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299:【AGNELLI】混乱は意外なところにも。事態は一筋縄ではいかなくて

前回までの「DYRA」----------

 地獄と化したマロッタ。降り注ぐ青い花びらに人々が「山が崩れたのはDYRAの仕業」と怒りを露わにするが、タヌやアントネッラたちは気持ちを折らない。しかし、これからどうするか。選択を迫られる。


 真っ白い部屋で、RAAZは円筒形の容器(カプセル)でうつ伏せになって倒れたまま、起き上がれない。オロカーボンの液体に背中から浮かんでいる状態はまるで水死体さながらだ。カプセルの外には上着やブーツが散乱している。

 山崩れに端を発した急激な消耗に耐えきれなかった。それでも、タヌたちに無様な姿を見せるわけには行かない。その一心で、手段を選ばなかった。マイヨが現れるまでの数分間、生きるためとは言え、一体どれほどの命を啜っただろう。

(身体が動かな……。もう少し、充填しないと……)

 指先を僅かに動かすのが精一杯だ。「今、敵が現れたら終わる」という極限状態から解放されたことで緊張の糸が切れたのか、身体が思うように動かない。

(時間が……な……)

 意識が遠のいた。



「……」

 誰かが呼んでいる。

「……ダー」

 女だ。そして、聞き覚えある声。

 DYRA。いや、違う。

「……起きて……」

 女の姿が微かに見える。光の加減でサファイア色に見える髪と、ペリドットのように美しい緑色の瞳──。


 ミレディア?


「……早く、来て。ダーはまだ、やること、いっぱいだよ?」

 待って。待ってくれ……!

「……ひとりに、しないで……」

 キミをひとりになんて、するものか。

「……彼女は、私だよ?」

 ミレディア、待ってくれ。待っ……



 うつ伏せの体勢で意識を失っていたRAAZはゆっくりと身を起こす。思うように力が入らないのか、四肢がわずかに震える。それでも自らを奮い立たせる。

 立ち上がり、容器から出ると、手近な壁に身を預ける。

(ナノマシンの生成が、再開してる……か)

 完全ではないものの、身体に少しずつ力が入るようになる。RAAZは今のうちに着替えを済ませようと、簡易シャワー室へと入った。

 カーボン液を洗い流し、着替えを済ませると、床に脱ぎ散らかしたままの上着やブーツを拾った。少しずつ、呼吸も落ち着く。

(確か……三時間と)

 RAAZは時計を見る。だが、戻ってきた時刻の記憶があやふやだ。仕方が無いので、オロカーボン液に浸かっていた時間を計測するタイマーで確認する。02:25:54という数字が透明なケース部分に浮かび上がっているのが見える。

(二時間半か)

 今から準備をして戻ればちょうど良い。RAAZは身支度を済ませた。




 RAAZは街そのものが埋もれたマロッタでほぼ唯一無事残った食堂へ舞い戻った。

「意外と早かったね」

 マイヨのあっさりとした言葉に出迎えられた。タヌを始め、見知った顔も変わらずそこにある。

「アンタが休んでいる間に少し話し合わせてもらった」

「何をだ?」

「ここから先はどのみち、相当ヤバイ修羅場だ。『抜けるなら今だ』と」

「全員、ここにいる、それが答えか?」

「そういうこと」

 マイヨの言葉でRAAZはその部屋にいる全員を見る。タヌは状況的にわかる。アントネッラもわからないではない。だが、それ以外はどうなのか。本当にそれで良いのか。

「皆、思うところがあるの。このまま流されるだけって、納得できないの」

「わけのわからない人間に、生殺与奪の権利を誰も渡したくはないのです」

「ホント、それや。人間、やれることを全部やりきって、抗える限り抗ったとき、その必死が本物なら思わぬところから道は開けるってな」

 アントネッラ、店長、キリアンの言葉に、RAAZは小さく頷く。

「ボクは、父さんを止めると決めたから」

「自分は会長にお仕えするだけです。お仕えしたい(・・・)から」

「何もできないに等しくても、罪滅ぼしをしないと、自分はきっと、この先生きていけないと思うのです」

 次にタヌとキエーザをちらりと見てから、ジャンニをじっと見る。目を逸らさず、真っ直ぐ視線を向ける姿を見ると、RAAZは二度、頷いた。

「死んでも責任はとれないぞ?」

 ポソリと告げると、ある者は視線で、ある者は頷く。

「死にたくないのはもちろんですけど、ここまで来て、下りないと言った時点で全員、それなりの覚悟はしていると思いますよ」

 店長の明るい声での返しに、RAAZはクスリと笑みを漏らした。

「マロッタがこんなことになっちゃった以上、これから、どうするの? 移動するにしても、どのルートで?」

 アントネッラだった。

「拠点はフランチェスコか、ペッレが妥当かと」

「キエーザ。お前はそいつを連れてフランチェスコへ。確かに、人とモノの拠点の一つには間違いない」

「かしこまりました」

「RAAZ。ジャンニを連絡役としてフランチェスコに置くのは良いと思う。けど、俺たちは……」

 マイヨの言葉を聞くと、RAAZがすぐに意図を察し、答える。

「こちらはメレトかデシリオに拠点を移す。ISLA。私たちにはここから先、()がない。こちらも文明干渉にならない範囲で『文明の遺産』を使うことはやむを得ない。何よりハーランはすでに禁じ手のカードを切りまくっているからな。これは言い方を変えれば、もはや愚民共に見られても困らない、そう解釈したとも言う」

「所謂、チェックが掛かった、か。けどさ、DYRAを騙った理由が見えない」

「思い当たる可能性が一つだけ、出てきた。ただし、根拠はない」

 RAAZはそう言って、マイヨを見る。

「『根拠はない』って何だよ? 無責任だな」

「『夢のお告げ』とでも言っておく。とにかく、調べられないか?」

 ミレディアの夢を見たとき、「ひとりにしないで」と「あの子は私」という言葉が印象に残った。RAAZはそれを思い出す。

(DYRAのRAC10プログラムとナノマシン回りは、もともとミレディアが自分用に用意したものだ)

 現状、DYRA捜索の糸口が見つからない以上、取っ掛かりが何でもいいから欲しい。千三つ、いや、万に一つにでも賭ける価値がある。

「やってできないことはないけどさ、でも、それ(・・)をやればこっちのリスクが無駄に大きくなる。こっちの居場所がバレるとかさ」

「ここをもう引き払う以上、今やれることはできる限りやるしかない」

 RAAZから言われたとき、マイヨは先ほどキリアンが言った、「思わぬところから道は」の言葉を思い出した。

「ある意味、今しかできない、か。……わかった」

 マイヨが肩をすくめると、一瞬だけ天井を仰ぎ見てから時間を確認し、指示を出す。懐中時計は三時過ぎ、昼夜盤は夜を示していた。

「夜明け前に動けば、朝にはマロッタの外に出られる。ルートは俺とRAAZで調べる。タヌ君とアントネッラは今のうちに仮眠を取って。寝られるときに寝ないと、しばらく大変だよ? あとは皆、悪いけど、出発の準備。出るときはタヌ君と何でも屋さん、店長はRAAZと。キエーザとジャンニ、アントネッラは俺が一緒に行く。子犬君もね」

 アントネッラが安堵したときだった。

「待て。ISLA。お前が表に出るのは面倒だ。今一番守り切る必要があるのはお前だってことを忘れたのか?」

「今、そこ気にする? いったん。あっちの動向を調べることからだ」

 キリアンがその言葉を聞いてハッとする。

「動向調べるって、どうやって?」

「長い時間は無理だが、禁じ手を使う。俺が倒れたら助け起こしてくれ」

 そんな言葉が飛び出すとは。聞いた途端、アントネッラの顔色が変わる。

 その瞬間だった。

 マイヨの全身に金色の光を帯びた黒い花びらが無数に舞い上がり、小さな嵐のように吹き荒れる。同時に瞳が緑色ともシアン色とも見える輝きを放つ。

 キリアン、キエーザ、ジャンニ、店長は、マイヨが何をしているのかわからず、内心、恐れ戦く。アントネッラは美しい輝きに魅入られそうになるも、彼の身に何か起こってはいけないと心配そうに見つめる。子犬も彼女の傍らでマイヨを見ている。タヌはマイヨが何かすごいことをしようとしていることはわかるが、内容が想像できない。ただただ、まばたきもせずにじっと見る。

「ぐはっ……あっ……!」

 黒い花びらの嵐が一瞬にして消失し、瞳に浮かんでいた緑がかった輝きも消えていく。同時に、マイヨの体勢がぐらりと崩れた。

「ISLA!」

「マイヨッ!!」

 RAAZがマイヨを抱き抱える。アントネッラもそばに駆け寄った。

「RAAZ……」

 身体を少しけいれん(・・・・)させながら、マイヨは告げる。

「……ハーランは、血相を変えている。あと……」

「休んで、マイヨ」

「報告したら、ね。……ヤツの手元……生体端末、あと二つだ」

 タヌはこの言葉でマイヨが何をしたか、何となく理解した。間違いなく、これは『文明の遺産』の力を用いた禁じ手(・・・)だ。

「彼女……ハーランの……手に、落ちて……ない」

 DYRAは捕まったわけではない。聞いていた全員の表情が明るくなった。

「ただ、あっちも……八方手を尽くしているぞ……」

「って、オネエチャンどこにも見当たらん? ってこと?」

 キリアンが問うと、マイヨは小さく頷いた。

(マイヨさんはきっと、同じ姿をしたあの、砂みたいに消えちゃうセータイタンマツさんを使って確かめたんだ!)

 一瞬だが、タヌは父親が『文明の遺産』に魅せられた理由がわかった気がした。




「ここ……どこだ?」

 目を覚ましたDYRAは、周囲を見回す。あたりは真っ暗で何も見えない。だが、地べたは土、もしくは砂がある割に硬い。ごつごつした感じから、岩場かどこかでは、と想像した。また、空気が少しひんやりしており、気持ち湿度が高い。

(本当に、どこなんだ?)

 目が少しずつ慣れてきたのか、微かに周囲が見え始める。微量のコケが放つ光が目に付く。

(地下通路か?)

 DYRAはいったん、ここまでの流れを思い出そうと、記憶をたどった。


こんにちはー!

ゴシックSF小説「DYRA」コミックマーケット104(C104)向け文庫本作業のため、更新が遅れてしまいました。

待っていてくれてありがとうございます。


改めまして、夏コミ、サークルスペース当選いたしました。

8月12日(月) 2日目 東6ホール "ニ"ブロック01ab 「11PK」

今回は広々2スペース分はもちろん、東6ホール入っていきなりすぐの目立つ場所です!!


新刊は「DYRA 14」

そして4回目の改訂となる「DYRA 1 5版」です。

先日のコミティア148で完全に在庫ゼロになった「DYRA 2」、「DYRA 3」も増刷します!

よろしくお願いします!


また、Web版への応援、ブックマークいただけると本当に嬉しいです! よろしくお願いします!


299:【AGNELLI】混乱は意外なところにも。事態は一筋縄ではいかなくて2024/06/26 21:40


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