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301:【TREZEGUET】そのときDYRAは何をしていた?(中編)

前回までの「DYRA」----------

 タヌと別れて囮役になったDYRAは、アニェッリへ向かった。単身でできる「今しかできないこと」がないと思ってのことだ。しかし、大公邸へ向かってみると、リマ大公が「二人」いるではないか──。

 RAAZと入れ違いになったとき、DYRAに何が起こっていたのか?


「ハーラン……」

 トロッコの停まったその場所に、ハーランが立っていた。両脇には頭を被りで隠した黒ずくめの男が三人。DYRAはじっと睨み付ける。傍らにいたリマ大公は驚きと困惑、それに怒りが入り交じったような声を上げる。

「どういうつもりよ! 私を殺すつもりだった!?」

「いや。正直、どっちでも良かった(・・・・・・・・・)

 DYRAはハーランのリマ大公へ返した言葉を聞くと、彼女へ一瞬だけ鋭い視線をやった。

「どっちでも!? 誰に向かって!?」

「キミがそういう態度だからだよ。でも、俺にとっては本当に、どっちでも、としか言いようがないんだ」

 二人のやりとりをDYRAは表情にこそ出さなかったものの、興味深げに耳を傾ける。

「それにしてもこの世界の人間も、本当に日和見というか、勝ち馬をギリギリまで探そうとするんだなぁ。俺は大好きだよ。そういう弱い、人間の、人間らしい姿がね」

「はぁ!? ふざけているわけぇ!?」

「いや、大真面目に言っているつもりだよ?」

 ハーランはリマ大公を蔑ろにする態度を隠しもしない。

「ところでお嬢さん。せっかく大変な思いをしてここまで来ていただいたんだ。一つ、助けてくれないかな?」

 リマ大公へ見せていた態度から一変、ハーランはDYRAへ丁寧に頭を下げた。

「お前を助ける義理などない」

「違う違う」

 ハーランが大袈裟なくらい大きく頭を横に振った。

「お嬢さんたちがここに来る本当に少し前、大きな事故が発生してね」

「何の、話だ?」

「このまま放っておくと誘爆が広がった瞬間、山の麓の街が押し潰されるって奴だ。ま、俺も一応は警察なんて仕事をしていた身だ。無辜(むこ)の市民、それもつい十日かそこら前に誰かさん(・・・・)のせいで山崩れに巻き込まれて地獄を見た人たちに追い打ちは望まない」

 DYRAは聞く必要もないとばかりに、少し苛立ち気味だったリマ大公の方を見る。

「山崩れ? ここはどこなんだ?」

 リマが小さな声で尋ねた。

「ん? ま、ずっとトンネルの中だったし、停まることもなかったから、距離とか時間の感覚もなくなっちゃった?」

 ハーランが小馬鹿にするようにリマ大公へ告げる。

「恐らく、お嬢さんに担がれてきたから自分の足で走っていないんだろうよ?」

「っ!」

「図星かな? このお嬢さんはキミを担いで四半日近く走り続けたんだ。すごいもんだ」

 単純計算で六時間だ。ハーランの言葉に、DYRAはそんなに走っていたのかと渋い顔をした。今一体何時なのだ。本当に六時間近く走ったとして、そのあと乗ったトロッコも長かった。キリアンと乗っていたときと同じかそれ以上だ。一体どこまで来たのだ。同時に別の疑問も頭を掠める。

(四半日? なら、あの子どもは……!?)

 DYRAは訝る。

「今は、こちらのお嬢さんと話をしたいんだ。少し、邪魔しないでもらえるかな」

 ハーランがそう言って、DYRAへ再び話し掛ける。

「俺が言っても信用できないって言うなら、お嬢さんから見て、俺よりは信用できるだろう人から言ってもらうさ」

「誰だ」

「会えば、わかるよ。ただ、今はさっき起こった騒ぎで夜明け前なのに叩き起こされて、被害状況を確認したり、大変そうだから、少しだけ待ってほしい。その間、お嬢さんからの質問に、全部は無理だが、できる限りは答える、でどうかな?」

「お前は嘘をつかない。だが、本当のことも言わない」

「誠実なつもりだけどなぁ」

 ハーランのそんな軽口にもDYRAは取り合わない。すると、ハーランが時計を見せてきた。昼夜表示つきのアナログ時計だ。実用一辺倒なのか、宝石などはまったくついていない。

「嘘を吐くなら、こんな昼夜の感覚がなくなるような場所でわざわざ時計を見せない」

「時計の針をあらかじめ変えておくこともできる」

「徹底して、信じちゃくれないない、か」

「自分の振る舞いを思い出せ。だいたい、お前はタヌへ何をした?」

 ここに立っているのは、以前タヌの手首に爆弾を巻き付けた男だ。DYRAはハーランへ冷たい視線をやった。

 しかし、ハーランは意にも介さない。傍らにいる黒ずくめの三人に指示を出す。

「お嬢さんは俺が案内する」

 それだけ言うと、黒ずくめの三人はリマ大公の方へ行き、丁寧に連れ出した。

「彼女をどこへ?」

「地上の、被害の少ないところへ。言っただろう? 『少し前、大きな事故が発生し』たと。それに彼女には特にもう、感心はないんでね」

 取り敢えずハーランについていくしかない。それでもDYRAは状況を悪いばかりには考えなかった。タヌを取られた状態ではない。RAAZとの確執も気にしなくていいのだ、と。ノーハンデで相手の言い分を聞くまたとない機会だ、とも。




 トロッコを降りて地下通路から地上へでると、空が微かに白み始めていた。

「ここは……ピルロから、ネスタ山か?」

「そうそう。よく覚えていてくれたね」

「ここで、恐らくお前の手の者だろう奴に襲われたからな」

 DYRAは心底からの不快感を露わにして告げた。

「あのときは殺意はなかった。だから、空気の弾を撃った。見られたくなかったり色々あったが、キミにもタヌ君にもケガをさせていない」

「遠回しで『許してくれ』とでも?」

「直球で言っているつもりだよ?」

「タヌの件がある。許す気はない」

「厳しいなぁ」

 ハーランが自分の言葉に意にも介さなかったのだから。DYRAは同じようなスタンスを保つ。

「どうして敢えて来たか、わかるか?」

「あのクソガキに愛想が尽きた、のかな?」

「まさか。それでも一度くらい、お前の言い分も聞いておきたかったからだ。どうも言い分が違いそうだからな」

「俺に申し開きの機会をくれた、とでも?」

「そういうことだと思ってくれ。長居する気もない」

「それはちょっとなぁ。こっちとしてはあの彼女、そう、大公サマを人質に取ることもできる。優しいキミはそういうの、耐えられるのかな」

 穏やかならぬ言葉にもDYRAは微塵も動じない。

「どうでもいい。お前は質問に答えてくれるんだろう? なら、私がお前に聞きたいことは二つ」

 有無を言わせぬ口調でDYRAは告げる。

「RAAZの、死んだ女の件だ。全員、言い分が違うようだからな」

「クソガキは何て言った?」

「それを知りたいなら、RAAZに聞け」

「手札のヒントもなし、か」

「当然だ」

「ふん……」

 ハーランはしばし、白み始めた空をじっと見つめた後、口を開く。

「事実だけを話すなら、彼女はもともと政府の研究機関にいた。あるとき、突然退職願いを出して、職場を変わった。それだけだ」

「辞めたいのには、辞めたりなりの理由があったのだろう?」

「あった。正直、職場の一部の連中が彼女をいじめていたらしい。情けないことに、政府の役人の一部ももみ消しを図っていた。辞めること自体は残念だが、これだけだったら、自業自得だ」

「ではなぜそうならなかった?」

「彼女の新しい職場だ。寄りによって、軍の研究機関。我々からしたらあそこだけはという、まずい先だった」

「確か。軍と、仲が悪い、だったか」

「そこは聞いていたのか。ああ、その通りだ。あいつらはいつ、国家をクーデターで乗っ取りに来るかわからない連中。だから、警察として軍幹部への監視を強めていた矢先でね」

「それから?」

「彼女の職場がとんでもない場所だとわかったので、もう、綺麗事を言ってばかりもいられないと、身柄を物理的に取り返しに行く作戦が下りた」

 DYRAは敢えて無言で続きを促す。

「彼女がまず、どこにいるか探す必要があった。物理的な場所だ。そのときに軍が彼女に開発させた秘密兵器の話が入ってきた。施設はそこじゃないか、ってね。必死になって情報をかき集めたさ。そしてようやく彼女のところへ案内してくれる人間を見つけた。事前の仕込みとして、俺はそいつを半殺しにして、彼女のもとへ収容するしかない状況にまで追い込んだ」

 少しずつ空が明るくなっていく。ハーランが周囲の風景を見ながら、懐から電子タバコを取り出すと、口に咥えた。

「その間に、こっちも被害は出た。俺の部下を含め、武装警察は大半が仕留められた。それも、たった一人に。まさに秘密兵器じゃないかって」

「部下は、災難だったな」

「ああ、本当に。だが、その秘密兵器が性能を完全に発揮できるようになる前に制するしかない。このとき、俺の部隊が本陣、つまり彼女の部屋へ突入する担当になった」

「結果は? 事実だけを言え」

「ネズミの親玉みたいな口ぶりは気に入らないなぁ」

「聞いているのは、こちらだ」

「結論から言うと、負けた。俺が彼女のいる部屋にたどり着いた。けど、そこにあのクソガキがきてな」

「そうか」

「話し合いどころか、マトモな会話もできなかった。今だから言えるが、気配だけで何もかもが違うとわかった。『コイツはヤバイ』ってね」

「その後は?」

「憲兵が雪崩れ込んで来て、連れ出された。このときは、ここで終わりだ」

「このときは? 別のときもあったのか」

「あった」

 ハーランは続ける。

してやられた(・・・・・・)俺としても、ここでこのまま引き下がるわけにもいかなくてね。彼女の身柄を取り返すためにどうしたら良いのか考えさせられた」

「お前が殺したのか?」

 DYRAは直球を投げた。

「誰を?」

「RAAZの女を、だ」

 DYRAはハーランを睨みつけた。

「冗談だろう?」

 ハーランはそれだけはないとばかりに首を横に振るだけではなく、胸の高さで両手を広げて、大きく振って否定の仕草をしてみせた。

「冗談だろう!?」

 もう一度、今度は気持ち強めに言った。

「それだけは、冗談でも耐え難い」

 DYRAは注意深くハーランの顔を見つめる。目元がハッキリ見えずとも、表情筋の一つ一つを追うように。

「俺じゃない」

「そうか」

 ハーランのアピールと見做すには鬼気迫る強い言い方にDYRAは素っ気なく返した。

「問題の日の真実はわからず、か」

「あの二人のどちらかがやった、とは考えないのか?」

「どちらにも、それをやる理由がまったく浮かばない」

 DYRAはRAAZやマイヨの言葉や振る舞いを思い返す。RAAZが最愛の女性を殺すだろうか。彼女を失ったから世界を滅ぼすというとんでもないことをやってのけたのだ。マイヨも一貫して無実を主張している。遠回しに犯人を知ってるような物言いをするが、「条件が揃えば証拠を出せる」とだけ言い、決して「誰か」へ疑いを向けさせる発言をしない。考えようによっては、悪意の誘導をしないこと自体が誠実とも言える。そして何より、RAAZにもマイヨにも問題の女性を殺す動機がまったく思い当たらない。

 仮に、予断と想像で何を言っても良いなら、動機があるのはむしろハーランでは、DYRAの目にはそう映った。


こんにちはー!

この度は無事に更新と相成りました。ありがとうございます。

次回の即売会参加予定ですが、現在、11月17日のコミティア150が当落発表待ちです。

また、詳細わかりましたらお伝えしますので、どうぞよろしくお願いいたします。


新刊「DYRA 14」、そして4回目の改訂となる「DYRA 1 5版」、共にBOOTHにて通販開始。

フル校正入っており、読みやすさもアップしております! 是非よろしくお願いします!


また、Web版への応援、ブックマークいただけると本当に嬉しいです! 併せてどうぞよろしくお願いします!


301:【TREZEGUET】そのときDYRAは何をしていた?(中編)2024/08/27 23:25

301:【TREZEGUET】そのときDYRAは何をしていた?(中編)2024/08/26 20:00

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