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286:【AGNELLI】パズルのピースがだいたい揃い、ハーランの絵が見えた

前回までの「DYRA」----------

 モラタに潜伏していたディミトリがマロッタに現れた。錬金協会乗っ取り前夜からの顛末を語り出す。起こった出来事が意味することが見えてくるにつれ、ディミトリは戦慄する……


 錬金協会の体制が変わったとされる日からの号外を前にディミトリは愕然とした。

「いや、これマジで何の話だ!? 俺はこんなの、知らねぇよっ!!」

 真っ青な顔で唇をわなわなと震わせながら声を上げるディミトリを前に、その場にいる面々は互いの顔を見た。

 そんな中、そもそもこの話自体を信じて良いのだろうかと、タヌは動揺する。

「考えてもみろよ! 仮にこんなやり方で会長の座を簒奪したとして、イスラ様のメンツをぶっ潰すだけじゃねぇかっ!! そんなことして俺に何の得がある!? まず協会員が納得しない! おまけにポンコツ監査部とか面倒くさい連中が明日にでも俺を引きずり下ろそうと動き出すだろっ!! 最悪、正体不明で会長直結の危機管理部とか出てきたら……」

 人をポンコツ呼ばわりするあなたこそよっぽどポンコツじゃなくて? アントネッラがそう言いたげな表情で見ているのをタヌは見逃さなかった。

 RAAZは難しい顔でマイヨとディミトリを交互に見る。信用しきれないとでも言いたげだ。そんな彼を、マイヨは言いたいことを上手く言語化できず、言いあぐねているのでは、と察する。

「ここまででいったん、いいかな?」

 マイヨがそう切り出すと、全員、注目した。

「皆の表情を見ていると、『嘘をついているとは思えない。でも、話がおかしい』って言いたいのが伝わってくる」

 この言葉にタヌは力強く頷いた。RAAZは、マイヨをちらりと見るだけだ。アントネッラは半信半疑感を露わにしている。ディミトリはというと、何で信じてもらえないのか、どうしたら信じてもらえるのかと言いたげだ。

「まず、時系列で話が合っているかだけどさ。前に、同じ日のちょうど昼くらいに、フランチェスコの行政事務所で、って話をしていたよね」

「はい」

 マイヨが切り出すとタヌが返事をした。

「話の流れ的に、ディミトリの方が後だ。合理的に考えられる可能性は二つ。一つはタヌ君が目撃した事件の後、リマ大公が脅された、または唆された結果としてディミトリへその言葉(・・・・)を言った可能性」

「もう一つは?」

 アントネッラだった。

「大公に変装した別の誰かがディミトリへ言った可能性」

「誰が変装するんだよっ! ソフィアがいたならとも……」

 言いかけてディミトリは口をつぐんだ。ここにタヌがいるではないか。錬金協会を舞台にした一連のゴタゴタをめぐって振り回され、命を落とした彼女が母親だというくだりを思い出したからだ。

 タヌもここで母親の名前を聞くことになるとは思わなかったからか、表情を硬直させた。

 ディミトリやタヌが何を考えているかなど、マイヨは意にも介さない。

「女に化けるのに、そもそも女である必要、あるの?」

 マイヨは言いながらおもむろに上着の飾り釦を外し、脱いだ。黒のタイトなアンダーシャツ姿が露わになる。ダンサーを彷彿とさせるしなやかさを持ち合わせた、細身ながらもバランスよい筋肉質な体格は、男とも思えぬ華奢さと言われかねない。そんな、ギリギリをせめぎあうような体型だ。

「俺は多分、女装できるよ?」

「エミーリエ……」

 アントネッラが声を漏らした。マイヨと同じ姿をした小間使いの名だ。

 RAAZが思い出したように、だが厳しい表情で呟く。

「あと、何体残っている?」

「01は俺が潰した。02はハーランに潰された。残っているのは03、04、15か」

 何人いる、ではなく、「何体残っている」という問い方に、アントネッラは一瞬、マイヨの家族親族がもしかしたら見た目がそっくりな云々ではなく、もはや人間ではないのではと異常性を感じる。だが、今はそれを口にしてはいけない。グッと喉の奥で堪えた。

「つまり、ヤツのところにあと3体か」

「そうね。2体、プラス1、か」

「一体を、リマに化けさせた可能性もゼロじゃない、か」

「決めつけない方が良い。けど、火事騒ぎは夜で、俺が助けたのも夜だから、可能性はそれなり程度(・・・・・・)にはある、かな」

 ディミトリはもはや話についていけないからか、口をぽかんと開けて聞くことしかできなかった。

「話を戻すんだけど」

 マイヨが上着に袖を通しながら続ける。

「君はこの号外を『知らない』と言ったね」

 ここで、ディミトリがハッと我に返り、一気にまくしたてる。

「号外を知らないも何も、そもそも俺が会長って何の話だ? って! それに、これを読んだら、俺が新会長になって、翌日にはリマ大公と話をまとめてピルロと和解したことになっているじゃねぇか!」

 アントネッラも頷いた。そしてすぐに挙手し、許可を待たずに告げる。

「私もこの人と3人でなんて、申し訳ないけど、何の話よ? って。それに私、この号外を一昨日の夜、髭面に見せられた! 『次の日にこれを配る予定』って」

 アントネッラが指さしたのは、ディミトリを供にして、ピルロへ戻ったという内容の写真(フォトグラフ)のことだった。

 事実関係の突合が目的とわかっているが、ディミトリはアントネッラの言い方に、少しだけイラっとする。だが、些末なことだ。揚げ足取りのようなことを言ってはいけないとこちらも堪える。

「絶対とは言えないけど、あり得るとすれば、『私』の偽者はお兄様、リマ大公とこの人の偽者でその、マイヨのそっくりさんが変装している、とか?」

「お兄様!?」

「ええ。私の兄、死んだはずのルカレッリです。生きています」

「はっ!?」

 ディミトリは耳を疑った。

「私、フランチェスコに連れ出されたときに直接会って話をしました。偽者かもとも疑ったけど、間違いなく兄でした」

「どういうことだ……?」

 ディミトリの問いに、アントネッラはルカレッリから聞いた話をほぼそのまま伝えた。

「……何てこった。つまり、死んだのは替え玉。で、本物はオッサンが救出してトレゼゲで匿っていたってことか」

「細かいことはともかく、大筋ではそうなります」

 アントネッラからの説明を聞いて、ディミトリが顔を少しだけひきつらせた。

「ふっ……ふっ、あははは」

 突然、RAAZが苦笑とも楽しそうとも、どちらにも取れるような笑みを漏らした。

「ディミトリ。良いことを教えてやる」

「え?」

 RAAZがそう言って、マイヨを見る。

「ああ。そうだね。アンタがさんざんバカにしたポンコツ監査部が話していたことだけど」

「えっ?」

 おもむろに話すマイヨの様子に、アントネッラはディミトリをちらりと見てくすっと笑った。

「な、何だよ?」

「アンタ。運が良かったな? 錬金協会が乗っ取られた後もハーランにホイホイついていったら濡れ衣全部おっ被せられて殺されちまうところだった」

「え?」

 いきなり飛び出した物騒な言葉に、ディミトリはギョッとした。そんな彼を見ながら、RAAZが真顔で切り出す。

「ISLA。お前はここまででどう見る?」

「うーん」

 聞かれたマイヨは両腕を組んでから口を開く。

「手順が恐ろしく細かい。それが第一印象。こんな鄙びた文明だから、もっと大雑把な計画で多少出たとこ勝負もアリでパパッとやるかな、って思っていた。アンタを本当に警戒していたんだな」

「具体的に言え」

「アンタには前に言ったけど、これはハーランが目を覚ました直後、アンタが生きていると知った瞬間から30年近い時間を使って練りに練った、乾坤一擲の策だ。準備段階でアンタにバレたら最後、間違いなく殺される。だからこそヤツは長い時間をかけて静かに外堀を埋め、アンタが気づいたときには完全にカタに嵌めた状態にする算段だったはず」

「途中までは上手くいっていたワケか。私としたことが」

 マイヨの話を聞きながら、RAAZが面食らったような顔をする。その姿をディミトリは意外そうに見た。

「会長、そんな顔するんだ……」

「どんな顔をすると思ったんだ?」

 RAAZが問う。

「こう、『だからどうした』みたいな顔とか」

「私だって人間だ。出し抜かれれば面白くない」

 RAAZの言葉に、ディミトリはコーヒーをがぶりと一気に飲むと、呼吸を整えた。

「話の続き、っていうか本筋に戻っていいかな?」

 言葉とは裏腹に、マイヨは有無を言わせず続ける。

「わかっている情報をここまでで突合すると、考えうる限り最悪はいくつかあってさ」

「いくつか? ピルロ以外で、どんな?」

 アントネッラが問うた。

「言うまでもなく、……言葉を選ばないで良いなら、ピルロは君を爪弾きにする形でハーランと密約を結んでいた。だから錬金協会と対立することもできた。その一方で、これはルカレッリの日記から見えたことだけど、ピッポとハーランは厳密に言えば下では繋がっていて、険悪な関係はカモフラージュ。つまり、俺が目を覚ましてすぐにアンタと組んだって思ったことから偽装した可能性がある」

「だが、その一方で……」

「ああ。俺が『全員、敵』って言った理由につながるところだ。ピッポが都の人間と繋がっていたとなると」

「ハーランとピッポが動けば、全員繋がることができる」

「アンタがハーランなんかに引っ掛かっちゃったから、付け入るスキができた、ってな」

 マイヨがそう言って、ディミトリを指さした。

「本当は時間をかけてゆっくり乗っ取りたかったんだろうが、会長サマは勘づいた。だから早く動くしかない。副会長のジイサンは意外に慎重派で思うように動いてくれなかった。そこへ野心と好奇心で丸々太った七面鳥のご登場だ」

「俺かよ」

 ディミトリの言葉に、RAAZとマイヨ、アントネッラが「他に誰が」とでも言いだしそうな顔で頷いた。

「邪魔だった副会長を排除し、最後に会長も副会長もアンタが殺したことにして処分すれば、乗っ取り完了、ってね」

 マイヨが手刀で首を落とす仕草をすると、ディミトリの顔色が変わった。

「マジか」

「錬金協会を乗っ取り、ピルロと和解を演出すれば、ピルロ、都、そして協会。いわば大きな勢力を全部繋げることができる」

「そのために、お兄様も……」

「君がバカなお姫様だったら、適当なタイミングで『復活ゴッコ』をして『奇跡の再会』で良かった。それで市民の心も一気に集められる。けど、ピルロでヤツにとっての想定外が二つ発生した」

「アレッポね」

「一つはそう。あの行政官サンが小悪党丸出しな振る舞いをしたこと。暴走する君を御せなかった上に、知らなかったとは言え君がDYRAへチョッカイ出しちまった。で、ブチギレたRAAZが街へ火を放った」

 マイヨの言葉にアントネッラは気まずい表情になった。

「ISLA」

「ん?」

「じゃ、あそこでヤツが姿を見せた本当の目的は……」

「これは今、全部つながったから言えるようになったけど、十中八九、証拠隠滅だろう」

「証拠?」

「隠滅?」

 タヌとディミトリが問うた。

「ホルムアルデヒド漬けにした死体の後始末だ。ひょっとしたら、あわよくばあそこでアントネッラを始末して、ルカレッリ再登場を願うつもりだったのか。まぁ、そこはわからない。だが、火の手が回るのが早かった。俺たちもいた。だからあの場はタヌ君を攫って逃げるのが精いっぱいだった。タヌ君を攫えば、DYRAが動くと踏んだのかも」

「そっか……だから」

 タヌが腑に落ちたと言いたげな顔で呟いた。

「どうした? ガキ」

「髭面に何か言われたとか?」

「はい」



「タヌ君! いるんだろう? ここはキミのお父さんの別荘だ! お父さんに会いたくはないか!? お嬢さんと交換で、お父さんに会わせる!」


「お父さんは俺と一緒にいた! 一緒に、20年以上だっ! お嬢さんや、彼女につきまとうRAAZより、俺はお父さんのことを知っている! お父さんに会いたいんだろうっ!!」



「デシリオでハーランさんが言ったあの言葉、色々わかった今だから『そっか』って。本当だったんだ、って」

 タヌは失望感を露わにした。

「父さんはDYRAへあんなひどいことをしようとして……正直、そこ考えるとハーランさんが……」

 父親と組んでいる時点で彼ももはや真っ当だとは思えない。遠回しにではあるものの、そう指摘した。

「人の悪口言いたくもないけど、ヤツのヤバさは普通じゃない」

 タヌへマイヨが告げると、RAAZもプッと笑みを漏らす。

「確かにな。ああ見えて、アレは性根が腐りはてた野獣だ」

「野獣? まぁ確かに、屠った相手のアレ(・・)を奪うヤツなんて、悪趣味な野獣だな。それでいて権力のイヌ。最低最悪とはまさに、だ」

 マイヨの言葉にRAAZの眦が上がった。だが、ディミトリの言葉が一瞬早かった。

「権力のイヌ?」

「そうだよ。それも世界全部を支配ってとんでもないスケールの権力だ。アニェッリが、とかそんな単位じゃない。本当にそこに住む人間、一人一人の心まで支配する。そういう連中だ。けど、そういう話は後回しだ」

 脱線した話を戻す。

「ピルロが燃えたあのとき、ヤツは植物園の隠し部屋にあった地下通路を使って出入りしたんだろう。そしてもう一つの想定外だけど」

「それ、私ね」

「ハーラン視点で見れば、君が完全に敵対勢力へ取り込まれた」

「そういう言い方は、ちょっと」

「今になってわかったことと突き合わせた上で、なおかつ、ヤツの視点で見れば、だよ」

「髭面は、私を利用できなくなった」

「だから、奇跡も演出できない。ルカレッリを再登場させるタイミングも失った。もしかしたら、君の処分も考えたかも知れない。けど、錬金協会乗っ取りに成功したことで、もう一度チャンスが来たと思ったんだろう」

 マイヨは話を止めないものの、ここでディミトリに視線を移す。

「ピルロから君を剥がし、フランチェスコでルカレッリと再会させる。ここで抱き込めれば良し。でも、ハーランの手から君は逃げた。それでも、君がいなくてもルカレッリがいる。ハーランにしてみれば、取り敢えず()はある状態だ」

「旗?」

「どういうこと?」

 ディミトリとアントネッラが互いをちらっと見てからマイヨに尋ねた。

「これからやることの正しさの証明、みたいなシンボルアイコンね」

「そんな難しい話じゃなくてさ」

 ディミトリがここで手を挙げながら話す。

「要は双子に女装させてアントネッラに仕立て上げてもオッサンにとっては充分代用品になるんじゃねぇの?」

 ディミトリの言葉に、その場にいる全員が納得する。

「私がお兄様を演じられたのだから、逆もまた然りよね」

「まあ、だいたいこんな感じで、大筋が見えたってところか」

 各方向からの情報がだいたい出揃ったところで、起こった出来事を概ね把握、情報の共有はできた。




「ディミトリ」

 マイヨが呼んだ。

「アンタやジイサン、ハーランから逃れて何をするつもりだったんだ?」

「モラタで武器、集めてましたよね?」

 タヌが言うと、ディミトリは小さく頷いて、コーヒーのおかわりをポットから注ぎ、飲んだ。

「ああ。そうそう。結局どの道、戦うしかないだろ。だからだ」

「無駄だね」

 マイヨがバッサリと切り捨てる。

「え!」

「錬金協会の規模はアンタの方が俺より知っているだろ? それに話聞いていた? 錬金協会、アニェッリ、ピルロが全部組んでいるかも、なんだよ?」

「うぐっ」

 現時点で号外を見る限り、その可能性が極めて高いのだ。逃げるのに必死で情報を手に入れていなかった失策だ。ディミトリは悔やんだ。もう遅い。今となってはこれからどうするかを考えるしかない。その通りだ。

「ディミトリ」

 RAAZだった。

「私と取引しないか?」

「え?」

 突然の、予想もしなかった申し出に、ディミトリはあっけにとられた。

「イスラを会長にしたいならそれでも良し、お前がなりたいならそれもまた良し」

「え……」

「時が来れば私にはもういらないものだ。会長なんて、面倒くさい」

 そんな言葉が飛び出すとは思わなかった。ディミトリは驚いた。しかし、RAAZが捨て鉢になっている風はまったくない。それどころか、本当に面倒くさいだけ、という感じだ。

「ちょっと待った。悪ぃ! 俺、話していないことがあった!」

 ディミトリが思い出したように告げる。

「あのオッサン、俺にこう言ったんだ」



「私は探しものをしているんだが、手伝ってくれるなら、俺が彼女を『引き取る』でどうかな?」


「まぁ、大きな箱だよ。案外、ラ・モルテ(死神)を収める棺桶(・・)代わりと思えばちょうど良いかも知れないよ?」



「アンタ! 一番肝心なことをっ!」

 聞いた瞬間、マイヨが言うより早く席を立ち上がりディミトリの脇へ行き、胸ぐらに手を伸ばそうとした。が、掴むことはできなかった。

「!」

 ガタンと椅子が転がる音と、ドンという鈍い音。ディミトリが壁に叩きつけられた。RAAZが胸ぐらを掴み挙げ、そのまま一気に壁に投げ飛ばしたのだ。

 タヌはディミトリがハーランと何を話したのか意味を理解すると、彼へ責めるよう瞳をぶつける。アントネッラも彼が自分と同じか、それ以上にまずいことを彼がやらかしたのではと気づいた。

 RAAZは背中から壁に叩きつけられ、壁を背にしゃがんだ状態になったディミトリの顎から首を掴むと一気に持ち上げ、後頭部から押し当てる。

「ぐっ……ぐるし……おわっ!」

 首を絞めたまま、RAAZはディミトリの鳩尾へ、意識がなくなるまで膝蹴りを入れ続けた。

 タヌとアントネッラは止めなければと思いつつも、RAAZの全身から放たれる殺気立った空気を前に、身体が動かず、声も出なかった。

「……()っちゃいない。今すぐ殺処分したいがな」

 殺していない。その言葉に二人は安堵した。

 意識を失ったディミトリから手を離すと、床に転がった彼の下腹部をRAAZは容赦なく踏みつける。

「『トリプレッテ』と私のDYRAを、よりにもよってハーランに売る約束をしていたとはな」

「なぁ、RAAZ」

「何だISLA」

 苛立ちを隠そうともしないRAAZへ、マイヨは悪そうな(・・・・)笑みを浮かべて話しかけた。

「殺処分ってアンタが言ったから俺も言うけど、コイツ、使い捨ての兵隊くらいにはなるだろ」

「そう、だな」

「コウモリやられても困るし、せっかくだからディストーション処理して、使うってどうよ?」

「おいおい。警察みたいなことを考えるんだな?」

「ディストーション?」

 アントネッラが恐る恐る尋ねた。

「物騒なことはしないから大丈夫だよ。いきなり人格が変わるとか怖いこともない。無理矢理俺たちの言いなりにさせるとか、そういう話でもない」

 マイヨがあっさりと答える。

「なら、良いけど」

「物騒なら、今しがたのこいつの方がよっぽど、ってくらい穏やかだし」

 意識を失ったディミトリの後ろ襟をRAAZが掴み、引きずるように個室の入り口脇に持って行く。

「電源もインフラもないから、マンパワーに頼るしかないのに絶対的に足りない。となれば、取った駒も使っていくしかない、か」

 RAAZが毒づいた。

「正直、不本意だけどね。でも、こいつはコウモリやったわけだろ? なら後ろめたいことなんてこっちもないさ」

「そうだな」

 RAAZは一呼吸置いてから続ける。

「私への忠誠なんか最初から不要だったのになぁ。錬金協会なんて所詮、自助共助で社会を発展させつつ、公助で最弱層を見捨てないことで、社会への不満を私にぶつけて刃向かう輩を作らないためだけだったんだがなぁ」

「え?」

「え」

 タヌとアントネッラが信じられないと言いたげな顔でRAAZを見る。その様子にRAAZも質問を投げる。

「世界を私が支配するための道具が錬金協会、とでも考えていたのか?」

 アントネッラが反射的に頷いた。

「バカバカしい。そもそも錬金協会は、私のDYRAがどこへ行っても困らないようにするためだけの組織だ。あとは私にとっての存在意義などせいぜい、愚民どもが考えなしに『文明の遺産』を掘り返すようなバカな真似をさせないことくらいか」

 初めてRAAZ自身の口から聞いた錬金協会の本当の存在意義。タヌとアントネッラは拍子抜けした。一方、マイヨは非常に合理的だと納得する。

「錬金協会なんて大仰な、医療教育商売金融のすべてにコミットするインフラは、彼女の居場所を確実に補足できるようにするためだったのか。確かに、『電源が使えない世界』では人の流れそれ自体を情報インフラとすることで……」

「そういうことだ。金色の瞳の女など、特徴がありすぎてそうはいない。見かけた、と噂さえ飛べば足取りを確実に追える。まして、ラ・モルテ(死神)と騒がれればなおさらだ」

「アンタなりに考え抜いたわけか」

「ついでに言うが、錬金協会の序列など私には関係ない。協会自体を会員制にしたのは個人情報のやりとりをスムーズにするのと、私がいつでも身元を確認できるようにするためだ。こいつがポンコツとバカにした監査部の平時業務はそんな、身元を偽ったり誤魔化したりするヤツの素性洗いと、マネロン追跡だ。裏を返せば、私以外が目もくれない部署だからできる仕事だ」

「『カネの流れがすべてを語る』は時代が変わっても同じか」

「ついでに言っておくと、彼女がカネをいつでもどこでも必要なら使えるようにするためだ。彼女をカネで困らせたことなどないぞ?」

 RAAZがそう言うと、タヌがとっさに手を挙げた。

「あ、あの!」

「ん?」

「話していいよ?」

「今、DYRAはどこにいるんですか? ボク、てっきりRAAZさんが迎えにいったと思っていたから」

 タヌの問いで、その場が一瞬、水を打ったように静かになった。



286:【AGNELLI】パズルのピースがだいたい揃い、ハーランの絵が見えた2024/03/04 20:25

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