265:【OPERA】嘘を暴きたいが、状況が進むのが速すぎる
前回までの「DYRA」----------
アントネッラが帰還した。なのに、何かがおかしい。彼女の愛犬の様子と街の子どもたちからの訴えを聞いたマイヨは内情を調べる。そのとき、大公邸から聞こえてきたあるやりとりから、ある仮説が生まれた。直後、街の人たちへ演説が行われた──。
「皆様! 度重なる災いで打ちのめされたピルロを灰の中から世界で最も強く、美しい街にしてまいりましょう。この足下に『文明の遺産』があるというのなら、この機会にそれらを発掘して善き道に使い、街を南へと大きく、強く、しなやかに広げてまいりましょう! それは皆さまが信じてついてきて下さった父マッシリミアーノ、そして誰よりも愛してくれた兄ルカレッリの悲願でございました! 共に前へ、明るい未来を信じて進んでまいりましょう!」
「──え?」
「──今住んでいる場所から南?」
「──森を全部開かないとならない」
「──家を建て直す木材はそれで調達できるにしても」
屋根の上に隠れて演説を聴いていたマイヨは、演説の声と動揺の声との、あまりにも対照的な雰囲気に一層の不審感を募らせる。
(ったく。安定供給される電力と通信回線がないから、リアルタイムで調べることもできない)
自身がいた本来の文明下であれば、声紋や声のトーンから本心で言っているのかなど、完全ではないにしろ、ある程度の推測が可能だ。演説の様子を動画撮影でもしてあれば視線の動きなども把握できるので、解析精度も上がる。しかし、今いる文明はそうではない。鄙びた文明だ。3600年以上後とは言え、文明の進化速度的な話なら数百年前、ヘタをすれば1000年近い差がある。技術革命の最も基礎となる、いわゆる蒸気機関の開発前夜だ。電気ガスどころか石油すらも見つけていない。
だが、ハーランはそれでも僅かに残ったリソースを『電源が飛んだら使えなくなる』リスクも覚悟の上で禁じ手上等とばかりに投入し、この文明の人間たちと手を組もうとしている。
(くそっ! 鄙びた文明相手なのに、俺たちの方がハンデつきか。けど、そこはハーランも同じか。あっちも当座使う電源はエンジン式発電機、残っているガソリンをそいつにぶっ込んでいるんだろうよ。ってことは、発電機を潰して残ったガソリン貯蔵庫を吹っ飛ばせば打つ手を削れる。が、事態の根本的な解決には繋がらない、か)
マイヨは次にハーランの立場で考える。
(……俺たちが電源狙いで来るくらい、あっちも予想する。とすれば、機先を制するには)
マイヨは、すでに発覚している彼の目的から逆算を続けた。
(いや、ヤツは『陛下』の復活を目論んでいる。なら、超伝送量子ネットワークシステムが絶対に必要なはず。だから復活条件がすべて揃ってる『トリプレッテ』に行き着くわけだし)
だとすれば。
(俺ならまず、『トリプレッテ』のカモフラージュを剥がすか)
RAAZだけが知っている『トリプレッテ』の所在。それについては、マイヨも正確に情報を把握していない。ただ、どこかに隠しているなら、何らかの手段で見えないようにしているはずだ。まずはそれを可視化することが第一歩だろう。
(当然、RAAZもそこは警戒している。対策を練ってあるはず)
ここで、下から聞こえる動揺の声が止まないことがマイヨを現実へ引き戻す。バルコニーからの演説はもう聞こえない。
(取り敢えず、街の人の反応としては反対、ってことか。けど、街の人は正確には何に反対しているんだ? 復興と再開発? それとも錬金協会と組んだこと? あの言い草?)
考えるうち、マイヨはさらに別の点で不審を抱く。
(アントネッラの『街の人を助けよう』とする気持ちは本物だった。だが、この話は短期的に考えて、街の人を助けるそれじゃない。彼女、本心なのか?)
自分が知る限り、アントネッラがこんなことを話すとはとても思えない。仮に脅されるなどしているなら、声、もしくは言葉の語尾が震えていてもおかしくないはずだ。だが、聞いていた限り、自信に満ちあふれており、迷いも淀みも感じられなかった。
どう解釈すれば良いのか。マイヨが判断に苦慮した矢先だった。街の人々が発する声を聞くことに集中していたため、聴覚が取りこぼしていた音や、聞き漏らしていた声が一気に耳に飛び込んでくる。
(あれ?)
下に集まる人々の後ろの方、片隅からだった。遠目に、先ほど会った子どもが白い何かを抱えているのが見える。声はそのあたりからだ。
(ひょっとして)
マイヨはスコープで街の下、問題の方向を見る。
(子犬君?)
アントネッラが飼っている白い子犬だ。子どもに抱きかかえられたままだが、すごい形相で吠えている。マイヨは子犬の様子だけしばし観察するとスコープを畳んでしまった。
(あれは、仲良しの主へ取る振る舞いか? 違うだろ)
先ほど考えたふたつの仮説が脳裏をよぎる。どちらかは当たりだと思って間違いない。
(あの子犬君を見る限り、アントネッラへ直接問いただす選択肢は後回しだ。子どもたちに頼んだことの答え如何でわかる)
やらなければならないことは多いが、今、ここでできることはひとまずなくなった。マイヨはいったん出直そうと決めると、屋根伝いに移動を開始した。
市庁舎側へ飛び移ろうとしたとき、足下のバルコニーで何かが起こっていることに気づいた。マイヨは反射的に屋根に身を伏せ、そっと覗き見る。ひさし越しなのですべてを見ることはできない。下に何人いるかなどはわからない。
「──あのとき、ピルロが焼けたすぐ後、俺たちを助けようとしてくれたじゃないかっ! そのアンタが、どうしてだっ!」
「──いつの時代も雄弁は銀にして、沈黙は金、ってね」
声を聞いた瞬間、マイヨはハッとした。忘れるものか。だが、感情にまかせて飛び出すような真似をしてはいけない。こみ上がってくるものすべてを吐き出すまいと、ぐっと呑み込む。次の瞬間、問い詰めていた男が口を塞がれ、刃物で心臓のあたりをひと突きされた。刺した方の男の頭部が見える。金髪の癖毛だ。
少しの沈黙が流れた後だった。
「──素敵な演説をしてくれたんだ。ゆっくり休んでくれ。後始末はこっちでやっておくから」
「──ありがとうございます」
声を聞いた瞬間、マイヨは聞いた声が、演説の少し前、バルコニーから少しだけ聞こえた会話のそれとよく似ていることに気づいた。
(最後の最後で、収穫アリか)
マイヨは匍匐の体勢で元いた方へ戻る。
(あとは、消える瞬間さえ街の人に見られなきゃ問題ない)
そっと上半身を起こし、片膝を落とした体勢で自身の周囲に黒い花びらを舞い上がらせると、その場から姿を消した。
「戻った」
マイヨはピルロから一気にメレトへ移動すると、DYRAとタヌ、RAAZが待機していた屋敷のテラスへ姿を現した。
「よくも正確にここへ飛んできたもんだ」
「だってほら、東の果てへの地図を渡すとき、DYRAの居場所は常にトレースできるようにしたからね」
「彼女の身体自体にマーカーを設定したということか」
RAAZが少し呆れた表情でマイヨを見た。
「そういうこと。こんな状況だから使える裏技は何でも活用しないと」
「私にはできないことだというのに」
「これが、ほぼほぼ情報処理特化でRAC10プログラムを入れられた俺の強みだから」
驚異的なバックアップ能力をナノマシンを通して自己再生能力や戦闘能力へ大きく振ったRAAZと違うことをマイヨは少しだけ嬉しそうに告げた。
「そうだった」
「そんなことより大収穫だ。ハーランは今、ピルロだ」
にやりと笑みを浮かべて報告するマイヨ。DYRAとタヌは本当かと言いたげに彼を見る。
「ピルロをだまくらかして何かをしようとしている。それだけじゃない。アントネッラのことも引っ掛かる」
「あの小娘か。まったく」
RAAZが嫌そうな顔をする傍らで、タヌは心配そうな表情を浮かべる。
「犬の反応がおかしいんだ」
「犬だと?」
DYRAが怪訝な顔をする。対照的にタヌはアントネッラが飼っている白い犬のことだとすぐにわかった。
「え? どう、おかしいんですか?」
「敵意剥き出しで彼女に向かって吠えるんだ。アントネッラが戻ってきたとは思えないような吠え方だ。人からの報告だけじゃない。俺自身も確認した」
「アントネッラさんの犬、そう言えば名前は確か」
「ビアンコだよ、タヌ君」
「白い犬だから白、か。小娘、考えなしの名前をつけたもんだ」
RAAZが呆れた。しかし、タヌはその言葉を聞いていなかった。
「ビアンコ? ……えっと……あれ?」
少し考えた後、タヌは何かを思い出したのか、「あっ」と声を上げた。
「DYRA覚えている? あの紙だよ!」
「あの紙?」
「ホラ! ボクたちがピルロへ行く直前、休憩に寄ったパオロで見た……」
タヌが何を言っているのかわかると、DYRAもハッとする。
白は女だけに懐く
「何の話?」
「ん?」
マイヨとRAAZがDYRAたちを見る。
タヌはパオロで偶然見つけた紙を手に入れた経緯を話した。被りのついた外套に身を包んだ、錬金協会関係者とおぼしき人間が逃げるように走っていたときに落としたものであること。書かれたメッセージが何を意味するかわからず、暗号のように感じたこと。
「あの、今だからわかったことだけど、『女だけに懐く』ってことは、それって『男に懐かない』んですよね?」
タヌの説明でマイヨはハッとした。
265:【OPERA】嘘を暴きたいが、状況が進むのが速すぎる2024/01/05 15:07
265:【OPERA】嘘を暴きたいが、状況が進むのが速すぎる2023/07/11 20:00




