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029:【FRANCESCO】そう言えば、両親の名前は?

前回までの「DYRA」----------

DYRAとタヌが宿屋で話をしていた頃。錬金協会も動き出していた。副会長の前では「いい顔」をしている美女幹部と、若い部下はレアリ村を焼き討ちからの件を話している。どうやら、タヌが持っている『鍵』を確保しようと奔走中のようだった。

 翌日。

 DYRAとタヌは宿屋を出ると、近隣を散策し、街の西側で見つけた小洒落たバールに入った。すでに朝食のピークを過ぎていたからか、店内に客の姿はまばらだ。二人は店内でも比較的奥側のテーブル席で食事をしていた。

「ところでタヌ」

 DYRAがハーブティーを一口飲んでから切り出した。

「眠れたか?」

「うん。でもあの、話している最中に寝ちゃって、ごめん」

 タヌはベーコンエッグを食べながら、昨日、話の最中に眠ってしまったことを謝った。

「気にしていない」

 DYRAは早速、昨日の続きを話し出す。

「お前の両親を捜す件だ。タヌ、お前、どうやって捜すつもりでいる?」

「うーん」

 タヌは、温かい食事が冷めてはいけないと、皿に盛られた分をすべて平らげてから答える。

「正直に言っちゃうけど。『どうやって』って言われると、自分でもハッキリ『こうだ』って言えないんだ。ただ、今は何か動かなきゃって気持ちばっかり」

 タヌは焦る気持ちを正直に打ち明けた。何からどう手をつけていけばいいか、自分の中で見えていないことを隠す必要などない。隠してそれらしい振る舞いをしたら見当違いだった、となる方が後々DYRAへ迷惑を掛けることになってしまう。

「何て言うか、上手く言えないけど、ボク一人じゃ、できることなんて本当に小さくて。DYRAや、ペッレで出会ったサルヴァトーレさん、ううん、出会った人皆の力を借りられるものなら借りたいと思ってる」

 この状況で、一人でできることなどたかが知れている。まして、両親がいなくなったことについて、錬金協会が絡んでいるかも知れないなら、協会の内部事情を知る人間にツテを作りたいし、作らなければならないとタヌは考えた。中でも、ペッレにある錬金協会の建物で出会った少年クリストと再会できるのなら是非、とも。サルヴァトーレが言うには、クリストは彼の弟で、錬金協会でそれなりの地位にある人間の近くにいるらしい。それなら、なおさらだ。

「そうだ」

 そこでDYRAが思い出したように切り出す。

「私はお前に、一番肝心なことを聞いていなかった」

「何だっけ?」

 何か話していない、大事なことがあっただろうか。話せることは全部話したはずだ。タヌはそう思いながらDYRAを見る。

「お前の父親と母親の名前、それから大まかな見た目だ」

「あ! ……そ、そうだね」

 DYRAの指摘に、タヌはしまったと言いたげな表情で顔を上げた。言われて見ればその通りだ。名前や見た目についてまだ何一つ話していなかった。捜すからには、名前と大まかな顔立ちは一番大事な情報だ。

「父さんの名前はフィリッポ・クラウディージョ。村の人たちからは『ピッポ』って呼ばれていた。そう呼ばれるのを気に入っていたみたいだから、もしかしたら出かけた先でもそう呼ばれているかも」

「見た目や、背格好は?」

「ボクと同じような茶色い髪と目だよ。村の人たちはよくボクのことを『父さんに似ている』と言っていた。背の高さはDYRAと同じ? いや、もうちょっと高いかなぁ」

 タヌは水を一口飲んでさらに続ける。

「母さんの名前は、ソフィア・アレーラ。バイオレット色の髪がすごい長くて、目が大きめな上、猫の目みたいに瞳がキラキラして綺麗なんだ」

 聞きながら、特徴のこともDYRAは記憶に留める。そのときだった。

「あ、そうだ!」

 タヌは大事なことを言い忘れないようにとばかりに言葉を繋ぐ。

「母さんは一つ、すごい特徴があるんだ」

「特徴?」

「うん」

 こんな風に言うからにはよほどわかりやすい、もしくはどこで見かけてもひと目でわかるようなすごいものなのかとDYRAは思う。

「あのね。母さんは、年を取らない人なんだよ」

「な……」

 それは外見的にわかるような特徴なのだろうか。困惑したDYRAは、一瞬、返す言葉が浮かばなかった。タヌはさらに付け加える。

「小さい頃から、全然変わらないんだ。村の他の人は年を取ったら顔がしわくちゃになったりするけど、母さんは全然そんなことなくて」

 それは、村に住んでいた人間は単に中年や年寄りが多かったからではないのか。さもなくば、畑仕事など外での作業のせいで、日焼けなどから肌の衰えが見えるのが早かっただけではないのか。DYRAはタヌに外見変化の仕組みについて説明しようとするが、できなかった。

「父さんは少しずつ年を取っていくような感じだけど、母さんは違う。父さんは春になる度にいつも驚いては、『母さんが若返った』って言っていたし」

「えっ……」

 村の人間たちと比べての話ですらピンと来ない。そこに来て、春になる度に父親から『若返った』と言われるとは、一体どういうことなのか。このときDYRAは、言葉の意味を理解しきれず、混乱しかけた。

(まさかとは思うが……)

 ほどなくして、DYRAの脳裏にまったく違う見方が浮かび上がる。そしてタヌへそれをぶつける。

「タヌ。お前の母親だが、父親と同じように錬金協会と何か関係があるのか?」

「え?」

 タヌは一瞬、虚を突かれたような表情でDYRAを見た。それまで想像もしたことがなかったからか、質問を把握できなかった。ようやく聞かれたことの意味を理解すると、タヌは視線をきょろきょろさせながら言葉を探す。そんな様子を見たDYRAは、適切な言葉を探しているのだろうと察した。

「ううん……待ってよ」

 タヌは少しの間、視線を泳がせつつも、考える仕草をして答える。

「えっと、母さんは確かに父さんの書いた文章を読んだり、書類を整理したり、よくそういう手伝いをしていた。でも、父さんと母さんが一緒に村の外へ出かけたり、帰ってきたりするなんて、一度もなかった」

「タヌ。お前の母親は冬の間、どこに行って働いていた?」

 農作業ができない冬の間、働きに行くなら都会だろう。どこへ行って何をしていたかわかれば探す手掛かりとなる場所が見つかるかも知れない。

「言われてみれば、母さんもどこで何をしていたかとか、言ってくれたことなかった。この前の春、戻ってきたときに村長さんも聞いてきた。けど、母さん答えてなかったし」

「村の人間も、何も知らないのか?」

「うん」

 ここまで聞いたタヌの話から、DYRAは天井とテーブルに置かれたハーブティーのカップとに視線を往復させながら考える。タヌは両親がどうやって生活の糧を得ていたのかまったく知らされていないとみて間違いない。本来なら村人たちから噂話でも良いからと聞きたいところだが、すでに村は焼き討ち、村人も皆殺しにされたのでそれもできない。文字通り、『近しい人間から情報を得る』ことはほぼ不可能だ。それにしても、我が子に対して情報を徹底的に隠す理由は何なのか。やはり、表に出せない何らかの事情があると見て間違いない。タヌが不用心に村人たちへ話さないよう、意図的に隠していたと考えるのが妥当だろう。

(結局、現時点で手掛かりとなるのは、村を焼き討ちした錬金協会だけ、か。あとは)

 手掛かりになりそうなのはタヌの両親の名前くらいか。普通、この状況で名前を聞かれればフルネームを言うはずだ。しかし、タヌは言わなかった。伏せている、隠していると言った風はまったくない。だが、どこかの領主に使われるだけの農民ならともかく、話を聞く限り、研究者としてそれなりに何かをやっていそうな人間だ。家系や家族、血筋をたどる手掛かりとなる氏を持っていないとは考えにくい。恐らく、レアリ村で暮らすと決めた時点で素性を隠すために伏せたか捨てたのではないか。次にどう動くかの突破口となる手掛かりがないに等しいとわかった時点で、DYRAは残りのハーブティーを一気に飲み干した。

「タヌ」

「何?」

 朝食をすべて食べ終えたタヌは、少しだけDYRAの方へ身を乗り出した。

「こうなったら思い切って、錬金協会がどんなところか、見に行かないか?」

 DYRAは、タヌが首から提げている『鍵』に改めて着目した。これは錬金協会の紋様と酷似しており、父親が大切に保管していたものだという。今ある手掛かりらしいものはこれしかない。ならば、ここから当たるより他ない。

 錬金協会。一見、何をしているかわかりにくいが、この世界で比較的高度な生活インフラや文化インフラを担っている互助組合兼研究組織だ。高度医療施設や教育機関から銀行業務、遺跡発掘やら文化財保存施設を整備、展開している。庶民目線で言うなら、医者や学校、両替商、それに文化芸術全般を扱っている。フランチェスコほどの規模の街なら、誰でも入れそうな施設があってもおかしくない。DYRAはそう踏んで提案した。

「そうだね。DYRA、行ってみよう」

 反対する理由はない。それどころか、今すぐ行けるなら行きたい。タヌはDYRAと一緒に捜せば次の手掛かりを見つけられるかも知れないと、同意した。

「ああ。じゃ、食事の勘定を済ませてくる」

 タヌも食事を終えたし、今日これからの予定も決まった。DYRAは席を立つと、会計台のある店の出入口近くへと歩いていった。ちょうど会計台の前に立ったときだった。五人連れの大柄な男たちがバールへぞろぞろと入店すると、DYRAの後ろを通って店の奥にある、タヌが座っている近くの席へと向かっていった。取り立てて怪しい様子もないので、DYRAは気にも止めなかった。

 会計台にいる、店長とおぼしき初老の男がDYRAへ合計金額を告げる。DYRAはアッス銀貨三枚を渡した。

「釣りはいらない」

 DYRAがそう言って、勘定を済ませたときだった。

「ああそうだ。お姉さん宛に、荷物を預かっているよ」

 初老の男がそう言って、会計台の足元にあるものを持ち上げると、台の上へ置いた。黒い四角い鞄だった。

「私宛だと?」

 またしても誰が差出人かわからぬものが届いた。一体これで何回目だというのだ。DYRAは面喰らった。しかし、今までと大きな違いが一つある。鞄の色だ。これまではいずれも白いものだった。なのに、今回に限って黒。

 おもむろに置かれた鞄を前に、DYRAは初老の男へ鋭い視線を向ける。

「誰からだ?」

「知らんよ」

 初老の男が渡し手にも受け手にも興味ない、詮索もしたくないと言いたげな態度を露わにして告げる。

「ただ『金色の目の若い女が来たら渡せ。そういないからすぐにわかる』って言われただけだ」

 預け主は、預かり役へ、そんな適当な特徴だけしか告げていなかったのか。DYRAは今さらながら改めて驚いた。同時に、金色の瞳を持った人間とは世界にそう何人も存在するわけではないのかと困惑する。

「持ってきたのはどんな奴だった?」

「若い男だった。あれはこの辺の奴じゃない。雰囲気が違う。もっと都会の方から来ているって感じだった」

 本当に何も知らない。DYRAはそう判断すると、「感謝する」とだけ告げて、手間賃代わりにとアッス銀貨一枚を渡した。

 そのときだった。

「あれ?」

 突然、聞いたことのある男の声がDYRAの耳へ入った。店の外からだった。


改訂の上、再掲

029:【FRANCESCO】そう言えば、両親の名前は?2024/07/23 23:12

029:【FRANCESCO】そう言えば、両親の名前は?2023/01/05 16:48

029:【FRANCESCO】蠢く陰謀(2)2018/09/09 13:47

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