266:【OPERA】少数精鋭とは言いよう。ただ人手が足りないだけのこと
前回までの「DYRA」----------
ピルロの街を事実上全解体した上で錬金協会と共に『文明の遺産』を発掘しようとのアントネッラの演説。街の人々や彼女の愛犬の反応は良くない。そんな中、マイヨはディミトリが街の人間を殺す瞬間を目撃。そのとき、からくりに気づく。マイヨがその情報を持ち帰るとタヌが以前の出来事を思い出す──。
タヌの説明でマイヨはハッとした。
「RAAZ。今のタヌ君の言葉で俺がピルロで立てた仮説に確信が出始めた」
「仮説?」
「詳細は後回しだ。俺たちに今一番大事なのは時間だ。何せ人手が足りない」
「それで?」
「悔しいが、『3人しかいない』のに、この最小のリソースをバラさないといけない。アンタの言い分はあとで聞く。いったん続けさせてくれ」
タヌは黙って頷き、マイヨをじっと見る。DYRAは苦々しい顔でマイヨを見るRAAZへ視線をやる。
「まず、DYRAとタヌ君。ふたりはとにかくピッポだ」
父親を追い掛ける件以外を割り振られたらどうしよう。一瞬とはいえ、そんなことが脳裏をよぎったタヌはホッとした。
「タヌ君。絶対にお父さんに追いつくんだ。良いね?」
「はい」
「RAAZ。アンタに頼みたいのは協会まわりだ」
聞いていたタヌは意外だと言いたげな顔でマイヨとRAAZを見る。DYRAはやはりそういう割り振りになるかと納得している。
「具体的にはふたつ。ひとつはあの副会長のジイサンがどこにいるかってこと。同時に、ディミトリの現在位置も確認してほしい」
「お前に使われるのか。まったく。ああ、しょうがない。今は使われてやるさ」
「悪いけど、今は目指す方向にズレがないんだ。言いたくないが本当に、対応如何では俺たちとハーランに与した世界の連中、食うか食われるかの瀬戸際になりかねない」
「まるで『イナゴは人類を滅ぼせる』ってアレだな」
「喩え、悪いけどね」
「で、もうひとつは?」
「錬金協会の主導権を取り返せないか? タテマエはどうでも良い。実質を伴った意味で、だ。ハーランが単独で『文明の遺産』を土産に錬金協会を乗っ取っただけなら、それこそサボタージュでも何でもやれないかって」
「キエーザにクーデターでも起こさせろ、と?」
「理想的だね。でもそれができるなら、最初の段階の反撃でアンタは彼を迷わず投入していただろ?」
「ああ。とはいえ、即座にやればトカゲの尻尾切りでハーランに逃げられる。だからその選択肢は採用しなかった」
「ま、合理的な判断だな」
「それでアレに何をさせたい?」
「この文明は通信網が瓦版? まぁ要するに新聞だろ。テレビや無線通信の類がない」
「だから?」
「情報通信網のイニシアチブをこっちへ取り返すんだ」
革命だのクーデターの成否は政権中枢を押さえること以上に、メディアを制圧することが重要だ。失敗する場合、大抵は市井の人々が情報を得るための出所を制しなかったことで綻びが生じ、そこから崩れることがほとんどだ。
「瓦版だ。ハーラン、アイツはオンデマンド印刷で一気に数刷って配っているんだろ? そこを潰したい」
「印刷設備襲撃か」
「ああ。理想はプラスチック爆弾か何かで吹っ飛ばすことだ。けどさ、この文明じゃそんなものは無縁だし、よしんば俺たちの頃の基地で生きている倉庫を漁って出てきたとして、そいつは今となっては虎の子の武器だ」
たかだかプラスチック爆弾を『虎の子』などと、貴重な武器扱いする日が来ようとは。話すマイヨも聞くRAAZも溜息を漏らしそうになる。
「あと、ハーランの立場で考えられる選択肢として、今後、何らかの形でできる限りリアルタイムで情報を拡散させようとするだろう。これを潰したい。初歩的なレベルだと、電柱立ててスピーカー設置とか。映像メディアもか。こういうのを使わせる前に潰す」
「工作隊がいるのか」
「そんなところ」
「そうだ。ヤツは充電池式の衛星携帯とAIスピーカーを使っていたぞ」
RAAZがピルロで見つけたもののことを思い出す。
「え? ホント? ああ、衛星携帯なら基地局なくても使えるもんな。けど、そういうのはあっちも数を出せないはず。見つけたら即刻バッテリーぶっこ抜いて物理破壊。エンジン式発電機はその場で中のガソリンをブチまけて放火して焼却」
マイヨは続ける。
「ひとりのとき、少し考えた。俺たちがハーランと直接再会して以来、ヤツはこっちへ量子通信ジャックをほぼやらなくなった」
言われてみればそうだ。RAAZは視線で続きを促す。
「俺が防護策を立てていることはもちろん、逆手に取られて自分がジャック用に使っている端末がどこにあるか見つかるのを嫌がったってことだろ」
「それで?」
「ハーラン側の伝達、拡散手段を先回りで封じた上で情報戦を制すれば、世界が全部敵、って最悪の状態を崩せるんじゃないか? こっちも打つ手を選ぶ余裕が持てる。余裕って言っても、ほんの気休め程度かも知れないけどね」
マイヨがそこまで言ったところで、言葉の意味がわからず、聞いているばかりだったDYRAとタヌが怪訝な顔をした。
「情報をどうにかしろという話なら、お前がその道に通じているんじゃないのか? マイヨ?」
DYRAの指摘に、RAAZはホントそれ、とでも言いたげな顔をした。
「俺が動けるならやっているよ。立候補してでもやりたいくらいだ。でも、俺の身体は今はひとつしかない。生体端末は4基パクられ、手元にあった貴重な1基はピルロでぶっ壊されたし」
生体端末はそういう使い方をするのか。マイヨの言葉でDYRAとタヌはようやく、本来の使い方を何となく理解した。身体がふたつあれば良いのに、みたいなまさに今の状況を何とかするための存在だったのか、と。
「ええと。マイヨさんのそっくりさん、って五人いたってことですか?」
タヌが聞くとマイヨは首を横に振った。
「俺とそっくりのガワは4つだよ。あとは試作でひとつ、俺とは似ても似つかない見た目のタイプがある。それは街中で怪しまれないようにもっと背が低くて、男の子みたいな感じ」
「へぇ……」
タヌはマイヨの言う、そのひとつだけ違うタイプがどんな見た目なのだろうと興味を示す。一方RAAZは、ここで話を本題へ戻した。
「ISLA。お前はそれでどうするって?」
「直近でハーランがピルロにいた。ヤツなら都より、自分のアジトから近い上、隠し通路で逃げ道を確保しているピルロの方が本陣代わりに何かと都合良いだろうけどさ」
「ハーランか」
「ヤツのやりたいことは大筋でいけば、『陛下』を復活させて文明の再興。で、そのための手段で『トリプレッテ』が欲しい、だ」
「そうだな」
ハーランがやりたいこと。それにタヌはじっと耳を傾ける。ハーランと一緒に居たときにも、彼の本心を聞いた覚えはまったくなかった。
「俺だって人間だ。嫌われ、蔑まれるより、たとえささやかでも敬意を払われ、静かに暮らせる方が良いに決まっている」
「……」
「君たちの時代の文明の発展に寄与できるなら、俺の知っていることを教えるくらいはできる。間違った道に進まないためにも」
ハーランに攫われたとき、彼はそう言っていたはずだ。だとすれば今、目の前で話されている内容とはかけ離れているのではないか。タヌは納得できないと言いたげな顔をする。だが、浮かんだことを言葉にできずにいる間にも、RAAZとマイヨの話がどんどん進む。
「俺が知りたいのは、『トリプレッテ』が欲しいならどう動くのかってこと。それともうひとつ気になることがある。ヤツが『トリプレッテ』をどこまで把握しているのかだ」
その言葉にRAAZは訝るような表情を浮かべた。
「どういう意味だ?」
「RAAZ。ハーランは『トリプレッテ』をそもそもどこまで知っている?」
「どこまで、とは?」
「ヤツが『トリプレッテ』の存在を、その名前で知っているってことで、俺も最初は驚いたさ。けど、冷静に考え直したら、『トリプレッテ』を『何』と認識しているのか、だ」
ちらりと耳にしたことがある単語『トリプレッテ』。だが、それが何を意味するのか、聞いているタヌには皆目わからない。DYRAも、それが彼らにとって、死んでしまったRAAZの妻が遺した、とてつもなく大切な『何か』であることがわかる程度だ。
「そこ。恐らく俺とアンタとドクターしか知らないアレ以外だったら、どれであれ『当たらずとも遠からず』ってな。何をどこまで知っているのか、それがわかったら、ハーランが『陛下』を復活させて何をしたいのか、その先が見えてくる」
アレとは一体何なのか。タヌはそれを尋ねようとしたが、DYRAが余計なことを聞くなとばかりに鋭い視線で制した。その圧に、タヌは申し訳なさそうに小さく頷く。
「ISLA。色々言いたいことはあるし、段取りにいくつか不服もないと言えば嘘になる。だがこの際、それは些末なことだ。そしてもう一度ピルロへ行く気なら、お前にやってほしいことがある」
「何?」
「さっきの工作隊の話だ。ピルロにハーランが何らかの機材を導入しようとするなら、お前のコネでそっちでも先行する形でできないか?」
「待ってくれよ。だからそれ、俺としてはキエーザにやらせたい。街でこれから起こるかも知れないことを考えれば上手くいくかわからないからね。迂闊に街の人に直接手を染めるようなことをさせて、皆殺しなんてなったら、たまったもんじゃない」
「こちらとて、キエーザの所在がまだわからない。連絡つき次第、それをやらせることは了解だ。だから、それまでの繋ぎだ」
「わかった。でも確約はできない。やれるだけはやる」
マイヨの言葉の裏に含まれるものをRAAZは察し、頷いた。逆にDYRAとタヌは、何を言っているのか皆目見当もつかず、彼らの会話を音の塊でしか認識できずにいた。
「もうひとつ。あそこの学術機関の蔵書を根こそぎ燃やせ」
まさかの指示だった。これにはタヌは目を丸くして驚く。長い時間の歴史や知識を積み重ねた結晶とも言える資料をRAAZの都合で燃やすなど、あまりにもむごい仕打ちだ。DYRAも僅かではあるが、表情を引き攣らせる。
RAAZはマイヨの方を向いたまま、一瞬だけ視線をDYRAへやった。
「……そういうことだ」
そんなことを頼む理由はひとつだけだ。だが、マイヨは敢えて返事をしなかった。
「役割分担は決まりだな。ISLA。あとは連絡と合流まわりだ」
「俺はピルロ、アンタはマロッタ。で、DYRAとタヌ君だけど」
マイヨが言いかけたときだった。
「あの、父さんがあの後、どこへ行ったかわからないから、どうしたら良いだろうって」
タヌはそう言って、行き先について尋ねた。
「タヌ君。あのとき、お父さんは東の果てから逃げた。少なくとも、あそこより東や北は何もない。南のトレゼゲに行くにしたって、それなりの船でないと遠出は無理だ」
マイヨならわかるのか。DYRAとタヌは少しだけ期待を抱く。
「確証はない。でも消去法で西へ行くしかないだろう。お父さんは宝探しというより、『文明の遺産』にちょっかいを出そうとしているわけだから……」
マイヨは言いにくそうに、続ける。
「恐らく、東の果ての次に行くんだ。多分」
「じゃ、西の果て、か?」
DYRAはマイヨではなく、RAAZを見た。
「RAAZ。お前、それは誰か先に行かせているんだろう?」
「ああ」
「それ、万が一ピッポに見つかりでもしたら」
「仮に地図があって近くに来ても、入口を見つけるのはそう簡単じゃない」
「待てっ! おま……」
DYRAは続きの言葉を発せなかった。マイヨが言葉を被せる。
「RAAZ。仮に俺がピッポなら、目星をつけた入口近くで張り込んでギリギリを狙うね。『文明の遺産』のためなら、近くに来た人間を無差別で潰して、ってのもアリだ」
「だが、彼女はピッポに面が割れていないし、宝探しをするようにも見えない」
彼女。この言葉で誰が向かったか、DYRAとタヌは察知する。マイヨもだ。
「ロゼッタさんが!」
「ああ。彼女が解錠した瞬間、私が行く手はずだ。彼女が最も適任だからな」
聞いた瞬間、ロゼッタが父親に襲われたらどうしようと、タヌはいてもたってもいられなかった。DYRAはタヌの様子を見て、即断する。
「タヌ! 行こう」
「うん!」
半ばなし崩し的なところがあるものの、役割分担が決まった。DYRAとタヌは出発のため、慌ただしく持ち物の確認を済ませる。
「RAAZ。そこへはどうやって行けば良い? 最短で行く方法だ」
詰め寄るようにDYRAはRAAZへ問う。
「ここからなら馬で西へ行き、都から船だ。だが、アニェッリの街中へは入るなよ? 行くのは海沿いの道を走った先にある港だ。時間が許すなら、アニェッリの東端あたりにある馬貸し屋で馬を交換していけ」
「港はひとつだけか?」
「ああ。ガキの親父が東の果てから逃げたとき、船を使った。西へ行く気があるならヤツも立ち寄っているはずだ。まずは入港していないかをそこで確認しろ」
「わかった」
「かなり大きい港だ。一番西側から入れ。西端の埠頭の一角に大型の積み荷箱に偽装した隠し倉庫がある。足りないものや必要なものはそこである程度補充できる」
RAAZからの説明を聞き終えると、DYRAとタヌは大きく頷いた。
「俺の方でもDYRAの動きはある程度トレースする。ふたりとも充分気をつけて」
「ああ」
直後、DYRAとタヌはそれぞれ馬に乗って出発した。
266:【OPERA】少数精鋭とは言いよう。ただ人手が足りないだけのこと2024/01/05 15:08
266:【OPERA】少数精鋭とは言いよう。ただ人手が足りないだけのこと2023/07/31 20:00