260:【OPERA】見限りたいとやり遂げたい 本当に大切なものは何?
前回までの「DYRA」----------
キエーザとアントネッラはアオオオカミの群れに包囲された家から脱出、フランチェスコを脱出するべく、信念がなければ倒れてしまうだろうほどの距離をひたすら走り続ける。同じ頃、集落から脱出したピッポが西の都にある港へ到着、キリアンと合流はしたものの……。
「お前とデシリオの港で別れたあの後な」
「うん」
キリアンは目ざとく水の入った瓶がびっしり収められた棚を見つけると、そこから1本取り出し、飲み始めた。棚の端にはパドロックで施錠された小さな箱がくくりつけられていた。
ピッポが簡素なベッドで大の字になったままで話をする。
「俺はあのあと、夜中のうちにカジェホンからハムシクへ行った」
カジェホン、ハムシクはどちらも港町デシリオにある港の名前だ。港はあとひとつ、キエーザ港もある。カジェホンは近海漁船の利用が多い小さな港ながらも、ハムシク港と同様、トレゼゲ島への交易を目的とした商船の出入りもある。
「また目立つところへ」
「いや、大規模な船が多いからこそ、あそこは小舟の出入りが意外に目立たない。それで夜明け前には船を出して、東へ移動した」
「東だったら、港も近隣の島もない。おまけに崖沿いに移動しても何もないだろ?」
「正確な地図を持っていないヤツはこれだ」
ピッポはハハハと軽く笑った。
「地図? ああ、東側の地図もぶっちぎれていたな」
「『知らなくて良い奴には知らせない』って、錬金協会にいたあの馬の骨野郎がそうしたんだ」
「馬の骨?」
キリアンは誰のことだと言いたげに尋ねた。
「自称1000年以上生きていた錬金協会の会長だよ」
トゲがある、毒を含んだ、そんな言い方だ。キリアンは呆れ顔をした。
「ピッポさん、あの会長がキライなんか?」
「そんな感情はないよ。むしろ、近いのは『どうしてあんな野郎が』かな」
「それって嫉妬じゃん?」
キリアンが瓶の水を一気に飲み干す。棚の脇にある木箱に空き瓶を入れると、ポケットからデナリウス青銅貨を5枚出すと棚の端にある箱に投入した。
「あのトロイアとヤッて不老不死を手に入れ、錬金協会を作って『文明の遺産』を独り占めしたクズ野郎だ。ムカつくに決まっている」
「ヤッてって……」
「トレゼゲ島に伝わる伝説を知ってるだろ?」
「オレ、そういう言い伝えは話半分でしか信じないことにしている。で、それで?」
言いながら、2本の瓶を取り出すと、1本をピッポが寝転がっているベッド脇のサイドテーブルに置いた。
「東の崖の上な。あそこは上に上れる秘密の道がある。船を下りてからはそれを使って移動して、黒い森の東にある『文明の遺産』をちょっといじってきた」
キリアンは地図を思い出しながら確かめる。
「あの、入ったら出られないって話が聞こえる森の東に『文明の遺産』があるってか?」
「ああ。すごいんだ! あれを使えば意に沿わない場所を一瞬にして瓦礫に変えられるって話だからな」
子どものように嬉しそうに話すピッポに対し、キリアンはハッとした。
「場所を、瓦礫……ってまさか、あのデシリオで騒ぎになった地震かっ!」
「街はペシャンコになったか!?」
嬉しそうに尋ねたピッポに、キリアンは水の入った瓶を手近な場所に置くと、ピッポが寝そべるベッドへ文字通り飛んでいき、馬乗り状態になって胸ぐらを掴む。
「ふざけんじゃねぇっ!」
「トロイアは死なないんだ。他が死んでくれる分には一向に困らない」
「アンタ自分が何言っているかわかってンのか!?」
キリアンは怒りを露わにした。
「おいおい! アンタさ、オレの故郷ぶっ壊しても困らないだぁ? 何様のつもりだっ!!」
「ヴェントゥーラ。そんな怒るなって。話はまだ終わっちゃいない。最後まで聞いてくれって。あのガキのひどい所業を」
ピッポは、胸元を掴んできたキリアンの手を払いのけながら続ける。
「その後、そこの下にあるって噂があった『遺産』の鍵を探したんだ。だが、なかったから仕切り直ししようと思っていたところに、ガキとトロイアが追い掛けてきた。トロイアひとりじゃないし、ガキがメンドクサイだろ。で、崖の集落まで逃げた。ガキの足で追いつけるわけがないってな」
「そんで?」
キリアンが投げやり気味な口調で続きを促す。
「一晩走り通しで追い掛けて来やがった」
タヌの父親捜しの執念を思い返せば、それは当然だろう。キリアンはタヌの行動力に感心した。
「ったくしつこい。トロイアにしか用はない。で、追い返そうと思ったんだがな。トロイアが何であのガキの肩を持っているのか、理解できない」
「そりゃ、タヌ君にしてみれば、アンタを捜すのに必死で、あのバケモノじみた強さのオネエチャンまで味方にしたんだからな」
キリアンは、タヌの執念が家族を捨てて『文明の遺産』を手にすることに執念を見せる父をも超えるそれだと感じた。ピッポは勝てないだろうな、と。
「ガキに追い詰められてな。そこにあの馬の骨まで現れて、集落諸共焼き討ちにしやがった。で、俺は命からがら逃げてきたってワケだ」
「あんな子どもが親を必死になって追い掛ける。なのに! アンタどうして!?」
「アレが俺のガキだって証拠もない」
「いや、顔立ちとか髪とかそっくりやん」
ピッポの言葉にキリアンはすかさず切り返す。
「何言っているんだ。『文明の遺産』が『財産』だった頃は顔も体つきもそっくりのヤツをフツーに後から作れたって言うくらいだぞ?」
「それで? アンタはタヌ君をそれで疑っていると?」
「当然だ」
「けど、カミさんいたからタヌ君生まれたんだろ?」
「知るか。あのスパイ女から生まれた証拠もないんだ」
「えっ」
「あの女は……」
思わぬ内容が飛び出したが、キリアンは全部を聞き取れなかった。
コトリ
突然、外から小さな物音が聞こえた。それは明らかに波ではない、別のものだった。
「おっ?」
キリアンは反射的にピッポから離れると、とび口を手にして、扉に耳をそばだてた。扉のすぐ向こうに誰もいないことを確認すると、そっと開き、あたりを見回す。念のため、扉の上もちらりと見る。平屋の建物の上に誰かがいる風でもなかった。
(誰もいない? けど、あれは動物が通った音じゃない)
さらに、建物の周囲もひと回りした。やはり誰もいなかった。キリアンは船が泊まっている桟橋まで歩いて様子を見に行った。
(おっかしいなぁ。さっき、ここに来たときも、ピッポさん以外の気配があったんだけどなぁ)
このときまた、波の音に混じって、微かに音が聞こえた。近くにいる。キリアンが諦めずに捜そうとしたときだった。
「ヴェントゥーラ。気のせいだろ」
ピッポの声だった。キリアンはいったん、休憩所へと戻った。
「こんな時間だ。野良猫か何かだろ」
いや違う。そんなものではない。キリアンは言い返そうとしたが、ふと、何かを思い浮かべると、言葉にするのを止めた。
中に戻ったキリアンは、このまま先ほどの話の続きを聞くのはどうかと思う。もしかしたらピッポも焼き討ち騒ぎからの逃走故、疲れているのかも知れない。少なくとも、マトモな神経で話す内容ではない。
「ピッポさんも、いったん休んだ方が良いよ。何か物騒な目に遭った後だしさ。オレがいるから大丈夫だって」
「そうか。悪いな」
ピッポは上半身を起こすと、靴と靴下を脱ぎ、上着を脱ぐと、そのまま毛布を被って、眠りについた。
早々と寝てしまったピッポの様子に、キリアンは苦々しい顔をした。
(タヌ君やオネエチャンだったら、ここへ殴り込んでくるはずだ)
キリアンは水を飲みながら考えた。ピッポがここにいるのがバレたかも知れない。とすると、外にいたのは誰の手の者なのか。
(まいったなぁ。あのときの人かな?)
ロゼッタの顔が浮かぶ。だが、すぐに首を横に振った。
(今更? あのヒトが会長の手の者だとして、話を聞いても何のメリットもない。それにオレら、ここに長居する気もないからすぐに動く)
タヌにとっては死活問題だが、会長にとってはどうか。彼女にここまで自分たちにまとわりついて見張る真似をする理由が見えない。
結局、誰かが意図して見張っているとしても、それが誰か、キリアンはピンとこなかった。
RAAZからの命令を遂行するべく、夜のうちに西の都から海沿いに出ていこうとしたロゼッタは、通り掛かった港でピッポとキリアンを目撃した。ふたりのやりとりを壁越しで聞いていたとき、キリアンに気づかれたが、反射的に建物の上に上り、俯せになって身を屈めたことで見つからずに済んだ。キリアンが桟橋側へ行った隙に建物から下りて逃げることに成功すると、キリアンが戻ったのを見届けてから、建物の陰や夜陰に紛れ、港の西端まで走った。
(タヌさんの両親は……!)
話を聞いてしまったロゼッタは、港の西端で詰み上げられた、荷馬車2台は余裕で収まりそうな大きさをした積み荷箱の陰でひとり、困惑した。
(あれが事実なら……)
知らせるべきか。知らせない方が良いか。だが、優先順位を考えればそこを気にしている場合ではない。
心苦しいが、任務完了次第すぐに知らせる。これしかない。
タヌとは仕事で縁あっただけの関係だ。だが、これまでの顛末を見ている身として、どうにも放っておけない。
(エルモだって)
もしかしたら、自分の息子だってタヌのような目に遭った可能性もないとは言えない。たまたま、会長が守ってくれたおかげで何も心配なかったにすぎない。だが、タヌは違う。母親がけしかけてきたとも知らず、錬金協会からつけ狙われるようになった挙げ句、父親絡みで得体の知れない男にまで目をつけられてしまった。それでもタヌは諦めなかった。その執念で、会長がもっとも気に懸けている女性と行動を共にするのみならず、本人までも直接動かし、因縁浅からぬ三つ編み男までも味方につけた。もちろん、会長を始め、彼らにも彼らなりの思うところがあるだろう。だが、それを差し引いてなお、だ。
(まずは、西の崖へ行くことだ。今はいったん、ここで休むか)
ロゼッタは半開きになっている、空っぽの積み荷箱をめざとく見つけると、夜明け前までそこで休んだ。
空が白み始めた頃、ロゼッタは積み荷箱から外に出ると、早速移動を始めた。誰かが起き出す前に港を離れる必要があるからだ。
(今日、日が暮れるまでに目的地を目視できる場所へ行きたい)
そのためにもまずは海沿いにある小さな村にたどり着かなければならない。そこが最後の休憩できる場所となるだろう。
ロゼッタが港から離れ、西へ一路歩いているときだった。
荷馬車が後ろから近づいてきた。ロゼッタは通そうと、路肩に寄った。幌には、郵便馬車であることを示す羽根ペンのマークが描かれている。
馬車がロゼッタの少し前で止まった。
「そこの方、カモラネージ村へ行くのかい?」
痩せた、浅黒い肌の御者が声を掛けた。深い皺と乾いた肌とが相当年を重ねたことを告げている。ロゼッタは無視をしてはかえって怪しまれると思うと、返事をする。
「はい。絵を描こうと思いまして」
「おお、そうでしたか。せっかくだ。乗って行きなさい」
ロゼッタはさりげなく幌の中をちらっと見た。中には小さな木箱がいくつか入っているだけだった。人が隠れているなどはない。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて」
返事を聞くと、御者台にいた老御者は隣に座れるようにと少しずれた。
ロゼッタが乗り込むと、御者が馬に鞭を打ち、荷馬車を走らせた。
260:【OPERA】見限りたいとやり遂げたい 本当に大切なものは何?2023/05/15 20:00