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028:【FRANCESCO】錬金協会も動き出していた

前回までの「DYRA」----------

DYRAとタヌはフランチェスコの街でようやく宿屋へ到着。ところで、DYRAはタヌの両親を捜すに当たり、そもそも両親がどんな人物かまったくわからない。そこで、タヌから話を聞いてみる。すると、あんな小さな村に住んでいたのに農家ではなく、学者らしき、知的インテリ層だという。

 DYRAとタヌが宿屋の寝室で話していた頃。

 フランチェスコ中心部にある大きな錬金協会の建物に、四頭立ての豪華な馬車が到着し、二人の男女が姿を見せていた。

 一人は足腰のしっかりした筋肉質な老人だった。シルバーグレイの髪は短く、かつウェーブがかかっている。彫りの深い顔を始め皮膚には皺が多数刻まれているが、眼光や表情、身体の動きに老いを微塵も感じさせない。傍らには腰まであるバイオレット色のストレートロングの髪とオレンジキャッツアイ色の瞳、そして肉欲を露骨に煽らんばかりの体型を持った美女が立っている。深いスリットのワンピースから見える白い太腿は男なら思わず手を伸ばしたくなるほどセクシーだ。

「ようこそイスラ様」

 現れた二人は、錬金協会の高位の人物だった。老人は錬金協会の副会長。女は副会長の秘書であり、協会本部では出納係を勤めるソフィア。共に協会内では有名な存在で、特に老人は徳が高い人物として評判だ。また、ソフィアも彼女が出納係になってから、不正会計などが目に見えて減り、協会の浄化へ貢献したことでその名が知れ渡っている。

 彼らをひと目見ようと協会の建物の入口ホールに集まった会員や職員たちの歓声に、年老いた男が穏やかな笑顔を浮かべ、手を振って応える。

「皆さん。遅くまでお忙しい中なのに、イスラ様をお出迎え下さって、ありがとうございます」

 ソフィアは煽情的な見た目とは裏腹に、副会長を出迎えに集まった人々へ丁寧に頭を下げて回り、謝意を示した。先頭に立って出迎えた女性協会員たちは、彼女から声を掛けられてすっかりかしこまった。

 夜遅いこともあり、二人はその日、錬金協会の建物に泊まることになった。

「副会長。本日はお疲れ様でございます」

 案内された二階の部屋に入ると、ソフィアは老人へ深々と頭を下げた。

「ああ、あなたもご苦労様。明日は予定がお昼からだから、ゆっくり休んで下さい」

 老人は温厚かつ丁寧な口調でソフィアへ告げた。

「はい。それではお言葉に甘えて、休ませていただきます。明日は、お昼前にお迎えにまいりますので」

「うん。お昼前くらいでね。それじゃ」

「はい。では、失礼致します。おやすみなさいませ」

 ソフィアはもう一度、頭を丁寧に下げてから、老人に見送られて部屋を出た。扉を静かに閉めてから廊下を歩き始めたときだった。

「よっ」

 廊下の先に一人の若い男が立っていた。紫色のシャツと、黒い上着とをラフに着こなした中肉中背の金髪の男だ。時折「ふっ!」と息を吹いては目元にかかる前髪を退かして視界を確保している。

「あらディミトリ。まさかと思うけど、私を待っていたの?」

「ああ。けど、別に何もせずに待っていたわけじゃない。仕事もちゃんとしているって」

「仕事って、あちら(・・・)のイスラ様からの?」

「は? 違う違う。こっち(・・・)のイスラ様が普及を進めているやつの話」

 普及を進めているもの。それは『毎月少額ずつの金銭を積み立てて、積み立てた当人が亡くなったら一定の、積み立てた額より大きな金銭を残された家族に渡す』仕組みの商品と、『その仕組みそのもの』である。時代が時代なら、生命保険と呼ばれるものだ。ディミトリはフランチェスコの街でその普及をはかるべく、「商品を売りたい」参入希望者へノウハウを売るための研修を協会員へ行っている。

「俺は専門外だからぜーんぜんわかんねぇけどさ、良く良く考えたよな? 『死んだら残った家族にカネが渡される』とか何とか言って、少しずつでも確実にカネを集める方法、なんて」

「でもね、オバカさんたちは『突然パードレが死んでも、お金という愛は残る』とか言って売り込むと、簡単に引っ掛かっちゃうのよ。別に詐欺を働いているわけじゃないから良いけど」

 そう話すソフィアの顔つきは、先ほどまで年老いた副会長といたときのような穏やかなものではなかった。瞳に強気かつ鋭い眼光が宿っており、派手な見た目通りと言った感じだ。

「それで?」

 ソフィアは軽く睨んだ。彼女の表情と醸し出す空気とがディミトリへさっさと話を進めるようにとプレッシャーを掛ける。

「待っていたのは例の『鍵』の件の顛末を報告するためだ。結論から言うとしくじった。おまけに会長にバレちまってかなりマズイ状態だ」

 ソフィアは呆れたと言いたげに溜息をついた。だが、その表情がディミトリの目に入ることはなかった。もう一度、今度は聞こえよがしに大きな溜息をつく。

「な、何だよ」

「続きは? それで終わりじゃないでしょ?」

 ディミトリへ続きを促す。

「『鍵』があるって問題の家を襲ったはいいけど、ブツをパクれなかったんだ。その上、村に生き残りが出て、そいつが持っていた疑惑が出やがった」

 ソフィアは話を聞くにつれ、苦々しげな表情をし、下唇を噛み始める。

「んで、『現物』が同じタイミングで通り掛かって邪魔をしたってさ。おまけに、クソガキからの報告じゃロザリアたちもしくじった上、よりにもよって会長に回収されちまった。当然、ヤラれまくってオチたと」

 ロザリアとは、ピアツァの町でDYRAとタヌに近づいた女性のことだ。

 ここまで聞いたところで、ソフィアは不機嫌そうに告げる。

「ちょっと。全部、発覚しちゃったわけ? あちらのイスラ様のことも含めて」

「いや。さすがに全バレはしちゃいない」

 ディミトリが大きく頭を振った。その返事に、ソフィアは幹部としての心構えがなっていないと不快感を募らせる。発覚していないならそれで良いのか。いみじくも幹部たる者、失敗したことに対し、監督責任の一つくらい感じないのか。与えられた役目を何だと思っているのか。あまりに受け身過ぎやしないか。

「仕事を何だと思っているわけ? どうしてしくじった時点ですぐに報告しないのよ? しくじってから一体何日? 丸々二日経っているじゃない?」

 ディミトリがその質問に答える気などないと言いたげに表情で言葉を返す。

「ま、こっちだって色々事情があったんだよ。とにかく。今日俺がここで待っていたのはその件で相談したいことがあったからだ」

 これからが本題とは。随分長い前振りね。ソフィアはそう言いたげな視線でディミトリを一瞥した。

「『鍵』と『現物』の件、今回はしくじっちまったけど、今はこれ以上、会長に俺たちの動向を察されたくない。それでソフィアの方で会長の動きを抑え込めないかって」

 聞いた途端、ソフィアはあからさまに不快感を込めて目を細める。

「何で私? そのくらいなら、あのクリストあたりにでもやらせりゃいいじゃない?」

「それができるならわざわざ来ないって。今日の昼過ぎにペッレへこっそり行ってロザリアと少しだけ接触したけど、あのガキが会長と寝たかもって話が出てきた。そんなこと、あっち(・・・)のイスラが知ったらどう思うかね?」

 ディミトリの一言に、ソフィアが眦を上げる。

「ちょっと。イスラ様を呼び捨て?」

「おいおいソフィア。俺たちにとってイスラ『様』は一人だけだろ。アイツに肩入れするなって。さっきだって、アイツを迎えに行ったときエラい舞い上がっていたみたいだけどさ」

 忠告とも警告とも取れる口調で告げるディミトリに、ソフィアは一層冷たい視線を浴びせる。

「で、私に『会長と寝ろ』とでも?」

「え? アイツのためなら会長に脚を開くくらいできるんだろ?」

 どこか侮辱するような含みを込めた笑みを浮かべてディミトリは言い切った。それに対し、ソフィアは血相を変えると、いきなりその頬へ平手打ちを喰らわせた。

「アナタ、何者?」

「ん、何だよ。冗談で言っただけだろうが」

「何者だと聞いているのよ?」

 ソフィアはこれだけはハッキリさせておきたいとばかりに厳しく問い詰める。

「錬金協会マロッタ支部の、普及開拓担当補佐」

「では、私は?」

「な、何怒っているんだよ?」

「聞いているのは私よ? アナタじゃないのよ!」

 仕事の話をしているときにけじめをつけられぬ者を許しはしない。ソフィアはその意識を口調にのせた。

「れ、錬金協会総本部副会長付秘書筆頭、兼、総本部出納係長」

「で、どっちの立場が上なわけ?」

「うぐっ……」

 ディミトリは何も言い返せなかった。

「まったく。立場を弁えなさい。少なくとも、私にモノを頼む態度ではないわ」

 どちらが上でどちらが下か、子どもでもわかるとばかりの口調だった。

「す、すみません」

 形ばかりの謝罪など聞く必要もない。ソフィアはさっさと階段を下りた。しかし、ここで頼みそびれるわけにはいかぬと、ディミトリも食い下がる。

「んで、話の続き良いか? 俺さ、今日の昼前くらいだかにちょうど『現物』が騒ぎを起こしているところを見たんだ。見たって言っても、会長が変装してクソつまんねぇ茶番をやっているのを一番後ろの方でチラ見だから、見た、って言って良いかもアレだけどな」

 錬金協会の会長の素顔を知る人間は協会内でも数少ない。会長はいわば雲の上の存在だ。まして、その仮初めの姿など知る由もない。ただ、ディミトリはあるとき偶然見てしまったことで、もしかしたらとアタリをつけている。そもそも、副会長と強いパイプを持つことができたのもその件があったからこそだ。ディミトリ自身、副会長のイスラを慕っており、彼を会長にしたい思いから、できることは何でもやると心に決めていた。

「あ、っそ」

 階段を下りたところで、ソフィアはディミトリの方を振り向いた。

「で、明日の朝出発でいいの? 朝着いた方がいいの?」

 ソフィアが問うと、ディミトリは肩を竦めてから答える。

「さぁ。朝出発でいいんじゃねぇか? 会長はどこ行ったかわからねぇし」

 ソフィアは聞くことは聞いたからもういいとばかりの顔でディミトリを見る。

「明日はこちら(・・・)のイスラ様のお仕事があります。それが終わり次第、動いてあげるわ」

 そう言って、ソフィアは廊下の奥の方へと足早に歩いていった。後ろ姿をディミトリは階段を下りたところに立って見送った。

(『あちら(・・・)のイスラ様』、か。ま、俺もイスラ様の仕事、やっとかないと)

 ソフィアの足音が完全に聞こえなくなったところで、ディミトリは彼女と共に下りてきた階段を二階へとまた上った。

「あっ」

 出会い頭に、反対側から歩いてきた誰かとぶつかった。相手は、牛乳瓶の底のように分厚い眼鏡を掛けた、シニヨンヘアーの小間使いだった。

「おいおい。ったく、オバチャン気をつけろよ」

「あ、あらら。た、大変申し訳ございません」

 小間使いが何度もぺこぺこと頭を下げた。こうまで謝られると、怒るのもいかがなものか。ディミトリは「気をつけろよ」とだけ告げると、残務を片付けるべく、自分に割り当てられた仕事部屋へと戻った。

 その場から去ったディミトリを見送った小間使いは、さりげなく周囲を見回し、他に人の気配がないかを確かめた。

(あの二人が話していたのは、もしかして、会長の……)

 小間使いは誰もいないとわかると、忍び足で一階へと下りた。そして、先ほどソフィアが歩いていった廊下を、足音一つ立てずに早足で奥へと向かった。


改訂の上、再掲

028:【FRANCESCO】錬金協会も動き出していた2024/07/23 23:10

028:【FRANCESCO】錬金協会も動き出していた2023/01/05 16:36

028:【FRANCESCO】蠢く陰謀(1)2018/09/09 13:44

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