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295:【AGNELLI】終わりの始まりはある日突然、誰もが思わぬ形で

前回までの「DYRA」----------

 ピルロから命からがら逃げてきたジャンニから事情聴取したマイヨは、ハーランの「エゲツない」手口に不快感をあらわにした。だが、最小効率で最大効果を出す見事さにも、舌を巻く。


 ジャンニの処遇は、マイヨから一任されたキエーザがアントネッラと相談の上で方針を立てることになった。ここでキエーザとアントネッラ、それにジャンニが席を外した。

 残った四人でこれからの段取りを詰める。

「あの!」

 キリアンだった。

「オレ、ずっと気になっておったんだけど。髭面? ハーラン? が錬金協会を乗っ取ったって話の件」

「いいよ」

 マイヨが考えを聞くという姿勢を見せる。

「もっと大仰なことをしようとしているヤツなんだろ? そんなヤツがわざわざ錬金協会を乗っ取る目的って何や? 言い方変えたら、錬金協会でないといけない理由は?」

 言われてみればそうかも知れない。タヌも聞きながら考える。

「つまりさ、都とピルロと協会を繋げることができる、とか、組織をまるっと手に入れることが目的なら、天敵が把握している組織を一人とか、わずか数人で狙いにいくのは簡単じゃあないし、時間もいる。けど、それを敢えてやった」

 タヌはうんうん、と頷きながら耳をさらに傾ける。

「本気で無傷で手に入れたかったなら、最大影響力がある一人を狙い撃ちした方が効率良いはずじゃ? フツーなら都の大公サンを抱き込むとか、無理矢理言うこと聞かせた方が……」

 キリアンが言いたいことを理解したRAAZは、苦虫を噛み潰したような顔でマイヨを見る。それを見たマイヨもまた、そっちか、とでも言いたそうな表情を浮かべた。

「錬金協会乗っ取りを狙った本当の目的はひょっとし……」

 キリアンの言葉はここで遮られた。

「RAAZばりに頭が回るヤツは好きだよ。そうだね。こうなってくると考えられるのは、『DYRAを捜す情報網』そのものの把握だ。用があるのはこれだけで、『組織としての錬金協会』に用はない」

 DYRAを捜す情報網を使うため、混乱させればいい。これが本来目的なら、あとの要素は全部おまけだ。何より、DYRAが「人が集まる場所」へ入った時点で動向情報は掴めた。つまり、目的完遂だ。あとは、RAAZたちへの目くらましとして使えればそれでいい。

「夜中、ディミトリも言っていたもんな。大公とハーランは接触している。しかも陛下ネタまでしゃべっているってさ」

 RAAZがこれまた渋い表情をする。

「陛下ネタねぇ。リマは自分がそれになれるとでも思って話に乗ったなら……」

 遠回しに、彼女にもう用はないと告げた。そして、自分が昨日都で遭遇した出来事について話す。現場で催涙ガスなり、水蒸気を大量に噴出させるための投擲物や、首を綺麗に斬り落とされた複数の小型アオオオカミの死骸を発見したこと。二ないし三人が走った痕跡があったこと、一つは何かを担いで走っている風だったこと。痕跡のうち一つは小柄、もしくは子どもらしきもので、もう一つはハイヒールだったこと。そして、井戸を偽装した地下通路の入口で見失ったこと。

「アオオオカミと投擲物から、ハーランが動いたと考えるのが妥当だな。それにその、小柄な子どもらしき足跡ってのも引っ掛かるし」

 マイヨの指摘に、タヌはクリストがいたのではと疑った。しかし、推測だけで言ってはいけないかもと言葉にしない。

「RAAZ。どちらにしろハッキリしていることはさ、あっちは『文明の遺産』を使うことに躊躇がないってこと。バッテリー持ち込みで衛星通信端末まで投入した実績もあるんだ」

 RAAZはマイヨの指摘で、ピルロでの出来事を思い出す。百発百中の人捜し屋の件だ。正体不明だったが、AIスピーカーと衛星通信を使っていたことですべての謎が解けた。

「謎はまだある」

 RAAZが問う。

「DYRAがあそこにいるとどうやって知った? 仮にフランチェスコあたりで噂を聞きつけたとして、普通の人間が彼女に追いつけるか、よしんば彼女がゆっくり歩いているとして、ストーカーよろしくつけ回せるか?」

「単身でいる道中でアオオオカミあたりに襲われてくれれば、通りすがりの通報があれば……待った」

 マイヨは言っている先から考え、すぐ言葉を続ける。

「乾坤一擲の勝負に出たハーランだ。そんな偶然に頼るかな? 俺がハーランなら絶対頼らない」

「じゃあ、どうやって?」

 タヌが小声で問う。マイヨは何かに気づいたのか、一瞬だけ天井を仰ぎ見た後、テーブルを手のひらで悔しそうにバンと叩いた。

「タワーに電源を入れた瞬間だ!」

 全員、雷に打たれたような表情を浮かべた。

「あそこにピッポがいたなら、ハーランはピッポがDYRAやタヌ君とバッティングした瞬間を見ている。ここを衛星で定点観測していたなら」

 ピッポとハーランは水面下で繋がっていた。ならば、デシリオでの邂逅の後、タヌが追ってくることなど容易に予想できる。そして必ずDYRAが傍らにいることも。そこからは西の果てを定点観測して待てばいいだけだ。いや、考えようによっては、そこまで読んでピッポを動かしていた可能性すら絶対にないとは言えないのではないか。

「え、でもボクたち、移動は」

「地下の秘密トロッコ使ったし、その、空の上から見るのは無理やろ?」

「いや。それを使ったならおおむね何分後にどこへたどり着くかわかる。無駄だね」

「西の果てで電源を入れた瞬間からリアルタイム衛星追跡か。お前たちが移動中、小娘と合流したときも、DYRAをトレースし続ける方を選んだというわけか」

 これなら追える。RAAZが彼女を連れて消えたわけではないのだから。

「そんな……」

 RAAZとマイヨが導き出した結論に、タヌは目の前が一瞬だけ真っ暗になる。それでも、今は落ち込んでいる場合ではない。緊張感を切らないよう意識する。

「あの!」

 タヌが声を上げるが、一瞬早く、壁を派手に叩く音が響き、声を消した。

「彼女がハーランの手に落ちたら、アレを起こせない!」

 RAAZが怒声を上げた。

「ISLA。ハーランに渡すものなど何もないぞっ!? もう一度、今度はこっちが盤面を覆す必要がある」

「だがRAAZ。球技で言うところの白黒逆転じゃない。試合中の球場ごと取り潰す規模でだ」

 そのゲーム自体を潰せという意味だ。タヌとキリアンはこれを聞いて、状況のまずさをそれぞれ再認識した。裏を返せば同じゲームで勝負を続ける、イコール、負け確定と言ったも同然だ、と。

「って、言うけどさ」

 キリアンだった。

「何を、どうすればいい? その西の果てにあったあのバカでかい建物に用があるなら皆で待ち伏せとかか?」

「皆で待ち伏せ、は意味ないね」

 マイヨが簡単に説明しようとしたが、RAAZが止めた。

「ISLA。アレを起動するにあたって、最初に動くのはお前だ。逆を言えば、お前が表に出なければ、ハーランであっても詰む。陛下をどうこうってプランも挫折だ。

「だが、俺たちも詰む」

「両方詰む。それはまぁ、千日手より悪いな」

「本当に、それだよ。でも、ハーランからしか動けない。最悪、俺たちはあっちが消耗する、それこそハーランが寿命を迎えて死ぬまで待つって選択肢もある。でも、DYRAを取られたならそうも言っていられない」

「ボクに何かできることはありませんか?」

 タヌが割って入った。

「DYRAを助けに行く必要があるなら、ボクが行きます。行かせて下さい」

「タヌ君一人じゃ危ないってんなら、オネエチャン助けに、オレも一緒に行く!」

「無理だね」

 マイヨがあっさりと却下した。

「ハーランの、ピルロを分断させて反対派を一掃させる手段は悔しいが見事だった。その上で、俺がハーランなら、口にするのもおぞましいことをしてでもDYRAとオトモダチになる」

 タヌは東の果てでの、自分の父親や、集落の人々が彼女へ尊厳を踏みにじるひどい振る舞いをしたことを思い出す。よもやハーランがそれと同類だとでも言うのか、と。

「悪いけどタヌ君。そのお兄さんと一緒に、ちょっと上の様子、見てきてくれる? 呼んだりとかはしなくて良いよ」

「わかりました」

 そこですぐさまキリアンが反論しようとしたが、同意したタヌが軽く彼の背中を押した。タイミング的に、席を外してくれという意味だとわかっているからだ。

 二人が出て行ってから、マイヨが切り出す。

「RAAZ」

「何だ」

「今まで集まった情報を全部突き合わせたら、ハーランが何をしたいのか、その後のことも含めてだいたいわかった気がする」

 マイヨの言葉に、RAAZは壁に背を預けてから返す。

「ヤツは『元の世界を取り戻したい』んだ。そのために必ずお前と超伝送量子ネットワークシステムが必要不可欠だ。となると、何が何でもお前を引きずり出すしかない」

「それだけど、俺に対してDYRAを餌にするって、あんまり利口とは言えないよな?」

 言われてみればその通りだ。RAAZはもう少し考える。

「となると、DYRAを押さえる目的が他にもあるってことか」

「そうだろうね」

 RAAZもマイヨも、自分がハーランならDYRAをどう使うかを頭の中で捻りだす。

「ヴェリーチェの依代か?」

 RAAZが出した案をマイヨが検討する。

「……確かに、俺たちの文明ならハコだろうがテレビだろうが見た目はどうでもいい。この文明の人間を巻き込むなら、それも考えられるか」

「ラ・モルテという恐怖のシンボルアイコンが、今度は愚民共すべてを支配するそれになる、か」

「けどさ、あの世界はディストピアだ。そういう意味ではちょうど良いかもね」

 マイヨは何度か小さく頷く仕草をした。

「見えてきたかも知れない。ハーランの描いている絵が。……かなりエグいな」

 そこまで言ったときだった。

「っ!」

 マイヨはここで、ガクリと膝を床に落とした。

「どうした? らしくもない」

 RAAZが近寄り、二の腕を掴んで助け起こす。マイヨの顔色が気持ち白くなっているではないか。

「すまない。隠していたつもりはなかった。けど、消耗が予想以上に激しい。悪いが最低でも一二時間、ナノマシン充填に時間が欲しい」

「ハーランが動かないなら時間はあると言いたいが、いつ動くかわからないぞ?」

「ああ。そうだな」

「動きがあれば呼ぶ。解錠だけしておいてくれ」

「わかった」

「移動分くらいは持って行け」

 言いながら、RAAZがマイヨの腕に絡めるように赤い花びらを舞わせる。

「起きたら謝礼代わりのお土産くらい、用意しておく」

 言い終えると、マイヨが自身の周囲に黒い花びらを舞わせ、その場から姿を消した。




 空模様がすっかりアメトリンを思わせる色に変わっていき、人々へそろそろ夜が迫ることを告げてきた頃だった。

「何か、埃っぽいですね」

 マロッタで道行く人々が不思議そうな顔をした。

「空気が乾燥しているのかしら」

「空も何か、こう、ザラザラしているって言うの?」

「もしかして、風に乗って、砂が飛んできている?」

 不思議とも、怪訝とも、何とも言えぬ表情で道行く人々が老若男女問わず、自分が感じ取ったものは正しいのだろうかとでも言いたげに声に出す。

「マッマー! 見てぇぇっ!!」

 突然、どこからか聞こえてきた子どもの叫び声に、人々は一斉に注目した。子どもが北の方を指さしているではないか。

「あら、あちらって、山がなかったかしら?」

「え? ネスタ山って確か……えっ!」

 その叫びが意味することがわかったとき、人々は信じられないと、どよめいた。

 そんな人々のどよめきの声が、食堂で店長の手伝いをしていたタヌやキリアンにも聞こえた。

「キリアンさん!」

「見てくる。タヌ君は上にいる皆に知らせてなっ!」

 キリアンが従業員側の出入口から外に出たのを見ると、タヌは大急ぎで二階へ駆け上がった。

「RAAZさんっ!!」

 タヌは個室へ飛び込むと、外の様子がおかしいことをすぐに報告する。

「ガキ。小娘たちにも知らせてこい」

「はい!」

 RAAZはタヌがドタドタと階段を駆け上がる足音を聞きながら、階段を下りて、店内の窓側の席から窓ガラス越しに外を見た。

 皆、一様に北の空を見ているではないか。RAAZもそちらへ視線をやる。

「なっ……!」

 人々が騒ぐ理由がわかるや、再び二階へ駆け上がる。同時に上から駆け下りてくる足音と激しく犬が吠える声が聞こえると、RAAZが反射的に叫ぶ。

「ガキも小娘も下りるなっ! 死にたくなければ、上の階、窓も扉も閉めて南側の部屋にいろっ!」

 怒鳴って指示を出してから、RAAZは再び階段を下りる。

「何てこった!」

 北に見えるはずのネスタ山が大きく崩れているではないか。今、まさに、それも、どこか一角が山崩れを起こしているのではない。山そのものが崩れているのだ。信じられないほど大量の土と砂がまさに津波の如く街へと押し寄せてくるのが目視でもわかる。

「やりたくはないが……手段を選ぶ余裕もない」

 毒づきながら、赤い花びらをその身の周囲に舞わせる。

「悪いが、ここしか守れないぞ。恨むなよ」

 自分の身長より遙かに高い土砂が迫ってくると、RAAZは顕現させた大剣を楯のように構える。激しく舞い上がる花びらが壁となり、恐ろしい勢いで雪崩れ込む土砂を分散させた。食堂の真ん前で繰り広げられるその様子は、まるで太古の昔の伝説にあった、波を真っ二つに割るそれのようだ。

「何が! 起こっているっ!?」

 ちょっと一角が山崩れ……という量ではない。いつまで崩れ続けるのだ。果てしなく続く土砂に対応するのが精一杯で、空の色が濃いアメジスト色に変わっていく様子を確かめる余裕などない。ちょっとでも気を抜けば、押し切られてしまう。

「──!」

 どれほどの時間、耐えてきただろうか。

 ようやく、土砂崩れの勢いが弱まり、収束していった。

「……くっ……そっ……」

 RAAZは剣を杖代わりにしようとしたが、できなかった。力尽き、膝を落としたとき、同時に、剣も霧散した。

「はっ……はっ……」

 何度か肩で息をした後、立ち上がろうとしたが、できない。膝や足に思ったように力が入らない。

「体内でのナノマシン生成を、少し待つしかないってことか……」

 今、自分に悪意を向ける存在が来たらどう対応すれば良いのだ。目の前にハーランなんか現れようものなら、面倒なことになる。RAAZは心底これはヤバイと苦笑した。それでも、倒れてはいけないという思いで意識を飛ばすまいと堪える。

「RAAZさん!」

 背後から聞き覚えがある声がした。続いて、小柄な少年が自分の腰のあたりを支える感触が伝わる。RAAZはタヌが来たとわかるまでに少しの時間が必要だった。

「生きている、か……?」

「ボクたちは皆、大丈夫です。……RAAZさんが、助けてくれたから」

 皆、無事。その報告にRAAZは安堵した。特にタヌに今、死なれては困るからだ。

「今、ボク皆を呼んできま……」

 タヌの言葉は、途切れた。

「えっ」

 空に、無数の何かがはらはらと舞っているではないか。

「……!」

 それは何の前振りもなく土砂崩れが起こった理由を語り尽くす。答えそのものだった。

「そ……そんなっ」

 はらはらと舞っているものが一枚、タヌの頬にぴとっとくっつく。タヌはそれを指先で取り、手のひらにのせた。

「ウソだ……」

 手のひらにさらに、一枚、また一枚と舞い散る青い花びらに、タヌは心底から恐怖を感じた。


お久しぶりです。こんにちはー!

5月26日(日)、東京ビッグサイト東館(1-3&8ホール)で開催のコミティア148 サークル参加します!

東2ホール「す」11ab。サークル「11PK」です。

「ビッグサイトいくよ」という皆々様、是非遊びに来て下さい!

当日は……ゴシックSF小説「DYRA」文庫版持ち込みます!

スッキリ整理され、校正校閲も入っているので読みやすさ、段違いです!

併せてどうぞよろしくお願いします!


295:【AGNELLI】終わりの始まりはある日突然、誰もが思わぬ形で2024/05/21 20:00

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