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003:【PJACA】初めての街で

前回までの「DYRA」----------

タヌを助けた美女「DYRA」は、謎の手紙に導かれて村へ来たという。だが、「なぜ」そうしたのかはわからない。 一方、帰る場所を失ってしまったタヌは、DYRAと共に村を出る決意を固める。しかし、DYRAからの条件は厳しいものだった。

 夜が迫っているのに、少なくない人通りがある。通りの両脇には街灯として、一定距離毎に背が高く大きなランタンも掲げられ、店先の灯りと共に町を明るく照らしている。タヌは自分が住んでいた村とあまりにも違う光景に驚いた。

「えー、まだ人が通りを歩いているよ。……ねぇ、あれは何?」

 少し興奮気味にタヌが指さす。その先は、エプロン姿の妙齢の女性が町中の比較的瀟洒な二階建ての建物の入口前で挨拶をしながら通行人に声掛けしている様子だった。

「呼び込み、だ」

「呼び込み?」

 タヌは、DYRAの答えそのものの意味がわからず、復唱するのが精一杯だった。そんなタヌの状況を理解したのか、DYRAは「見てみるといい」と言って、背中を軽く押した。タヌはおそるおそる呼び込み中の女性の方へと近づいた。DYRAも後に続く。

「旅の方ですか?」

 女性がタヌへ話しかけた。よもや自分へ声掛けしてくるとは思わなかったので、タヌは反射的にDYRAの方を見た。

「あの、もしお泊まり先をお探しのようでしたら、ウチでいかがでしょうか」

「ああ。では世話になる」

 即答し頷いたDYRAを見て、タヌは「呼び込み」が何かを理解した。村に来た行商人が家を回って売り込みの声掛けをするのと同じようなものだ、と。

「ありがとうございます。それではどうぞこちらへ」

 女性は笑顔で二人を瀟洒な建物へ招き入れた。こぢんまりとした宿屋ながら、明るい色の木材を使った床や壁の内装にタヌは好印象を抱いた。

「御代は前払いになります。お二人様、合わせまして二アウレウス五アッスとなります」

 泊まるのに金貨がいる。聞いた瞬間、タヌは顔色を変えた。財布を取り出そうとする手も止まる。持ってきた財布にはそんな大金は入っていなかった。せめて自分の分だけでも払おうと思うが、このままでは到底払えない。

 DYRAはタヌの様子を特に気にもせず、持っている白い四角い鞄から財布を出すと、アウレウス金貨三枚を帳場の女性へ手渡した。

「色々面倒を掛けるかも知れない。だから釣りはいらない」

「あ、ありがとうございます。お部屋ですが、階段を上がって一番奥でございます」

 二人は部屋の鍵を受け取ると、階段を上がり、指定された部屋へ入った。

 部屋は清潔で明るく、小さな居間と寝室とが続き間になっていた。扉を閉め、施錠したところでタヌが口を開いた。

「ありがとう」

「気にするな」

 DYRAは言いながら外套を脱ぎ、スタンドに掛けた。白いブラウスとサファイア色のハイウエストスカート、そして腰のあたりまである藍色とも黒とも見える美しい長髪。タヌはその美しさに視線が釘付けになった。

「あ、ありがとう」

「ところでタヌ。そういえばお前、両親は?」

「えっ!」

 何の前触れもなく飛んできた質問にもだが、それ以上に、他人へ興味を示す様子がまったくなかったDYRAが自分へ聞いてきたことに、タヌは驚いた。

「うん……と、夏の初め頃、いなくなったんだ」

 タヌは頷いてから経緯を話す。

「母さんは毎年、冬に村を出て、春になると戻ってくるんだ」

 畑仕事で生計を立てている村にとって、麦などの作物を刈り入れた後の寒い季節は土を作り直す時期だ。次の植え付けまでの間、大規模な労働力は必要ない。余剰の労働力が出稼ぎに出るのは合理的だ。聞きながら、DYRAは視線で続きを促す。

「父さんは時々、どっかへ行っちゃうんだ。出かけると、戻ってくるのはだいたい七日目から一〇日目くらいの間かな」

 あの村からこの町程度の距離ならともかく、馬車や馬を使い、ある程度の規模がある街へ行くなら、移動だけで往復で丸一日、目的地次第では二日使う。DYRAは浮かんだ疑問をそのまま口にする。

「両親、特に父親は農作業のために、近くのどこかへ行っているのではない、と?」

「うん。普段、父さんは何かの研究だか、調べ物をしてた。母さんは父さんの書類に目を通したりして、合間に時々、村の人の畑仕事を手伝ったり」

「両親がともにいなくなることも、時にはあるのか?」

 DYRAからの質問に、タヌは首を横に振った。

「ううん。揃って何も言わずに三か月もいないなんて、こんなこと今までなかった」

 そういえば、家の中を見て回ったが本が多かった。タヌの両親は一介の農民ではなく、学者かそれに準ずる知的階級層ではないか。そして話を聞く限り、長期の留守ではなく失踪、もしくは行方不明と言った方がしっくり来る。村が焼き討ちされた件も何か関係があるのではないか。DYRAはそう考え始める。

「母さんがいなくなって、追うように父さんもいなくなった」

「そう、か」

 DYRAは黙って頷いた。そのときだった。

「──宿屋の者です。お客様、いらっしゃいますか?」

「はい」

 タヌが答えた。扉をノックする音と共に聞こえた声には聞き覚えがあった。

「──あの、お届け物でございます。女性のお客さまへ」

 意外な言葉に、タヌは反射的にDYRAを見た。そして浮かんだ疑問を言葉にしようとしたが、喉のところで止まった。鋭い視線に牽制されたからだ。

「誰からだ?」

 DYRAが問う。

「──お連れ様の方と同じ年頃の子でございました。帳場に来て、『渡しておいて欲しい』とだけおっしゃって」

「タヌ、下がっていろ」

 そう言ってから、DYRAが扉の前に立つ。これから一体何が起こるのか。しかし、とても質問できそうにない。タヌは何も聞けなかった。

 タヌが部屋の奥へ行ったのを見ると、DYRAはゆっくりと扉を開けた。

 廊下にいたのは、先ほどの呼び込み女性だった。手には白い四角い鞄がある。

「失礼します。お客さま、お届け物はこちらでございます」

 女性はDYRAへ鞄を渡した。そして丁寧に会釈をした後、足早に廊下を階段の方へと歩き出した。DYRAはその後ろ姿を見送ってから扉を閉め、施錠した。

「何だったの?」

 部屋の奥から出てきたタヌにDYRAは何も答えず、ベッドの上に四角い鞄を置いた。見た目はDYRAが持っていたものとまったく同じだ。外側は丈夫、かつ上等だとひと目でわかる革製。蝶番が二つついており、反対側の面にある二つの鍵を動かして解錠、開く作りだった。DYRAが慣れた手つきで鞄を開けるのを、タヌはじっと見つめる。

 中身は肌着類と、今彼女が来ているものと同じブラウスとロングスカート、それに被りのついた黒の外套。その他には財布と封筒が一通。服はどれも上質な布でできているとひと目でわかる上、外套の留め金に金の鎖飾りがあしらわれている。

「すごい……!」

 タヌは驚きの声を上げた。一体誰が彼女に用意しているのか気になるが、聞きたい気持ちをぐっと呑み込む。

 DYRAは封筒を開けてカードに目を通すと、何事もなかったように細かく破った。

 タヌはカードに施された花のエンボスを見たとき、最初に出会ったとき見せてもらった一通目のものと同じであると気づいた。

「花?」

 DYRAに関する質問はできずとも、カードの外観について聞くのは問題ないはずだ。タヌは切り出そうとしたが、一瞬早く、カードは無数の紙片に変わり果てた。

 そこへ、再び扉のノック音がした。

「──お食事のご用意ができましたので、下の食堂へどうぞ」

 先ほどの女性の声だった。

 二人は食事を取るため、部屋を出ると階下へ移動した。




 宿屋の一階の奥に食堂があった。広くはないものの明るく清潔感がある。四人席が四つあり、奥側の席では男の二人連れと一組の男女が食事中だった。

「どうぞお召し上がり下さい」

 献立は、ライ麦パンと鶏のロースト、それにサラダとスープだった。二人が席に運ばれた食事に手をつけようとしたそのとき。

「聞いたか。隣のちっちぇえ村のこと」

「ああ、全滅だってなぁ」

 二人連れの男たちの会話が聞こえてきた。タヌは耳をそばだてる。

「あれだろ? 昔、森の向こうの村を滅ぼしたって、例の。やっぱ、アオオオカミってのはラ・モルテの使いなのかもなぁ」

 ラ・モルテ。青い花びらをその身の周囲に舞わせながら姿を現すと言い伝えられる死神だ。タヌたちの住むこの世界で、恐怖の象徴として忌み嫌われる存在である。

「森を挟んだ村、で、隣村」

「順番でいけば、次はこの町じゃないか」

 話の内容が内容だ。タヌは心中穏やかではなかった。しかし、対照的にDYRAは取り立てて気にする素振りも見せなかった。

「あの村の近くで悪魔祓い師も殺されたって噂だ」

「ホントか⁉」

「そんでな。ラ・モルテは女じゃないかって」

 ここでタヌは初めて聞く言葉に興味を示す。

「悪魔祓い師?」

 DYRAへ質問をしたつもりだった。が、男たちの耳にも入ってしまった。

「ぁん?」

「ボウズ、何か知ってンのか?」

 男たちが会話を止め、タヌの方を見た。

「え? いえ。ただ、ボク、その……村のこと、知っていて」

 とっさの嘘だった。逃げてきたなどと言えば話の流れ的に、DYRAがラ・モルテだと疑われかねない。

「ああ、あの村、近づいちゃダメだぞ。まだラ・モルテがいるかも知れないからな」

 男たちはDYRAにも声を掛ける。

「お姉ちゃん、面白半分でも絶対行かせちゃダメだからな」

「ラ・モルテが出たってんだ。西の都からRAAZ様にでも来てもらうしかなさそうだなぁ」

 それまで人の会話など興味ないと言った風だったDYRAが初めて、僅かではあるものの、会話に反応した。RAAZの名が出たからだとタヌは察する。


改訂の上、再掲

003:【PJACA】初めての街で2024/07/23 22:15

003:【PJACA】初めての街で2023/01/03 23:45

003:【PJACA】初めての村の外! 何故DYRAがここにいると知っている?2020/11/02 23:32

003:【PJACA】鍵とカネと罠と(1)2018/09/09 10:55

CHAPTER 05 謎の鞄と食堂と2016/12/20 00:00

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