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272:【?????】RAAZは「その選択」が正しいと確信した上で、下す

前回までの「DYRA」----------

 ピッポはキリアンを楯にして逃げた……と思いきや、ピンピンしているではないか。驚くDYRAとタヌを前に、キリアンは彼らが使った秘密の移動経路の存在を明かす。それを使うと、何と半分にも満たぬ移動時間でアニェッリの西門の近くへ着いた。


 西の果ての海岸線で重傷を負ったロゼッタを連れて姿を消したRAAZは、海の真ん中に突如現れた塔にいた。本来いた文明の施設だ。部屋には円筒形の、オロカーボン液体で満たされた大型容器以外、何もない。

(キミは自分の人生の半分以上を私に捧げた。だから、つまらないことで死なせない)

 手当てを完了し、腕や太腿を輸血用のチューブに繋がれた状態で容器内で眠るロゼッタを見ながら、RAAZは唇を噛んだ。手にしたタブレット端末画面は右肩の骨が砕け、筋肉も損傷がひどいと伝えている。あと2日は昏睡状態だろうと。唯一の救いはここで治療できたことで、最悪の事態を免れたことだ。今のここの文明では輸血といい、治療技術といい、そもそも何もかもが違う。ロゼッタは運が良かった。

(他人から見れば、キミの子どもを人質に取って働かせていたと罵られるのかな。けれど、キミは自分の置かれた環境をそんな風に見ないでくれた)

 ロゼッタは17歳の若さで子どもを産んだ。生まれた子の父親は不幸にして子の顔を見ることもなく亡くなった。原因は錬金協会の権力闘争絡みだ。RAAZは巻き添えでとばっちりを受けたこの母子へ、サルヴァトーレからという体裁で密かに手を差し伸べた。彼女の能力が非常に高く、賢いことに目を留めると、安心して仕事ができるよう計らった。息子が病弱とわかるとすぐ看護と治療にも手を回した。月日が流れてある日、自分の正体が露見したが、彼女は驚きもしなかった。それどころか、知らなくて良いことだと一々興味も示さなかった。その口の堅さや立場へのしっかり線引きする姿勢も彼女への信頼に繋がった。息子が健康を取り戻し無事成長すると、自分がスポンサーになって開店、繁盛している食堂の厨房仕事を斡旋した。そこなら店長が信頼置ける人物であるし、細かい事情を説明する必要もないからだ。

 実際、彼女の八面六臂の働きがあればこそ、魑魅魍魎渦巻く権力の伏魔殿と化した錬金協会を上から涼しい顔で見ていることができた。彼女が余計な心配をせず仕事ができる環境を作るのはRAAZにとって当然の責務だ。

(だが……)

 その頃とはもう状況が違う。マイヨと名乗るISLAが現れた。ハーランまで出てきた。職場環境の急激な変化、とでも言うのだろうか。多少面倒かも知れない難易度の仕事が今や、理不尽な難易度のそれになってしまった。

 ロゼッタをこれ以上、理不尽な危険に晒してはいけない。直近の仕事でさえ、一歩間違えれば命の危機に遭遇したかも知れなかったのだ。

(それにしても、東の果てのみならず、西の果てまでこうも愚民共にまでバレていたとはな)

 数日前の地震騒ぎでひとつ確認したいことがあると、RAAZはDYRAとタヌを追う形で東の果てを見にいった。そこにはピッポ──この文明の人間──が入った痕跡があった。

 RAAZはハッとした。

(まさか……)

 あのとき起こった地震はISLA(マイヨ)曰く、人工地震だった。波形からほぼ間違いない。だが、今ここまでの流れを思い返してみると、ピッポを追うことやハーランへどう対処するかに追われ、調べていないことがいくつもあるではないか。それこそ遙かな昔、どうしてあんなところにわざわざ気象研究所を作ったのか、も含め。軍事基地の敷地内なんかに作るより、政府も特に関与していない、民間企業が抱える気象観測施設あたりに相乗りで紛れた方が隠れ蓑としてはよほど良かったのではないか。

 もっとも、このあたりは今考えたところで何も浮かばない。自分が思っているより焦っているのか、はたまた精神的に参っているのか、どうにも頭が回りきらない。RAAZはもう一度、下唇を噛んだ。

(クソッ!)

 ISLA(マイヨ)の言う通りで、人手が足りない。原因はこれに尽きる。気がつけば何もかもすべてが後手後手になっている。

(それはISLAもか)

 情報収集から分析まわりについてはISLA(マイヨ)が本職。今となってはある意味、頼みの綱だ。だが、10の目と耳を使えない現状、彼にも身体がひとつしかない。少数精鋭と言えば聞こえは良いが、今のこの場面はどう見ても、数の力に押し切られる寸前と言っていい。

(DYRAがあそこまで面罵され、1300年以上経ってもなお同様の扱いを受けた。それだけでは飽き足らず、ロゼッタまで! この世界の愚民共にこれ以上、私の大切なものや縁あったものを踏みにじられてたまるか)

 RAAZは自分の中に溜まっていた憤懣やるかたない、やりきれぬ思いをまとめて吐き出すかのように溜息を吐いた。

 倒れてはいけない。今、倒れてしまえば愚民共に、そしてそんなヤツらと手を組む道を選んだハーランに好き勝手されてしまう。それを許すわけにはいかないのだ。

(それにしても、だ)

 後手後手にまわったことがここに来てボディーブローのようなダメージになっているではないか。この状態を覆すには一足飛びで仕掛ける必要がある。言い方を変えれば、ゲーム盤を一気にひっくり返す手を打つしかない。

(最後の保険だけは……)

 ロゼッタの命をコストとするも同然だったが、仕込みができた。それでも、今はそれだけだ。後手後手となって振り回された挙げ句、崖っぷちに追い込まれつつある状態に変わりはない。いきなりやられるがままに突き落とされるという、文字通り最悪の展開となる選択肢を潰すことができたにすぎない。

(ここから、一気に行けないとは)

 今は一足飛びに考えても良いことはない。どんな形になろうとも、行き着くところへ行くために、やるべきことをやるだけだ。RAAZは呼吸を整えながら思考を整理すると、合流場所であるマロッタへ向かうべく、部屋を出た。

 天井も床も壁も真っ白で明るい廊下を歩き、エレベーターホールに立つ。

ここ(・・)を開けたのだ。次はISLAの手を借りなければならないとはな)

 エレベーターを呼ぶボタンを押してから、RAAZは深呼吸をした。

(ミレディア。愚民共からバケモノと詰られても私は構わない。キミが遺したものを使ってでも、キミの無念を晴らす。だから……何が起こったのか私に教えてくれ)

 いつしかRAAZは、祈るような気持ちでエレベーターの到着通知ライトを見つめていた。




 西の都アニェッリ外周。キリアンに連れられ、西の二重門の外まで来ていたDYRAとタヌはどうやってマロッタへ向かおうかと思案した。門の外に門番らしき人影はない。さらに門や壁に等間隔で点けられた灯火のおかげもあり、海に突如現れたあの塔ほどではないにしても、周囲を見回すには困らぬ程度の明るさもある。

 ふたりは地図でアニェッリとマロッタの場所を確認した。

「そういえばDYRA。今更こんなことを言うのもヘンかもだけど」

「何だ?」

「この地図、色々わかった今になってみると、随分違うよね?」

 手にした地図を見ながら、タヌが言いにくそうに切り出すと、キリアンも顔を近づける。

「なになに? オレも話に混ぜてよ」

 それは旅を始めて間もない頃、ルガーニ村の食堂でもらった地図のことだった。タヌの言葉に、キリアンも頷く。

「あーこれなー。オレもピッポさんから色々教えてもらったし、何となくだけど言いたいことわかる。なーにが『錬金協会サマで作った正確な地図』だか。イイカラカンなこと言いやがって、ってな」

 キリアンがバカにしたように言ったときだった。

「いや……」

 DYRAだった。少しの間だけ食い入るように地図を見る。

「DYRA。何かわかったの?」

「わかった、というよりもしかして……」

 地図を目を落としたまま、DYRAは思いついたことをそのまま口にする。

「タヌ。お前の両親以外で、村の人間は村の外へこまめに出たか?」

「ううん」

 即答だった。

「だってほとんどの人が畑仕事だもの。そんなのないよ。それに食べ物以外は時々やってくる行商人が来たときに買う感じだったし」

「キリアン。デシリオはどうだった?」

「あー。海に出るヤツが多いけど、陸はそんなになかったな。トレゼゲ島へ行くか、そうでないならアニェッリだから、基本、船だ」

 タヌとキリアンの答えを聞いたDYRAは合点がいったと言いたげな顔で説明する。

「ひょっとして、出かけた人間が記憶を頼りに(・・・・・・)作った地図だから細かいところがあちこち違うんじゃないのか?」

「それだったら『集合知』ってヤツで、皆でわかった情報を持ち寄って、少しずつ修正していけばええんやないの?」

「あ、そっか。どんどん修正して、それを錬金協会で配っちゃう方が……」

 キリアンが言わんとすることを理解したタヌは、言われて見ればそうだと合点がいった。

「普通に考えればそうだろうな。錬金協会という組織の性質上、その方が効率が良いはずだ」

 単純に測量技術が低いから甘い地図ができあがった。まずはその考えで問題ないはず。だが、DYRAは心のどこかでそれがすべてだと納得することができない。それでもいったん頭を切り替えた。今は極力急いでマロッタへ行く方法を考えるのが先だからだ。

「タヌ。地図のことは色々気になるが、後だ。その地図にあるマロッタへ繋がる道を……」

 言いかけたときだった。

「ようやく言えるわ。あのな、アニェッリな。その地図。嘘っぱちや」

 キリアンがさらに続ける。

「オレは大公サンを送るとき、ヤーテツ(徹夜)で川沿いにずっと下ってメレトがある中州の側を通った」

 DYRAとタヌはキリアンの言葉に驚き、もう一度地図を見る。地図には確かに、マロッタ南側からアニェッリ北側への道が描いてある。一体どういうことなのか。

「あのとき、大公サンを早よ都へ戻す必要があった。マトモに考えれば地図のこの道を行くだろ? でも、大公サン曰く、道はこっちしかないって」

 キリアンは言いながら、川沿いを差した。

 DYRAはここまで聞いてひとつの可能性が浮かぶ。

「距離感のおかしい、デタラメ半分とも思える、場所がずれた地図。おまけに存在しない道も描かれている。ひょっとしてこれは」

「何か?」

「何や?」

 タヌとキリアンがDYRAに注目する。

「タヌ。お前、ルガーニ村で地図をもらったと言ったな?」

「うん。食堂のおじさんから」

「この地図はたくさんあったか?」

 思わぬ質問に、タヌは視線を空に向け、記憶をたどってから答える。

「ゴメン。くわしくは覚えていないけど、あのおじさん、ボクが『地図が欲しい』って言ったとき、探して、見つけて、それをくれたよ」

 今度はキリアンが不思議な顔をする。

「いや待ってや。地図なんて、そんなポンポンくれるもんじゃないはず。だいたい、錬金協会で見にいくとか、特定の場所に置いてあるだけで、昨日今日の瓦版みたいにバンバン刷ってなんて有り得ない」

 DYRAは、タヌとキリアンからの話で腑に落ちたと言いたげな顔をした。

「そういうことか。……真相は、錬金協会で確かめたいところだな」

「RAAZさんに聞いてみる?」

「それが良い。ではマロッタへ急ごう」

 DYRAとタヌが決めると、キリアンが補足する。

「乗り継ぎまくって飛ばせば馬車より速い。深夜でも良いから今日のうちに着けばええんやろ? オレが先導するし、オネエチャンがいれば山賊に襲われても心配ないやろ」

 DYRAの強さを目の当たりにしているキリアンが言い切った。

「なら、私たちを『襲おう』なんて気持ちを最初から起こさせなければ良い。お前を知るまでそんな考え、微塵も思い浮かばなかった。私の力も使いよう(・・・・)ってことか」

 タヌにはこのときのDYRAの言い方や表情が一瞬、RAAZのそれに見えた。

「ま、乗り継ぎはカネならそれなりにあるし、心配すんなや。海岸での件、オレからタヌ君への詫び入れってことで。南から回って、港の近くで馬借りて、メレトとかも含めて、通り道にある村や道の駅全部つこて馬替えや」

 キリアンが告げたところで、DYRAはタヌへ段取りを告げる。

「良いか? ──……」

「えーっ!」

 小声でDYRAが話した手順に、タヌは目玉が飛び出そうになった。

「いや、オネエチャン。そ、その発想はっ!」

 キリアンも虚を突かれるようなその方法に、目を丸くした。

「た、確かに、馬を替えまくってその手を使えば、絶対に最短や。おまけに山賊も絶対に来ん。アイツらだって『命あってのモノダネ』って逃げ出す」

「そういうことだ。キリアン。馬を替える場所が近くなったら『逃げろ』と3回立て続けに叫ぶんだ」

「あー、なるほど。そういうことか」

 キリアンがすべてを理解したところで、マロッタへ最短最速で移動するための手はずが決まった。

 3人で早速準備を整えると、キリアンとタヌが先行、それを追い掛けるようにDYRAが続いて出発した。


272:【?????】RAAZは「その選択」が正しいと確信した上で、下す2024/01/05 15:14

272:【?????】RAAZは「その選択」が正しいと確信した上で、下す2023/09/11 20:00

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