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275:【?????】彼女がいない理由、それもまたフラグへ変わっていく

前回までの「DYRA」----------

 キリアンの話を聞いて、一刻も早くマロッタへ向かおうと決めた一行。タヌが持っていた地図が実は思わぬ内容だったことがわかり歓喜するが、アントネッラがDYRAへ放った言葉が水を差したことに気づいた者は──?


 4人は地下道のトロッコを使って、一路、北へと向かった。

 小1時間掛かって見つけた地下道への入口は、やはり予想外の場所にあった。それでも、地図の真ん中に描かれているような場所ということもあり、キリアンがヒントを知っていることに加え、手分けして探したことで発見も早かった。

「大の男がふたりやったら、結構勢いつけやすいかもな」

「とにかく急ごう」

「それにしてもこれ、4人しか乗れなかったのね」

 キリアンとキエーザで漕いで速度を上げる中、アントネッラは手狭なトロッコについて、率直な印象を述べた。

「でも不思議。どうしてある程度の速さになったら安定して走り続けられるのかしら?」

「それを気にするのはあとのことや」

 言葉にこそしなかったが、タヌもキエーザも、キリアンと同意見だった。

「DYRA、大丈夫かな……」

 タヌは話の輪に入らず、ひとり別行動を採ったDYRAを案じた。

「アントネッラさん。これは忠告です」

「え」

 キエーザが話し出す。

「会長の前ではくれぐれも、先ほどのような言い方は避けて下さい。会長にとって彼女は賓客です。機嫌を損ねるでは済まなくなります」

 アントネッラはピルロの運命が変わった日のことを思い出す。DYRAに手を出した報復でピルロは情け容赦なく焼かれたのだ。もしかしたら自分はまずいことを彼女に言ったのではないか。

「え、ええ。そうよね」

「あなたにも思うところがたくさんある。自分なりにですが、それは理解し、尊重します。それでも、今はご自身の感情や、末端の人間が口にするような俗っぽい言葉を口にすれば最後、すべて破談です」

「それじゃ、元も子もない……」

「そうです。今のあなたには、ご自身で思っているよりずっと価値があるんです。だからこそ」

「わかりました」

 アントネッラは小さく頷いた。

 トロッコはその後、時折漕いで勢いを維持しながら、馬の駆け足と同じくらいの速さで走り続けた。坂や安定しない足場、曲がりくねった道がなく、速度が一定であることが幸いし、時間にしておおよそ2時間半程度で北側の端に到着した。

「意外とこれ、こ、腰が痛くなるものなのね」

「メッチャ疲れたわ」

 馬での移動やらトロッコの漕ぎ手やら、事実上、一日あっちこっち移動しまくったせいか、キリアンも疲れの色を浮かべた。

「んで、これ、どこ着いたんや?」

 キエーザが扉を見つけると、少しだけ開き、様子を見る。そして3人に静粛を促してから着いてくるように合図した。

 扉の向こうにあったのは上り階段だった。キエーザが先に上り、上の扉から外を見、そして出た。タヌたちもそれに続く。

「ここ、どこだ?」

 4人が出た場所は、夜の森の中だった。星明かりだけが頼りだ。タヌは持ってきたランタンに再び火を点けた。

「あっちに、少しだけど、街の灯、見えるで」

 キリアンが指差した先は、少し下の方だった。どうやら丘の上に出たとわかった4人はいったんそちらへ向かうことにした。

(あれ?)

 火事があったらしく、屋敷とその周辺は全焼したのか廃墟同然だった。けれどもタヌは、今いる場所の風景に何となく見覚えがあった。

(もしかしてここ、サルヴァトーレさんの屋敷があったところじゃ?)

 タヌは、余計なことを言わないで、今は素知らぬ顔でついていくことにした。

 そのまま4人は錬金協会の建物を避けるように移動し、気持ち遠回りしてマロッタの中心街へと入った。限りなく深夜のためか、街灯は点いているものの人通りはほとんどない。

 食堂アセンシオの前まで来たときだった。

「あれ? 何か扉に紙が」

 タヌが気づくと、近づいて読み始めた。キリアンも一緒に目を通す。

「何々? 『引っ越しました』?」

 いつもの食堂が引っ越した。まさかの内容にタヌは驚いた。が、それを口にすることはなかった。

「新しい場所、これ地図が描いてあるわ」

「ここからひとつ、中心側の区画ですね」

 店がすぐ近くに移転したとわかると、4人は移動を再開した。タヌは歩きながら、きっとマロッタをアオオオカミが襲って騒ぎになったときに店長が決断したのだろうなどと考えた。

 どこからか水の音が微かに聞こえてくる。目的の区画へ入ったところで1軒、灯りをまだ消していない店が4人の視界に飛び込んだ。タヌの良く見知った顔も見える。ちょうど、テラス席の椅子やテーブルを片づけているところだった。

「およ?」

 見覚えがある顔、聞き覚えがある声。タヌはホッとすると駆け寄った。

「ありゃ。タヌさんじゃないですか」

「店長さん、こんばんは」

「こんな時間に本当に来るとは」

 金髪をオールバックにした中年男の店長からの言葉を聞いて、タヌとキリアンはハッとした。店長は続ける。

「いえね。少し前にサルヴァトーレさんがいらっしゃったんですよ。それでタヌさんが来たら伝言をって」

 言いながら、店長はポケットからメモを取り出すと、タヌへ手渡した。すぐにタヌは目を通す。キリアンとアントネッラ、それにキエーザもメモを覗き込んだ。



 噴水の長椅子



「ありがとうございます。ボク、ちょっと行ってきます」

「え? 行くって?」

 店長が聞こうとする前にタヌは走り出した。すぐにキリアンたちも続く。

 噴水は店のすぐ近くにあった。周囲の長椅子に腰を下ろす人影がひとつ見える。キリアンが先に、タヌが続いて近寄る。

「え、何これ」

「紛らわし」

 人影の正体は、腰掛ける人の銅像だった。だが、その像にメモが挟まっているのをキリアンは見逃さなかった。

「タヌ君。これちゃうか?」

 キリアンが手渡し、タヌが読む。



 目立たないように、前のお店の裏口



 4人は指示に従って、移動した。




 勝手知ったる食堂へ再び戻ったタヌたちは裏口に回り込んだ。途中からタヌが先に行き、扉が開いているのを確認すると、ひとりで先に入った。

 タヌは扉をそっと閉めてから厨房へ足を踏み入れた。奥の方に置かれた火の点いたランタンのおかげで、あたりが良く見える。と、そこへ聞き覚えがある声がした。

「ようやく来たか」

「RAAZさん」

 タヌは反射的に振り返った。一体いつからそこにいたのか、真後ろにRAAZの姿があった。

「目立たないように来いと言ったはずだが、えらく賑やかじゃないか。誰がいる?」

「え、あ、アントネッラさんとキエーザさんって人が」

「キエーザだと?」

「はい。それから、キリアンさんも」

「待て。DYRAは?」

 RAAZからの問いに、タヌは言いにくそうに答える。

「……いません」

「どういうことだ?」

 口調が明らかに険しくなった。タヌはRAAZへどう説明したら良いのかと言葉を探し、話そうとしたものの、逆に制止された。

「あたりに誰もいないのを確かめたら連中を入れろ。私は上にいる」

「わ、わかりました」

 タヌは外に待たせている3人を呼びにいった。


 2階にある個室へ、タヌと3人が入ったときだった。

「一体、何がどうなっている?」

 キエーザが最後に入って扉を閉めるなり、RAAZの鋭い声が飛んだ。

 部屋にいるもうひとりの人物を見るや、その鋭い声に被せるようにアントネッラが声を上げる。

「マイヨッ!」

 アントネッラが安堵の表情を浮かべて駆け寄ろうとするが、キエーザが反射的に手首を掴んでそれを止めた。

「会長の御前です」

「あっ」

 キエーザからの指摘で冷静さを取り戻すと、アントネッラはすぐに止まった。今の立場では、どんなに些細なことでもRAAZと事を構えると思われる振る舞いは慎まなければならない。この間、タヌは部屋をざっと見回す。下の階はもちろん、この部屋もすべての窓にぶ厚いカーテンが掛かっている。その一方で、部屋の調度品はすべてそのままだ。天井に吊された大きなシャンデリアも煌々としている。大きなテーブルや椅子もそのままだ。RAAZが一番奥側の席にどっかりと腰を下ろし、マイヨがその後ろに立っている。ふたりの表情はRAAZのそれはともかく、マイヨについてはこれまで見たことがない、神経質そうなものだった。

「ガキ。どういうことだ? 何故DYRAがいない?」

 RAAZが単刀直入に尋ねた。

「会長。それは自分から説明を」

 キリアンにアントネッラを預けたキエーザが1歩前へ出た。

「私はガキの口から聞きたいんだ」

 RAAZが言い切ると、タヌは「はいっ」と声を上げた。鋭い声と迫力に怯みそうになったが、押し切られてはいけないとばかりに話し始めた。

「あのあと、ボクの父さんが銃を撃って、逃げたあとですけど、キリアンさんが何事もなかったように起き上がったんです。それで、どうやって西の果てに来たのか、来た道のからくりを教えてくれて、トロッコを使って都へ戻って。そこから馬を借りて、何度か乗り換えて、フランチェスコの近くのトルド村に……。そこまではDYRAも一緒でした」

「それで?」

「同じようにまた馬を借り直して移動しようとしたとき、アントネッラさんとその、キエーザさんが一緒にいて、ボクたち会ったんです」

「で? 何故5人じゃないんだ?」

「『大人数でいったら目立つから』って。アントネッラさんたちがハーランさんに追われているって知ったDYRAは、ボクたちを安全に移動できるように、自分の方へ目を引くって」

 正直に話すしかない。嘘をつくのが一番良くない。言葉を探し、時折声を震わせながらも、タヌは目を逸らさずに淀みなく話した。

「わかった」

 RAAZは次にキエーザへ目をやった。

「キエーザ。ガキはガキなりに顛末を包み隠さず話したぞ。今度はお前が顛末を報告しろ」

「はい」

 一礼してから話を始める。

「自分はご指示をいただいた後、副会長とディミトリの現在位置ならびに首謀者の所在地を確かめようと、部下と手分けして当たりました」

「それで」

「副会長は都への移送を装ったダミーを出しつつ、フランチェスコへ移送。このあとはピルロへ移動、ディミトリに処分させる計画があります」

「ディミトリもグルか?」

 マイヨもその点は確認したいとばかりにキエーザを見る。

「違います。ディミトリ本人は知りません。何より、ディミトリは副会長と一緒に動いた形跡がありません。ただ、計画ではこの件を利用してディミトリも一緒に処分する方向だと」

「いつ、どこで、どうやってその情報を仕入れた?」

 聞いたのはマイヨだった。RAAZはこちらの聞き取り役には彼が適任と思ったのか、特に止めない。

「聞いたのは昨日夕方。場所はフランチェスコにある都の出張所です」

 タヌは、大公の件を最初に知ったあの場所だと思い出した。アントネッラも自分がいた場所だと思い出す。

「話していた人物は誰と誰だ?」

「申し訳ございません。扉越し、壁越し故、声だけです。出てくるときに見かけた人影は4人。顔を確認できたのはひとり、明らかに小柄な少年のみ。やりとりの声は男ふたりだけでした。ひとりは低い男、もうひとりは柔らかい感じの若い男の声」

 タヌはキエーザの言葉を聞きながら、隣に立っているアントネッラの顔色が変わったのを見逃さなかった。

「嬢ちゃん?」

 小声を出したのはキリアンだ。タヌは自分も気づいたくらいだから、全員気づいているかと納得した。

 マイヨはアントネッラの異変を横目に、それでもキエーザへ質問を投げる。

「それアンタが聞いたの? 部下が聞いたの?」

「部下の、ジャカです」

 キエーザの言葉にマイヨが一瞬、怪訝な表情をするが、含むものを理解すると、何事もなかったように頷いた。

「続けろ」

 RAAZはそれだけ告げる。

「はい。その後、動向を探るため、ジャカと部下を放ったところ、件の少年に動きがあり、追尾。彼女、アントネッラを発見し救出しました。ただ、回収成功後、ジャカは部下4人全員を失いました。回収した情報と彼女の証言によると、彼らを始末し、ジャカをも襲撃したのはハーランだ、と」

 RAAZもマイヨも、気持ち渋い表情で頷いた。

「小娘ひとりを助けるために、部下4人の命がコストになったとは」

 この言葉に、アントネッラは不快感を抱く。

「待ってよ」

 アントネッラが声を上げた。が、すぐさまキエーザが止める。

「自分の報告中です。今少し、お待ちを」

「君にはあとで、別に聞きたいことがある」

 そう言ったのはマイヨだった。

「だから、心の準備をして待っていてくれ」

 マイヨにこう言われてしまってはどうにもならない。アントネッラは「ええ」と答えるだけだった。タヌはふたりのやりとりを見て、マイヨの振る舞いが壁を作っているように見えた。

「キエーザ。話の腰を折ってすまん。続けろ」

「はい会長。……自分は追っ手を振り切ってフランチェスコを脱出、今朝方、彼女とトルドまで着きましたが、彼女の体力が限界だったので、夕方まで休憩、出発しようとしたところでそこの少年と首狩り屋、そして会長の賓客に遭遇いたしました」

「キエーザ。次の質問だ」

「どうぞ」

「どうして私のDYRAは一緒に来なかった?」

「先ほどのその少年が言った言葉の繰り返しになりますが、囮役を買って出てくれました」

「そうじゃない。単純に彼女がそれを言って誰も止めなかったのか? それともガキが賛成してそうしろと彼女に圧を掛けたのか? 私がお前に聞きたいのはそういうところだ」

 RAAZが軽くテーブルを叩いてからキエーザを睨んだ。タヌは、先ほど自分を見たときなど比較にならない鋭い眼光に一瞬、ビクッとした。そして、自分へ気を遣って先に事実関係を聞いてくれたのかと勘ぐる。だが、それを質問に出す必要はない。必要なら彼から聞いてくるはずだからだ。

「少年は、一緒に来るのではないのかと不承の意思を表明しています」

「それで?」

「そのあと、アントネッラより『役に立つことをしてほしい』と言われたことで、それが背中を押す結果になっ──」

 キエーザの報告はここで、RAAZが椅子から立ち上がるガタンという音に遮られた。

「『背中を押す結果』だぁ? 具体的にそこの小娘が何を言った?」

 眼光鋭いのみならず、言葉に怒気が混じっている。キリアンがまずいことになりそうだと言いたげな顔で様子を見る。タヌは一気に緊迫した空気に、膝を僅かに震わせた。

「ご本人の口から確認するのが、よろしいかと」

 キエーザは直接本人から言わせる方を選んだ。

(そら、言いたくないよなぁ)

 キリアンが至極納得と言いたげに頷く。

 そのとき、マイヨがRAAZの肩を軽く叩いて制しながら、アントネッラを見る。

「そんな空気かもして聞いたら、誰も何も、本当のことを答えなくなる。で、君はDYRAに何て言ったの?」

 アントネッラへの問いを聞いた瞬間、タヌは困惑した。心配している、気に掛けている人間のそれとは思えないほど、その口調が冷たく、事務的だったからだ。

「あっ」

 アントネッラが一瞬躊躇した。だが、ここで答えないという選択肢はないと理解すると、自分は間違ったことを言っていないと、気持ち胸を張る。

「『ハーランをやっつけてほしい』って。あと、『ひとつくらい、私たちフツーの人たちの役に立つことをしてほしい』って」

 RAAZの眦が一気に上がる。マイヨは肩を掴む手に気持ち力を入れ、抑える。アントネッラはそれを見て、続ける。

「何か、こう、場の空気っていうか、それであの人に色々、昔のこととかも言っちゃっ……」

 言い終わる前に、彼女の身体が宙に浮き、次の瞬間、背中から壁に叩きつけられた。


275:【?????】彼女がいない理由、それもまたフラグへ変わっていく2024/01/05 15:18

275:【?????】彼女がいない理由、それもまたフラグへ変わっていく2023/10/02 20:00

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