところだけどね」
「そうだったな」
テーブルに放り出してあったタブレット端末を起動すると、人工衛星からのデータをCG化し、状況を確認する。
「すごいな、おい」
マイヨが画面に出ている3DCGマップの一角を指さす。
「マロッタだけを綺麗に狙い撃ちか」
「ビルの解体工事並みの正確かつ緻密な爆薬使用だ。被害はマロッタと、位置的には東側にある、パオロとかいう道の駅がある辺りか」
「ハーランにとっては、私やお前はよっぽど鬱陶しい、か」
「正直、DYRAやタヌ君のことがないなら、ハーランが自然死するまで待ち続けるってのもアリなんだけどな」
「ヤツが生きてもせいぜい数百年。私たちは環境条件が整えば千年、最大なら一万年でも狙える」
「『トリプレッテ』か」
「ああ。だから、あれだけは奪われるわけにはいかない。私たちが希望を捨てずに生きるために」
「超伝送量子ネットワークを起動する。そして『トリプレッテ』を起こす。ハーランを倒す。そして俺にとっては、あの日の真実を開示し、明らかにすることでもある、か」
「お前の処遇は、それ次第だ」
「なすべきを、なすだけ、か」
「ああ。まずは、お互いに消耗しまくったナノマシン補充を兼ねた休息からだ」
「そう、だな」
2025年、無事に2回目の更新です。
ゴシックSF小説「DYRA」は最終章に向けて走り始めております。
この回でご縁得た皆様方におかれましては、この機会にブックマークとかいただけると嬉しいです!
(最新話を「最速」で! なら、pixivで読んでいただいてのブックマークが本当に最速。フライング更新もアリなので)
さて。
ちょっとファイナルに向けての大きなお話。
ロードマップ的には、「あの日の真実」と、「運命の選択」、「最後の最後まで」ですね。『文明の遺産』と呼ばれる大昔、ずっと進歩していた時代の技術争奪戦となります。タヌの父親絡みの話、ハーランの「成すべきこと」、現文明人たちはどう立ち回るのかなど、長い物語が、次回から一気に全部繋がる感じです。DYRAにもタヌにも、「選択」のときが訪れます。彼らだけではありません。RAAZにも、マイヨにも訪れます。
というわけで、ではまた来週!
-----
即売会参加予定は以下の通り。
2月16日(日) COMITIA151
東京ビッグサイト東1-3ホール (配置場所未定)
サークル「11PK」
-----
更新履歴
309:【TREZEGUET】脱出に成功した故、成すべきが明確になる2025/01/13 20:00