表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/330

269:【OPERA】「運命の分かれ道」とはそのとき誰も気づかない

前回までの「DYRA」----------

 DYRAとタヌは、思わぬ人物からの助けを得て、西の果てへ向かう。

 一方、ピッポの追撃をかわしたロゼッタも、漁師たちの助けを経て西の果てのそばまでたどりついた。彼女がRAAZから任された役目を果たそうとしたとき、ピッポたちも追いついてくる。漁師たちは彼女を守ろうとするが、そこへDYRAたちが乱入する形となってしまった。


「そんな卑劣な手を使うとはな」

 よもやキリアンがタヌを人質にするとは。これには内心、DYRAも驚いた。殺すことはないと信じているが、それでもタヌが首から提げている『鍵』を奪われる事態を避けなければならない。

「タヌ君を傷つけたくないのはオレも同じやっ!」

「だったら離せ」

「けど、子どもに『見せちゃいけないもの』ってのがあるだろうがっ!!」

 キリアンが真摯な表情で叫ぶも、DYRAには彼のその振る舞い全体を見る限り、欺瞞に満ちた、薄っぺらい芝居としか映らない。

「ほぅ? 子どもを殺したくなくても、大人なら殺すなり痛めつけるなりして良いとでも!?」

「こっちも仕事なんだ! 生きるために! そりゃオレも『首狩り屋』って言われる、自慢できねぇ何でも屋だけどさ、最低限の決めごとくらいはある。『女と子どもは殺さない、傷つけない』だ!」

「お前がこんなことをやっている時点で、もうタヌは充分傷ついている!」

 DYRAはそう言うと、手にした細身の剣の切っ先をキリアンへ向け、青い花びらを大量に舞い上がらせる。花びらの嵐の中で剣が消え、視界を遮るに充分な花びらが乱舞する。

「オネエチャン。すまん。これでタヌ君に物騒なことをしなくて済む……」

 剣が消えていくのを見たキリアンが安堵し、タヌを押さえ込む手の力を和らげ、とび口を下ろしたときだった。

「DYRA!」

「ちょっ」

 タヌはとっさに花びらの嵐へ向かって走り出す。同時に、横からキリアンの肩口を鋭利なものが掠め、袖口や皮膚を切った。

「タヌへ親切にしたというお前を殺めたり無駄に傷つける気も無い。だが、どうして」

 花びらの嵐が収まり、手にした蛇腹剣を振るったDYRAが現れ、傍らにタヌの姿があった。

「マジかよ……」

 キリアンがDYRAの姿に身体を強ばらせたときだった。

「──あれは俺のモノだぞ! 馬の骨野郎は何をしようってんだ!」

「──ぐっ!」

 タヌはここで、父親ではない方の声か誰か気づいた。

「ロゼッタさんっ!!」

 タヌが駆け出そうとするが、今度はDYRAが止める。

「待て!」

 またキリアンに押さえられては困る。それにしても、どうすればタヌの安全を確保しつつ、ピッポに追い込まれたロゼッタを助けられるのか。タヌが走り出してピッポのもとへ行っても、『鍵』を奪われた挙げ句、殺されるのがオチだ。タヌを守りつつ、極力誰も何も傷つけない方法は存在しない。DYRAはそう認めるしかなかった。

「『女子どもには手を出さない』と言いながら、他人や依頼主がそれをやるのは止めないのか。卑怯なヤツだな」

 タヌはピッポに追い込まれている相手がロゼッタだと断定した。RAAZの密偵のあの彼女を見捨てるわけにもいかない。そんなことをしたらタヌが悲しむ。

(間に合うかどうか)

 DYRAは今すぐできることの中で、それでも比較的マトモな選択肢を探した。

「タヌ。後ろにいろ」

 そう言ってから、DYRAは大量の青い花びらを舞わせながら、蛇腹剣を直列に集約させると、岩場に突き立てるように構えた。先端が岩場に触れるや、そこからぶわっと、これまた周囲に青い花びらが舞い上がる。

「な……う、嘘だ、ろ……」

 DYRAの振る舞いと無数の青い花びらを目の当たりにしたキリアンがそれまでとは比べものにならない、引き攣った声を上げた。


 そこに立っている女の、人間の目とは到底思えぬ冷たい瞳の輝き。

 そこにいるのは本当に人間なのか。

 否、否。

 あれに武器を、いや、敵意を向けてはいけない。

 手向かえば、違う、手向かう意思を示したと見做されればその時点で殺される。もとい、確実に死ぬ。あの瞳こそ、まさにラ・モルテ(死神)のそれだ。

 彼女は間違いなく人々が恐れて怯え、そして蔑む対象なのだ。


 絶対に刃向かわない。その意思を今すぐ示すべく、キリアンが反射的にとび口を地面に置き、DYRAの方へ蹴った。だが、予定した方向へ転がらなかった。と、同時にバランスを崩したキリアンがその場に尻餅をつく。

 DYRAの傍らで成り行きをじっと見ていたタヌも、ほぼほぼ暗くなった空の下だが、焚き火の光で今、何が起きているのか理解した。

(DYRAは、自分の足下からキリアンさんの足下まで砂に変えたんだ!)

 東の果てでRAAZから話を聞いたときも確かに怖かったが、どこかピンと来なかった。今ならわかる。今いるその場所を、文字通り一瞬で砂に変えてしまうことがどれほど恐ろしいことか。長い時間を掛けて枯らすのではない。本当に、一瞬なのだ。岩場でもこうなのだ。草木が生い茂り、農作物が実り、花が咲く場所を砂に変えられた瞬間に居合わせた人たちは、どんなにか恐怖を抱いただろう。そして、出会ってからここまで、極力人々を怯えさせないように気遣ってきたはずのDYRAがその力を意図的に、危害を加える目的で使うことの恐ろしさが。人々がどうしてDYRAをラ・モルテ(死神)と恐れ蔑むのか。タヌはそれをたった今、心底からの恐怖と共に思い知らされた。

「う……あ……」

 DYRAはキリアンが恐怖に打ちのめされ、動けなくなったのを見届けると、すぐにタヌを見る。

「タヌ。行くぞ」

「あ……え、あ!!」

 DYRAの声でそれまで顔を引き攣らせて怯え切っていたタヌは我に返った。頼んだ覚えなどなくとも、彼女にこんなことをやらせてしまった自分自身への恐怖で足をすくわれるところだった。今はそれどころではない。

「うんっ!」

 タヌは近くの焚き火から一本、燃えている木を手にすると、ピッポたちの声が聞こえる方へ走り出した。その足音を聞いたDYRAは、キリアンの姿が小さくなるまで後ずさりし、反抗の意思がないのを見届けてからタヌの後を追うように走った。




 ふたりの男女が洞窟から転がるように出てきて、その場で取っ組み合いをしていた。男は恐ろしく殺気だっており、女は男から逃れようと必死だ。

「父さん! ロゼッタさん!」

 海岸から走ってきたタヌはふたりの姿を捉えた。やりとりもハッキリ聞こえる。

「──うっ!」

「──お前っ! 何をしたっ!? 俺のモノに何をしたぁっ!」

「──このっ!」

 馬乗りになろうとしたピッポの膝下をロゼッタがとっさに蹴飛ばして体勢を崩す。そこから転がって間合いを開いた。

「ロゼッタさんっ」

 タヌは手近な場所に火の点いた木を置き、立ち上がろうとしたロゼッタを助け起こしにかかった。良く見ると、彼女の両頬に殴られた跡がある。

「タ、タヌさん? ど、どうして……?」

「大丈夫ですか!? でも、どうしてこんなところに?」

 助け起こされたロゼッタは下を向いて、殴られた頬をこすってから息を漏らし、タヌを見た。

「ボクたち、父さんを捜してここまで来たんです」

「私はあの人たちに追いかけ回されたところを親切な漁師さんに助けられたんですけど、こんなところまで……」

 そこへ、走ってきたDYRAがそのままタヌとロゼッタを追い越し、ふたりを庇うようにピッポの前に立つ。その手には直列状の蛇腹剣。

トロイア(売女)か。ちょうど良いところに来たもんだ」

「ピッポ! ここまでだっ!」

 DYRAが言うなり、ピッポも腰にベルトで挟んでいたペッパーボックス式のピストルを手にすると、彼女へ銃口を向けた。銃口を向けられていることに気づいたロゼッタは万が一を想定し、とっさにタヌの頭を抱えて伏せた。

「無駄だ。私を撃っても何も起こらないぞ?」

 剣を下ろす理由などない。DYRAは撃てるものなら撃ってみろとばかりに挑発する。だが、ピッポは迷わず発砲した。銃弾はDYRAの肩越しに飛び、そのまま海の方へと消えた。

「タヌ、恨むなよ」

 DYRAは言い捨てると、そのまま剣を振るった。ピッポがとっさに一歩下がり、刃を逃れる。

 どこか余裕があるように振る舞うピッポへ、DYRAは鋭い視線をぶつける。

「お前、一体ここで何をしようとした!?」

「馬の骨野郎の走狗がここにいれば、何かあるってモンだろう?」

「答えになっていない」

「おまけに東の果ての森の向こうでも、西の果てのここでもお前に会った。……それが答えのすべて(・・・)だろ?」

 ピッポがそう言って、勝ち誇った笑みを浮かべた。その顔つきに、追い詰められた人間のそれとは思えないとDYRAは訝る。

「それが答えのすべて(・・・)だと? ものは言いようだな?」

「それにしても……。トロイア、聞かせろ。どうしてそのガキとつるむ?」

 ピッポからの質問にDYRAは呆れ顔を一瞬だけ見せてから答える。

「人の親とは到底思えぬ聞き方だな」

 そのままDYRAは剣の切っ先をピッポに向けた。先端はピッポの鼻先から小指幅分しかない。少しでも前のめったら確実に刺さる。

 刃を突きつけるDYRAと、銃口を向けるピッポ。何も知らない人間が見れば、互いが互いを追い込んでいるようだ。

 ロゼッタと共にDYRAとピッポの様子を見つめるタヌは息を呑んだ。RAAZからヤツを殺すと宣言されている。助命嘆願はDYRAの尊厳が対価となるため一切却下、とも。

(でも……!)

 言われたときからずっと考えた。父親の命とDYRAの尊厳を引き換えにすることなく、助ける道はないのかと。

(何とかしないと)

 自分は何のためにここまで来たのだ。DYRAと一緒に両親を捜す旅をして、彼らが『文明の遺産』をめぐる何かを求めていることはわかった。少なくとも、父親の様子を見る限り、DYRAを殺そうとしている風ではない。ただ、彼女本人を前にして罵倒し、売春婦同然か、それ以下の扱いをした。このひどい話がDYRAと父親だけで済んだなら、まだ自分が間に入れる可能性もあっただろう。だが、あろうことかその顛末すべてをRAAZが知っている。傍らで聞くという最悪の形で。

 そのRAAZと「父親を止める」と約束をしたではないか。

 このままDYRAが手を下せば父親は確実に殺される。優しい彼女が苦しい思いをするのが目に見えている。一方、DYRAがタヌへ気遣い、少しでも情けを掛ければ父親が彼女を傷つける仕打ちをするのも然り。

 蛇腹剣の周囲に青い花びらが浮かんだとき、タヌは腹をくくった。

「父さん! 止めてーっ!」

 自分を庇うロゼッタを振り切ると、タヌは父親のピストルを握る手、右腕めがけて体当たりするように飛び掛かった。

「なっ!」

「えっ!?」

 DYRAもピッポも一瞬、虚を突かれた。タヌはピッポの右肩から二の腕あたりにぶつかった。DYRAはとっさに剣の切っ先がタヌへ向かないように剣を下ろしつつも左手でタヌの腕を掴み、引き戻す。

 ピッポは体勢を崩しこそしたが、ピストルをしっかり握ったままだ。彼は迷わずタヌの背中へ銃口を向けた。

「くっ!」

 引き金を引く指に力を込めたそのとき、タヌの姿が一瞬消えた。が、ピッポは構わず発砲する。同時にもう一度、体勢が崩れる。それでもなお、DYRAなりタヌなりに当たれば良いとばかりに、さらに二度、発砲した。

「あ……あれ?」


 目の前が真っ暗だと、タヌは感じた。少し顔を上げて様子を見ようとしたが、できなかった。頭の上に何か重いものが被さっているようで上を向くことができない。

「どうして」

 聞こえてきたDYRAの厳しい声でタヌはハッとした。今度は重いものを振り払うように勢いよくガバッと顔を上げ、周囲を見回す。

「そ、そんな……!」

 すっかり陽が落ち、アメシスト色になった空の下、松明の灯りに照らされて見えたのはDYRAだけだった。

 タヌはここで、自分の腕や足に少し、濡れた感触があることに気づいた。何故だろう。海水を浴びた覚えはないのに。屈んで、手で軽く払った。その手が、指が赤くなっている。足下も良く見ると赤く濡れているではないか。

「えっ……」

 その場にふたつの声が響く。

「ロゼッタさんっ!!」

「ヴェントゥーラッ!!」

 タヌの足下に、左肩あたりを真っ赤にしたロゼッタが倒れている。ピッポが発砲したとき、自分を抱えるように庇って守ってくれたのだ。DYRAの背中越しに、倒れたキリアンを助け起こすピッポも見えたが、タヌは意識をそちらにやる余裕がなかった。

「タヌさん……」

 ロゼッタの上半身を起こし、立ち上がるのを手伝う。

「だ、大丈夫です。肩を怪我しただけなので……」

「て、手当て、どうしようっ」

「そのお気持ちだけで、充分です……痛っ」

 タヌはロゼッタの表情を見て大丈夫なわけがないと察すると、DYRAの手も借りようと彼女を呼ぼうとした。が、できなかった。

(え……?)

 DYRAは少しも動かず、立ったままこちらへ振り返ることすらなかった。

「……お前」

 恐ろしいほどに冷たい声で、DYRAが言葉を紡ぐ。

「……私をラ・モルテと罵った。トロイアだのジリッツァだのと、好き勝手言った。私に言わせれば、そんなお前は人の姿をした獣か、それ以下だ」

 タヌはDYRAの言葉を聞きながら、ロゼッタの手当ての役に立つかもと、鞄から手ぬぐいを取り出した。

「引き金を引かせたのは、お前だろうが!」

 ピッポがすぐさま反論する。

「さっさと服脱いで脚を開けばこんなことにはならなかった! そうは考えないのか!? ったく、トロイアの分際で屁理屈ばかり」

 唾棄に値する言葉は最後まで続かなかった。

「ピッポさん、それ言っちゃダメだって!」

 DYRAの背中越しにキリアンの声も聞こえる。タヌはちらりと見る。彼もまた怪我をしているではないか。

「いい加減、ピッポさん、タヌ君に謝った方が良いって」

「あんな馬の骨はどうでも良い。あとヴェントゥーラ、早く手当てを」

「こんなん、かすっただけだ。ピッポさんさ、こんなトコに何があるかは知らんけど、とにかくタヌ君とオネエチャンに謝って……」

 キリアンが言いかけたときだった。

「うあ!」

「何だ!」

 海の方から突然、夜を昼に変えんばかりの眩い光が現れた。直視すれば視界が失われてしまいそうなほどの強く、真っ白な光だ。ピッポやキリアンはもちろん、海を背にしていたはずのタヌとロゼッタでさえ、僅かとは言え光を見てしまったため、思わず目を覆った。

 DYRAもタヌたち同様、背中から光があたっているが、そんなものに気を取られまいと、ピッポたちから一瞬たりとも逸らさない。視線も、意識も。

 そのときだった。

「ピッポは置いていけ」

 突然、その場にいるはずがない男の声が、響いた。


269:【OPERA】「運命の分かれ道」とはそのとき誰も気づかない2024/01/05 15:11

269:【OPERA】「運命の分かれ道」とはそのとき誰も気づかない2023/08/21 20:01

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ