308:【TREZEGUET】タヌ、マロッタ脱出へ。再会はいつになるのか?
前回までの「DYRA」----------
些細なきっかけからフィリッポがハーランと連絡を取り合っていることを知ったDYRAは、自分がここにいることがバレる前に事態を知らせようと動き出す。手段を選んでいる暇はない。ついに、トレゼゲ島の秘密の通路から「あの空間」を通って移動しようと決断、行動する。
夜明け前、マロッタから脱出したタヌたちは、地下通路を歩いて移動していた。
「こんなんあったんですねぇ……」
タヌを守るように隣を歩く食堂の店長が感心すると、ランタンを手に先頭を歩くRAAZが振り返ることなく、頷いた。
「サルヴァトーレはその辺、抜かりなかったということだ。過去にいくつか作った移動ルートは悉く漏洩していたからな。新しい店舗からの脱出路は私以外は誰一人知らず、当然、地図にすらなく、だ」
タヌと、店長のすぐ後ろを歩くキリアンは話の聞き役に徹した。彼らのさらに後ろを歩くアントネッラ、ジャンニ、キエーザ、しんがりのマイヨも聞いている。
「RAAZ。この道はどこまで続いている?」
「出口は六か所。だが、ネスタ山側に面した出口三か所はどれもアテにならん。それと、マロッタの東南側にる方も期待できない」
「アンタのその話で行くと、あとはマロッタの南側、ネトだっけ? そこの近くに出るか、そうでないなら西南、そうだな、モラタあたりから南に下ったどこか、ってことか」
「だが、南側だと、小娘たちが使ったトロッコの地下通路近くだ。まぁ、あそこ自体はもう有名どころだからな。考えなしに出れば捕まりにいくようなものだ。ISLAとキエーザがいるなら、側道を上手く使えば切り抜けられるだろうよ」
「かしこまりました」
呼ばれたわけでもないキエーザがすぐに返事をした。タヌは、彼が自分への指示を兼ねた言葉と察したに違いないと理解した。
「キエーザ」
「はい、会長」
「フランチェスコではできるだけ東側か東南側、商業地域にある隠れ家に潜伏しておけ」
「かしこまりました」
「次に何でも屋」
呼ばれたキリアンは笑顔で返事する。
「できることなら何でも言うて」
「外へ出たら、ガキを守ってメレトへ行く。あそこが何だかんだで潜伏するには一番使い勝手が良いからな。それと、ハーランにバレていないのも大きいか」
「合点」
「店長」
「ええ。何でしょうか」
「デシリオで食糧調達できるか? メレトの方がラクか?」
「正直に言ってしまえば、どっちでも変わりませんね。言ってしまえば、漁村のチェルチに行かれれば馴染みの卸業者がおりますから」
「わかった。ではガキや何でも屋と一緒に」
「お任せ下さい。必要なら、フランチェスコへの皆さん宛へ、物質輸送も手配しますんで」
「頼む。あとは連絡手段の確保だ。鳩だな」
「そちらも併せてお任せ下さい」
店長が自信たっぷりな口振りで返事をした。
「オレも向こう着いたら手ぇ貸す」
「よろしくお願いします」
それからもうしばらく歩いたところで、壁の一角が明らかに窪んでいる箇所があり、そこで止まった。
「ここが、南と南西の分かれ道になる。ISLA、お前たちはそっちを使うことになる。トロッコの線路には出るなよ? 捕まりにいくようなものだ」
「側道……そういうことか。密かに使ったのはバイパス線ってことか」
「ああ。最悪の事態を想定、鍵はRAC10認証だ。双方向では開かない」
「ドクターが作ったあれと同じ仕組みか。あっちとこっちで鍵が違うって」
「そういうことだ」
「何の話?」
アントネッラが尋ねた。
「この扉をくぐったら、今いるそこに同じ扉からは戻れないって話だよ。さ、急ぐよ?」
マイヨがそう言って扉を開くと、アントネッラやジャンニに扉の向こうへ行くよう促した。二人が通った後、キエーザも続く。
「では会長。どうぞご無事で」
「ああ。お前にも色々面倒を掛けるが、よろしく頼む」
「はい」
RAAZとキエーザのやりとりが終わったところで、マイヨが扉の向こうへ行く。
「タヌ君」
アントネッラが声を掛けた。
「気をつけてね。お父様のこと、気持ちをしっかり持ってね」
「ありがとうございます。あの、アントネッラさんも気をつけて下さい」
「ありがとう」
「それじゃ。夜にお前が寝座で使っているミレディアの部屋へ行く」
マイヨがそう言うと、RAAZが手にしたランタンを彼へ渡した。マイヨは受け取ってから、扉を閉めた。
「行っちゃった」
タヌは、閉まった扉を見つめながら、呟いた。
「タヌ君。急がないと。ここだって、『ずっと安全』って確約はないんやから」
「タヌさん。急ぎましょう」
キリアンと店長に声を掛けられたタヌは、意識して背筋を伸ばし直すと、「はい」と答えた。
「ガキ。予備のランタンはあるな?」
「あ、ち、小さいけど」
言いながら、タヌは鞄の肩紐に通してあったランタンを外すと、RAAZへ渡す。受け取ったRAAZは真っ暗な場所にも拘わらず、すべて見えるとばかりに受け取る。少し経って、シュッと何かをこする音が聞こえた後、ランタンが煌々と灯りを放った。
「おー。火打ち石もないのに、よぅ火ぃ点いたなぁ」
「ちょっとした手品とでも思っておけ」
RAAZが言いながらキリアンにランタンを渡した。タヌはその様子を見ながら、いつだかピルロが火の海に包まれたときに見つけた、RAAZが火を放つ先からその辺に捨てていた、小さな四角い何かを思い出す。もしかしたらあのときのものを使ったのではないかと。
「時間が惜しい。少し走るぞ?」
RAAZはそう言うと、タヌを抱き上げた。男三人はそのまま走り出した。
「ひぃ……! け、結構走りましたよね」
「そ、そろそろ休まんかぃ?」
店長とキリアンが肩で息をしながらRAAZへ声を掛けた。
「あとはすぐそこだ。もう少しで側道が下り坂になる。脱線した場合を想定した、交換用のトロッコを置いた場所のそばに出る」
「おおぅ!」
あと少しで何とかなるなら頑張れる。キリアンも店長も何度か深呼吸をして膝まわりを軽くマッサージするようにもみ、走る気力を取り戻した。
「あの、ボクも、走ります」
RAAZの肩に担がれたまま、タヌは申し出た。
「ま、そろそろ良いか」
タヌの言葉に、RAAZはタヌを降ろした。
「ボク、そのトロッコあるところ先に行ってみます」
「言うほどの距離もないぞ」
それから四人はジョギング程度の速さで進んだ。ほどなく、RAAZが言った予備のトロッコがある場所まで来た。
「……え」
「まさかの……」
「側道、だからな。それに、誰かに見つかりたくもない。なら自ずとこうなる。ガキ。お前の出番だ」
RAAZがタヌの身体を抱き上げると、天井まで持ち上げた。
「天井のこの、銀色の取っ手みたいなのを引っ張れば良いんですか?」
「ああ。それでいい」
タヌは天井で見つけた取っ手を軽く引っ張った。
「引っ張りました」
すると、どこからか、金属のこすれるような音が聞こえ、続いて、振動の音が響いた。
「何でも屋、その壁に隠し引き戸がある。開けろ」
「合点」
キリアンが壁をまさぐり、隠し引き戸を見つけると、慣れた手つきで開けた。
「おー」
扉の向こうに、鉄の骨組みのような外観のトロッコがあった。天井を見ると、埃がもうもうとしている。
「あー。タヌ君がアレした取っ手がこの天井を開く。んでもって、上にあったトロッコを下ろす仕組みだったんか」
「そういうことだ」
「これなら坂を下ってちょっと行くくらいならちょうどええな」
「それにだいぶ移動時間も短縮できますよ」
「急ごう」
キリアンと店長が二人でトロッコを通路へ出した。タヌが扉を閉める。
「ガキ、乗れ」
「はい」
最初にタヌが、続いてキリアンと店長が乗り込んだ。
「会長さんも」
「私は先に行く。そのトロッコが停まった場所で合流だ」
「えっ!」「えーっ」「ちょっ」
RAAZは言い終わるや、トロッコを押して、初速をつける。勢いに乗ったトロッコはそのまま、下り坂をジェットコースターのようなスピードで下っていった。
「私一人ならもっと身軽だが、そうもいかんからな」
言いながら、懐中時計で時間を確かめる。
「あの速度を維持できるなら、三時間もあれば、行けるか。その間、少し休ませてもらうさ」
その場に一人残ったRAAZは、自身の周囲に赤い花びらを舞い上がらせ、姿を消した。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
コミケも無事終わり、2025年になりました。いよいよ長いこの物語も、ファイナルイヤーに突入です(作者の身に何か起こらない限りは、エタらないからどうぞご安心を。
この回でご縁得た皆様方におかれましては、この機会にブックマークとかいただけると嬉しいです!
ようやく、山を崩されて街を押し潰すというハーランの強烈な手段を前に窮地に立たされていたタヌたちは街を脱出しました。次回は再会ですが、誰が一番にDYRAと再会できるかはお楽しみに、です。
ではまた来週!
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即売会参加予定は以下の通り。
2月16日(日) COMITIA151
東京ビッグサイト東1-3ホール (配置場所未定)
サークル「11PK」
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更新履歴
308:【TREZEGUET】タヌ、マロッタ脱出へ。再会はいつになるのか? 2025/01/06 20:00