293:【AGNELLI】たった一人の生き残りは何が起きたかを訥々と語る
前回までの「DYRA」----------
ネスタ山で起こった謎の事象。それに巻き込まれて死んだ子どもを前にしてもマイヨに悲しむ時間は与えられない。RAAZたちのもとに戻ると、事態を報告した。時を同じくして、伝書鳩がキエーザ帰還を伝えてくる。そんな中、ネスタ山の騒ぎの中、南の海の岩礁で「何か」が起きていることをRAAZは知る。そしてマイヨはRAAZの決断に必要な情報を与える。
食堂の二階に戻ったRAAZとマイヨは、タヌとアントネッラが待っている個室へ入った。
「お帰りなさい」
タヌがそう言うと、アントネッラが人数分のコーヒーを用意する。そして、マイヨの分にかけたフードカバーを外した。
「気遣いありがとう」
言いながら着席すると、マイヨは話に差し支えないようにとエッグベネディクトを丁寧に一口サイズに切って、口にした。
「すまない。証人たちが到着するまでにここまでの情報と今できることの整理だ」
マイヨが切り出した。
「まず、DYRAだ」
タヌがすぐさま頷いた。
「昨日アンタ、彼女を目の前で取られたって言っていたよな。ハーランか、都の連中のどっちかが身柄を奪ったと考えるのが妥当だけど」
「『全員、敵』ならどっちだろうと同じだろうが」
RAAZが毒づいた。マイヨはすぐさま首を横に振る。
「それは俺たち視点。ハーランや都の連中は案外、お互い『利用するだけ』とか思っているかも知れない。特にDYRAは切り札として使いようがあるからね」
一呼吸おいてから言葉を続ける。
「一晩経って、何の動きもないのがかえって不気味だ」
RAAZも頷く。
「次にピッポ。二日前、タヌ君たちが身柄を押さえられなかったわけだけど」
タヌは聞きながら、まだそれしか経っていないのかと内心困惑する。たくさんのことがありすぎて、たった二日と思えない。
「これについては一つ、可能性が出てきた。さっき話した爆発だか火災だかがあったのとまったく同じタイミングで、デシリオから海に出たところにある岩礁で動きがあった」
「岩礁?」
アントネッラだった。
「うん。海に出て南にいったところにあるんだよ。そこを超えるとトレゼゲまでの長い旅だ」
「境界線代わりの目印みたいな?」
「そんな感じ」
「で、ここにチョッカイを出しているヤツがいたんだ」
「どうしてそんなところに?」
今度はタヌだ。
「良い質問だ。普通ならそんな感じで流すような岩場だよ」
「だが、そこがISLAのアジト、いや、私の妻が遺したもの、つまりお前たちの言う『文明の遺産』への道につながると知っているなら?」
RAAZの言葉で、タヌの顔色が変わった。
「それっ……」
タヌが何か言おうとしたが、アントネッラがすぐに手を挙げ、発言したい意思表示をする。
「良いぞ、小娘」
「私はあなたがたに、『文明の遺産』を処分してほしいと言ったわ。でも、こんな状況で、何も知らないままって、かえって危ないんじゃ? 髭面が何をどうしようとしているかを知るためにも、どこにある何がどうまずいのかとか、その辺を教えてもらえると助かるんだけど」
RAAZとマイヨは、アントネッラの提案に顔を見合わせる。
「RAAZ。さっき話をしたこともある。協力は必要だ」
「即戦力にならないヤツに話すのはどうかと思うが、考えなしにロケット燃料の前でタバコを吸われるだの、精密機械にハンマーを下ろされるよりはマシか」
その言葉を同意と解釈したマイヨは、コーヒーを少し飲んでから話す。
「『文明の遺産』と君たちは簡単に言うが、見つけたら明日から突然すごく何かが変わって良くなるようなモノじゃない。場合によっては害悪にしかならない。ハッキリ言って、ここら一帯って俺たちの文明があったころは軍事施設だった。要するに掘って出てくるものは、生活に役立つとかそういうのとは無縁な何か、だ」
「そしてちょうど山を挟んで北側は、その敷地外。つまり、今のお前たちが置かれた状況で端的に言うなら、ハーランの縄張り」
すぐさまアントネッラが疑問をぶつける。
「山の北側なんて、何もないわよ?」
「あるわけがない。RAAZが世界をぶっ潰す前に、最初に手を尽くして木っ端微塵にした場所だからな」
「でも、そこで父さんたちはハーランさんたちを……」
「ああ。まさかあんな大深度に匿っているとはさすがに想定外だったからな」
「俺もだ。ハーランが生きているのも聞いてないし、この文明で跋扈しているなんて、なぁ」
その後もあれこれとしばらく話していると、ドタドタと足音が聞こえ始め、ハッキリ聞こえる頃に音がピタリと止んだ。同時に個室の扉を軽く叩く音がした。
「お話し中、すみません」
声がしたところで全員が扉の方を見た。見覚えある人物が立っていた。
「店長さん」
タヌの声で、全員が店長の話を聞く態勢を取った。店長が言いにくそうに切り出す。
「あの。今日はフランチェスコから早朝食材が運ばれてくる日なんで、自分、夜明けからナザリオ君と出かけたんですよ。そうしたら、川沿いのところに一昨日皆さんとご一緒に来た人たちが立っていたんです。大怪我した人を連れて」
大怪我、と聞くや、その場にいた面々は顔を見合わせる。
「それでさすがに放っておくわけにもいかないんで、食材受取はナザリオ君にお願いして、自分は大急ぎで辻馬車を捕まえてこうしてここに」
「彼らは?」
アントネッラだった。
「辻馬車をここに停めれば怪しまれてしまうのと、手当をきちんとする必要があったので新しい店舗へ」
言いかけた言葉は続かなかった。
「ありがとう。じゃ、こっちから出向くよ」
食事を終えたマイヨが告げた。
「では、お待ちしております」
店長はそれだけ告げると、先ほどとは一転、足音に注意して立ち去った。
「じゃ、いきますか」
「そうだな」
「でも、ぞろぞろ移動したら目立ちますよね」
「一人ずつとかしか、ないわよね」
四人は身支度をして個室を出ると、階段を静かに下りた。そして、裏側にある従業員用の出入口から一人ずつ順番に店を出ると、中心街の新店舗へ移動する。アントネッラとマイヨはそれぞれ外套に身を包んで被りで顔を隠し、タヌはパッと駆け足で、そしてRAAZはサルヴァトーレの姿で上着を手にしてごく自然に移動する。アントネッラとマイヨは開店前の看板が掲げられていようが関係なしに予約客を装い、正面の入口から入る。その間、タヌが店の裏手の従業員用出入口へ走りこんだ。RAAZは一息置いてから、いつものこととばかりに何食わぬ顔で従業員用出入口から入った。
新店舗の二階にある個室へ入ると、そこには三人と一匹の姿があった。
「ビアンコ!」
扉を閉めた直後、明るい声で鳴きながら駆け寄る白い子犬を見るや、アントネッラは歓声を上げた。彼女の傍らにいるのが誰かわかったのか、子犬は二人の足下に駆け寄ると嬉しそうにクルクル歩き回った。
「子犬君」
アントネッラが膝を下ろすと、少しの間、子犬を抱きかかえた。
「大丈夫? 少し軽くなった? 色々あったのね?」
タヌとRAAZは、キリアンとキエーザ、それに頭部と左手首、右足首に包帯が見える人物を見た。マイヨは怪我人が誰かわかると近寄った。
「ジャンニ。大丈夫か」
マイヨの声でアントネッラも顔を上げ、すぐに駆け寄る。
「アントネッラ様……マイヨ……」
「ジャンニ! ビアンコを連れてきてくれたことは、ありがとう。でも、街で何が起こったの? どうしてそんな大変な怪我を……」
「犬は、キエーザの判断です」
ジャンニがキエーザに視線を移した。
「ありがとうキエーザ。でも、ジャンニはどうしてこんなことに? それに、街の人たちはどうなっているの?」
「アントネッラさん。犬は、ルカレッリとあなたを見分けることができるという意味で切り札。敵があなたの姿を使っている上、こちらが劣勢の状況から求心力を集める必要がある今、失うわけにはいかなかったので」
「助けてくれたのは、この何でも屋です。アントネッラ様」
「キリアンさん。ありがとう」
「いやいやー。オレも見つかってヤバい目に遭いそうだったところをジャンニさんに助けてもらったし。お互い様や。あの場は助け合わないと、どうにもならないまずい場面でな」
「両方戻る必要があるほどの状況。何が起こった?」
RAAZがキエーザへ問うた。
「この証人から。かくもおぞましく、惨たらしい内容、自分が報告したところで説得力がありません」
キエーザが言うと、RAAZはジャンニを見る。睨むような視線に気づいたマイヨは、RAAZを軽く手で制してから質問役を買って出る。その様子に、アントネッラも安堵した。
「何が起こったのか、時系列で、事実だけ話してくれ。『アントネッラが帰ってきた』と騒ぎになり、バルコニーで南側の森を開く話があった後から」
「マイヨ。いたのか?」
「ああ。あれが彼女のわけがないのは言葉の端々と子犬君の反応でわかっていた。だがあのときはハーラン、『髭面』の所在確定が優先で、割って入るわけにいかなかった。あの後、何かを知ったか気づいた市民が市庁舎の裏手側で人知れず殺される現場も見た」
「頼む……! 街を助けてくれ! アントネッラ様に、そしてピルロという街に今必要なのは、マイヨなんだ。ルカレッリじゃない! これは街の人の総意だ!」
ジャンニからマイヨへの言葉にアントネッラはもちろん、タヌも含めたこの場にいる誰もが含むものを汲み取った。
「感情的な話はあとだ」
マイヨが事務的な口調で告げた。ジャンニが一瞬、表情を引き攣らせるが、それを見たアントネッラがすぐさま補足した。タヌも心配そうにジャンニとアントネッラを交互に見た。
「マイヨは大事なことを最優先で聞こうとするときはこんな感じなの。私も一昨日の夜やられてビックリしたわ」
アントネッラからの説明で安心したのか、ジャンニが言葉を探しながら、訥々と話を始めた。
「あの後、『五体満足で健康な一三歳以上は男女問わず、夕方広場に集まるように』と言われたんだ」
「それで」
「夕方、集まると、班分けが始まった。五人で一組。明日からの仕事で連帯責任になるってな」
五人一組と聞くや、RAAZとマイヨは互いを見てから顔をしかめる。
「続けて」
「俺は嫌な予感がして、街の長生きばあさんに夜、相談をした」
「それ、ビアンコの面倒を見てくれた子の、大伯母様よね」
アントネッラがそっと補足した。
「はい。そこでばあさんから、彼女のばあさんの時代に存在していたネスタ山の待避所をことを聞きました。その昔、アオオオカミ狩りが行われたときに逃げた場所とか、諸説あるそうですが」
「昔の、今はもう朽ちちゃって危ないからって誰も使っていないところよね?」
「ええ。ですが、話を聞くと、魔法の泉の話が出て以来、たまに年寄りたちが巡回していたそうです。話を戻しますが、ばあさんがそこへ『若い女性と子どもを隠す必要があるんじゃないか』って」
「それで、あの場所には女性と子どもばかりだったのか」
キエーザが呟く。奇しくも部屋にいる全員の耳に届いた。
「ジャンニ。続けてくれ」
「夕方の話し合いはあっさり終わった。それから少し経って事件が起こった」
マイヨが視線で続きを促す。
「森を切り開くことに反対する人間たちが残って、話し合いが始まった。『反対を直訴しよう』と。それが終わって帰ろうかってときだった。いきなりアオオオカミが現れたんだ」
「えっ」
「ええっ」
タヌとアントネッラが思わぬ声を上げた。ジャンニは続ける。
「信じてもらえないかも知れないが……」
「見たもの、事実だけを感情抜きで」
「そこにいた面々を残らず喰い殺した。しかも、吠えもせずにだ」
タヌは信じられないと言いたげにRAAZを見る。だが、RAAZは無言で、視線と仕草とで聞いてろと圧を掛けた。
「何頭?」
マイヨが質問を挟む。
「六頭だ」
「ありがとう。続けて」
「ああ。俺が難を逃れたのは、誰かがこっそり盗み聞きしたり覗き見していないか見回りにいって、念のため天井裏に誰かいないかまで確かめていたからだ」
天井裏にいたことで、アオオオカミが来なかった。逆に言えば、そうでなければ──。タヌは想像するだけで恐ろしい光景に、唇がガクガク震えた。
「……夜になって家族が戻らないのを心配した住民が市庁舎へ行ったが当然誰もいない。俺のところへ遅い時間、こっそり訪ねてきた人もいたらしい」
「らしい?」
「来訪の件はあとで知ったんだ。俺はまだアオオオカミがいるんじゃないかって怯えて、深夜まで天井裏から出られなかった」
深夜まで天井裏に隠れていた。ジャンニが味わった恐怖がどれほどのものだっただろう。アントネッラは脳裏に具体的なイメージができたからか、きゅっと目を閉じ、顔を手で覆った。
「俺には、何もできなかった……」
「いや、目撃者として生きていてくれただけで、良かった」
キエーザがそう言って慰める。何かができるならやっていただろう。アオオオカミが吠えることすらなく襲いかかってくる。そんな状況におかれて何かをやろうなんて無理だ。
こんにちは。
今は週1ペースでの更新ですが、テンション上がればもう少しペースを上げていければと思っています。
よろしければ、ご無理でない範囲で、BM、評価いただけると嬉しいです。
5月26日、東京ビッグサイト東館で開催のコミティア148 当選しました!
東2ホール「す」11ab。サークル「11PK」です。
ゴシックSF小説「DYRA」文庫版持ち込みます! どうぞよろしくお願いします!
293:【AGNELLI】たった一人の生き残りは何が起きたかを訥々と語る2024/04/24 22:00