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278:【?????】機会を得ようと飛び込むのは、油に火を注ぐようなもの?

前回までの「DYRA」----------

 アントネッラの不用意な振る舞いが発端でRAAZは激怒、マイヨも詰めるほどだ。タヌはそんな彼女を見ていられず、自分のこれまでのことを明かす。それを聞いたアントネッラは自分の甘えを痛感、兄ルカレッリとの対決へ腹を固めた。


 タヌたちを無事にマロッタへ行かせるためにおとり(・・・)役を引き受けたDYRAは、フランチェスコへと歩いていた。黒い外套に身を包み、被りも目深にまとって顔を見えないようにして。

 その身の周囲に青い花びらを舞わせながら。彼女が歩いたその場所は土が乾き、砂のようになっていた。

 だが、功を奏したかというと、懐疑的だった。

 理由は単純だ。

 思ったほど、人と遭遇しなかったからだ。

 理由はすでに陽が落ちているからがひとつ。もうひとつは、フランチェスコ西部をいつぞやDYRAが荒らしたことで街の機能が低下しており、結果として西部の門からの往来が減っていたのだ。人々の間に、遠回りになってもできるだけ安全な、北側や南、東側を通りたいという心理が働いていたのだ。

(そもそも人がいないのでは話にならない)

 DYRAは、自分がすでにおとり(・・・)役としての役割をまったく果たせていないことに気づくと、頃合いを見て、街道の脇の森へ身を隠す。もう、周囲を痛めつける必要もないので、花びらを舞わせる必要もない。

(話にならない。どうしたら良いんだ?)

 フランチェスコへ入るか、マロッタへ行くか。それとも違う場所へ行くか。どの選択肢を採るのがベストに近いベターなのか、DYRAは思案する。

(だが、行動の自由を得られるのは……)

 恐らく、独自行動できる機会はこれが最後であり、次はもうないだろう。

 時間稼ぎを兼ねる形で、かつ、単独になったからこそできることは何かあるか。

 タヌの父親の足取りを追うことはできるだろうか。

(ピッポの足取りは無理だな。手掛かりがない)

 では、ハーランの足取りは追えるか。

(ピルロの可能性……ここでは何もできないか)

 考え得る限り、やれることがない。やりたいこともない。

 頃合いを見ておとなしく戻るのが無難なのか。DYRAは少しの間だけ空を仰ぎ見てからさらに考える。

 ふと、思い浮かんだ。

(マイヨが言っていた『全員、敵』というアレは、本当なのか?)

 嘘を言っているとは思えない。それでも、腹に落ちない。信じろというのが無理な話というべきか。

(これは私が調べることでもない、か)

 完全にマイヨの分野だ。自分が何かをしても良いことなどない。

 本当に、できることは何もないのか。

 何もないなら、わざとゆっくりマロッタに向かうしかない。方針を決めたときだった。

 ひとつ。心に引っ掛かることはあると言えばある。

(都の人間だ。そうだ)

 以前マロッタで一度だけ会った、都の大公アンジェリカの姿が脳裏をよぎった。DYRAの中で彼女の印象はほぼないに等しかった。都の大公ならもっと印象に残って良いはずなのに。

(RAAZが知っていた人間だ。ニセモノの線はないだろう。そこはわかっているが……)

 根拠はない。敢えて言うなら、どんな人間か見えなかったからこそもう少し調べたい、だ。

(タヌの父親ともどう繋がっているのか)

 サルヴァトーレ(RAAZ)やマイヨとの会話を聞いていた限り、ピッポへあまりプラスの印象を持っていた雰囲気ではなかった。だが、キリアンからの話と突き合わせると、どうも違う。

(本当のところ、あの大公も何を思っているんだ?)

 調べた方が良い気がする。ひいてはピッポの足取りへ繋がるかも知れない。

 おとり(・・・)役を引き受けたのだ。朝までに戻れば問題ないだろう。

 次にやることは決まった。DYRAは来た道を戻るように走り出すと、一路、南へと下った。行く先は西の都。

 タヌと一緒でもない。川向こうを通るのでは、たとえ夜といえど、今少しの間はまだ都やマロッタからの往来がまだあるかも知れない。しかし対岸ならそれほど人目につくことはない。DYRAは川下にある、メレトの近くまで全力疾走した。今までのように周囲に気を遣う必要などどこにもない。

 途中からは時折木々を飛び越え移動したこともあってか、先ほど3人で馬を使ったとき以上の速さで南側へと向かった。

(深夜には、着くはずだ)

 走り続けた先に、メレトの灯が微かに見え始めた。


 まったく同じ頃、RAAZやマイヨがDYRAを心配し、アントネッラを詰めて(・・・)いることなど、彼女は知るよしもなかった。




 マロッタの食堂アセンシオの2階。いつもの貸切個室でRAAZとマイヨがふたりで濃いめのコーヒーを飲みながら、今後を思案した。テーブルにはマグカップがふたつと。保温カバーをした銀のコーヒーポット。

「マンパワーという意味での戦力が絶対的に足りないのは厳しいな」

 コーヒーを流し込み、RAAZが零す。

「それでも、こっちも『旗』を手に入れた」

「私に言わせれば、それならルカレッリという『本物の旗』を持っているハーランの方が有利だ」

「そうとも言えるね」

 マイヨはもう一口コーヒーを飲んでから呟く。

「俺がハーランなら、次にやるのは『奇跡』の演出と、アントネッラを徹底的に失墜させることで人心掌握の主導権を取る」

「行政官を始末したのは、悪手だったんじゃないか?」

「今にして思えば、そうだったかもな。『生かして幽閉、このときのために使えるようにしておく』が最適解だった、か」

 ふたりは互いの顔を見て、渋いとも苦いとも取れる表情を浮かべた。

「RAAZ。それでも、あのときは『ルカレッリが生きている』なんて夢にも思わなかったんだ」

「そうだな」

 ここでマイヨが少し、天井を仰ぎ見る。

「そうか。だからあのとき……」

 ピルロでアントネッラを助け、アレッポを仕留める前後のことをマイヨは思い出した。そう。一瞬だがハーランと会ったときだ。

「どうりでハーランが余裕ぶっこいて(・・・・・)いたわけか」

「ルカレッリというジョーカーを隠し持っていたからこその、余裕、とでも?」

「そうだよ」

 RAAZにも、だんだんハーランが描く絵が垣間見えてくる。

「私たちへの人心離反策もあらかじめ作戦には入れてあった、と」

「作戦? ハーランにしてみれば恐らくこれは数十年がかりの乾坤一擲。その辺は可変性を持たせているはずだ」

「ISLA」

「ん?」

「この世界を焼けば(・・・)終わることだ」

 RAAZは2杯目のコーヒーを注ぎながら深呼吸をした。

「私は……『トリプレッテ』を出すことに全精力を注ぎたい」

「なぁ」

 RAAZの言葉に含むものを感じ取ったマイヨは、コーヒーを飲み干してからこれまた溜息にも似た深い息を吐き出して、告げる。

「俺さ、アンタって人間のその、人間性っての? 少しだけ見えた気がするんだ。全部は見えない。アンタに俺がわからないように」

「それで?」

 RAAZがマイヨへも2杯目のコーヒーを注いだ。

「ドクターの件で、アンタは何もかも許せなくて、この世界そのものを滅してしまえって。それやって、それでも人間が生きているからDYRAなんだと思った」

「その通りだが?」

「アンタの一番大切なものと同じ姿をした兵器が、アンタからそれを奪ったヒトを滅する。歪んだ嗜好だが、それをやらずにいられない怒りもわかった」

 RAAZが聞いていると信じて、マイヨは続ける。

「DYRAのこと。少しも愛していないアンタの茶番と道化、俺は最初、内心バカにしていた。安っぽいよな、って」

「好きに言え」

「成り行きもあったけど、それ以上に、俺が俺の中で『人間である』ための『何か』をこの世界で『生きた情報』として血肉にできたことでわかったことがある」

「お前は何者なんだ? ISLA」

「俺はマイヨ・アレーシ。言ってるだろ?」

「私の知っているマイヨ・アレーシはそんな言葉を言わない。自分がまるでふたりいて、もうひとりの自分が突き放して見つめるような言い草なんかしない。自己分析を、そんな風に言わない」

 RAAZがマイヨを睨みつけた。マイヨはお構い無しに続ける。

「……アンタをさ、ドクターの部屋に入れたとき、DYRAとふたりで何を話したかはわからない。けど、戻ってきたアンタたちを見て何となくわかった」

「何を?」

「アンタとDYRAは似たもの同士だったって」

 RAAZが何も言わず、コーヒーを飲む。

「アンタがほしいものをDYRAは持っている。彼女がほしいものはアンタしか与えることができない」

「何を言いたい?」

「何だかんだで、俺とアンタは同じ文明の人間だ。タヌ君たちはこの世界の人間だから、まぁ説明不要か。けど、DYRAは?」

「……」

 DYRAにとって同じ文明の人間は、東の果てで遭遇した、あの人間のクズしかいなかった。RAAZはそのことを思い出すと、苛立ちから震えたのか、口元からマグカップを離せなかった。

「……っ」

「俺がこんなことを言うのもヘンだけど、DYRAにもうちょっと寄り添っても良いんじゃないの? とは言っておく」

「そうか」

「で、アンタの言葉への返事だけどさ」

 RAAZは真顔のマイヨへ視線をやるわけでもなく、当然承諾だろうと言いたげな顔をした。

「『トリプレッテ』を出すのはわかった。というより、もう奪われたら負け確定なんだ。こうなった以上、出すしかない。けどさ……」

 ここでマイヨは軽く咳払いした。

「何だ?」

「ただ、世界を焼くのは、俺はあんまり賛成しないね。とだけは言っておく。もちろん、綺麗事を言う気はない」

 RAAZに反論を言わせまいと一気に畳みかける。

「理由はシンプルで、超伝送量子ネットワークシステムを立ち上げて、その後、『鍵』で『トリプレッテ』を起こす。それでも、『トリプレッテ』側が結構な電源がダメになっているはずだ。そこでプロトン弾の中身を原資に、全システムを起動するための電源を確保する」

 電源、起動まわりという現実的な理由に、RAAZは眉間にしわを寄せることにしかできない。

「1発や2発じゃ足りないんだ。で、その間に『陛下(ヴェリーチェ)』の御処遇も、な。当然、ここでものすごい電源が必要になる。世界を焼くなんてやったら、こっちが電源不足で詰む。何せドクターお手製のシステムなんだ。政府や軍の規格モノじゃないんだぞ?」

 最後だけ口角を上げて話したマイヨに、RAAZは鼻先でふん、と笑う。

「ドクターが、いや、アンタのカミサンがせっかく残してくれた『トリプレッテ』なんだ。その目的通りに(・・・・・・・)使うのが良いと思うよ?」

 マイヨはここで、言うだけ言ったからもう良いとばかりに、自身の周囲に黒い花びらの嵐を舞い上げると、その場から姿を消した。「日記を読み込んでから、また来る」とだけ言い残して。

 ひとりその場に残ったRAAZは、灯りを半分消してから、残ったコーヒーを飲みながら考え始めた。

(電源が、足りない、か。超伝送量子ネットワークシステムに灯を入れた時点で塔に残った余剰電源をほぼ使い切る。そこから|名も無き霊妙たる煌めき《アノニモミラクリュミナリオ》とかいうミレディアがつけた変な名前の心臓に灯を入れるなら……)

 残された電源すべてをかき集めても到底足りない。となればマイヨの言う通りで、残された反応兵器の類をこれから先への電源にまわすしかないのだ。

(こちらの敗北条件が多すぎる。どれかひとつをなくしてもこの先、負けとはな)

 RAAZはこれからのことを考えるにつれ、気が重くなった。


278:【?????】機会を得ようと飛び込むのは、油に火を注ぐようなもの?2023/01/08 21:00

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