297:【AGNELLI】その災いに、人心はDYRAへの憎悪で団結する
前回までの「DYRA」----------
突然ネスタ山が崩れ、信じられないほどの土砂がマロッタを襲う。RAAZが守ったことで食堂とその周囲を守ったが、逆に言えば、それが精一杯だった。大量の土砂に混じって、青い花びらが舞い散ってくる。何が起こったのか。タヌは戦慄し、アントネッラは改めてDYRAへ許し難い感情を抱く。
「……オレら、あの会長が守ってくれんかったら、死んでいたってことか」
「ボクたち以外、皆いなくなっちゃった、ってこと? そ、そういえば店長さんは」
タヌの指摘でアントネッラがハッとした。
「そうよ。あの食堂のおじさん。大丈夫だったのかしら」
タヌとアントネッラ、それにキリアンはバタバタと階段を下りた。
「店長さーん!」
「おじさーん」
「てんちょー!」
客席側にはいない。三人は厨房側へそっと足を踏み入れた。
人の気配はない。時間的に開店前だったので、いたはずだ。
「ま、まさかとは思うけど……」
アントネッラが最悪の予感を抱く。
そのときだった。
突然、厨房の一角の床がゴトゴトと小さな音を鳴らす。ほどなくして、音がした場所の床が外れ、正方形の、人が一人通れる程度の穴が現れた。
「いやー。もんのすごい音がしたんですけど、何だったんですか?」
穴から、見知った顔がにょきっと出てくる。
「店長さん!」
「無事で良かったわ!」
キリアンが駆け寄り、店長に手を貸した。無事に厨房に立つと、店長が床を元通りに戻す。
「地下に保存していた燻製の様子を見にいっていたんですよ。そろそろお出ししても良いかなぁと。あと、他の食材の在庫確認とかもねぇ」
店長も難を逃れていた。知っている誰かが巻き添えに、なんてこの状況では堪える。まずは一つ、それを免れたことにタヌたちはホッとした。
「ところで、何が起こったんですかね?」
店長が問うと、三人が顔を見合わせる。
「山が崩れたんです」
タヌが答えた。
「山崩れですか!」
「いえ。山そのものが……」
「え?」
店長は慌てて厨房を出ると、店内を通り抜け、出入口の窓から外を見る。
「な……何ですかっ!!」
暗くなったせいもあり、ハッキリとは見えないが、店のある中心街こそひどい土砂まみれながら、建物が潰れたなどの被害はない。だが、この区画だけがドーナツのようになっており、あとは見たこともない、土と砂の壁に囲まれているようだった。
「こ、ここ、これ、一体!?」
悲鳴にも似た声を上げた店長に、キリアンがそっと手を肩に置いて落ち着くよう促す。
「RAAZさんが、このあたりだけは守ってくれたんです」
タヌの言葉に、店長はハッとして周囲を見る。
「その、あの、会長さんはどちらへ?」
「『少し休む、すぐ戻る』って」
店長は安堵の表情を浮かべる。タヌはその表情を見て、彼がRAAZがサルヴァトーレであることを知っているのだろう、などと思う。
「アレーシ少尉さん。起きてます?」
ドクター・ミレディアの心配そう、というより切迫した感じの声が聞こえる。どこからだろう。意識が彼女の姿を捜そうと、感覚を少しずつ働かせ始める。
「少尉さん。約束したからね? どんなときでもダーを助けてくれるって」
その約束を確かに引き受けた。死にたくない。その願いを叶えてくれることと引き換えに。だが、どういうことだろう。彼女がどうして追い詰められたような声で自分に語りかけてくるのか。
(ああ、そうだ……)
真っ暗な記憶の海から少しずつ意識が浮上する。
(これは確か、ドクターの最後の……)
「私は、あなたの『死にたくない』を叶える約束、守ったよ?」
(最後の言葉だった……)
目を覚ましたマイヨは身体を起こすと、ナノマシン補充用のケーブルを無造作に外した。次に視線をケーブルの出所となる機械へやる。55という数字が小さく表示されていた。
(必要分の半分しか達していない。長丁場なのに!)
これから三〇数日、まとまった補充ができないことを念頭にしなければならないのにどうしたものか。マイヨは内心、頭を抱えた。
そのときだった。
突然、目をつぶっていても瞼を突き抜けそうな勢いで部屋の電気が真っ赤に明滅した。
(何だ!?)
地震か。爆発か。はたまた火災か。今度はどこで何が起こったというのだ。マイヨは手近に置いてあったタブレット端末に手を伸ばし、画面越しに情報に目を通す。山崩れが発生したことが3DCG映像で映し出されていた。
(何だこれ! 一体どうなっているんだ。明け方爆発物でやられて、今度はこれか)
マイヨはそのままシャワールームに入ってオロカーボン液で濡れた身体をすべて洗い流す。脱衣スペースで身体を乾かすと、予備の白いスーツとパンツのアンサンブルに手を伸ばそうとしたが、止めた。
(今後はもう、用心のためにも)
棚に置かれた黒のアンダーを手にすると、そちらへ身を包む。フル装備でないにしろ、最低限の防弾防刃がいる。いつぞやのようなCNT素材装甲をつけないまでも、だ。
袖を通してから空気を抜く。完全に身体に密着したところで、白のアンサンブルへ袖を通した。
着替えを済ませてシャワールームを出ると、再びタブレット端末に映された映像に目をやる。
(何だこれは!? ネスタ山そのものが崩れて……)
衛星から送られてくるデータが広域マップと連動し、被害状況を伝える。それはとんでもない内容と呼ぶに相応しいそれだ。マイヨは忌々しげな顔をした。
(火山でも噴火したんじゃないかって勢いだな)
マイヨはすぐに地図を自分たちの文明のものと、今この瞬間の文明のものと両方重ねた。
(ネスタ山自体が崩れまくって、大半はハーランたちがいる北側に被害がいっているものの、マロッタとピルロは完全にアウトか)
3DCG画像表示では、ピルロは完全に埋もれ、マロッタは中心街近辺を避けるように押し潰されている。
(マロッタ、ここって)
問題の箇所を拡大する。ちょうどマロッタの中心街だ。
(RAAZが土砂を押し返したってことか。どこぞの伝承にあった、海を真っ二つに割って、割ったその間を駆け抜けて渡っていったアレばりだぞ?)
そこでマイヨはハッとする。
(消耗しきっているんじゃ!?)
今すぐRAAZを回収しなければならない。マイヨは大急ぎでRAAZを捜索する。
(いた!)
マイヨはタブレットを置くと、部屋を飛び出した。
ほぼ陽が落ちて真っ暗になった、もはやマロッタと呼んで良いのかすらわからぬその場所に黒い花びらが舞い上がった。
「ISLAか」
白骨すら灰になりかけた屍が敷き詰められた道の先端に立つRAAZの前に、マイヨが姿を現した。
「大丈夫なのか、アンタ」
「まだ完全にはほど遠いが、数分前よりは全然ラクだ」
マイヨはRAAZの後ろに連なる、おびただしい白いものを一瞬だけ目にしたが、今はそこの話をする場面ではない。何も見なかったことにした。遠くの方から何やら人の声が幾重にも響き渡るが、何を言っているのか聞き取れない。
「アンタはとにかくナノマシンの充填を! 少しの間しかアレだが、タヌ君たちは俺が」
「頼んで良いか?」
「アンタが一人でDYRAを捜しに行くとか、しないなら」
「ったく」
バレていたか。そう言いたげなRAAZに、マイヨは呆れ顔をした。
「充填したら、三時間後に合流。何が起こったかとか話したい」
そのときだった。
「何だこれ?」
それまで意識を向けていなかったからか、マイヨは今になって空から何かがふわふわと舞い落ちていることに気づいた。
「青い、花びら?」
マイヨがじっと見つめる。その瞳が少しの間だけ、緑色の輝きを放った。
「DYRAじゃないな。ナノマシンの痕跡がない。さしずめ、香水を振りかけたプリザーブドフラワーってとこか。何の冗談だ」
そう毒づいたときだった。
「ISLA!」
RAAZがマイヨの肩を背後から掴み、土煙が舞い、その中を時折青い花びらがふわりと舞う空を見上げた。
「……声が、聞こえる」
その言葉で、マイヨも聴覚に意識を集中する。
「何か、すごいゴチャゴチャになって、聞き取れないな」
それでも声が何を叫んでいるのか聞き取ろうと務めた。
「……阿鼻叫喚の中に、何か別の声」
先に気づいたのはマイヨだった。
「別の?」
RAAZはいっそう意識を集中する。少しずつ、自身の中で枯渇していたナノマシンが安定した自己生成を再開し始めたから、聴覚も鋭敏になっていく。
「ISLA!」
何かをハッキリと聞き取ったRAAZは顔色を変えた。
「何?」
険しい表情のRAAZに、マイヨが緊迫感にも似たものを感じ取る。
「おい……」
聞こえてくる声の嵐の中から何かをつかみ取ったとき、マイヨもRAAZが何を言いたいか理解した。
「これは、凄まじい……怨嗟の声だ」
──ラ・モルテを、絶対に許さない
──必ず、殺せ!
「ヤツは、次がないことを骨の髄までわかっている。俺たちを本気で追い詰めに来た……!」
こんにちはー!
いよいよ6月7日は、18:00を目安に、コミックマーケットのサークル当落発表です。
当選することをただただ願うばかりです。
新刊は「DYRA 14」そして4回目の改訂となる「DYRA 1 5版」です。
よろしくお願いします!
297:【AGNELLI】その災いに、人心はDYRAへの憎悪で団結する2024/06/03 22:00