303:【TREZEGUET】DYRAは今いる場所がどこか知り、動揺する
前回までの「DYRA」----------
DYRAはアニェッリから地下のトロッコでピルロの北、ネスタ山へ。そこでハーランと再会。硬軟絡め手で迫られる中、ネスタ山にある「魔法の泉」ことガスの秘密貯蔵庫の向こうで起こった惨劇現場を目にしてしまう。心が悲鳴を上げてもなお、DYRAはハーランに主導権を渡さんと抗う。気がつくとDYRAは夜、どこかの洞窟に倒れていた。
洞窟から外に出たDYRAは、星空の下で何度も何度も深呼吸を繰り返した。
(あのおぞましい風景を、私は、知っている……!)
知っている理由など今はどうでも良い。今はただ、目にしてしまったおぞましい光景やハーランの影を意識から追い出そうと努めた。澄んだ空気が少しずつ、心を落ち着かせていく。
(ここは……本当に、どこだ?)
DYRAは周囲を見回す。星明かりだけで何も見えないかと思われたが、じっと目を懲らすと、先の方の下に、まばらではあるが、灯りが点いている場所が何か所か見えた。さらに先にはキラキラ光る何かも見える。
(ここは丘の上か、山の中腹か? あの、ネスタ山か? なら、あれはピルロか? でも、あの光っているのは?)
おかしい。先ほど山ではわずかだが異臭があった。しかし、今は山にいるのに、微かに水のような匂いがする。どういうことなのか。DYRAは意識して視覚はもちろん、聴覚や嗅覚、触覚も鋭く働かせる。
やはり何かが違う。
(水? いや、これ……!)
空気の匂いがやはり違う。具体的には海の匂いだ。それだけではない。肌に触れる空気も心なしか暖かい。
DYRAの中でいくつかの疑問に対し、結論が出た。ここはネスタ山ではない。そこからわかることとして、見える灯りはピルロのそれでもない、と。
今わかる情報はそこまでだ。DYRAはいったん。洞窟の入口に腰を下ろすとそのまま背を預け、休んだ。
空が少しずつ明るくなるのと時を同じくして、DYRAは目を覚ました。幸い、人も動物も近くへ来ることがなかったので、ゆっくり休めた。
DYRAは立ち上がると身体を伸ばしてから、服の埃や汚れを手ではらう。その後、息を整えると、昨晩灯りが点っているあたりへと目を向けた。
そこを見た瞬間、DYRAは少しだけ眉間に皺を寄せた。こんなところ知らない。いや、知っている場所だっただろうか。いや、知っているはずだ。だが、行ったことがない。そんな思考がぐるぐると回る。
知らない。
知っている。
しばらく記憶がぐるぐると回り、DYRAは懸命に記憶喚起する。その間も周囲をあちこち見回す。
そのときだった。
「……えっ?」
今立っている場所からもう少し奥に森が広がっており、さらにその奥に、木々の隙間から朽ちた家らしき建物がチラリと見える。
(家が、ある?)
DYRAはここで考える。朽ちた家と、昨晩見えた灯りのある方を、どちらを先に見るか、だ。
(人がいるのは……)
いるとすればどちらかは火を見るよりも明らかだ。DYRAは、昨晩灯りが見えた方へ向かって、走り始める。道らしき道はないものの、なだらかながらもひたすら下り続けていく感覚で、ここが山なのだと改めて理解した。
灯りが見えたあたりは、昨晩見たときよりもずっと距離があった。
(タヌが一緒だったら倍以上の時間が掛かっているところだ)
一人で身軽だったことで自分のペースで移動できる。もうしばらく移動し続ければ、麓までたどり着くはずだ。DYRAは走り続けた。
しばらく走り続けるうち、建物がハッキリと見えてくる。
(あれか?)
DYRAはここで色々納得する。昨晩見えた、灯りのさらに先に見えたキラキラした光は海だったのだ。空気に海の匂いが混じっていた理由もわかる。だが、それはそれで今いる場所がどこなのかわからないことも意味する。
(どうなっているんだ?)
そのとき、いつからか平坦な道を歩いていることに気づいたDYRAは足を止めると、改めてあたりを見回す。
(何だ、ここは?)
石畳とはまったく違う、平らな道路が海やいくつかの建物の方へと続いている。DYRAはさらに建物にも目を留める。
(この建物……)
あのときは夜だったのでハッキリと覚えているわけではない。だが、間違いない。東の果てで森の向こうにあった、景色に溶け込んだ建物だ。微かに建物があることはわかる。だが、景色と外観が溶け込んでいるので、かなり意識しないと見つけることは難しい。
(ここの存在を、隠したい?)
DYRAが理解する限り、この技術はRAAZやマイヨ、ハーランたちのもので、タヌを始め、今そこにいる文明の人間たちが持つそれではない。
(RAAZか、ハーランか、どちらかの息が掛かっているということか?)
どちらであろうとも、今は何も手元に情報がないのだ。とにかく警戒するに越したことはない。DYRAはどう動こうか思案する。
と、そのとき。一人の人影が移動しているのが見えた。
(ん?)
誰かいる。DYRAは足音をできるだけ立てないよう、早足で歩いてそちらへと近寄った。
人影の外見がハッキリと見えるようになってくる。中肉中背よりやや背が高い男性で、年齢は四〇すぎくらいだろうか。肩のあたりまであるチョコレート色の髪を無造作に伸ばして後ろに縛っている。見る限り、もの静かそうな雰囲気だ。DYRAは興味深そうに男を見る。見れば見るほど、誰かに似ている気がする。いや、どこかで見たことがあると言うべきか。
(ピッポ?)
そうだ。何度か顔を合わせたピッポだ。だが、DYRAの中で疑念も浮かぶ。
(あんな、大人しそうな男だったか?)
思い始めると、疑念が一瞬にして大きくなっていく。一体どう判断すれば良いのか。DYRAが考えあぐねたときだった。
(あっ)
DYRAに気づいたのか、向こうから近づいてくるではないか。隠れようにも、そんなことができる場所はない。それでも、向こうも一人だけだ。大声を出されたり、暴れたりしない限りは何とでもできる。DYRAは、警戒しつつも挙動不審と思われる動きをするのを控え、近寄ってくる人物の観察に徹する。
「今日は、早いな。もう、船が着くなんて」
初対面の旅人に遭遇した地元民を思わせる穏やかな口振りで話し掛けてくるではないか。DYRAは他人のそら似か、と思い始める。
「君は、今日の船で着いた人かい」
DYRAは男の言葉を聞きながら、彼が本当に自分のことなどを知らない、何度か遭遇した人物とは別人だとわかると、少しだけ安堵した。
「いや、気がついたらここにいて、歩いてみたら、道に迷った」
解釈の幅を広げるような言い方で、DYRAは出方を窺う。
「去年来た子もそんな感じだったよ。『助けてもらって、気がついたらここに来た』ってね。戸惑うのも、無理はないよ。思ったより遠くへ来ちゃうんだから」
「突然、遠くへ来れば、『ここはどこ』となるのは無理もない」
「そうだねぇ。だって、向こうにいる人たちは、何も知らないから」
男の言葉は一体何を意味しているのか。DYRAはどう質問しようかと考え、言葉を探すが、それは不要だった。
「トレゼゲ島は、遠くて、復興がようやく進み始めて、交易にだって往復五〇日を使う、皆、そう信じているのだから」
トレゼゲ。
DYRAは我が耳を疑った。しかし、まだ男が話を続けそうだ。一瞬にして頭の中を覆い尽くさんばかりにわき上がった質問をぶつけるのを控えた。
「事件が起こったのは一〇〇〇年以上も昔のことで、当時の地図や資料は文字通り九割方、破棄されたからね。無理もない」
無言のまま、DYRAは続きを促した。
「……往来に携わっているのは、すべての事情を知る人間だけだ。君もここに来たということは、知ることを許された人、という意味だし」
目の前の男からの情報が多すぎる。DYRAは理解が追いつかない。
「去年の子は、若い男の子だった。今度もまさか女性とはね。俺は船からの荷物を下ろしに行ってくる。夕方までには戻るけど、その間、あっちの建物で休むといい。ここに来たばかりだと、自分で思っている以上に、体力も気力も消耗しているだろうからね」
そう言うと、男はそっと会釈してから再び歩き出し、海の方へと向かった。
(港へ行くということか)
DYRAは男の後ろ姿を見送ってから、来た方向を全速力で戻る。
(本当なのか!? ここが、トレゼゲ島だと言うのか!?)
にわかに信じることができない話を聞かされ、DYRAは内心、動揺する。だが、先ほどの人物が嘘を言っているようにも見えない。となると、真偽の程を確かめる方法は二つしかない。
「お前は金色のジリッツァ、デア・アディーレか?」
そのうちの一つは東の果てから南へ下った集落での出来事ややりとりを全部思い出す必要がある。正直、あんな破廉恥な発言や面罵の数々など、思い出したくもない。となると、今できる方法はもう一つだけだ。DYRAはやることを決めると、山を来た方を戻るように登った。誰も見ていないことがわかったのと、ルートがわかったことから今度は全速力で移動する。下ったときの半分強の時間で最初の洞窟から近くに広がる森へと着いた。
DYRAは森をくぐり抜けると、朽ちた家の前に立った。
家は人が住まなければすぐにダメになるとは良く言われる言葉だが、まさしくその通りと言うべき状況だった。それでも、最初に家を建てたときの作りが非常にしっかりしていたからか、崩れてはいない。
(家と言うより、ちょっとした屋敷だな)
見方によっては、森が隠しているようにも見える。DYRAはそんなことを思いながら、屋敷の入口へと近寄った。
扉をそっと掴むと、鍵が掛かっていないのか、すぐに開いた。DYRAは中をざっと見回す。大理石の床を始め、そこかしこがひどく砂埃にまみれていた。布や木のものは経年劣化で朽ちている一方、石造りのものなどはそこまでひどいダメージを受けていない。
(白骨死体なんかないのを祈るしかない)
足を踏み入れると、廊下を一歩一歩と歩く。木の扉はどれも朽ちているので、簡単に入ることができる。一部屋一部屋覗き見ると、応接室のような部屋や、客人用の寝室として使われていたらしい場所があった。DYRAは特に興味を示さず、廊下を進む。
部屋の奥へと進むと、広い居間に当たった。
(あれは?)
目を引いたのは、ソファやテーブルセット、シャンデリアなどではなかった。DYRAは、窓際に置かれたグランドピアノに目を留めた。
「えっ」
思わず、DYRAは声を発した。
「これは……」
グランドピアノの前へ駆け寄る。片隅に、金属製の小洒落た写真立てが倒れている。DYRAはそっと手に取った。
「こっ……!」
写真を見た瞬間、DYRAは目を大きく見開いた。
こんにちはー!
今回もおかげさまで無事に更新できました。ありがとうございます。
さて。
24年末に開催のコミックマーケット105で無事に当選を果たした際に、という条件付きですが、「DYRA SOLO」という読み切り小説を頒布予定です!
こちらは短編2編と中編1本の3本立てです。メインの中編は何と、SF長編なんて気にせず楽しく読める恋愛ゴリゴリ(?)エピソード。一方で愛読者様にとっては物語すべての「爆心地」のエピソードとなります。是非、よろしくお願いいたします!
次回の即売会参加予定ですが、
11月17日のコミティア150が当落発表待ち
12月1日の文学フリマ東京39は確定枠
詳細わかりましたらお伝えします。
夏コミ新刊「DYRA 14」、そして4回目の改訂となる「DYRA 1 5版」、共にBOOTHにて通販開始。
フル校正入っており、読みやすさもアップしております!
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303:【TREZEGUET】DYRAは今いる場所がどこか知り、動揺する2024/09/09 20:00