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296:【AGNELLI】絶望と静寂の中に、怨恨劇場の舞台が整う

前回までの「DYRA」----------

 これからどうするかを考えている中、マイヨについに体力の限界が来てしまい、倒れてしまう。救いだったのはタヌたちに見られなかったことだけだ。だが、そんな中、突然マロッタの北にそびえるネスタ山が崩壊する。RAAZが自身の能力で周囲だけは守ったが……


 いつもなら深夜近くまで活気があるはずの都市マロッタが、死んだように静まり返っていた。灯りも、かつて中心街であった場所に位置する食堂のそれだけだ。

「山崩れ、というより『山ごと』崩れ、か。外は一面、砂だらけ。他には何も見えない」

 キエーザが窓の外に広がる景色を見ながら、唖然とした。傍らではジャンニが頭を抱えて膝を丸め、ブルフルと震えている。

 アントネッラが白い子犬を抱いて、窓の方に目をやったときだった。

「何、あれ?」

 灰にしては大きなものが空を舞っている。

「タヌ君が今、下りて行ったし、私も見てきます」

 そう言って、犬を連れて階段を下りた。

 1階の店内は、少し砂が入ってしまったものの大きなダメージはなかった。夜の部開店前で、まだ客がきていなかったことも幸いだった。アントネッラはテーブル席にあったランタンを手にした。そして、タヌが店の外に立っているのを見つけると、ランタンを持ってそちらへと近寄った。

「タヌ君?」

「RAAZさんが、ボクたちを助けてくれた……」

 タヌから言われたとき、アントネッラは彼の足下に少しではあるが赤い花びらが散っていることに気づいた。周囲を見渡すと、店とその周囲を避けるように大量の土砂が降り積もっている。それでも、積もった土砂が崩れようものなら、今度こそ無事では済まないのが明白だ。

「彼は?」

「無理矢理体を起こして、『少し休む、すぐ戻る』って」

「そうだったのね。それにしても、何が起こってこんなことに……」

 空から舞ってくるものを見ると、言葉を止めた。

「何? 灰?」

 アントネッラは舞ってきたものを手のひらにのせると、よく見ようと近づけ、それをランタンの光で照らす。みずみずしい香りがかすかに伝わってくる。

「いいにお……えっ!?」

 手のひらにあるものが青い花びらだとわかったとき、アントネッラは表情を一気に硬くした。

 赤い花びらが足下に落ちていて、無数の青い花びらが風に乗って舞っている。片方の主は山の崩落を喰い止めた。なら、もう片方が意味するものは何か。これまでの経験上、答えは一つしかない。

「……あの彼女ね」

 呆れたというか、どこか吐き捨てるような口調だった。タヌはアントネッラが何を思っているかわかったが、彼女の言葉を止めることはできなかった。

「まさに、ラ・モルテの所業……」

 言いながら、アントネッラはピルロでの出来事を思い出す。街がRAAZの手で焼き討ちに遭い、灰と瓦礫の山になったときでさえ、住民は全員とは言わないまでもある程度助かった。山崩れ騒動のときも、RAAZがすぐに土砂をある程度退かしたことで、土砂の圧や砂で呼吸器や内臓をやられずに済んだ人たちは難を逃れた。だが、今目の前で起こっていることはどうだ。RAAZとDYRAの振る舞いには決定的な違いがある。どちらもひどいことをしているし許しがたい。それでも、前者は皆殺しありきではないことを行動で示した。でも、後者は違う。仮にそんなつもりがなかったとしても、情け容赦なさすぎる。

 アントネッラの言葉にタヌは愕然とした。もし本当にDYRAがこれを起こしたのか。

(もし本当に、DYRAが起こしたことをRAAZさんが止めたなら……)

 これから先、一体何が起こるのか考えるだけでも恐ろしい。DYRAと話をしたいが、ここにいない。頼みのRAAZも消耗しており、今少しの間は話せないだろう。

(マイヨさん!!)

 タヌが言葉にしようとしたときだった。

「マイヨは!? まさか巻き込まれちゃったとか!?」

 アントネッラが一瞬早く言葉にした。タヌは、それはないはずだと思う。先ほどまで一緒にいた。短い間に建物からいなくなるということは、RAAZのようにパッと消えたのではないか。最も、ものは言いようだ。よく言えば難を逃れた、悪く言えば肝心なときにいない、と。

「巻き込まれたはないと思います。だって、マイヨさんだし」

 理由になっていないが、そうとしか言いようがない。

「そ、そうよね。じきに、戻るわよね」

 マイヨが自分たちへ何も言わずにいなくなるはずがない。アントネッラは待つことに同意した。どちらにしろ、それしかできないのだから。


 RAAZは苛立っていた。原因はもちろん、突然訪れたこの地獄絵図と、自身の体内でナノマシン補充が追いついていないことだ。

(今、アオオオカミなんかけしかけられてみろ。反撃さえできないぞ)

 普通の人間のエネルギーなどせいぜいダイナマイトの爆発力に換算してもせいぜい2キロや3キロ。だが、大地が揺れるそれは400メガトンをはるかに超える。それが「面」で、「立体」で襲い掛かってくるのだ。人間の力など無力そのものだ。RAC10と呼ばれる自己再生プログラムを施したナノマシンを入れ、理論値でナノマシン1つにつき人間1人分のエネルギーを抱えられるRAAZであっても、かなり激しい消耗だ。

(久しぶりだな。こんなに苦しいのは)

 自分も所詮、人間なのだ。確かに不老不死に最も近いが、こうも消耗しきっては、回復に時間が掛かる。普通の人間だって体力の限界まで使い果たせば、自然回復にあたりまずは丸一日、場合によっては二日以上寝込む。そこは自分も変わらない。ただ、数日どころか、一〇〇年や二〇〇年スパンがあり得るだけの話だ。RAAZは乾いた笑いを漏らす。

(……時間が、ない。背に腹は、変えられない)

 生きるために。それ以上にDYRAを取り返すために。なりふり構ってはいられない。自然回復などと悠長なことを言っている場合ではない。どんなことをしてでも、一刻も早く自然回復という名の再生成への軌道に乗せるために必要な最低量を補充しなければ。


 トリプレッテへの給電を、プロトン弾を原資に


 RAAZの脳裏をマイヨの言葉が掠める。以前、DYRAの身体を急速に回復させる必要に迫られたとき、プロトン弾の弾頭のエネルギーを用いた。たとえ自分自身が生きるためであろうとも他者から生命力をみだりに奪うことを望まぬ彼女故にと、気遣ってのことだ。

(私は……DYRAほどやさしくは、ないっ!)

 そう。文字通り、「どんなことをしてでも」。化け物と罵られようと構わない。他者の意見が自分の命を救うことなどありえない。むしろ、そんなものを取り入れた結果で最悪の事態になっても、彼らは責任の一つも取らない、申し訳なさなど爪の垢ほどにも感じぬ連中なのだから。

 そのとき、RAAZの視線の先に、大量の砂に流された街並みの中で生き残った人々が現実を前に狼狽し、右往左往する姿があった。


296:【AGNELLI】絶望と静寂の中に、怨恨劇場の舞台が整う2024/05/27 22:00

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