306:【TREZEGUET】その名前を聞いた瞬間、それ以前にはもう戻れない
前回までの「DYRA」----------
タヌの父親によく似たその男の名はフィリッポ。通称ピッポ。名前を聞いた瞬間、驚くDYRA。だが、それ以上に彼の話が激しい動揺を誘う。彼の口から飛び出したとてつもなく重い話に、DYRAは押しつぶされそうになる。
DYRAは砂浜に大の字になって倒れると、空を見上げた。砂はほんわかと暖かい。気持ち冷たい風とのバランスがいい感じだ。
ここまで意識したことがなかった。『目に見える情報』、『耳に聞こえる情報』など、理解できるだけしか見ていなかった。そして、それに気を取られすぎていた。一方、雰囲気とか、空気感。それはまさに目に見えない情報だ。これはそこへ意識をやれなければ情報として見つけ出すことができないものだ。
ここに来てDYRAはもう一つ、思い出す。
「お父さんは俺と一緒にいた! 一緒に、二〇年以上だっ! お嬢さんや、彼女につきまとうRAAZより、俺はお父さんのことを知っている! お父さんに会いたいんだろうっ!!」
デシリオでハーランが言い放った言葉。あのときは、空疎な言葉と切って捨てたが、あながち嘘でもなかった。目に見える情報に気を取られ、振り回された結果がこれだと言うのか。
(真実の可能性が高い情報が混じっていたとはな……!)
DYRAは星空を見ながら舌打ちした。ハーランは嘘を言わないが本当のことも言わない。手持ちのカードを伏せることで人を動かそうとする。必要ならある程度の開示を厭わぬ上、信を得ようと行動するマイヨとは対照的だ。加えて、RAAZとの尋常ならざる敵対度合いから考えて、絶対に耳を貸してはいけない存在。そう認識していた。しかし、もし、フィリッポこそがタヌの本当の父親なのだとしたら──。
(もう少し情報を精査したい。その結果次第では、全部が悪いことばかりでもないかも知れない)
DYRAはタヌへ、父親捜しに最後までつきあうことを約束した。だが、父親はとんでもない人間のクズだった。このままでは無事に再会できたところでその瞬間にRAAZの手で殺されることが見えている。そんな矢先の今だ。もし、フィリッポこそが、となれば、話の前提が全部変わる。
次にやることが何となく見えてきた。タヌたちがいる場所へ戻るにあたり、RAAZに気づいてもらうための救難信号を出すくらいならひょっとして、できるかも知れない。DYRAは自分が思っているより憂いが減り始めていることに気づく。同時に、苛立ちが収まっていることにも。
(あのピッポではない、このフィリッポが父親であってほしいものだ)
DYRAはガバッと身を起こすと立ち上がり、来た道を戻っていった。
「やぁ。落ち着いたかい?」
フィリッポが待つ建物に戻ったDYRAは、彼と食事を共にした。普段なら食事はしないところだが、それでは怪しまれてしまう。少食と断りを入れた上で、少しだけ食べることにした。
「ここにしばらくいるのに、そんなに少食では持たないよ?」
「そうなのか?」
「ああ。前に来た男の子も最初に来たときより倍くらいは食べるようになった。その前に七、八年いた女の子は魚を食べられなかったが、今では好き嫌いなく食べられるようになったくらいだ」
DYRAは、自分の前にいたという青年と女性が何者かも、フィリッポの息子と同じくらい気になった。どうやって質問すればうまく答えてくれるだろうか。慎重に言葉を選びながら話す。
「今まで学んだ彼らと私は、近い将来、会うことになるんだろう?」
「うん。そうね」
「彼らの名前は?」
話の流れに逆らわずに尋ねた。
「うーん。本名は知らないよ。前の子はルカ君って呼んでいた」
「ルカ、か」
DYRAの中で一人の人物が思い浮かぶ。だが、今何を考えているのか悟られてはいけない。気取られないように、スープを口に運んだ。
「女の子はアンジェリカさん」
聞いた瞬間、DYRAの記憶を一人の女性が駆け抜ける。
「そう言えば君の名前をまだ聞いていなかった」
フィリッポからの指摘で、DYRAはハッとした。
「あ、そ、そうだったな。私の名前は、アイーダだ」
DYRAは適当なでまかせを言って、その場を逃れた。
「アイーダさんか。ご家族には誰にも言っていないよね?」
「ああ」
「それは結構。言ってしまっていたら、困ったことになるところだった」
「どう、困るんだ?」
「言った通りで、あの化け物がここを知れば面倒になってしまうからね。皆に直接関わりある話で言うなら世界もどうなるかわからない」
あの化け物がRAAZを指すのは明らかだ。話の流れから、RAAZへの発覚を極度に恐れている。とはいえ、今必要な情報はそこではない。色々聞きたいのはやまやまだが、それ以外はいったん、後回しだ。
「そうだったのか。恐ろしいな」
「本当だ。何千年も生きている時点で恐ろしいなんてものじゃない。そんな化け物は、早く殺してしまわないと」
(殺して……あ?)
DYRAはここでさらに別の言葉を思い出す。
「お前の父親は、その現象を研究していた。平たく言ってやる。DYRAの不老不死を断ち切り、殺すための研究だ」
タヌと行動を共にし始めてまだ日が浅かった頃、母親をめぐる騒ぎの中で、生体端末なる、マイヨと同じ姿をした男が言い放った言葉だ。
(殺そうとしているのは、私ではなくRAAZとなれば……)
言った言葉の本質に嘘はない。対象が違うが、死がはるか遠くにあるその仕掛けはほぼ同じだ。
(この男は……)
DYRAの中で確信が強まってくる。
「そうだな。その、お前が会ったことがない子どものためにも」
「ああ」
フィリッポが食事を終えたタイミングでDYRAは切り出す。
「そうだ。あの写真の赤ん坊は、性別は?」
「息子だよ」
「息子だったのか」
「名前くらい、お前がつけたんだろう?」
「ああ。恥ずかしながら、手紙で伝えただけなんだけどね。男の子が生まれたときと、女の子が生まれたとき、両方の可能性を考えて、二つ名前を考えたんだ。マッシミリアーノのところのような双子とかじゃなくて良かったよ」
「マッシミリアーノ?」
DYRAは確かめるように声を出した。すると、話していなかったと言いたげな顔でフィリッポが話し始める。
「島で初めての教え子だ。そう。彼が戻ることになったとき一緒に向こうへ戻ったんだ」
「そのときに女と出会い、と」
言いながら、DYRAは静かに頷いた。
「ああ」
フィリッポは話しながらコーヒーを用意する。
「生まれた子には、大層な名前をつけられなくて。今思えば、単純な名前をつけて悪いことをしたかなとか思っているよ」
苦笑交じりのフィリッポに、DYRAは今しかないと思う。
「どんな名前にしたんだ?」
「タヌだよ。単純すぎるだろう?」
フィリッポはコーヒーを入れたマグカップをDYRAの前に置いた。
このとき、DYRAは自分の周囲からすべての音が消えたような気がした
気がつけば、今年も4分3がおしまいです。
今回もおかげさまで無事に更新できました。ありがとうございます。
改めまして、現時点での当サークル「11PK」の、即売会参加予定は以下の通りです。
【確定】
11月17日(日) コミティア150(東京ビッグサイト東館4~8ホール)
12月1日(日) 文学フリマ東京39(東京ビッグサイト西館3&4ホール)
【当落待ち】
12月29-30日(土/日) コミックマーケット105 当落発表待ち
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306:【TREZEGUET】その名前を聞いた瞬間、それ以前にはもう戻れない。2024/09/30 20:00