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259:【OPERA】キエーザとアントネッラ、街を脱出の逃避行

前回までの「DYRA」----------

 アントネッラとキエーザに、おぞましいものが迫っていた。しかし、今は逃げなければならない。ふたりは大脱出を敢行する。

「アントネッラさん。逃げますよ?」

「どうやって!?」

「悪いけど、文字通り『死に物狂い』になってもらいます。何があってもあなたをマイヨのところへ」

 先ほども街のために死に物狂いに、と言われたが、まずは生き残るために死に物狂いになれということか。アントネッラはしっかりと頷いた。

 キエーザは指示する間にも台所から包丁を2本持ち出すと、アントネッラを手招きする。それから、先ほどハーランをまいて(・・・)入るときに利用した隠し扉がある方へと走り出した。

 アントネッラはランタンを手に、キエーザに続いた。壁の一角に立つと、キエーザが壁を強く押す。

「狭いけど、静かに通って下さい。ヤツらが吠えても、悲鳴を上げないで。突き当たりに階段があります。それを下ります」

「ええ」

 今はとにかくキエーザを信じるしかない。アントネッラが先に中に入り、ひとりが通るのがやっとの通路を早足で移動する。次にキエーザが隠し扉を閉めてから続く。

 壁の向こうからアオオオカミが一声に吠える声が聞こえてくる。アントネッラは悲鳴を上げぬよう、ランタンを手にしていない方の手で口を固く塞いで声を漏らさぬよう、視線は転ばぬよう足下にと意識した。

 階段を無事に下りると、廊下を走る。一瞬振り返るとキエーザもいる。アントネッラは安心して突き当たりまで走った。

「はっ……はっ……」

 キエーザがランタンを床に、そして膝に手を置いて息をつくアントネッラの背中をそっとさすった。

「大丈夫。でも、自分が良いというまで、絶対に声を上げないで」

 それだけ呟くと、足下にある床板を外す。梯子が現れ、下へと続いていた。先にキエーザ、続いてアントネッラが下りた。

 ふたりが梯子を下りると、施錠された鉄扉が現れた。キエーザが鍵を取り出し、開く。ゆっくりと押し開けると、向こう側には地下水路が現れた。

「ついてきて」

 人の気配がまったく感じられぬ迷路のような水路をふたりは時折、アントネッラが息を整えるための休憩を取りつつも、走り続けた。

 足が痛い。もう走れない。

 アントネッラは何度も言葉にしそうになったが、堪えた。弱気が顔を出しそうになるたびに、再会したルカレッリのことを思い出し、髭面の思い通りにさせるものかと闘志を燃やす。さらに、自分を助けてくれた人たちがすでに犠牲になっていることを思い出し、彼女の気持ちを奮い立たせる。

「こっち。足音を立てないで上って」

 随分と走った後、どこかの壁の前に立ったキエーザが鍵を取り出すと、隠し扉を開くと、アントネッラを入れ、自分も続いた。

 階段を忍び足で上りきると、キエーザはそっと扉を開いた。アントネッラは足下に箱らしきものが置かれていることに気づくと、足をぶつけないように意識した。

「水路の管理人もいないし、ヤバそうな雰囲気もない」

「どこに来たの?」

「フランチェスコの西門近くだ。以前、アオオオカミ襲撃があったり、ラ・モルテにボロボロにされたりで色々面倒があった場所で、夜盗さえ来たがらない」

 ラ・モルテ(死神)と聞いて、アントネッラは内心、ぎくりとする。ピルロが見ることになった発端は自分が彼女にひどい仕打ちをしたことにもあるからだ。でも、もう起こってしまったことを振り返って悔いても遅い。

 外へ出ると、キエーザが話し掛けた。

「必ず、あなたをマイヨと再会させる。だから、今少し、頑張ってほしい」

「あの、どこへ?」

 キエーザが耳打ちする。

「まずはフランチェスコを出て、近くの村へ。休んでから馬を借りて、また移動します」

 外へ行くと聞き、アントネッラはすぐさま顔を上げた。

「ピルロへ戻ることは、できませんか? いえ。どうしても戻らないといけないんです。街はここままじゃ恐ろしいことになります。街の人も」

 言い掛けた言葉は続かない。キエーザが彼女の口元に手を軽く押しつけ、静粛を要求したからだ。アントネッラも大きい声を出してはまずいと気づくと小さく頷いた。

 キエーザはジャカの姿であったときに見せてもらった瓦版のことを思い出す。

(これから配る瓦版ってヤツのことか。確かに、あれは一歩間違えれば彼女も帰る場所を失う)

 だが、軽率な振る舞いは危険だ。キエーザは思案して、答える。

「その件は聞いています。でも、今戻ってもあなたの立場上、大変なことになる」

 アントネッラは決してバカな女性ではない。だが、今の状況で軽率に動いてしまえば敵陣に飛び込む良いカモだ。

「それに、まずは一度休まないと。あれだけ走ったんだ。普通の、逃げ惑うだけの人間なら、もう倒れている」

 そう言いながら、ジャカはアントネッラを抱き上げた。

「あなたも疲れているはず。夜陰に紛れて、移動しますから」

 キエーザはフランチェスコの西門へと歩き始めた。

(街を脱出したらマロッタへ急がないと)

 歩きながら、ふと、思い出す。

(マロッタと言えば、あのとき確かアニェッリの大公がいたな。あれは大丈夫なのか?)




 アントネッラがキエーザと共に街を脱出していた頃。

 奇しくも西の都アニェッリでも動きがあった。

「……でね、もうひとつ。ピッポがこっちに向かっているって、デシリオの連絡係から報告があった。そろそろ着くんじゃないかしら」

「大公サン。今、何て言った? ピッポさんじゃない、最初の方な」

 キリアンはお忍びで出てきたアンジェリカに呼ばれると、サルヴァトーレの店の近くにある宿屋の一室で、四角い鞄を置いたテーブルを挟んで彼女と話していた。

「言った言葉の通りよ? 私は同じこと二度は言わないから」

 キリアンは眉間にしわを寄せる。

「ピッポはまだ使える切り札だから絶対に守らないといけないわ。それに、これから政治が一気に動く見世物が始まるのよ。それを邪魔されたら困るから」

 アンジェリカはそう言って、鞄を指差した。

「そういうわけで、お願いね」

「オレがそういう仕事を受けない、って知っていて言っている?」

「信念を曲げたくなるお金を、だからしっかり用意したわ」

 アンジェリカは言うことを言い終えると、宿屋の部屋を足早に出ていった。

 部屋に残ったキリアンは、呆れ顔で鞄を開き、中を見た。両替所の符合が1枚と、書類が2枚。両替所に確かにお金を預けたという内容だった。

「……税金でオレへの依頼料払って、人を殺せだの、攫えだの、無茶苦茶だ」

 キリアンは深い息を漏らした。

「ピッポさん守る分しかやりたくないね。と言いたいけど、これも仕事、か。ピッポさんと言えば、あの後、タヌ君は大丈夫だったのかなぁ。それに……」

 鞄から符合と書類を取り出し、空にすると、申し訳程度の荷物をまとめ、符合などを懐に入れてからとび口を手に、部屋を出た。

「あーっとマイヨさんだっけ? 利益相反な二重依頼になるって大公サンわかってんのかなぁ。ってか、わかっているからカネ詰んできたってこと?」

 廊下を歩き、階段を下りると帳場に部屋の鍵を返し、外へ出る。

「違約金払えばイイって問題じゃないんだけど」

 キリアンは渋い顔で、ほぼほぼ人がいなくなった夜中の街を南側の港がある方へ行くべく、気持ち下り坂になっている道を走り出した。

(取り敢えず、こういう案件は『一方聞いて沙汰するな』って言うしな)

 移動中、遅い時間と言うことで店を閉めている辻馬車の事務所を見つけると、キリアンは裏に回り込んだ。

(ちょっとこれ、拝借するよ)

 目を付けたのは、大量の餌や荷物を運ぶときに使う平台車として使う、小ぶりな車輪が4つついた、縄がついた板だった。キリアンは周囲に人がいないことと、道が曲がりくねっていないことに目をつけると、中腰の体勢で台車に乗って、地面を軽く蹴った。キリアンを載せた台車は石畳の道を勢い良く走り出した。

(これから走るよりちょっと速いし、足の体力温存できる)

 視界の先に、キラキラと光る風景が目に入ると、タイミングを見て飛び降り、平台車を捨てた。

(よっしゃ。んじゃ、ピッポさんが海路で来たとき用の合流場所へ……っと、あれ?)

 キリアンは煌々と灯りで照らされている港の片隅から海岸線の方へと移動する人影を見逃さなかった。

(ピッポさんかな?)

 そのとき、港の灯りのひとつが再び人影を照らし出す。

(ってどういうこと!?)

 港を見ると、大型帆船が2隻と小型帆船が1隻、それにカッターボートと思しきマストが1本の船が停まっていた。最後の船は救命艇よりは大きい程度の船で周辺の船と比べて明らかに小さい。

 キリアンが船と先ほど人影を見かけた場所と交互に視線をやったときだった。

「ヴェントゥーラか」

 船の方から聞こえてきた聞き覚えある声。キリアンはすぐにそちらへ走った。

「ピッポさんかい?」

 小さな船から人影が出てくると、船員たちが休憩用に使うと思しき建物を指差した。キリアンはそこへ来いという意味と解釈すると、さっそく向かった。

 服装どころか、顔まで煤けたピッポに、キリアンは何が起きたのかと訝った。

「ピッポさん! 何があったん!?」

「放火騒ぎに巻き込まれてな。あのガキに殺されかけた。とんでもない話だ」

 ピッポは言いながら、建物の扉を開いた。中に人はいない。ふたりは入ると、手近にあるランタンに火を点け、それを持って、奥にあるベッドが並んだ部屋へと入った。

「すまん。休ませてくれ」

「それは、良いけどさ」

 キリアンの返事を聞くや、ピッポは枕元にあるサイドテーブルにランタンを置くと、ベッドに大の字になって倒れた。

「ピッポさん。殺されかけたってタヌ君に……? 冗談だろ。あのオネエチャンだって、そんなことを許すと思えない」

「大真面目だ。あのトロイア(売女)が庇ってくれなかったらどうなっていたか」

 誰のことかわかると、キリアンは眦を少し上げた。

「冗談は休み休みに言ってよ。ホントは何があったの」

 キリアンの問いに、ピッポは大あくびをしてからおもむろに話を始めた。



259:【OPERA】キエーザとアントネッラ、街を脱出の逃避行2023/05/08 20:00

259:【OPERA】キエーザとアントネッラ、街を脱出の逃避行2023/07/27 14:03

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