298:【AGNELLI】見事な分断工作だが、それでも諦めはしない
前回までの「DYRA」----------
地獄と化したマロッタ。自身のナノマシン補充中に異変に気づいたマイヨはRAAZを回収するべく、補充作業を中断、マロッタへ舞い戻る。降り積もる砂と土に混じって舞い散る青い花びらを見た人々がDYRAへの怨嗟の声を上げていく。その声を二人は耳に刻み込んだ。
「RAAZは少し休ませた方が良い」
中心街にある食堂新店舗に姿を見せたマイヨが開口一番、全員へ告げた。RAAZが彼の根城へと戻っているが、伝える必要などないと判断し、伏せる。まして、自分と合流するまで何をしていたたかも開示無用だ。
「キエーザたちはまだ上?」
「ええ」
アントネッラの返事を聞くとすぐ、マイヨが上へ向かった。タヌはその姿を見送るだけだった。
マイヨが三階の部屋へ入ると、憔悴しきったジャンニと彼を見張るキエーザがいた。
「マイヨ。山が!」
キエーザが切り出すや否や、マイヨはわかっていると言いたげに手で軽く制してから二人に二階へ来るよう促すと、階段を下りた。
二階に店長を含め、集まったところでマイヨが扉を閉めた。
「ラ・モルテが……」
アントネッラが手にしていた青い花びらを手に、切り出した。
「最悪だ。生きている連中は皆、綺麗に引っ掛かったってことか」
マイヨがあっさりと、だが、バッサリ否定した。
「触ってみなよ?」
言いながら、マイヨは自身の腕を伸ばし、アントネッラの方へ向けながら手のひらを上にする。ふわり、ふわりと黒い花びらを舞わせ、小さな嵐を起こすと、彼女の方へ軽く吹いた。恐る恐る指で摘まむや、アントネッラは声を上げる。
「手触り、全然違う……」
彼女は次にタヌへ回し、キエーザやキリアン、店長と順番に触れる。
「床、見てごらんよ?」
マイヨに促され、全員足下を見た。黒い花びらが先ほど舞った量の半分も落ちていない。ほんの数枚あるだけだ。
「消えた?」
「花びらって、消えるんですか?」
店長が不思議そうに尋ねた。
「難しい説明ははぶく。瞬間的に大量のエネルギーを放出した際に、花びらのように見える。時間がたつと光の粒となって消えていく。それでも強い力を使ったときは少しだけど、こうやって物量を伴うようになる。あの花びらの仕掛けはそんな感じ。これはDYRAも例外じゃない」
言葉の意味はわからない。聞いていた一同はいったん、「そういうものなのだ」と割り切った。タヌはDYRAではないとわかったことで、大袈裟なくらいに大きく安堵の息を漏らし、わずかに口角を上げた。
アントネッラがハッとする。
「え! ってことは、山が崩れたときに降ってきた青い花びらは……」
ようやく理解できたと言わんばかりなアントネッラの表情を見たマイヨは、小さく頷いた。
「そういうこと。DYRAへの敵愾心を煽るための心理戦だ。だって、ニセモノだってわかっているのは俺やRAAZ、それに、今ここにいる君たちくらいだよ。あとは、真犯人か」
真犯人と言われ、キエーザが顔を上げた。
「その、ハーランってのが……」
「確証はないけど、これだけのことができる人間を消去法で考えれば、ね」
一番合理的な犯人の可能性だ。こんなことを仕掛けて誰が特をするのかから考えても、この推論に行き着く。
「でも、どうしてそんな面倒くさいことを?」
アントネッラが問うた。
「そりゃ、オレらを剥がすためや」
「仮にその、ハーランが犯人だとして、その、DYRA? ラ・モルテに味方するものを孤立させて居場所を奪うため。同調圧力、要するに一人ぼっちになる恐怖に追い込んで剥がす、か」
キリアンの答えをキエーザが補足した。
少しの間、部屋を沈黙が支配した。店長が心配そうに部屋にいる面々を見回す。ジャンニは憔悴しきったままで、口を開こうともしない。キエーザは難しい表情で腕を組み、キリアンは自分の理解が追いつかない事象を前に下唇を噛んで悔しさを必死に隠す。アントネッラはマイヨが何を考えているのかと横顔をじっと見る。タヌもマイヨをじっと見つめた。
タヌは、マイヨがある一点をじっと見ていることに気づいた。アントネッラも気づいた。金色と銀色の瞳が、ジャンニと窓の外の光景を交互に往き来するように動き続けている。
「これは俺の独り言だ」
マイヨが静かに切り出す。全員が彼へ注目する。
「……ここから先は、相当な胆力が必要になる」
そんなことはわかっている。キリアンとキエーザは言葉にこそ出さないが、視線でマイヨへ訴えた。ジャンニも僅かに顔を上げ、耳を貸す。
「……静かに、平凡な生活を送る人々に対し、世界で起こったことすべての責任を背負えなんて酷な話だ。それは政治家の仕事だ」
聞きながら、その通りだとタヌは思う。自分も含め日々を暮らす人々一人一人にまで世界が行き着く果てに対するすべての責任を押しつけて良いというのなら、村長や役人、大きな街ならアントネッラやリマ大公のような存在などいらない。
「でも、もしかしたら、今、君たちはそこに繋がる道の選択を迫られているのかも知れない。迫っているのは、ある意味、時の流れかもね」
マイヨの口から飛び出した次の言葉に、タヌは意味がわからず、ぽかんとした。店長とキリアンも困惑を隠さない。
「……苦しくても自分たちの力で懸命に一歩一歩進むか、生きるすべてを為政者に保証される代わりに、主導権を握った者のご機嫌一つで殺されるかも知れない道を選ぶか」
「私は髭面と一緒に生きる道は選べないわ」
マイヨの言葉の趣旨を理解したアントネッラが即答した。それまで憔悴しきって言葉すら出なかったジャンニがハッと顔を上げた。
「私を殺そうとしただけならまだ、私自身のことは棚に上げて街の人のために話す余地も残っていたかもしれない。でも、街をめちゃくちゃにした挙げ句、街の人たちを卑怯な手で殺したとなればもう」
アントネッラは、話し合う余地などどこにもないと言い切る。
「アントネッラ様」
蚊の鳴くような声でジャンニが言葉を発する。
「お気持ちはわかります。それでも、考えようによっては、生き残るための選択を間違えた結果がこれだとも言えるんじゃないかと」
聞いていたキエーザとキリアンは一瞬、目を丸くした。
「それは遠回しに、私が悪いと?」
指摘に対し、アントネッラが子どもを諭すような優しい言葉で尋ねる。
「じゃあ、どこで、どの選択肢を採れば『間違っていない選択』になったと思う?」
「……それは」
ジャンニは涙を浮かべ、ガックリと肩を落とし、俯いた。その姿を見たタヌは悲しそうな顔をした。
「アントネッラ。残酷だけど、君が選ぶ選択肢は市井の人々全員の命を、運命を預かるそれだ。慎重になることの意味、わかるだろう?」
マイヨがそっと告げると、アントネッラは黙って頷いた。
「けど、今、俺が独り言を言ったのは、『俺たちから離れるなら、今しかないよ?』ってつもりだったんだけどね」
離れてくれ、と言えば、意地になるかも知れない。ついてこいと言えば、同調圧力になる。マイヨはどちらにもならないよう考え、彼なりに気遣ったつもりだった。
「何言っています?」
店長だった。
「ここまで来たら、確率とかじゃなくてもっと単純に、より希望がある方へ賭けるものだと思いますけどねぇ」
「そうよ。皆、明日が今日より良くなると信じて一生懸命生きていると思うの。なのに『絶望を確約する未来』なんて、街を預かる者として絶対に示せないわ」
「会長は、ご自身でこの世界を統べようなどと一度たりとも、決して夢にも思わなかった。なのに、それをやろうとする人間が現れたことが許し難い。厚顔無恥、身の程知らずにもほどがある」
「ほんとそれ。ピッポさん、そう、タヌ君のお父さんを振り回したり、人の姿を借りて皆を人間不信にしたり、涼しい顔でそんなメチャクチャやるヤツを野放しにしたらダメや」
皆の力強い言葉に改めて、タヌは強いなと思う。
「ボクも、父さんを止めないといけないから」
「それを言うなら、私もお兄様を止めないと」
マイヨ軽く頷いてからジャンニを見た。
「ジャンニ。俺はアンタが動的に裏切ったとかそんな風に思っていない。ただ、生きるためにその選択しかなかった。そこはわかっている。でも、その上で敢えて言う。タヌ君や、食堂のおじさん、それにキリアンみたいな兄さんでも、生きるために本当に大事なものを手放さないために厳しい状況でも勝負を投げない」
「まー、できることすべてをやりきって初めて、道は思わぬところから開けるって言うからなぁ」
おどけた口調で話すキリアンにタヌは大きく頷いた。
「諦めちゃったら、そこで終わっちゃうから」
「『何が何でもお父さん捜したる』っていうタヌ君の執念見ているとそれ、わかるなぁ」
「会長が、この少年に目を掛けるのもわかる」
「まぁ、RAAZとタヌ君は、DYRAがきっかけだけど色々あるから」
「なるほど」
キエーザは表情を少しだけ和らげ、タヌを見ると、マイヨへ問う。
「これから、どうするんだ?」
「もう、俺やRAAZはここに長居できない。拠点を変えるしかない」
「自分もついていきますよ? 食糧の調達とかでお役に立つことはできますからね」
マイヨの答えを聞くや、店長が告げた。
「オレは兄さんたちより身軽だし、タヌ君の代わりにヤバイ橋を渡って走り回るくらいはできる」
「自分は錬金協会のツテを使える。全員が全員、敵になったわけじゃない。何も知らないままの会員が大半なら、いくらでもやりようはある」
「俺は……」
ジャンニが声を発する。
「……皆さんのように直接何かできるわけじゃない。こんなので罪滅ぼしにならないかも知れないけど、行商人との連絡係くらいなら」
「それができるだけでも、ありたがいわ」
アントネッラがジャンニの手をそっと握った。
「髭面は、お兄様を私に仕立て上げて、恐ろしいことを進めようとしている。私が正面切って出られない中じゃ、連絡係が必要だもの」
「ジャンニ。罪滅ぼしって言うなら、結構ギリギリの橋も渡ってもらうよ? アンタはそれだけのやらかしをしたんだからな」
タヌはマイヨのジャンニへの言葉を聞くと、背中にゾクリとしたものを感じた。RAAZがDYRAを守るために一貫しているように、マイヨはピルロの人々のためにハーラン排除の約束を守ろうと一貫している。ここから先、RAAZも驚くことをするかも知れない。同時にタヌはあることに気づいた。
(マイヨさん、もしかして……)
何が起きても精密な時計か何かのように冷静で淡々とした姿こそ変わらないが、昨日までと明らかに違う。タヌはマイヨが損得を超えて動いているように感じた。
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298:【AGNELLI】見事な分断工作だが、それでも諦めはしない2024/06/10 20:00