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279:【?????】いったん、考えない。動けば状況も動くと信じる

前回までの「DYRA」----------

 タヌを少しでも安全にマロッタへ行かせるためにおとりを引き受けたDYRAだが、実際のところは空振りだった。それでも、単身になった状況を奇貨とし、気になることを調べようと深夜、西の都へと走り出す。一方、タヌたちを休ませたRAAZとマイヨは今後の方針をふたりだけで話しあった。


 マロッタの食堂アセンシオの3階にある従業員用の部屋。食堂自体は近場に移転しているので、ここは空き家だ。食堂のスポンサーでもあるサルヴァトーレ(RAAZ)は急店舗となったこの建物をどう使おうが何も問題ない。

 この部屋を借りてタヌはベッドで休んでいた。風呂も従業員用として地下と3階に2箇所あったことが幸いし、汗を流すこともできた。

(DYRA、大丈夫かなぁ)

 話している間、DYRAはマロッタへ戻ってこなかった。朝になれば合流できるのだろうか。万が一来なかったらどうしたら良いのか。

(朝になったらRAAZさんが動いてくれるみたいだけど)

 先ほど話していたとき、RAAZは自分へ言いたいことがたくさんあったのではないか。DYRAの件での怒りは特に、だ。話す順番のせいがあったとは言え、この件は結果的に、アントネッラへすべての責を押しつける形になってしまった。

(本当ならボクが)

 詰められるべきだった。彼女に悪いことをしてしまった。タヌはほとんど真っ暗な部屋の天井を見つめながら反省した。

(それでも……)

 DYRAを強く止めなかった甘さも、アントネッラにいらぬ精神面での圧力を掛けてしまったことも、本当に反省しているなり悔いているなら、自分の行動で取り返し、示さなければ。

(明日は……)

 ディミトリを捜す。絶対にやり遂げる。タヌは心の中で何度も「絶対に見つける」と口も動かしつつ唱えながら眠りに落ちた。




 翌朝。

 タヌは目を覚ますと、着替えをすませて2階へと下りた。

「おはようございます」

 食堂の2階にある個室へ入ると、RAAZとアントネッラ、キリアンの姿があった。キエーザはすでに昨晩のうちにピルロへと出向いたのでここにはいない。

「あれ? マイヨさんは?」

「じきに来るだろ。『日記を読み込んでから来る』と言っていたから」

 RAAZからの説明で、タヌの父親のものと、ルカレッリのそれだろうと気づいた。

「タヌ君」

 新しい服に着替えを済ませたキリアンが声をかけると、細いパンツのポケットから何かを取り出し、タヌへ見せる。

「これ、もっとき」

「え?」

 それは幅が太めの指輪だった。金でできており、大きなカボーションカットのサファイアが填められていた。石自体は少し濁っており、宝石として見た場合は、さして高級品ではない。

「これは?」

「オレらの、言ってみれば符合みたいなもんだ。それの予備」

「符合?」

「そ。オレらは何でも屋だけど、それぞれがひとりでできることなんて知れている。で、互助会みたいなのがあって、それ持っていれば仲間が気づく」

「互助?」

「ただ、錬金協会みたいな堅牢な組織じゃないから、どっかの窓口で見せるみたいなモンじゃない。ただ、同業なり協力者なら気づいてもらえれば『お察し』ってヤツや」

「つまり、これが符合だって知っている人が同業者以外いない、ってこと?」

 アントネッラが問うと、キリアンは頷いた。

「パッと見で気づくヤツなんぞそうおらん」

 言いながら、タヌの左手の親指に填める。

「タヌ君。街で人に質問をするときとか、填めとき。気づいてくれれば助けがもらえる。おんなじ質問をしても、これのあるなしで、答えてもらえたり、もらえなかったり、はあり得る」

「ありがとうございます」

「誰が同業かもわからない。となると、そこは運が絡む、と」

 RAAZが呆れ顔で告げた。

「せや。運をあげるおまじないくらいのモンだとしても、今のタヌ君にはないよりあった方がええやろ」

 タヌとキリアンのやりとりを聞きながら、RAAZはタヌを誰にどうフォロー差せれば良いのか考え始めた。見方によっては、タヌはこの時点で副会長派の人間の信を得られるであろう護符も持っている。少しでも味方になり得る人間は大いにこしたことはない。街中で危険な場所へ行かず、かつ、単独行動さえさせなければ案外効率よく動けるのではないか。

「ガキ」

「はいっ」

 RAAZが呼ぶと、タヌはすぐに彼を見た。

「段取りは夜中に話した通りだ。店長のところへ行ってこい。御用聞きについていきながら、聞いて回れば、危険は少ないはずだ」

「わかりました。ありがとうございます」

「んじゃ、オレはピルロ行ってくるわ。あのキエーザさんだっけ? 合流ってことで」

「頼む。馬は貸すから心配するな」

 言いながらRAAZがテーブルに置かれた小さな麻袋を掴むとキリアンへ投げ渡す。

「おわっ! ……って、御代はタヌ君と前に会ぅたときに応分にもらっているよ? それに今回はタヌ君への迷惑料代わりだ」

「実費が色々発生するだろう? 宿代や移動、連絡の費用、それこそ袖の下(・・・)までな」

「そういうことか」

 キリアンは含むところを納得すると、「ありがたく」と呟いて受け取った。

「私は、どうすれば?」

 自分は何をすれば良いのか。アントネッラが尋ねる。

「ISLAが来るから心配するな。ここでぼっち(・・・)ってことはない」

「なら、良いけど……」

「ただ、昨日よりもっとしんどい事情聴取はあるかもな」

 アントネッラはここで、昨晩マイヨが自分へ聞き取りをするときに向けたあの冷たい瞳を思い出す。

「コーヒーと紅茶、それに軽食類は夜明け前に店長が持ち込んである。食事は心配するな」

「私は、外へ出ちゃダメなの?」

「今は、な。正確にはハーランの出方が見えるまで、だ」

「昨日の話からずっと気にしていたことなんだけど、聞いていいかしら?」

「ロクでもない質問なら答えるつもりはないぞ?」

 RAAZの言葉を聞き終えるや、アントネッラがすぐに質問を口にする。

「あなたがたと髭面、いえ、ハーランは同じ世界っていうの? その、同じ出身なのよね? 今この瞬間って、あなた方にとっては、知っている世界とまるで違っていて、その、恐ろしいほど時間も流れているのよね? どうして敵でいられるの?」

 アントネッラはRAAZから否定の言葉が出る前にとばかりに続ける。

「普通、その、異常な状況になっちゃたら、憎しみとかわだかまりとか山のようにあっても、まずは『助からないと』って気持ちみたいなの、起こらないの?」

 聞いていたタヌとキリアンは内心、アントネッラがとんでもない質問をしたかもと心中穏やかではなかった。

 RAAZの眦がピクリと上がったときだった。

「君の言葉は武器なんだ。間違えると終わる、そう言ったはずだよ?」

 個室の扉が開き、マイヨが現れた。

「……!」

「RAAZ。そのへんは俺が話しておくから、アンタはDYRAを」

「そうさせてもらう。ガキ、来い」

 入れ替わるようにRAAZが部屋を出た。タヌも後を追うように続く。キリアンも「ぼちぼち、出るわ」と言って、最後に出ていった。

「どうしてそういう質問を、無神経にしちゃうかなぁ」

 ふたりだけになると、マイヨが開口一番、呆れ声で告げた。

「今の君の質問は、言うなれば、『たとえ、助かるためにやむを得ないとしても、ルカレッリを殺したやつと助け合えるか?』くらい、無茶な質問だよ?」

 アントネッラは一瞬だけ、目を見開く。

「え? じゃ、大切な人を……?」

「いや。証拠はない」

「どういうこと? 話が見えなくなってきたんだけど?」

 アントネッラがそういうのも無理はない。マイヨは頷いた。

「端的に言えば、RAAZは最初、俺が殺したと疑った。けど、俺は無実だ。証拠も条件が揃えば出せる。ハーランも、RAAZと一緒にならなければ彼女は死ななかったと思っているフシがある」

「本当は? マイヨは」

「俺は立場上、事実の記録を出せるようになるまで、無実を訴える以上のことはできない」

「髭面がやったの?」

「それも何とも言えない。先入観を持ちたくないから俺はその辺へは意識をやらない」

 アントネッラは複雑な表情を浮かべた。

「けど、今言えるのは、あんな卑劣なヤツとは、どんな取引も絶対にお断りってことだ」

「マイヨ。これから先のこととか、お兄様のこととかあるから、私も知っておきたいって趣旨なんだけど……髭面、いえ、ハーランって、どんな人間なの? あなたたちとは、何て言うの? その感情がじゃなくて、立ち位置的にどういう関係なの? 前にも聞いたかも知れないけど、念のため、もう一度教えてほしいの」

 前に話しただろうか。話した覚えはない。あるとすればDYRAたちへだけだ。マイヨは疑問を抱きつつも、整理のための質問なら答えない理由がない。

「俺たちは軍人で、ヤツは警察だ。同じ国の人間とも言えるが、軍人は外からの敵に立ち向かう存在。警察は本来、市民生活の敵を未然に潰す。けど、為政者が悪用すれば、権力の番犬にもなる。もっと言えば権力者の弱みを握って陰で操ることできる」

「どちらも、暴力装置ってことね」

「ご明察。わかりやすく説明するから、詳細端折るし、厳密な言い方をしない。RAAZのカミサンはもともと、ハーランとその部下たちのボディメンテナンス、言ってみれば主治医に近い感じだったんだ」

「そうだったの!?」

「でも、嫌なことや非常識なことが多すぎて、職場にも愛想が尽きていて、退職したいって悩む彼女に新しい仕事場を紹介することになった。それが軍の研究所。そこは無敵の戦士とか兵士を作る計画を持っていてさ。で、彼女が作った傑作こそRAAZだ」

「そうだったんだ」

「為政者にしてみりゃ権力から引きずり下ろす脅威が現れたわけで。武装した警察に命じて、彼女の身柄確保の騒ぎだ。そこに来たのがハーラン。けど、RAAZのひと睨み(・・・・)で終わりってくらい、圧倒的な強さで返り討ち」

 マイヨが話した顛末に、アントネッラはピンとこない。

「髭面って、実は弱いってこと?」

「いや、純粋な暴力ならRAAZが強い、が適した表現だ。ハーランは罠に嵌めたり、心理的に追い込みを掛けたりして勝負するのが得意だから」

「……で、今回はそれに、お兄様が使われちゃったってこと?」

「RAAZを倒すためじゃない」

 マイヨはそこで一息入れると、話題を変える。

「ハーランは、まったく別の目的があるんだ。でもそれは、RAAZのカミサンが考えていたこととはまったく相容れない。そして、もしヤツにそれをやられたら、俺たちは死ぬより辛い思いをする。それこそ、『生きながら死ぬ』、みたいなね」

「生きながら、死ぬ……」

「ああ。ピンとこないかも知れないから、君にわかるようにたとえると、飛び降り自殺して、失敗してクビから下が全部動かない状態で残りの人生を生きる感じ」

 それは想像するだけで恐ろしい。アントネッラは意味するところを理解したと言いたげに、硬い表情を浮かべた。

「髭面は、お兄様をどうするつもりなのかしら」

「俺たちを生きながら殺すための旗にする。そして、用が済んだら良くて傀儡だろうね」

「最悪」

「悪くすれば、一緒にいる間に弱みを握って、追い込みを掛けるなり、それをテコに排除するなり、だろうね」

 マイヨの説明に、アントネッラが深い溜息を漏らす。

「どうしてそうなっちゃったのかしら……」

「すぎたことはあとだ。こちらとしては、今やることとして、ハーランの悪辣さの証人がほしい。それで錬金協会の副会長や、ディミトリって幹部を捜している。それでタヌ君が出掛けたんだから」

「うまく見つかると良いけど。もし良かったら、マロッタへ頻繁に出入りするピルロの行商人ツテとかも……」

「ダメだね。君のお兄さんに漏れる可能性がある」

「そっか」

 今の状況では自分に出る幕がない。アントネッラはそれを理解した。




「おはようございます」

 中心街側の《アセンシオ》新店舗に着いたタヌは、開店準備をしていた店長へ挨拶をした。RAAZはタヌを近くまで送ったところで、DYRAの件にあたると言って、別れていた。

「おやおや。タヌさんおはようございます。お店、入っちゃってください」

 店長の言葉に応じ、タヌは新しい店内へと足を踏み入れた。

「あれ?」

 タヌは、レイアウトが今までの店舗とほぼそっくりだと気づいた。

「そうなんですよー。そっくりでしょ? サルヴァトーレさんがもうね、至れり尽くせりで助かりました」

 タヌが窓際の席へ腰を下ろすと、店長が思い出したような表情でエプロンのポケットから何かを取り出した。

「あ! 明け方サルヴァトーレさんに言えば良かった」

「え? 何かあったんですか?」

「いえね。ちょっと、預かり物があったんですよ。明け方、空が明るくなる直前に、頼まれモノを持って行ったあと、ここへ戻ったときに人がいて」

「そうだったんですか」

 店長がもっていたのは、折りたたんだ紙だった。

「あれ多分、錬金協会の人だったと思うんですよねぇ」

「えっ……?」

 タヌは一瞬だけ、期待を抱く。

「何て言っていましたか? どこにいるとか、名前とか」

「名前は言ってませんでしたけどぉ、あの声、聞き覚えはあるんですよねぇ。けど、夜明け前だったしなぁ」

 思い出そうと、店長は顎に手を置き朝の空を見上げ、記憶をたどる。

「だーれだったかなぁ」

「他は何かないですか?」

「何でもええっと、VIPがモラタでどうとかって」

 モラタとは、マロッタからさらに西にある小さな町だ。タヌは昔、レアリ村で村人から聞いた話程度の知識で知っていた。当然だが、具体的な情報などはまったくわからない。

「どっちに行ったとか?」

「いやいや、さすがにそこまでは。でも、仮にモラタから来たとしても、時間的にそう遠くへはまだ行っていないはずです。馬に乗っている風でもありませんでしたし」

「あ、あの、服装とかは?」

「いや、あの、黒いアレよ。けど、ちらっと見えたのは金髪とか……」

(それって!)

 タヌはもしかしてと期待を抱く。

「どっちへ行きました!?」

「あー、えー、えーっとぉ」

 店長は言い掛けると、厨房の方へと走った。

「ナザリオ君! 開店準備、いったん任せていい!?」

「はーい! お出かけですかぁ!?」

 指示を出すと、奥の方からコックを勤めるナザリオの声だけかえってきた。

「サルヴァトーレさんのお連れさんとちょっと、野暮用行ってくるからっ!」

「わっかりましたー!」

 指示出しを終えた店長はニッコリ笑ってタヌを見る。

「少しの間、これでご一緒できますよ」

 店長はタヌを連れて、店から少し離れたところにある専用の馬車留めへと走った。

「途中までは見ていますからね。行った方向はある程度わかりますし。馬車で行きましょう」

 荷台に水が入った瓶3本と軽食、それに小さな道具箱だけを載せ、ふたりは馬車で移動を開始した。店長とタヌは並んで御者台に座る。

「タヌさん、サルヴァトーレさんといたし、そんなに慌てて聞くってことは、サルヴァトーレさん的にも何かあるってことだと思いますんで!」

 店長は2頭の馬に鞭を打った。馬車が走り出し、マロッタの街を中心街から西へと向かい始めた。


279:【?????】いったん、考えない。動けば状況も動くと信じる2024/07/13 10:44

279:【?????】いったん、考えない。動けば状況も動くと信じる2024/01/15 23:25

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