261:【OPERA】主演が知らずとも、物語は動いていく
前回までの「DYRA」----------
DYRAたちはマイヨのアジトから出発する少し前、アントネッラとキエーザがフランチェスコを脱出したのと同じ頃のこと。
DYRAやRAAZから逃げおおせたタヌの父親ピッポは海路で西の都アニェッリへと逃げおおせ、キリアンと合流を果たす。だが、その現場とそこでのやりとりは西の果てへ向かう途中のロゼッタに聞かれてしまう──。
港沿いの街道で運良く郵便馬車に相乗りできたロゼッタは、アニェッリの外にある、カモラネージ村へと移動した。
「郵便馬車は早い時間から動くのですね」
「んー」
浅黒く日焼けした頬に浮かんだ汗を拭いながら、老御者は頷いた。
「いつもはここまで早くないんだが、今日は急ぎで配ってほしいっていう瓦版を運んでおっての。多分もうそろそろ、都では配られているはずだ」
「号外?」
「ああ。朝、いつもより早く配ってほしいってな。あそこは小さいが漁村でもあるしなぁ。急がないと」
「じゃ、移動はまさか徹夜で?」
「いやいや、夜明け前からじゃよ。錬金協会からアオオオカミ除けの護符もいただいたしなぁ」
言いながら、御者が外套の内側から何かを取り出すと、それをロゼッタへ見せた。それはロゼッタにも見覚えがあった。
(私が、会長からいただいたものと同じ)
アオオオカミ除けの護符は錬金協会で一般向けに頒布されているが、御者が見せたものは、それらとは違う、一握りの上級幹部だけが持っているものだ。この郵便馬車には面倒な相手の息が掛かっているのか。それとも、運ぶものの重要性から持たされただけなのか。ロゼッタは慎重に構える。
「そんなに早くからご苦労様です」
「ええ。ええ。ところでお嬢さんは絵を描くためと言っておったが」
「朝の穏やかな村を描きたくて」
「それはそれは」
「ところで、良かったら、瓦版を見ても良いですか?」
ロゼッタが問うと、御者が「んー」と言いながら、再び懐に手を入れ、折りたたんだ紙を取り出した。
「昨日だか一昨日からこの方、あの人を貼り付けたような気持ち悪い瓦版がなぁ」
御者がぼやきながら紙をロゼッタに手渡した。それは折りたたんだ瓦版だった。この馬車で運んでいる瓦版だろうと察すると、ロゼッタは受け取るやすぐに広げ、目を通す。
(……!)
ロゼッタはビクッと反応したり、声を上げたりしそうになった。が、平静を装い、「あ、あらぁ。す、すごいですね、この絵」などと言って誤魔化した。
「あげるよ。どうせ配るんだ」
「ああ、では、いただきます」
言いながら瓦版を畳んだところで、前方に小さな村の入口が見えてきた。馬車は速度を落としながら、村へと入った。
「さ、カモラネージ村についたよ」
「ありがとうございました。助かりました」
御者へ丁寧に礼を告げ、気持ちばかりの謝礼を渡すと、ロゼッタは郵便馬車を下りた。
ロゼッタが馬車から離れたのと入れ替わるように村の住民が何人か現れ、荷台から瓦版を取り出すと、配布する準備を始めた。
(あの瓦版)
ひと包みの瓦版を手に大きな建物へ入っていったひとりを除き、瓦版を配布し始めた村民の様子をロゼッタは目立たない物陰からそっと見る。
(アントネッラさんが……ピルロへ戻ったって)
ゆっくり頭を整理したい。何かがおかしい。ロゼッタはそう思うと、食堂か喫茶店を目で探す。幸い、目立つ場所にある丸太小屋が食堂を現す看板を出しているではないか。ロゼッタは早速そちらへ歩き出し、食堂へ入った。
店は小さなカウンターと4人掛けのテーブル席が2組あるだけの、本当に小さな店だった。カウンターの向こう側でまだ少年のあどけなさが残っている黒髪をおかっぱ頭にした感じ良さそうな青年店主が最初の客を待っているという雰囲気だった。
「いらっしゃいませ。空いているお席、どうぞ」
青年店主が店へ入ったロゼッタへ明るく声を掛けた。それまで奧にいたのか青年の母緒とおぼしき給仕が現れると、水の入ったグラスとライ麦パンをのせた皿を置いた。
「ご注文は」
パンはつけだしだと理解すると、ロゼッタはココアと焼きチーズを注文する。
「かしこまりました。では少々お待ちくださ……」
柔らかい声で告げた給仕の言葉を遮るタイミングで店の扉が開いた。
「瓦版でーす」
先ほど瓦版配りを始めた村の住民だった。カウンターへ2枚置くと、風のように去った。
「あらあら」
給仕はロゼッタへ一礼すると、カウンターへ行った。
「あら。またあの、人を貼り付けたみたいな変なアレね」
瓦版をチラッと見て怪訝な顔をしてから、給仕は再び奧へ行った。
青年もカウンター越しにチラリと見ると、瓦版へ特に興味を示すでもなく仕事を始めた。
少し待つと、給仕が再び現れ、ロゼッタの前にココアと焼きチーズを置いた。
「あ、ありがとうございます」
ロゼッタは小さく会釈した。
「ごゆっくりどうぞ」
給仕が奧へ戻ったところで、ロゼッタはもらった瓦版をテーブルに置き、焼きチーズが盛られた皿を重石のように置いた。
ピルロのアントネッラ市長、今朝早くに帰還
街再開発を錬金協会、アニェッリとまとめあげる
(今朝早く?)
ロゼッタは店の壁に掛けられた時計にそっと目をやった。時間は朝7時。
(今朝早く?)
瓦版に大きく掲載されている写真もじっと見る。アントネッラが馬車から下りる場面をやや俯瞰気味に撮ったものだ。顔が全部ハッキリ見えるわけではないが、取り敢えず彼女だとはわかる。周囲の風景などはまったく写っていないのでどこかはわからない、と言った感じだ。
(今朝、早く……?)
時計を見る限り、今は朝早くないのか? ロゼッタは不審を抱く。何かがおかしい。自分の感覚ではない。だとすると、おかしいのは……
(瓦版?)
いったいどこがおかしいのか。ロゼッタは目を皿にした。
時折ココアやチーズを口にしながら、瓦版をじっと見つめていたときだった。
店の扉が再び開いた。
「港にお客さんが来た。何か用意してやってくれ」
一目で漁師とわかる風体の男だった。この店の常連なのか、それだけ伝えると、彼の後ろに立っているふたりの男を招き入れる。
ロゼッタが一瞬、視線を上げる。
「あ!」
突然、男の声が聞こえた。同時に、漁師の後ろにいたふたり組のうちのひとりがドカドカッと店へ入り、ロゼッタのいるテーブル前へ近寄った。
「給仕のおばちゃん!」
キリアンだった。ロゼッタはどうしてと少しだけ驚きつつも、極力顔に出さないよう、平静を装った。
「はいはい、何でしょ」
店の給仕をやる女性が自分が呼ばれたと思ったのか、奧からやってきた。
「ああー、ごめんねぇ。知り合いの店のおばちゃんがいたのでついつい」
キリアンがとっさに笑って誤魔化した。
「ピッポさん。ここすわろ」
もうひとりの方を見ながらキリアンが言うと、ロゼッタの向かい側に着席した。続いて、一緒にいた男も入ってきてキリアンの隣に座る。
(この男……! 忘れるものか)
ロゼッタは斜向かいに着席した男の姿を少しの間、じっと見た。
「え? おばちゃんひょっとして、このおっちゃんに惚れた?」
「へ?」
そんなことを言われるとは思わなかったロゼッタは、変な声を上げてしまった。
「この人なぁ。オレの連れだけど、すっごい夢追い人だから止めた方がええで」
キリアンが笑いながら言うと、ピッポも苦笑する。
「連れが変なこと言って失礼」
「気にしてませんから。お気遣いなく」
ロゼッタは軽く流すように伝えた。
「ん?」
ピッポがテーブルに置かれた瓦版に気づくと、「いいですかね」と言いながら手に取り、目を通す。
「へぇ」
「どしたの? ピッポさん」
「始まったなって」
「始まった?」
「んー」
意味深長な笑みを浮かべるピッポに、キリアンが何? と言いたげにせっつく。
「いやぁ、ヴェントゥーラ。頼みがあるんだけど」
「何?」
「この人とさ、ちょっと外で話したいなぁって」
ピッポが鋭い視線でロゼッタを見る。
(まさか、向こうも気づいている!?)
「随分前、一度だけ会っているよね?」
261:【OPERA】主演が知らずとも、物語は動いていく2023/05/22 23:50