273:【?????】意外なところで再会すると予想外な話が飛び出した
前回までの「DYRA」----------
ピッポによるタヌへの「あんまりな振る舞い」に罪悪を感じたキリアンはDYRAとタヌへ協力することに。ピッポは何と、とんでもない近道を使っていたという。DYRAとタヌはこの話を一刻も早くRAAZへ知らせるべく、マロッタへ急ぐ。このとき「最短最速」の移動のため、一計を案じた。
「ぎゃああああああ!」
「皆ぁ! 逃げろぉぉぉぉ!」
夜、松明を持ったキリアンとタヌが乗る二頭の馬が全速力で川沿いの道を北上した。それを追う形でDYRAが乗る馬も走る。
「ああああああっっ!」
「ラ・モルテだー! 逃げろーっ!!」
この世の終わりのような叫び声を聞きつけた、近くを通る辻馬車や乗合馬車、郵便馬車は皆路肩に寄る。御者も乗客も皆、ラ・モルテが近くにいるのかと察知するや、見てはいけない、関わってはいけない、気配を察知されてはいけないとばかりに、うずくまってやり過ごす。
そこを3頭の馬が駆け抜ける。最後の馬が通り去った後、路肩の馬車にいる人々は判で押したように、やり過ごせただろうかとおそるおそる顔を上げた。そして、青い花びらがひらりと舞ってくるのを目にしようものなら、悲鳴を上げた。
「ヤバイ! ヤバイ! 逃げろ、逃げろ、逃げろぉぉぉぉ!!」
キリアンが叫び声を上げてからしばらくすると、視界の先に村の灯火が見えてくる。
「ふーっ。それにしても、オネエチャンも考えたよな」
村の入口が近くなったところで、3頭が並んで走る。
「こんな手は使いたくなかったが、やむを得ん」
DYRAがこれ見よがしに青い花びらを舞わせて少し後を走ることでラ・モルテに追われていると装う。これなら道行くすべての人や馬車は道を空けるだろうし、山賊すら襲ってこない。この世界にラ・モルテの恐怖があまねく知れ渡っていることを完全に逆手に取った作戦だ。
「アレだ。嘘ついちゃいないってヤツか」
嘘つき少年の寓話との違いはもちろん、本当にラ・モルテと呼ばれる存在が後ろを走っていることだ。つまり、傍目には「事実」だ。
もちろん、DYRAとしては不本意の極みだ。しかし、今は自分の感情より、時間を優先する必要がある。RAAZがマロッタへ来いと言った。さらにキリアンが移動のカラクリを見せ、タヌが地図のズレを指摘してきた。こうも急ぐ理由が重なると、恐怖の対象として人々から怯えられ、蔑まれることすら些末なことだった。
(お前が、あんなことを言ったから)
DYRAは、マイヨが使っている部屋でRAAZから耳打ちされた言葉を思い出しながら、一瞬だけ、空を仰ぎ見た。
「トルド村、着いたで。馬、交換や!」
キリアンがトルド村の入口を潜る。DYRAとタヌも続いた。馬はもう、全速力ではなく、普通の速さだ。
「あそこが馬貸しやな」
村に入って少し奥まったところに、馬貸しの看板が見える。
「へぇ……」
タヌはいつだか、フランチェスコから逃げ出してこの村へ来たとき、村のどこに何があるかをまともに見ていなかったことを思い返す。
(あのときは、大混乱の中で逃げてきたから)
平穏な村の様子に安堵しつつ、馬貸し屋が村の規模に見合わぬ大きさなことをタヌは意外に思った。
馬貸し屋の灯りが頭からすっぽりと黒い外套に身を包んだふたりの男女を照らし出す。
「あれ? あの人……」
見知った顔を見つけて、タヌは表情を明るくした。
「……あら? ここは?」
ベッドで目を覚ましたアントネッラは、周囲を見回した。ベッドの近くの窓にはカーテンが掛かっていて、サイドテーブルにはランタンが置かれている。反対側に置かれた衝立越しに光が漏れてくる。
「目を覚ましましたか。良かった」
衝立の向こうから聞こえたキエーザの声に、アントネッラは彼の助けを得て、ふたりで夜通しでフランチェスコから逃げたことを思い出す。西門から外へ出てしばらく経った、明け方あたりからの記憶が途切れていた。
「あなたは、大丈夫ですか? キエーザ」
「自分は問題ないです。同じように休みました」
「あの、私たち、どのくらい休んでいたんですか」
「明け方になったあたりでトルドへ着きました。それでお休みいただいて、今は夕方、そろそろ陽が暮れます」
まさかそんな長い時間休んでいたとは。アントネッラは驚くと共に、途中から記憶がない理由にも合点がいった。意識がなくなるまで歩き続けたに違いない。今更ながら、ふくらはぎのあたりも筋肉痛でズキズキする。
「もう一度良い? ここはどこ?」
「トルド村です。俺たちみたいな錬金協会でも裏方中の裏方は、どの村や道の駅にも、協会の人間すら知らぬ秘密の連絡網や資材をある程度調達できる伝手、それにフランチェスコにあったような隠れ家を持っています。馬も夜には調達できます」
キエーザからの説明で安堵したアントネッラは上半身を起こした。靴を履いたままだ。毛布の上に寝かされ、その上に別の毛布が掛かっていた。
(トレゼゲの人は、女性にひどいことができる人って昔読んだ本に書いてあったけど……)
全然違う。少なくとも自分を助けてくれたこの男は人として誠実だ。助けてくれた彼を信用して良い。アントネッラは自分の中で納得してから改めて切り出す。
「私はもう大丈夫です。キエーザ。ピルロへ急がないと」
「お気持ちはわかります。だからこそ、焦らないで」
キエーザが衝立の向こうからこちらへ来ることなく、続ける。
「自分の仕事は貴女の安全を確保することです。そしてマイヨと無事に再会させること。ピルロのことは、時間が経つほど状況が悪くなると理解しています。それでも、あなたのお立場を危険に晒すことはできない。マイヨが困る。ひいては会長が困る」
「あっ」
「ピルロの運命にも関わることなら、なおのこと、マイヨとの合流を最優先に」
「じゃ、どうしたら」
アントネッラは焦る気持ちを抑え、冷静でいるべく意識して深呼吸をしながら尋ねた。
「まず会長へ報告しなければなりません。マロッタへ向かいます」
「マロッタ?」
錬金協会が乗っ取られる騒ぎになった発端の舞台ではないか。そんなところへ行ったらそれこそ危ないのではないか。アントネッラは内心、危惧する。
「はい。そこなら繋げてもらえる伝手があります。マイヨへも」
でも、その伝手は無事だろうか。アントネッラは心配するが、今は指示に従うしかない。マロッタで上手く進むなら良し、ダメなら次善の策でピルロと往来のある、錬金協会の息が掛かっていない商人を見つければ良いと思い直した。
「わかりました」
「ここから先は馬を使えますので、気持ちくらいは脚の疲れが減るかと」
良かった。アントネッラは二度三度、頷いた。
「道順ですが、ここを出て川沿いに上り、途中の道の分岐でマロッタへ」
川沿いの道はいまいるトルド村の少し北で分岐している。彼らは知らないが、以前タヌとマイヨがマロッタからピルロへ来たときはマロッタから下り、この分岐で川沿いに上っている。言うなれば、Y字の上部をV字型に移動する形だった。今、アントネッラたちはこのY字の一番下のあたりにいる。
「食事をしたら、すぐに出ましょう。結構な速さで参りますが、よろしいか」
「ええ」
この後、簡単な食事を済ませたアントネッラとキエーザは、小屋にあった予備の外套を頭から覆って目立たないよう振る舞った。アントネッラは金髪が、キエーザは肌の色と髪の色がそれぞれ特徴がありすぎるからだ。
準備を済ませると、早速、ランタンを手に、宿屋を出て馬貸し屋へと向かった。
村の、少し奥まったところにある馬貸し屋は大きなランタンであたりを煌々と照らしていた。キエーザが手持ちのランタンの灯を消したときだった。
「あれ? あの人……」
少年の声が聞こえた。続いて、馬から下りて引いてくる3人の男女の姿が見える。
「あっ……!」
アントネッラが声を上げた。キエーザも彼女の異変に気づいた。やってきた3人のうちのひとりを目にすると彼は表情を硬くし、身構えた。
「アントネッラさん」
見覚えのある顔を見つけたタヌは、安堵した表情で近づいた。
「え? ア、アントネッラ?」
突然、キリアンはぎくりとする。
「どうした?」
「ああ、いや。ちょっと」
そんなキリアンの歯切れの悪い反応に、DYRAは訝る。ふたりは改めてタヌに続くように彼らへと近寄る。
「やっぱり! どうしてここに?」
「あなた確か、マイヨと一緒にいた、タヌ君よね?」
「はい」
タヌはぺこりと頭を下げてから隣に立っている男を見る。
(あ!)
男の顔を見た瞬間、タヌは表情を引き攣らせた。
「ああ、タヌ君。この人は私を助けてくれた人なの」
助けてくれた人と聞いて、タヌは困った顔を露わにする。
(え、だってこの人、東の果てで見た人たちと……)
東の果てで遭遇した集落で、DYRAの尊厳を根底から否定した面々と髪や肌などが同じではないか。まさか。アントネッラにとって世話になった人だとしても、キリアンはともかくDYRAへはどう言えば良いのか。
タヌがあれこれ悩むうち、DYRAとキリアンがそばに来た。
「……!」
今度はアントネッラの表情が一気に引き攣った。
そのときだった。
「どういうことだ」
キエーザだった。その手には、拳鍔が填められている。それまで一体そんなものをどこに隠し持っていたのかとアントネッラも戸惑いを浮かべた。
「キエーザ、待って! この子が……! 昨日私を助けてくれた、ジャカさんにも話した子よ」
アントネッラの言葉で、キエーザとDYRAがそれぞれハッとした。DYRAはとっさにタヌの前に立つ。恐ろしい緊張が走る様子にタヌも困惑する。
「マイヨと一緒にいた? ラ・モルテといたって」
「ダメッ。絶対にそれを言っちゃダメ」
アントネッラが今にも相手と一戦交えそうなキエーザを止めようとさらに続ける。
「ピルロが焼かれるすべての発端になったのは、彼女なの。正確には、私が彼女にひどいことをしたから……」
その言葉を聞いたタヌも慌てて構えるDYRAの前に立った。
「DYRA待って!」
だが、話はタヌが思ったのと違う方へ進む。
「その女は捨て置け。結果だけで良いならその女への仕返しはもう終わっている」
アントネッラが何を言われても仕方がないと聞く姿勢を示すと、DYRAは言葉を続ける。
「ピルロの山崩れのことだ。私が意図したことではないが、街はひどいことになったとRAAZから聞いている」
ここまで言ったときだった。
「山崩れが、あなたが『意図したことではない』って、どういうことよ?」
アントネッラがこれだけは聞いておきたいとばかりに尋ねた。
「言葉の通りだ。他意は無い」
「えっ!? それってつまり、あなたがやったってこと!?」
「今は全員、それぞれに事情がある。お互い、『気にするなら後回しだ』と言っておく」
詰め寄るように声を出すアントネッラを、DYRAは本題に入りたいと意思表示した。
「う、うん」
「それに、私が気にしているのはその、隣の男だ」
最後の、DYRAの吐き捨てるような言い方に、タヌは、彼女がアントネッラと一緒にいる人物に対し、言葉にできぬ苛立ちを浮かべているとわかった。
「え? 会長の賓客が何故、自分に?」
その言葉を聞くと、DYRAは一瞬だけ、警戒を緩めた。
「自分はあなたに害意などありませんし、何より、有り得ません。むしろ、用があるのはそっちの男です」
キエーザがそう言って、キリアンを睨む。
「オ、オレ?」
「何も知らないと思ったら大間違いだ。首狩り屋。アニェッリのリマがレンツィ殺しの計画を立てていたことは知っていたからな」
一体何の話をしているのだ。想像していなかったキエーザの言葉にタヌとアントネッラは目を丸くして驚いた。DYRAは意外だと思いつつも、まずは状況を整理しなければと逆に冷静さを取り戻す。
「あー……」
キリアンはぼやくような声を上げると、とび口を取り出し、地面に置いてから両手を開いて胸の高さに構える。
「何か、色々あるみたいだから、そっちさんにオレの言い分も話した方が良いかなぁ」
「キエーザ。いったん話を聞いてあげた方が良いかも」
「キリアンさんどういうこと?」
アントネッラとタヌも仲裁に入った。
「オレは、ピッポさん、そこのタヌ君のお父さんを守るように頼まれていた。けど、それを依頼したのは確かにまぁ、お察しだ」
依頼人が誰、と他者にみだりに言ってはいけない。これはお約束だ。全員何となく理解しているのを察してキリアンが続ける。
「オレは何日か前、マロッタへ行ったんだ。今だから明かせるが、大公が行方不明になったって話が流れてきて、ツテやら情報たどってな。それでそこで出会ったのがサルヴァトーレって洋服屋と、タヌ君の知り合いらしいマイヨって三つ編みだけチョロッと長いヤツ」
三つ編みだけのくだりで、アントネッラもキエーザもそれぞれ、自分が知るマイヨで間違いないと理解する。
「そのマイヨが大公を助けてきたって。そんときにサルヴァトーレが錬金協会の会長の代理で大公と何か話し合いをしとった。そこはともかく、そのときにアンタを守ってくれって。あのお兄さんメチャメチャ気にしていた。アンタを守らなかったら、大公サンと錬金協会の会長との約束、潰しちゃえみたいに言っとったし」
キエーザは不信感を露わに聞き、アントネッラはマイヨがどれだけ自分を案じているかを知り、驚いた。
「ここで話が終わったら、そこの兄さんが信じないのはわかり切っている。本題はこっからや」
全員、キリアンに注目する。
「オレは大公サンをアニェッリへ送り届けた後、あることを頼まれた」
「あること?」
DYRAが問うと、キリアンが頷いて続ける。
「大公サン、オレに言ったんだ。タヌ君拉致って、そこのアンタを殺せって。まさにさっきその兄さんが言ったレンツィ殺しってヤツだな」
「えっ」
「えっ」
「何!?」
タヌとアントネッラ、それにDYRAがほぼ同時に声を出した。
「オレは何でも屋だけど、女子どもを殺すとか攫うってのは絶対に引き受けない。なのに、意地でもそれ曲げさせようとカネを積んできた。それも不釣り合いに高いカネだ。話がおかしい」
キリアンの話をキエーザも拳鍔を外して聞き入る。
「だけじゃない。オレと大公サンは馬車で長距離移動をしたんだ。用事があるならそのときに話せば良かっただろうし、言いにくいことだったら、都に着いたとき、大公邸でちょっと人払いして話せば良いだろ? どうして陽が落ちる頃になってからわざわざお忍びで出てきてその辺の宿屋なんかに呼びつけたりで頼む?」
「確かに妙だな」
「時間の空白が引っ掛かる」
DYRAとキエーザが感想を告げた。
「で、ピッポさんはガチでタヌ君を殺そうとしたり、『文明の遺産』のためなら邪魔なヤツは誰でも殺す真似した挙げ句、トンズラしてさ」
キリアンが少しだけおどけた顔をしてから、話を結ぶ。
「オレが死んだって思ったんだろうな。ま、ピッポさんの件とかで色々あって、タヌ君にちょっと責任感じたから罪滅ぼしで手ぇ貸そうって、な」
「依頼人を平気で裏切るようなヤツを信用するのはどうかと思うが、その話が事実なら確かに引っ掛かることが多い」
キエーザが納得したと言いたげに、二度小さく頷いた。
273:【?????】意外なところで再会すると予想外な話が飛び出した2024/01/05 15:15
273:【?????】意外なところで再会すると予想外な話が飛び出した2023/09/19 20:00