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263:【OPERA】白い子犬はマイヨへ大事なことを伝えようとする

前回までの「DYRA」----------

 立ち寄った村でピッポたちに見つかってしまったロゼッタ。何としてもRAAZから依頼されたミッションを達成するため、村人の犠牲を出しはしたが、辛うじてその場から脱出に成功。

 その頃、DYRA、タヌ、RAAZはそれぞれ縁あった人間や置かれた今の状況を案じつつ、「時」が来るを待った。

 DYRAやRAAZたちといったん別れて別行動を採っているマイヨは、ピルロの様子を見るべく、北側にあるネスタ山の中腹へ来ていた。

(街の様子は、と)

 マイヨは懐からカード型オペラグラスのような形をした、録画機能つきスコープを取り出すと、それを使って山の麓にある街を見た。現在の彼には望遠鏡などの類を使うことなく遠くを見るのは難しいことではない。それでも、確実に詳細を確かめるために使えるものは何でも使おうと、根城代わりに使っている部屋から引っ張り出してきた品だ。ハーランとて『文明の遺産』を使っているのだ。目立たず、かつ現在の文明下にいる人々を驚かせたり、戸惑わせたりするものでなければ、今は活用あるのみだ。

 スコープ越しに、跳ね橋を渡って街へ入る四頭立ての馬車が見える。

(こんな朝早くに四頭立て?)

 マイヨはスコープの右下に映る時間表示を見ながら不審を抱く。まだ朝7時ではないか。一体何時に出発したのか。訝りつつもさらにスコープを覗くと、馬車の周囲に街の人々が集まり始め、やがて、客室から人が降りてくるのが見えた。

(あれ? ディミトリか)

 見覚えある金髪の後ろ姿が見える。マイヨは鼻で笑った。が、その笑みはすぐに消えた。続いてつば広の帽子を被った、黒っぽい外套に身を包んだ人物が見える。

(もうひとりは誰だ? 帽子と外套のせいでわからない)

 街の人々を見る限り、笑顔や安堵する様子が見える。ひょっとしてアントネッラかとマイヨが思ったときだった。

(あれ?)

 何が起こったのか。周囲の人々の表情が怪訝そうともどこか疑っているとも取れるそれに変わっているではないか。しかし、距離的に音や声を拾うことができないため、何が起きているのかわからない。

(何かあったのか?)

 人々の中に驚きとも困惑とも怒りとも見えそうな表情も見え始める。ディミトリらしき男が集まる人々の波をかき分けて道を作り、そこを帽子を被った人物が通っていく。スコープ越しに見える情報から、マイヨは街に何か激震が走る出来事があったのではと想像する。

「お?」

 スコープ越しに見るのを止めようかと思ったときだった。

(え? 何だ? 何が起こっている?)

 周囲の人々の間に交じって、帽子の人物の足下に何か白っぽいものが見える。マイヨはスコープを拡大しようかと思うが、問題の人物を見失うリスクを考え、止めた。

(見にいきたいのは山々だけど)

 街の人々へ、街と自分たちの暮らしを守るために必要なら自分を売って良いと言ったのは他ならぬマイヨ自身だ。

(こういうとき生体端末があれば便利なんだよ。ったく)

 ハーランにまとめて奪われたもののことを悔しがっても仕方がない。マイヨは気を取り直し、どうやって情報収集するべきかと考える。

(ヤツさえいなければ、どうとでもとまでは言わないが、退散にさしたる手間は掛からないか)

 人々の様子や表情の動きから、帽子を被った人物がハーランだとは思えない。さらに、ディミトリと身長がそう変わらない気もした。マイヨはスコープから視線を外し、天を仰ぐ。

(今すぐ確認したいのはふたつ。ディミトリと一緒にいるのは誰かと、何があって皆がああまで表情を変えたかってことか)

 実際に街へ乗り込み、物陰から見たり聞いたりで情報を集める。この何とも古くさい手段しか浮かばない。加えて、脱出失敗が絶対に許されないので、滞留時間も極力短くする。

(見つかりそうになったらすぐ消えるしかないな)

 方針を決めると、次に街のどこに身を潜めて情報を集めるかを考える。

(被災復興の真っ最中だし)

 マイヨは方針を決めると、スコープを畳んで懐に収めた。そして、その身の周囲に黒い花びらを舞わせ、その場から姿を消した。


(ま、ここならさすがに見つからないだろ)

 マイヨはピルロの地へと舞い戻った。誰にも見つかるまいと選んだ場所は市庁舎の裏手、それも以前の焼き討ちで瓦礫の山と化した側の方だ。周囲を見渡し、人の気配がないかを確認してから、無事だった側へ近寄った。少しずつ、声が聞こえてくる。しかし、人間の声ではない、甲高い声も混じっている。

(えっ! いきなりオオカミさんとか?)

 近寄ってくる唸り声に、マイヨは身構える。六つ目のアオオオカミなら騒ぎにしてはいけない。出会い頭で仕留めるのみだ。鉄扇を手に、意識を集中したときだった。

「まてー!」

「アントネッラ様が戻ってきたのにどうしたんだよー!」

 子どもたちの声が聞こえてくる。

 マイヨは状況を把握した。アントネッラの飼い犬が走り出し、それを子どもたちが追い掛けているのだ、と。大人は拗ねた犬を子どもたちが追った程度にしか思っていないのか、子ども以外の気配はまったくない。

(賭けだな)

 一計を案じると、マイヨは瓦礫の山となった側へと戻り、そこからさらにネスタ山の方へと走り出した。

 土砂崩れで半壊した学術機関があった建物の裏手に回り込み、山の方へマイヨは移動する。街から離れたあたりまで走ったところで、足を止めた。

 ほどなく見覚えがある1頭の白い子犬が姿を現すと、マイヨの方へと駆け寄った。

(やっぱり)

 アントネッラの飼い犬だ。マイヨは膝を落としてから口元に指を置いて静粛を求める。子犬は察知したのか、マイヨの足下で足を止めると今にも悲しそうな声を上げた。それは最初に聞こえた唸り声とは似ても似つかない。

 具体的なことは何ひとつわからない。それでも犬の反応からマイヨは漠然と状況を理解する。

(犬が唸るってことは警戒したか、威嚇したかだ)

 街、もしくはアントネッラの身に極めてネガティブな何かが起こったのではないか。だが、どうしてこちらへ走ってきたのか。

(犬とは人間の言葉で会話ができないからな)

 現状、得られた情報と言えば、先ほど聞こえた子どもの声から「アントネッラが戻った」ことと、犬の様子から「何か良くないことが起こっている」、これだけだ。どうしたものか。あまりにも漠然とした情報しかないことに、マイヨが苦い表情を作ったときだった。

「ビアンコー!」

「どこいったんだよー」

 再び聞こえる子どもたちの声。どんどん近づいてくるのがわかる。足音まで聞こえるようになると、犬はマイヨから離れ、子どもたちの声が聞こえる方へと走り出した。

「あちゃー……」

 今すぐ退散しないと、子どもたちに見つかってしまう。マイヨはここから姿を消そうとしたが、遅かった。

 白い犬と共に、3人の子どもが姿を現した。幼い少年たちだった。彼らは一昨日の朝も自分のことを見つけて、街へ案内してくれた面々だ。

「あ! マイヨだ!」

 少年のひとりが声を上げるや、マイヨは厳しい表情ですぐに静粛を求めた。その顔つきで少年たちも何かを察したのか、口をつぐんだり、手で押さえたりしてから、犬と共に静かにマイヨの方へと近寄った。


「マイヨ、助けてよ」

「大変なことになったんだ」

 もう少し山側へ移動したところで、3人の少年たちが小声で、だが口々に訴える。

「君たちの話を聞く前にふたつ、大事な約束をしてくれないか? ひとつは『静かに。絶対に大きな声を出さない』だよ?」

 マイヨが諭すように告げると、3人とも大きく頷いた。

「もうひとつは、『今、俺がここにきて君たちから話を聞いたこと、これは君たちと俺だけの秘密』だ。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんでも言わない。だよ? これが約束」

「約束する」

「ぼくも」

「おれも」

 小声で3人がそう言って頷いた。マイヨは3人にしゃがんで身を屈めるように促した。彼らが膝を地面につけたのを見ると、マイヨも目線の高さを合わせるように身を屈めた。犬もマイヨの傍らへ行くと、少しの間、安心したような声を上げてから、少年たちのまわりをクルクル回っては、時折街の方を見るを繰り返す。まるで、誰か来ないか見張っている仕草だ。

「子犬君が動揺したみたいだけど、何があったの?」

「今さっき、馬車に乗ってアントネッラ様が戻ってきたんだ」

「錬金協会のヤツも一緒にいた。金髪の兄ちゃんだった」

「パルミーロさんが一緒に行ったはずなのに、いなかったんだ。そのことをジャンニさんが言ったら錬金協会のヤツ、『ひとりで最初から来たのに、何言っているんだ』って言いやがった」

 マイヨは馬車からふたりが降りてから街の人々の表情や様子が一変した件について、合点がいった。

「そしたら急にビアンコがアントネッラ様の足下で唸りだしたんだ」

 白い何かがちらりと見えたものもこれだとマイヨは理解する。

 ひと通り聞いたと判断したマイヨは考える仕草をしてから口を開く。

「いくつか質問をするよ?」

 3人がすぐに首を縦に振った。

「アントネッラが戻ってきたんだね?」

「うん」

「何か言っていた? 『ただいま』とか、何でも良い」

「ううん。何も」

「一言も喋らなかった」

 少年が言ったときだった。

 犬がマイヨの足下へ駆け寄り、必死に何かを訴えるような目線でマイヨを見た。

(なるほど)

 マイヨは一連の出来事が意味することを何となくではあるものの、把握した。

「念のため、もう一度聞くよ? パルミーロは本当に、アントネッラと一緒に出掛けたの?」

「あのとき、『アントネッラ様と一緒にいった』ってジャンニは言ったんだ」

「ぼくのおばあちゃんもそう言っていたよ」

 ピルロを出るとき一緒に出掛けたパルミーロが共に戻っていない。そしてその件についてディミトリが最初から一緒にいない風で返した。そしてアントネッラが戻ってきたのに喜んでいない愛犬。それが何を意味するのか。

(まさかとは思うが……)

 そのとき、邸宅の地下室を訪れた際の記憶が次々とマイヨの脳裏に浮かび上がる。


(ホルムアルデヒド液漬けの死体は、どこへ行った?)


 あのとき浮かんだ疑問へ、今、いくつかの可能性が浮かんだ。

「マイヨ?」

 少年たちが心配そうに声を掛けてくる。マイヨはここで、犬も心配そうな顔で自分を見上げていることに気づくと、一呼吸置いた。

「さっきも言ったけど、俺が今ここに来たこと、君たちと話したことは大人たちには絶対に言わないこと。むしろ、誰にも言っちゃダメだ。約束を守ってくれるなら、この件は俺が調べる」

 彼らの答えはひとつしかない。

「大人には言わない」

「絶対、絶対に守る」

「その間、ビアンコはぼくたちが面倒見るよ」

 犬の話でマイヨは何かに気づくと、安堵の表情を作る。と同時に失策にも気づく。

(これなら発信器でも持ってくれば良かった。子犬君につけるって手もあったからなぁ)

 次にマイヨは、何も書いていない小さな白い紙を懐から取り出すと四つ折りにして、少年たちに渡した。

「調べるにあたって、簡単な頼み事をして良いかな?」

「何?」

「この紙を、折りたたんだままで植物園の、目につきそうな鉢植えの下に置いてほしい」

「え? それだけ?」

「もうひとつ。夜寝る前と、明日の朝一番、子犬君を散歩するついでで、この紙がどうなったかを見てほしい。動いていない、捨てられた、持って行かれた、どれかわかれば良いだけだ。君たちは置いた後、絶対に触っちゃダメだ」

「わかった」

「うん」

「そして君たちは俺が調べている間、邪魔をしないこと」

 マイヨは言いながら鉄扇を取り出すと、開いて軽く仰ぐような仕草を見せた。

「これ……」

 少年のひとりが扇子を見て気づいた。

「アントネッラ様を守ったときのヤツだよね」

「そうだよ」

「よく鉄砲の弾、跳ね返したよね」

 傷がついた箇所を指差されると、マイヨは頷いた。

「さ、怪しまれないように戻らないと。俺も色々やることができたわけだから」

 マイヨは扇子をまじまじと見ている少年たちに頃合いを見て告げた。


263:【OPERA】白い子犬はマイヨへ大事なことを伝えようとする2024/01/05 15:05

263:【OPERA】白い子犬はマイヨへ大事なことを伝えようとする2023/06/19 20:00

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