300:【TREZEGUET】そのときDYRAは何をしていた?(前編)
前回までの「DYRA」----------
マロッタから脱出するしかない。だが、塔の電源が使えるようになるまで残された日数も多くない。RAAZはダメージを受けた身体に鞭打ち、矢継ぎ早に指示。マイヨもハーランが禁じ手を使っている以上、情け無用とばかりに動き出す。しかし、そこで見えたのは意外な光景だった。
タヌたちと別れた翌日──。
アニェッリの大公邸。最上階の部屋は熱がない煙に包まれていた。おまけに二人のリマ大公。これはどういうことか。DYRAは驚いた。互いが自身を本物と、互いを偽物と言い合っていた。
どちらが本物かを見分ける方法などあるのだろうか、あったとして自分にわかるのだろうか。一度見ただけの相手でしかない。それ故、DYRAは困惑し、下唇を噛んだ。わかるわけもない。
厄介なのはそれだけではない。部屋にはもう一人、人影がある。しかも、タヌと大して身長も変わらない。子どもだ。それにしても怯えた様子が微塵もない。おまけに、目が合うなり部屋を飛び出すと、外からご丁寧に扉を閉めていった。何かおかしい。何がどうなっているのか。DYRAはもう一度二人の大公の方を見た。そのとき突然、背中から激しい爆風が襲い掛かった上、頭部に激痛が走った。
だが、DYRAはここで意識を失わなかった。本能的に自分を襲った相手を返り討ちし、組み伏せた。何と、吹っ飛びかけた扉の前にいるのは、先ほど出ていったはずの子どもではないか。はちみつ色のくせ毛で端正な顔立ちは、何も知らなければ良いところのお坊ちゃんにしか見えない。
「……ぎゃっ!」
今度は部屋の奥から短い悲鳴が聞こえた。DYRAは反射的に振り返る。ところどころに金髪が混じった黒髪の美女が同じ姿の人物を組み伏せていた。
「お前っ!」
その様子を見たDYRAはハッとした。同じ姿の二人だが、一つ、大きな違いがわかったからだ。
(オパールみたいな目……!)
DYRAは見覚えがあった。そしてそれが何を意味するかもすぐにわかる。DYRAはもう一人、組み伏せに掛かっている方の人物がガーネット色の瞳を持っているのを見るとすぐに駆け寄り、二人を引き剥がす。
「ちょっ!」
「こいつ!」
DYRAは反射的に組み伏せられかけた方の人物の腕と肩を掴んで起こすや、腕を捻り上げた。そのまま一気に力ずくで限界まで捻る。やがて、グギッと鈍い音が響いた。もう一人は、DYRAに引き剥がされるや本棚の角に立ち尽くすばかりだ。
「──!」
悲鳴など耳に入らぬとばかりに、立て続けに膝の裏も全力で蹴飛ばすと、先ほどの子どもの方へと放り投げた。
「……なっ!」
子どもが投げ込まれた人物の下敷きになった。
「おい」
DYRAは間髪入れず、子どもを助け起こす。
「あっ」
だが、それは助ける動きではなかった。DYRAはこの子どもが自分を襲ったことをしっかりと覚えていた。子どもの首根っこを掴むと、倒れた人物を踏みつけながら、持ち上げた。
「あ……ああっ」
子どもの足が床から離れる。子どもがバタついて抵抗するが、無駄だった。
「お前、どういうつもりだ? 何故彼女を襲う?」
「うぐぐっ……」
「このままだと私は良いが、お前たちはもたもたしていると火が回って、焼け死ぬぞ?」
DYRAが首を掴む手に少しずつ力を入れながら問う。
「に、逃げ道が……」
「案内しろ。死にたくないのなら。お前にこんなことをやらせた奴に生きてまた会う必要があるのなら、だな」
金色の瞳が、子どものエメラルド色の瞳をじっと見る。
「こ、こっち、です」
子どもが震える手で指さした。
「教えろ、とは言っていない? 案内しろ、だ」
DYRAは鋭い口調で告げた。
「ひっ……お、御館、さ、まっ……」
子どもの口から飛び出した言葉に、DYRAは疑問を抱く。それでも、子どものご主人だろう誰かと自分を勘違いしてくれているのなら都合良い。今はこの状況を利用するしかない。
DYRAは言い終わると子どもを部屋の奥へと放るように投げた。その間に、執務机の前で呆然と状況を見ているリマ大公の手を掴む。
「逃げるぞ」
声を掛けられてもなお、リマ大公は呆然としていた。
「……え……あ」
「行くぞっ」
同時に子どもが身体を起こすのも見えた。
「案内しろ! 早くしろ!」
子どもに指図すると、DYRAはリマ大公を肩に抱えた。
走り出すと、部屋の外、それも下の階が燃えている。先ほどの爆発で火が回ったのだろう。DYRAはとっさに周囲に青い花びらを嵐のように舞わせ、火が自分たちの方へ襲わないよう壁を作りつつ、道を作る。そして正面玄関ではなく、小間使いなどが利用する裏手の小さな出入口から外へ出た。
DYRAはリマ大公を連れ、子どもと共に古井戸から地下へと入った。お約束通りと言うべきか、そこは地下通路となっていた。
(アニェッリにもあったか!)
走りながらDYRAは考える。
(そもそも、この通路を張り巡らせたのは誰なんだ? RAAZか? ハーラン? それとも、そんなのは関係なしでこの文明で誰かが作っていた?)
この通路自体、いつ、誰が、何の目的で作ったのか。この通路を知る者はRAAZだけではない。ハーランに与する者も知っている様子だ。
光蘚のおかげで辛うじて通路が見える程度の道を、いったいどれくらい移動したのか。DYRAが距離や時間の感覚を失い掛けた頃だった。
「……ちょっ、お」
肩に担いだリマ大公が声を発した。
「下ろして……」
「もう少しだ」
しかし、DYRAは止まらずに走り続ける。子どもが走り続けているからだ。
「いや、え、だって!」
リマが舌を噛まないように気をつけつつ、言葉を続ける。
「ア……ア、アンタいつまで走っているのよっ!? ってか、重いでしょ!?」
少しも足を止めず、それどころか速さすら落ちない。大丈夫なのか。
「RAAZは、お前を守れないと都合悪いんだろ?」
DYRAはそう言って、リマ大公に構わなかった。
「そ、それに、前を走る子どもだって……!」
リマ大公の指摘でDYRAも気づく。そうだ。この子は自分と同じか、それ以上のペースで走り続けているではないか。
(そうだ……!)
あの子どもは一体何者なのか。確かめなければならない。DYRAはキリの良いところでいったん、前を走る子どもを止めようと決めた。
しかし、そのキリの良いところは一体どこになるのか。DYRAの中ではそれが見えてこない。走っても走っても光蘚が照らす石畳の道ばかりだからだ。
(そう言えば、どっちへ?)
殆ど曲がった記憶もない。となると一定の方向へ走り続けている計算だ。どちらへ走っているのか。
(南は海に出る。だから、考えにくい。東も、川へ行く。西ならあの、果てになるのだろう?)
だとすれば、走っている方向は北、もしくはそれより気持ち東なり西寄りになる。わかることは一つ。山の方へ走っている、だ。
もうしばらく走ったときだった。
「こちらですっ!」
前を走る子どもの声だった。
「早くっ!」
視界の先に、見覚えがある箱が見えてくる。キリアンと共に移動するときに使ったトロッコだ。西の果てから移動したときに利用したものと別のものが存在していたのかとDYRAは少しだけ驚いた。
「これに乗って下さい!」
子どもが大きく手を振りかぶって来るように合図するのが見える。DYRAはリマ大公を抱えたまま、トロッコが停まっているところまで走った。
トロッコの荷台に乗り込み、リマ大公を下ろした瞬間だった。
「何!?」
DYRAとリマ大公を乗せたトロッコが一気に走り出した。子どもの姿がないままで。
ガーッという音と共に、猛烈な速さでトロッコが走る。その速さはキリアンと乗ったそれなど比べものにならない。揺れも激しい。下手に立ち上がれば何が起こるかわからない。リマ大公は身を屈め、漕ぎ手にしがみついている。DYRAも彼女に覆い被さって庇うような体勢を取った。そのときだった。
「嵌められたわけぇ!?」
リマ大公が喚くような声で叫んだ。
「あの野郎!!」
この状況でそんな言葉が出てくるのはどうしてなのか。少なくとも、あの子どもが野郎などと言われるような存在だろうか。DYRAは浮かんでくる疑問に流されないように、注意深く彼女の言葉に耳を傾ける。
トロッコは、凄まじい勢いで走り続けた。
一体どれくらい走ったのだろう。
いつの間にか、トロッコが停車した。
DYRAはゆっくりとリマ大公から離れると、深い息を漏らした。
「大丈夫か?」
「え、ええ」
リマ大公が肩で何度か息をする。DYRAは彼女が落ち着くのを待ってからさらに声を掛ける。
「お前。さっき、『嵌められた』と言っていたな?」
「あ……」
リマが言いよどんだ。
「何か、隠しているのか?」
「べ、別に。でも、仕事部屋でいきなり襲われたりしたら、『嵌められた』って思うじゃない?」
「それにしては随分な、為政者とは思えぬ言い草だったけどな」
DYRAが言ったときだった。
「本当だよ。人聞きの悪い」
突然、男の声が聞こえた。
「!」
それは何度も聞いたわけではないが、DYRAにも聞き覚えがある、いや、絶対に忘れてはならぬ声だった。
DYRAとリマ大公はすぐさま、声が聞こえた方を見る。
「やぁ。お嬢さん。お久し振りだねぇ。その彼女を連れてきてくれてありがとう」
板きれのような一枚レンズのメガネを填めた、髭面の男が立っていた。
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300:【TREZEGUET】そのときDYRAは何をしていた?(前編)2024/08/19 20:00