267:【OPERA】人助けは回り回って、自分を助けることになる
前回までの「DYRA」----------
ピルロで起きている異変。だが、そこだけにかまけるわけにはいかない。DYRAとタヌはピッポを追い、RAAZは錬金協会の内情確認、そしてマイヨはピルロでハーランの次手封じと、手分けして動くことにする。
陽が高くなり始める前にメレトを発ったDYRAとタヌは、ひたすら海岸沿いを西へと移動した。馬を交換したおかげで、昼下がりにアニェッリの南に位置する港の近くに到着した。時間は2時を少し過ぎていた。
馬を下りると、タヌは港の様子を見ながらDYRAへ声を掛けた。
「父さんが東から船で逃げたってことは、ここに来る、で良いのかな」
「ああ。あと、『一番西側から入れ』と」
ふたりは大きな港を見ながら、西側にある入れそうな場所や、誰か話を聞けそうな人がいないか視線で探した。時折、大きな帆船が出入りしており、5か所ある桟橋で、荷物の上げ下ろしや運び出しが慌ただしく行われていた。
「DYRA、あれ見て」
タヌが何かに気づいて指差す。そこには大型の積み荷箱、それにいくつかの小さな建物に隠れるように入口の看板が設置されていた。
「ん?」
タヌが示した場所は、ゴチャゴチャと混じって見えにくいものの、辛うじて桟橋が見えた。しかも、この桟橋は他の大型帆船が泊まっているそれとは違って、かなり細い。明らかに小型船が泊まるためだけに設置されたものだ。さらに、そこだけ停泊している船がない。
ふたりは馬を近くの馬留めに預けると、港へ足を踏み入れた。
「うわ。DYRA。働いている人がすっごい多いよ」
「当然だろう。あんな大型船で運んだ積み荷を動かしているんだ」
その場は積み荷の上げ下ろし作業をする人々でごった返していた。遠目で見たときより人の数が多く、動きも慌ただしい。ふたりは彼らの作業の邪魔にならぬようにと端の方を目立たぬよう歩き、目的の桟橋がある方へ向かった。作業員が気持ち少なくなったように感じたときだった。
ドン。
すれ違いざま、DYRAの肩と港で働く痩せた若い男の肩とが触れる。
「気をつけろっ!」
気が立っているのか、男がつばを飛ばさんばかりの大声で怒鳴った。
「すまない」
男が謝ったDYRAを睨みつける。
「ったく、こん……」
男が言いかけた呪詛の言葉が途中で止まる。ふたりは男をじっと見た。服装が埃まみれになっていない様子から、積み荷の上げ下ろしをする作業員ではなさそうだ。
「ぁ? 何でこんなところに……?」
言いながら男がふたりを睨むのを止めた。次に周辺をきょろきょろ見回す。幸い、積み荷の上げ下ろし作業の波から少し外れた場所だからか、作業員や他の職員らしき人の気配はない。加えて、桟橋に止まっている大型船が影になる形で3人の姿を向こう側から上手く隠している。
「あれ?」
ここでタヌは、男の顔をどこかで見たことがあると言いたげにじっと見た。同じように男もDYRAを知っていると言いたげな顔で見る。
「ご、ごめんなさい!!」
突然、男がDYRAへ深く頭を下げた。
「いや、ぶつかったのは私も不注意だった。お前がそこまであやま……」
「いえ! そうじゃなくて!」
DYRAの言葉を遮って男が続ける。
「あの、あのっ……命の恩人なのに、僕は、あのとき……本当にごめんなさい!」
「え?」
誰かと間違えていないか。DYRAがそう言いたげに男を見たときだった。
「DYRA! 思い出した。このお兄さん、ペッレで……」
「ペッレ?」
「ほら! 最初にペッレへ寄って、アオオオカミが襲撃してきたときに」
タヌの説明で、DYRAはようやく思い出す。
2頭のアオオオカミが若い男の身体に噛みつくまさにその瞬間、うち1頭のアオオオカミの脇腹に長剣が突き刺さり、もう1頭の首には蛇腹剣が巻きついて一気に首を掻き斬られた。若い男の体中にアオオオカミの鮮血が降り注ぐ。あわや食い殺されそうになっていた男は、その血の匂いに咳き込むが、助かったことを理解すると、這うように慌ててその場を逃げ出した。
「あのときの、か」
ペッレで6頭のアオオオカミに襲撃されたときに助けた、若い男のことをDYRAはようやく思い出した。
この後、ふたりは男の案内で、一番奥、目当ての桟橋からほど近くにある小さな建物へ案内された。中に入ると、一角にある棚に水が入った瓶がびっしりと収められている。近くにはパドロックで施錠してある小さな箱。
男は水を3本取り出し、箱にデナリウス銅貨を3枚投入すると、4人掛けのテーブル席に着いたDYRAとタヌの前に瓶を置いた。
「あの、あのときは本当にごめんなさい! あと、その節は本当にありがとうございました」
もう一度、男が深々と頭を下げる。
「僕はあなたに助けてもらったのに、街の人がラ・モルテと罵倒するのを、止めることができませんでした……」
DYRAとタヌは、顔を見合わせてから男を見る。
「あのときは自分のことで精一杯で、何もかんも後になって知りました。街の人が失礼を働いたことも。都の、有名なサルヴァトーレさんがみんなを鎮めるために頭を下げたことも。本当ならあそこで抗議すべきは、あなたに助けてもらった僕でないといけなかったのに」
男の言葉にタヌは、自分と同じような気持ちになった人が他にもいたことに驚いた。
「どうして私だとわかった?」
DYRAは言葉を交わした覚えもないのにと思いながら、問う。
「一瞬しか見なかったけど、忘れませんよ。だって、あんなに綺麗な人が命の恩人だった。それから、あなたがたが街を出るとき、サルヴァトーレさんと話している様子をちらっと見たんです。子ども連れなんだ、って。それで……」
「そうか」
「髪の色が前より少し明るくなっているようですけど、金色の目とか、雰囲気とか、それでも」
タヌは男の言葉でDYRAを見る。ずっと一緒にいたのと、意識していなかったのとがあるが、確かに突然の再会だったら、そう思うだろうな、と腑に落ちる。初めて会ったときは、藍色がかった黒髪のようだった。だが、今見ると、濃くて深いサファイアのような色合いだ。
「ああ、ご、ごめんなさい。で、でも、今日はどうしてこんなところへ? どこか遠出でも?」
若い男が一瞬だけ、困った顔で問う。
「まさか、密航とかじゃないですよね?」
「安心しろ。それはない」
DYRAがそう告げると、タヌに視線をやった。水を飲もうとしていたタヌは、それに気づいて話を引き継ぐ。
「あの、実はボク、父さんを捜しているんです」
「え? お父さんを?」
男が意外だと言いたげにタヌを見る。タヌは男が水を飲み始めたところで話を続ける。
「はい。それで昨日の夜か、今朝あたり船でここに来たんじゃないかって聞きつけて」
「夜?」
「はい」
男は水を飲むと天井を仰ぎ見る。DYRAは彼の仕草を見逃すまいと目を凝らした。
「もしかして……」
さらにもうひと口飲む。
「何か、知っているのか?」
「うーん……」
男は信じられないと言いたげな顔で視線を水が入った瓶へ移す。
「それっぽい話だったら、教えて下さい!」
そう言ったところで、タヌは肝心なことを何も話していなかったとばかりに続ける。
「ボクの名前はタヌ。父さんの名前はピッポです。ボクと同じような茶色い髪で」
「あ」
タヌがまくし立てるように話したとき、男は何かを思いだしたようにハッとした。そして小さく二度ほど頷いてから空いた水の瓶を棚の脇にある木箱へ収めると、小箱にお金を入れてからもう1本、水の瓶を取って戻った。
「話す前に。僕の名前はチーロ。この港で働いていて、船の出入りの記録をつけてる。時々、夜の見回りもやってる。助けてもらったときペッレにいたのは、親戚に会うためだ」
「チーロさん」
「お前の様子を見る限り、それっぽいものを知っているとみた。話してくれないか」
「助けてもらった御礼もしていなかったし、こんな話で良ければ。捜している人かはお約束できませんけど」
チーロと名乗った若い男はそう言って、2本目の水を飲み、話を始める。
「昨日の夜、見回りをしていたときのことです。一番西側、つまり、すぐそこの桟橋に小型船が来たんです。しかも夜遅く。夜は真っ暗でしょ? 海に出るなんて危険です。だから普通に考えて船なんか来ない。なのに、来た」
ふたりはチーロの話にじっと耳を傾ける。
「その船から下りたのはひとり。おまけにその日はどうしてか、酔っ払いか知らんけど、夜遅くに港をほっついているヤツが何人かいた。そのうち見かけたひとりだったか。下りてきた人を『ピッポさん』って呼んでいたんだ」
タヌは目を大きく見開いた。DYRAもすぐさま確認する。
「『ピッポさん』、確かにそう言ったんだな? 呼び捨てでも何でもなく」
「はい。そう呼んでいたのは、若い男の声でした。えっと、そのピッポって人からは何て呼ばれていたかなぁ。ええっと、何とかーら、って。何だっけ、ええっと」
ピッポと呼ばれた人物と、そう呼んだ若い男。DYRAの脳裏にある人物が思い浮かぶ。
「キリアンだ」
「キリアンさん!?」
タヌは驚く。
「ああ。ピッポがキリアンを『ヴェントゥーラ』と呼んでいた」
「それです! それだ! ヴェントゥーラだ」
ピッポがキリアンとここで合流した。いきなり待望の情報を手に入れることができるとは。手掛かりを探すところから手をつけることになるかも知れないと覚悟していた矢先、信じられないような偶然からこんなことになろうとは。DYRAは内心、タヌの恐ろしいほどの運の強さに驚いた。
(いや)
違う。父親を捜すタヌの強い執念が呼んだ運に違いない。運は実力ではない。運を呼ぶ力こそが実力なのだ。
「あの! それで、父さんとキリア、えっと、ヴェントゥーラさんはどっちへ行ったとかわかりますか?」
「それはさすがに。でも、彼らが話した内容なら少しだけ聞いたかも」
「教えて下さい!」
タヌは身を乗り出してチーロに頼む。
「全部は聞いていないよ? 最初の方を少しだけだから。それに……」
さっさと話せ。DYRAは鋭い視線でどこか歯切れが悪いチーロへ促す。
「その子の前ではちょっと言いにくいというか」
「構わない。この子は父親を捜す中で、大抵の罵詈雑言よりはるかにおぞましい言葉を聞き続けているんだ。その程度の気遣いなら無用だ」
もちろん、罵詈雑言はタヌへの言葉ではない。だが、ここは真実を言っていないが嘘も言っていない程度の言い回しなら問題ないはずだ。DYRAは割り切った上で告げた。
「えっ」
DYRAの言葉にチーロが狼狽える。タヌはそんなチーロをまっすぐな目で見つめた。
「そ、それなら……」
チーロは2本目の水を飲み干すと、意を決して口を開く。
「夜中にふたりは、そこの桟橋のところで合流してから、ここに来たんです」
「ここ?」
「ここに?」
DYRAとタヌが異口同音に発すると、チーロは頷き、さらに続ける。
「はい。何でも、別れた後、別の港へ行ってから、地図にない東の果てへ行ったって。その後は、錬金協会の会長のことをひどく罵って……」
その内容は何となく想像がつく。そして、彼の話が間違いなくタヌの父親のピッポだとふたりは確信する。
「あとはその、トレゼゲ島の話をしたり、『文明の遺産』でデシリオがどうとかって」
DYRAもタヌも、ここでピッポがキリアンに何を話したか概ね察しがついた。
「そこで何か、ケンカみたいな物音がして。自分も見つかったり巻き込まれたら面倒になりそうだと思って、離れました」
「ありがとうございます!」
タヌはぺこりと頭を下げた。
「感謝する。私たち、いや、この子が捜している父親で間違いない」
DYRAもチーロへ謝意を示す。
「その後、どこへ行くとかは聞いていなかったか?」
「そこまではさすがに。でも、夜明けとほぼ同時くらいに船を出して、西へ向かったのは見ています」
「西?」
タヌはやっぱりという気持ちと、何があるのだろうと言いたげな気持ちを言葉に込めた。
「でも、西にはカモラネージ村って小さな漁村があるだけ。何というか、『文明の遺産』が~、なんて話す人が興味を示すようなものは何もないよ」
チーロがそこまで言ったところで、考えを整理するためか、小窓の方へと歩いた。DYRAは彼の様子や仕草から、含むものがあるなと察知する。
「では、カモラネージ村より西なら、あるんだな?」
窓際から戻ったチーロが小声で切り出す。
「正直、こんなこと言っても誰も信じないと思いますけど」
「どんなことでも話して下さい。ボク、ちゃんと聞きます!」
タヌは縋るような目でチーロを見た。
「うん。でもさすがにこれは……」
「言ってくれ。この子は大抵のことで頭ごなしな態度は取らない」
「え……」
「今、この子に必要なのは、少しでも父親の行く先に繋がる情報なんだ」
「その……あの、こ、これはあくまで、何人もの船員から漏れ聞こえた話です」
ふたりは真剣な眼差しでチーロを見る。タヌの思い詰めたような視線から本気のほどが伝わったのか、チーロが言葉を探すように、訥々と話す。
「世間の地図に描いてあるのはカモラネージ村までです。それより西がありません。でも」
チーロの切り出しで、DYRAとタヌはやはりと言いたげな顔をした。
「海岸線自体は西へ、ずっと続いています。それで」
ここでチーロは水が入った瓶が収まった棚の上段に無造作に置かれた紙の束から1枚の紙を抜き取り、さらにペンとインクも取った。テーブルに置くと、紙に何やら線を引き始める。
「これは……」
チーロが描いたのは地図だった。
「ここがカモラネージ村。それで、西にしばらく進むと、北に向かって崖下になっていくんです」
「途中で登れる場所はあるのか?」
「いえ。アニェッリの西から出ても、切り立った崖になるだけです」
「ある意味、アニェッリ自体が切り立った崖を背に作られた都市、とも言えるのか」
DYRAは手描きの地図らしき図を見ながら言った。
「そこまでは何とも言えないし、今はアニェッリの話題じゃないので」
「そうだな。すまない。続けてくれ」
「それでその、以前嵐に巻き込まれそうになって、無事に帰ることができた漁師たちから変わった話があったんです」
その船が大丈夫で良かった、とタヌは考えた。
「彼らが言うには、港へ戻るのは間に合わなさそうで途方に暮れていたとき、崖下にある一角で船を留めてやり過ごせそうな場所があったって」
(よく波に攫われたりすることなく、助かったな)
聞いていて、DYRAはそんな感想を抱く。
「船員はどこに逃げたんだ?」
「ちょうど、岩場の形が港の桟橋みたいな形だったって。縄で船を固定できそうな木杭もあったと。そこで船を縛った彼らは、崖下の海岸線が上り坂みたいなところを上って逃げたと。上ったところに何人か人が入れそうな窪んだ穴があってそこへ逃げたって」
チーロは続ける。
「風向きが幸いして、その穴に雨や波が襲ってくることもなく、やり過ごせたそうです。それで船員の話では、そのとき、その穴の一番奥に花が彫られたガラス板みたいなものがあったと」
地図にないはずの場所がある。それは東の果てもそうだった。そんなところに、明らかに不自然な岩場。さらに洞穴か洞窟の類という不釣り合いなもの。DYRAとタヌは顔にこそ出さないものの、ピッポの行き先の有力選択肢では、と思う。
「あとひとつ」
まだあるのか。ふたりはこれはほぼ当たりだと確信しつつ耳を傾ける。
「その漁船が助かった場所からちょうど真西なんですけど、潮の流れがおかしいんです」
「おかしい?」
チーロの言葉に、思わずタヌは聞き返した。
「何もない海の真ん中で、そこだけ波打つんです。まるでそこに、島があるんじゃないかって」
「は?」
何を言っているのだ。DYRAは思わず聞き返しそうになるが、チーロがわからなくて当然とばかりに地図に×印を描き始めたため、思ったことを喉の奥から出すことはできなかった。
「これは近くを通った何隻かの漁船や、航路を外してしまった商船の乗組員、ざっと数えても20以上の船の関係者から聞いています」
かなりの数だ。嘘をついたり冗談で担ぐには多すぎる。問題の場所に『何か』があることだけは間違いない。DYRAは小さく頷いた。
「つまり、何があるかわからないが、『何かがある』と」
「そうです」
「わかった」
DYRAはタヌを見る。
「タヌ。彼が話したその、洞窟だか洞穴だかわからないが、そこに次の手掛かりがあるかも知れない」
「DYRA、行こう!」
「待って下さい」
チーロが叫ぶ。
「あの、行くというなら、その、助けてもらった御礼をさせて下さい」
有力情報が取れたので気持ちだけで良い。DYRAは丁寧に辞退しようと思ったが、それより先にチーロが続ける。
「あそこは陸路で行くには道なき道になるので危険です。ですから、僕が船を出してすぐ近くまで送ります。何かあればそれで良いですし、何もなかったら、ここまでもう一度戻って来れますし」
「ありがとうございます!」
タヌは笑顔で深々と頭を下げた。DYRAも、船で追えば早く行けるかも知れないと期待を抱く。
「すぐ船を用意します。ちょっと待ってて下さい」
そう言って、チーロは外へと飛び出した。
267:【OPERA】人助けは回り回って、自分を助けることになる2024/01/05 15:09
267:【OPERA】人助けは回り回って、自分を助けることになる2023/08/06 20:01