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302:【TREZEGUET】そのときDYRAは何をしていた?(後編)

前回までの「DYRA」----------

 RAAZと入れ違いになったとき、DYRAはハーランと再会する。この機会しかない。DYRAはRAAZが愛した女の死について質問をぶつける。だが、ハーランははぐらかす。その上で、彼女の力で助けを求めてきたが──。


 RAAZが愛した女、ミレディアを襲った悲劇を巡る話をしている間、DYRAはネスタ山の惨状など目にも入らなかった。しかし、話が一段落ついたところで、恐ろしい光景が飛び込んだ。

「何だ、これは……何が起こったんだ……」

「キミたちが来る少し前に、爆発騒ぎだ。聞いているだろうから知っていると思うが、あそこには油とガスの貯蔵庫があってね。誰かが寝タバコの不始末でもしたのか、ドカンだ」

 ハーランが心底から困った顔をした。

「お前が吹っ飛ばしたんじゃないのか?」

 DYRAはにべもない。

「おいおい。ひどいな。俺が市井の人々を殺して仮に損がないとして、だからって何の得がある?」

 あるだろう。DYRAはそう言いたくなったが、言葉を喉の奥に押し込んだ。無駄に相手を刺激する必要はない。

「とは言っても、困ってるのは俺じゃない。その人から聞くといい。それから、生き埋めは、救助が早ければ早いほど成功率が上がる」

 生き埋め。DYRAの目元が僅かに動く。

「この街は誰かさんが火を放ったり山崩れを誘発させたりで散々だったろ? そんなこんなで街を大規模再建することになったようでね。そこで更地にする間、残った街の人を山の中腹にある避難所へ退けていたんだよ」

 聞きながら、DYRAは不快感を必死で内心に押し込める。確かにそうだ。RAAZが火を放ち、狙ったわけではないし、RAAZからの提案があったとは言え、自分の身体を少しでも早く回復させようとした行動が山崩れを引き起こした。

「……で、そこが爆発した、というわけだ」

 ハーランは言いながら、懐から電子タバコを取り出し、小さなカートリッジをセットすると、口に咥えた。DYRAはそれを見ながら、いつかタヌがフランチェスコの井戸で拾ったものを思い出す。

(ああやって使うものだったのか)

 火を使わないタバコ。DYRAは改めて、そんなものが存在するのかと思いつつ、RAAZたちがいた文明がここなど比べものにならないことを知る。

「遠回しに、私のせいだと言いたいのか?」

 DYRAが問う。

「さぁ。私が直接キミを責めることはないよ。それをやって良いのはこの街の人が真実を知ったときだけだからな」

 人が気にしているところを一々チクチクと嫌な奴だ。それでも煽られてはいけない。DYRAはあくまでも聞き流す姿勢を崩さない。

「気に入らないな」

「お嬢さん。別にこっちは今、街の連中に暴露する気はないよ」

「今、じゃないならやるんだな?」

「頭の良い子は可愛げがないよ?」

「お前に可愛い、などと言われたくないからな」

「そう言わずに」

 こんな男を相手にするのは時間の無駄だ。そもそもこの様子から察するに誰が助けを求めているのか。DYRAは訝る。言葉を信じるより、現場をつぶさに見て回る方がよほど何か情報を得られるのではないか。

「私はお前を信用していないし、する気もない。何が起こっているかはこっちで勝手に調べさせてもらう」

 言うだけ言うと、DYRAは山をスタスタと歩き始めた。

「やれやれ」

 ハーランが彼女の後ろ姿を困った顔で見送るが、DYRAはそのときの表情を見ることはなかった。

「……好き勝手やるなら、こっちだってこの山をキミの身柄を押さえる檻に変えるだけだよ」

 そう呟いてから、ハーランはもう一度電子タバコを咥え、メンソールの香りがする蒸気を吸った。




 DYRAは明るくなった空の下で、爆発現場と思しき場所までたどり着くと、顔を引き攣らせた。

 子どもの死体が一つ、転がっているだけで、他に死体はない。だが、そこかしこの地面から煙なのか蒸気なのかわからない何かが細い糸のように上がっている。

 不快な臭いが鼻を突き、喉に絡みつく。DYRAは身を守るべく、自身の周囲に青い花びらの嵐を舞わせる。

(生き埋めも何も、子どもの死体が一つだけじゃないか)

 DYRAは曇りではあるものの明るくなった空の下、山の中をあちこち歩いて回った。

(例の、魔法の泉とか言っていた場所から見るか)

 記憶を頼りに、洞窟を探す。

 同じような風景がずっと続いたせいもあってか、DYRAはぐるぐる回ってしまったが、ようやく洞窟を見つけた。空は明るいが灰色のままだった。

(確か、ここら、か)

 DYRAは念のため、時計を取り出して時間を確認する。

(本当か!!)

 まさか、もうそんな時間だったのか。感覚的に察する時間の流れと現実のそれがまったく噛み合っていない。もう、正午さえ過ぎていたとは。DYRAは自分が思うほどこのあたりに土地勘がないのだと痛感した。覚えていた風景がなくなってしまうとこうもわからなくなってしまうのか。

(くそっ!)

 DYRAは周囲に人の気配がないのを確かめると、洞窟の中へと足を踏み入れた。中は貯蔵庫と呼ぶには決して多くないであろう量があったことが伺えた。同時に、今はもう、殆どが吹っ飛んでおり、樽や麻袋の燃えさしがそこかしこに散らかっていた。梁や柱も一部が崩れており、洞窟の奥の方にある壁の一部に穴を開けている。

(ん?)

 ここで、DYRAは洞窟の奥、ある一点を凝視する。

 壁の一部に穴が開いていると思っていた。だが、違う。まるで、壁一面を恐ろしく目が細かい網で補強しているようだ。穴が開いているのではない。その一部が剥き出しになっているのだ。

 DYRAは網の部分をそっと指で触れた。

(鉄の、網?)

 頑丈な上に目が細かい。これなら熱やら煙、粉塵だけが通るが、破片などは防げる。DYRAは知らなかった。これが、かつて存在していた文明で、グラスファイバーと呼ばれる材質でできていることを。

 もう一度、周囲を見回す。すると、煤けた床の一角に隠し扉があった。DYRAは反射的に煤を払うと、扉の取っ手を見つけ、開いた。

「うっ!」

 開くなり、大量の粉塵や滞留していた煙が逆流してくる。

(この壁がなければ……)

 DYRAは、自分の周囲で自身を守るように花びらを舞わせて築いた壁に感謝する。これがなければ、もうとっくに、苦しさに耐えられなくなり倒れていたかも知れない。

 そのときだった。

(まさか!)

 DYRAは隠し扉を開いて現れた階段を駆け下りた。

 自身の周囲を舞う花びらの嵐はどんどん激しさを増す。それはまるで、より強い楯とってDYRAを守ろうとするようだった。

(あの網で貯蔵庫が覆われていたから、大崩れすることなく守られていたということか!)

 階段を下りた先は細い廊下になっていた。DYRAは左手を壁に置いたまま走り出した。しばらく走ると、突き当たりに当たった。けれども、ところどころに隙間が見える。

(ここも、扉!)

 DYRAは取っ手を探した。見つかったが、ひねっても押しても引いても開かない。このままでは埒が明かない。DYRAは扉をもう一度見回す。

(あれ!)

 ほとんど真っ暗のため良く見えなかったが、扉の上と下に太いかんぬき(・・・・)が填まっているではないか。

 とっさに蛇腹剣を顕現させると、DYRAはすぐにかんぬき(・・・・)に突き刺す。剣身の周囲に青い花びらが広がり、かんぬき(・・・・)を包んでいく。やがて、|ぐずぐずと嫌な音を立てて、崩れた。DYRAは次に蛇腹剣の柄で一気に取っ手を叩き壊すと、そのまま扉を蹴破った。

 扉の向こうに広がる光景が飛び込んだとき──。

「──!!!!!!!!!」

 反射的にDYRAは口元に手をやり、目を逸らした。猛烈な嘔吐感がこみ上がる。お年寄りから少女まで大勢の女性たちと、子どもたちの骸が無数に転がっていた。

「お嬢さん。思ったより遅かったね? 随分道に迷ったようだけど?」

 一体いつからか、背後にハーランが立っていた。傍らにはガスマスクを填めた金髪ショートヘアの人物。こちらはマスクのせいで顔がハッキリとわからないが、何となく雰囲気で彼女(・・)だろうとDYRAは察する。

「ピルロの人々にこの結果を招いたのは、キミとクソガキってことになる。キミについては結果的に、という部分もあるかも知れないけどね」

「!」

「お嬢さん。これは、目を逸らしちゃダメな現実だよ? モタモタしていたから、皆死んだ。すぐに救助すれば助かるチャンスはあったかも知れない」

「では、何故お前が助けなかった?」

「普通の人間はここまですぐにはいかれないってことだ。お嬢さんが洞窟に入って扉を壊し、空気を通るようにしてくれたから俺たちもようやく来られた、ってところだ」

 ハーランの言い分は無茶苦茶だ。自分が助けるには力が及ばなかったとしても、こっちのせいにするのは筋違いも甚だしい。

「!」

 しかし、DYRAはその怒りを言葉にできない。目にしてしまった無数の骸が心をざわつかせる。呼吸も一気に乱れ始めた。

 主導権を渡してはいけない。

 ここにいてはいけない。

 ここから逃げなければならない。

 いや、絶対に逃げるんだ。逃げおおせるんだ。

「それ、でも……!」

 DYRAは蛇腹剣を構えると、ハーランたちを近づけまいとするかのように、水平に振るう。大量の青い花びらの嵐が舞い上がった。剣筋に沿ってだけではない、DYRA自身の周囲にも無数の花びらがそれまで以上に、いや、見たこともないほどの嵐を起こすほどに舞う。

「はっ!」

 突然、恐ろしい地響きが響き渡った。それを聞くや、ハーランがまずいと言いたげな表情を浮かべる。ガスマスクをした人物を抱き抱えると、とっさにその場から逃げ出した。


「半分成功で、半分失敗、か……!」


 去り際、ハーランが口にした言葉をDYRAは聞くことができなかった。

 花びらの嵐が止んだとき、天井が一気に崩れ、すべてが土砂に埋もれた──。




「ここ……どこだ?」

 目を覚ましたDYRAは、今、この瞬間までの顛末を思い出すと、改めて周囲を見回した。

 地べたには粉塵の形跡もない。骸もない。ハーランもいない。微量のコケが放つほんの僅かな光のおかげか、ほとんど真っ暗同然ではあるものの、辛うじて今いる場所が岩場だとわかる。それにしても、空気が少しひんやりしている割に何となくジメジメする。

 DYRAは身体をゆっくりと起こした。

「どう、なって、いる?」

 ようやく立ち上がると、ぐるりとあたりを見回す。一箇所だけ、明らかに、黒ではなく、サファイアともラピスラズリとも取れるような色合いが見える。

「夜……?」

 DYRAはおぼつかない足取りでそちらへと歩き出した。しばらくすると、風が頬に、身体にと当たる。開けた空間に出たことがわかった。

「外……か? ……!?」

 DYRAは天を仰ぎ見ると、星空が見えた。

 他には何も見えない。今いる場所がどこかさっぱりわからない。ただ、わかるのは、空気感から、「ネスタ山ではない」ということだけだった。

「一体……?」

 そもそも自分の身に何が起こったのか。DYRAは想像できなかった。

「タヌ……お前は、無事なのか?」

 脳裏にあれこれと浮かぶが、夜で何も見えない以上、今、できることは何もない。空が明るくなるのを待つのみだ。まずは粉塵と煙まみれの空間から解放されたことを確かめるようにDYRAは大きく深呼吸をした。


こんにちはー!

今回もおかげさまで無事に更新できました。ありがとうございます。

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また、詳細わかりましたらお伝えします。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


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302:【TREZEGUET】そのときDYRAは何をしていた?(後編)2024/09/02 20:00

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