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291:【AGNELLI】『財産』は『遺産』に非ず! 取り戻すためにそこまでやるか!?

前回までの「DYRA」----------

 マイヨはディミトリとある取引を成立させる。

 同じ頃、ハーランの襲撃から逃れ、『死んだ土地』と呼ばれるネスタ山の一角にある荒廃したエリアへたどり着いたキエーザは、アントネッラの愛犬と共に再度ピルロへ舞い戻ろうと動き出す。そのとき、怪我をしたジャンニを助けるキリアンと遭遇。合流したところで動き出そうとしたとき、地鳴りがした──


 まだ夜明けには早い、たいていの人が眠りについている頃。

 空に一瞬、火柱が上がり、また何事もなかったように暗闇に戻った。

「お、おわっ」

 短い間ながら激しい地鳴りが響いたことにキリアンは驚いた。怪我をしたジャンニも何が起こったのかわからず、激しく動揺する。それでも、驚き興奮状態に陥る白い子犬を抱きしめて守った。キエーザはそんなジャンニを背後から庇う体勢でやりすごす。

 数秒、生暖かい風と、黒煙が立ち込めるならではの息苦しさが彼らを襲った。

 奥側、西の山奥が何となく明るい気がした。顔を上げたキエーザたちが何が起きているかを知るまでに、時間は掛からなかった。

「……あれ、火事ちゃうか?」

「火事?」

 キリアンの言葉で、キエーザは目を凝らした。

「ああ、火事だ」

 間違いない。シトリン色ともカーネリアン色ともつかぬ輝きが木々の間から微かに見える。もう、先ほど火柱があがったときのような激しい炎は見えない。むしろ、点みたいに見えることから、ボヤ程度ではとも想像できる。

「救いは風が強くないことか。一気に延焼という感じもない。山がいきなり丸焼けの心配はないだろう」

「あぁー。まぁ、運悪く延焼したとしても、枝の流れを見る限り、風は上から麓へ向かっとる。前に山崩れがあった場所が火を防ぐ壁になる、かな?」

「だが、向こうは、その……」

 ジャンニが呟いたとき。

「あっ!!」

「そうか!」

 一転、キリアンは素っ頓狂な声を上げ、キエーザも渋い表情を浮かべる。

「くっそっ!!」

 キリアンは目に見える情報から想像できる最悪の事態ではと理解すると、悔しさのあまり地面へ何度も何度も拳を叩きこんだ。

「何や! 何なんだ!! 人でなしとか、そんなモンじゃねぇ!」

「自分の手を汚さず、何てひどいことを……」

 悔しがるキリアンとジャンニを見ながら、キエーザは厳しい表情で考える。

 現場を確認したいが、夜明け前という時間帯だ。難しいだろう。今できることは何か。キエーザもキリアンも、各々思案した。

「山火事騒ぎが広がる前に離れよう」

 こんな状況になった以上、独断で動いても事態の打開を見込めない。今やるべきは夜が明ける前に撤収すること、これだけだ。

「で、でも」

「マイヨとアントネッラさんに、君の口で事態を知らせるんだ」

 キエーザなりに言葉を選んだ。ピルロから脱出と言ってしまえばジャンニの中に「見捨てた」、「自分だけ逃げた」という罪悪感が芽生えかねない。それは避けなければならない。

「うううっ……ぐぬぬっ」

 本心が凝縮されたジャンニのうめき声。キエーザもキリアンも自分たちにわかる範囲ながら、彼が抱く悔しさや痛みを察した。

「ここからさっさとトンズラするのはいいとして」

 キリアンだった。

「マロッタ、どうやって行く? まさか、『死んだ土地』を回り込んでペッレの近くまで下りるとかはナシや。時間がもったいない」

「ネスタ山自体は『高い山』じゃない。風上側を稜線寄りに通って燃えたあたりを迂回、川の上流で対岸へ渡り、パオロまで行こう」

 万が一これから火が広がるとすれば風下、つまり街側だ。キエーザの本心は、移動にあたっては人目を避けたかった。ジャンニへ動揺を与えずに行かれるルートがあるならそうしたいからだ。また、道の駅パオロまでたどり着けば、馬を借りるなど移動の選択肢が出てくる。そのときに誰かに気づかれてあらぬ疑いを掛けられるのは本意ではない。まして、(ハーラン)が人心を分断することで利を得ようとする輩だと見えてきたなら、なおのこと。

「待ってくれ」

 今度はジャンニだ。

「それはわかった。だが、ネスタ山は迷いやすい山だ」

「そこは安心しろ。俺はある程度、ルートを把握している」

 キエーザが自信を持って答えた。普段、錬金協会でお荷物と言われながら仕事をしていた頃、RAAZが記録した山に関する記録にキッチリ目を通していたからこそ、麓へ出たり走破する道順を記憶している。

「それなら兄さん、かわりばんこで怪我したジャンニさん助けながらいこ」

「そうだな」

 二人はジャンニを見る。

「絶対に、マイヨとアントネッラさんのところへ」

「証人は兄さんしかおらんのや」

 出発にあたり、キエーザは時間を確認してからランタンを持ち、三人は歩き出した。

 このとき、時間は四時が迫っていた。


「……こんなルートがあったのか」

 ランタンの光が照らすあたりは見渡す限り暗がりと木々。あたりを見回しながらジャンニが呟いた。

「オレも初めてや」

 彼を支えるキリアンも戸惑いに似た声をあげた。

「ふつうは知らない方が当然だ。気に留めなくていい。それにこの稜線の反対側は本当に何もない。遭難なんかして向こう側へハマれば最後、本当に生きて帰れるかもわからないからな」

「そ、遭難!」

 キリアンが冗談でも言ってくれるなとばかりに驚く。

「不幸中の幸いは、大雨や大雪でないことだ。暗いのは嫌だが、もうすぐ抜けられる」

 キエーザがそう言って見上げた空はもう、出発したばかりのときと違い、漆黒ではなかった。ただ、煙のせいか、曇天にしては濁った色合いだ。内心、天気が荒れないよう、そして人々が活動を始める時間帯までに少なくともピルロの川向こうまでたどり着けるよう、祈った。




 深夜三時半過ぎ。

 ディミトリをモラタからほど近いところに放逐する形で(・・・・・・)送り届けたマイヨは、自身が根城として使っている、ドクター・ミレディアの施設へ戻った。一息つこうとした瞬間、部屋や廊下の間接照明がすべて赤く点滅を始めた。

「何だ!?」

 侵入者か。敵襲か。それとも施設への破壊工作か。それらを知らせるためにセンサーが反応次第、激しく明滅する仕様だ。通常の場合、警告音も鳴るが、音はマイヨが切っていた。彼自身が目を覚ますきっかけとなった、ピッポが侵入した騒動の際、まだ侵入者の本意がわからなかったこともあり、警告音で「悪意ある者たちの警戒心を過剰に上げる」ことを避けたかったからだ。

 マイヨは反射的にガラス板状のタブレット端末を手にすると、現状を確認した。

(敷地内、もしくは極めて近郊で爆発!?)

 画面に映し出された地図は、3675年前、つまり、今いる場所が本来目的で使われていた当時のものだ。

(おいおい。敷地ギリギリ……って、ネスタ山じゃないか)

 ネスタ山は今の文明下でこそそう呼ばれているが、実際のところ、三千年以上の時間の積み重ねで大量の瓦礫や土に埋もれた場所が山となった場所だ。

(このあたりって……)

 マイヨは半透明化した現在の地図を重ねて確認する。

(っ!)

 重なった地図が示した場所に、マイヨは表情を引き攣らせると、詳細を確かめるべく動き出した。

(あそこに人はいないはずだ)

 暗視鏡と熱源探知、それに撮影機能がついたゴーグルを手に部屋を出ると、廊下で黒い花びらを舞い上げ、その場から姿を消した。


 深夜にも拘わらず、もうもうと煙が立ち込める地に姿を現したマイヨは、現場をゴーグル越しに見て愕然とした。立ち込める臭いや煙から、油、もしくはガスに引火し爆発したのだとすぐにわかった。自分たちの本来の文明下に属していても、こんなところにガスマスク一つもなしで活動し続けるのは非常に難しい。時代が時代なら、灯油などで火事になった隣室から流れてきた煙に巻き込まれるような苦しさだ。

(何てことだ!!)

 マイヨは、ピルロの人々が『魔法の泉』と称し、ここで液化したプロパンガスを採取したことを知っていた。だが、ルカレッリの日記を手に入れ、裏事情を把握できた今となってはまったく別の見方しかできなかった。

(精製工場がない時点で、泉なんてまやかし。黒い水なんてのは演出。正体はおそらくハーランがピルロへ供給したLPG、プロパンガスを仮置きしていた施設。だとすると……)

 静電気や不始末などでの不慮の引火、火災ならもっと派手に燃えていてもおかしくない。何なら貯蔵量如何では爆発火災だ。にも拘わらず、離れた場所から煙が見えるものの、煙の量に対し、見える火が意外と少ない。

(考えられるのは……)

 瞬間的にドカンとなったものの、酸素不足で燃え続けることができなかったのではないか。仮にそうだとすれば、今この場所で起きていることは何を意味するのか。マイヨは考えた。

 考え得る限りの選択肢から、いくつかの仮説が出てくる。最良に近いものもあれば、文字通り最悪に近いものもある。最悪なそれについてはさすがに、それはない(・・・・・)と思うが、感情的な理由で可能性の列挙から意図的に外すことは良くない。

(本当に、何があったんだ?)

 マイヨは自身の周囲に黒い花びらを障壁代わりに舞わせつつ、LPGの貯蔵庫代わりに使われていた洞窟の方へ向かって歩き始めた。

 洞窟があったあたりが見えてきた。煙がもくもくと立ちこめているが、燃えている何かが見えることはない。

(爆発か、火災か。でも森の木々は思ったほど焼けていない? となると)

 燃えたのは地上ではない。洞窟の貯蔵庫は地下にあり、そこで発生したと考えるのが妥当だ。

 目で見てわかる範囲や、これまで持っていた情報から精査しても、マイヨは現状に合点が行かない。

(エネルギーはいわば心臓であり血液。ここでなんかあったら普通に考えて、昼夜なんか関係なしで、もっと大騒ぎしないか?)

 現実はどうだ。寝静まって、静かなままだ。騒ぐ目撃者も出てこない。マイヨは歩を止めることなく、周囲を見回す。

(街の人が気づくほど近くじゃないから、徹夜でもしている人間がいない限り、朝になるまで気づかないかも、か?)

 だとしても、だ。

(いや、逆の考え方もあるのか。放棄しても困らないとか? ここにあるLPGはもう退かすなり別の場所に移すなりしてあって、この場所に用がないってことか?)

 では移したとして、こんな形で放棄する理由は何か。この場所が使われた証拠を消すためか。それもおかしい。街の人間は皆、ここが使われていたことを知っていた以上、その存在をかき消す必要があるだろうか。

(街の人間たちが、ハーランのやり方に反対する連中が仕掛けた?)

 キエーザたちに工作隊を編成させ、できる破壊工作を頼んだ。だが、ここを最初に、それもこんな時間にやるだろうか。入念な準備が必要なはずだし、仮にやったとしたなら、周囲に誰かがいるはずだ。

 考えられる可能性を次々に潰し、選択肢がどんどん減っていく。

 一体どうなっているのか、何が起こっているのか。


 そもそもここには人がいないのか。だが、これだけの煙が上がっているのだ。街の人間、いや、この文明下の人々が気づかなかったとしても、ハーランは気づくのではないか。

(そのハーランが動いていない?)

 マイヨは情報の足がかりを求めて、一人、真っ暗な山間を東側へと歩き続けた。

 しばらくあたりを見回し続けたときだった。枯れ木や倒木に紛れるように、小さな黒い穴らしきものが微かに見える。マイヨはすぐに暗視ゴーグルを拡大させた。ゴーグルが示す距離は200メートル少々だ。

(何だ、あれ?)

 今までまったく気づかなかった。こんなところに洞窟の入口があったとは。初めて見るものに、マイヨは驚くと、そちらへと走り出した。

「あっ!」

 入口近くで足を止め、マイヨはあることに気づいた。臭いが強い。細い煙がここからも出ているではないか。

「……」

 洞窟の中から微かな音とも、声とも取れる何かが聞こえた。マイヨは周囲をざっと見回し、自分を見張ったり狙ったりする陰がないのを確認してから走った。

 入った奥に見るからに重そうな鉄の扉があるではないか。しかも、わずかではあるが開いている。その向こうから煙と臭いが伝わってくる。

「……!」

 マイヨの足下で、先ほどと同じものが聞こえた。今度はそれが何かハッキリわかる。呻き声だ。足下に目をやると、ゴーグルが一人、そこに俯せに倒れている人物が存在することを示している。体格は小柄だ。子どもが倒れていることがわかったマイヨはすぐに起こしにかかる。

「おい! どうした!? 大丈夫か!?」

「……」

 起こしたことで、倒れている人物が何者かがわかった。アントネッラの子犬の面倒を見るなどしていた、ピルロで何度か面識がある、マイヨに懐いている子どもだ。良く良く見ると、手や足に火傷を負っている。

「たす……け……」

 マイヨはすぐに、彼らがその扉の向こうから出てきたと察知する。いったん肩に担いで外へ出た。煙と臭いがこのあたりにも立ちこめてはいるが、扉の向こうに比べれば全然マシだ。

「しっかりしろ。外へ出たぞ」

 少しでも煙や臭いが和らいでいる場所へ走り、そこで下ろす。膝を落として大腿部で子どもの背中を支え、肩をしっかり抱いて、覗きこむ。

「何があった?」

「たす……け……マイ……ヨ……」

「俺だ。マイヨだ」

 うっすらと目を開けたのを見ると、マイヨはゴーグルを外し、暗視からライトへ切り替えて子どもに填めた。これで視力がまだあれば見えるはずだ。

「マイ、ヨ……?」

 助けを求め、名前を口にした相手がそこにいる。子どもは安心したのか、苦しい息の下から泣きそうな声で話す。

「たすけ……て……パルミー……さん……来て」

「何が起こったんだ? パルミーロが来たんだな?」

「う……ん……」

 息遣いからして、この子は今すぐ手当てしても助かる確率は低いだろう。

「……髭づ……ざいさ……掘る……い、さ……」

 子どもの生命力に懸けて、救護処置をしたいが、時間が惜しい。万が一のことを考えれば、今、ここで聞けるだけ聞かなければならない。

「髭面が『財産』を掘る? 『文明の遺産』?」

「あ……あれ……アントネ……ラさ……じゃ……な……ルカ……」

「アントネッラじゃない、ルカレッリなのか?」

 子どもが小さく頷いた。

「パル……ミ……言ったら……ドカン……て……」

「大丈夫か? パルミーロが言ったら爆発したのか?」

 ここで、肩を抱いていた子どもの身体がどすんと重くなった。

「おい! しっかりしろ!? 目を開けて!?」

 マイヨが少年の頬を軽く平手で叩いた。しかし、子どもがもう目を開けることはなかった。

 骸となった子どもの身体をマイヨはそっと抱きしめた。最後まで自分を信じ、助けを求めた。この子の助けを求める声は、あの扉の向こうにいる人たち、いや、街に住む善意の人々すべての心を代弁したものだったに違いない。

(すまない……!)

 この子も本当は、「皆を助けて」と言いたかったはずだ。だが、何が起こったか知りたい自分の気持ちを察して話してくれたのだろう。子どもなら、すぐに手当てをすれば生存できたかも知れない。だが、少ない確率に賭けることができなかった。マイヨはこの状況でも助けようと焦るでもなく、涙の一滴も流すでもない、最期の瞬間まで情報聴取に徹した自分の冷静さ、いや、冷酷さにもやもやした思いを抱く。ほどなくして、自身の下唇を噛むと、そのまま、子どもの胸に額を置く。

(ハーラン……! アンタは絶対に許さない! 絶対に許さない! 絶対に許さない! 絶対に許さない! 絶対に許さない! 絶対に許さない……)

 自分の身体と心に刻み込むように、死んだ子どもを始め、街の人々に約束をするかのように、マイヨは自身の中で何度も何度も反芻した。

(あのときもそうだ。アンタどこまでも汚い手を使うんだな……)

 やがて、マイヨは自分の中で何かが解けたように、どす黒い、重い感情が広がっていくのを感じ取った。それはそれまでの、どこか上っ面だけだった薄っぺらい「感情らしいもの」ではない。

(ああ。そうだ。そうだった……。これが『悔しい』って。そうだ。これは電気信号なんかじゃない……)

 埋めていた顔を上げ、空を仰ぎ見るマイヨの瞳の輝きに、憎しみや恨み、屈辱感など多くの負の感情が浮かんだ──。


こんにちは。

今は週1ペースでの更新ですが、テンション上がればもう少しペースを上げていければと思っています。

よろしければ、ご無理でない範囲で、BM、評価いただけると嬉しいです。


また、気が早いですが、当選した場合は5月のコミティア参加予定です。

併せてよろしくお願いします!

文庫版は何と、1巻が5回目のリライト、そして夏コミではいよいよ4巻リライトです!


291:【AGNELLI】『財産』は『遺産』に非ず! 取り戻すためにそこまでやるか!? 2024/04/17 20:37

291:【AGNELLI】『財産』は『遺産』に非ず! 取り戻すためにそこまでやるか!? 2024/04/08 20:00

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