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256:【OPERA】ツケは結局、一番弱い者にまわってくる

前回までの「DYRA」----------

 ピルロから連れ出され、ルカレッリと再会したアントネッラは、脱出を考えるも、いったん思い止まる。が、その策が裏目に出る。それでも、クリストの罠に嵌まるかけたところを通りすがりを装ったジャカに助けられ、無事に脱出をしたかに思えた。


「そう言えば、これ……」

 アントネッラはそう言って、くしゃくしゃになった2枚の紙をテーブルに広げ、ジャカへ渡した。テーブルにはコーヒーポットと、牛乳が入った小さなピッチャー、マグカップがふたつ。そのうちひとつには、コーヒーとは思えぬベージュ色の飲み物が入っている。

「あのお洋服屋さんに鞄も何もかも置いてきちゃったから、これだけしか持ってこられなかったけど」

「それでいい。万が一、鞄の中に何か仕込まれていたら面倒だし」

「お財布も」

「命あってのモノダネだ。財布なんて後で良い」

 安心させるように話すジャカに、アントネッラは少しだけ安堵した。

「これ、飲んで良いの?」

「ああ。昔、洋服屋のサルヴァトーレさんに教えてもらった飲み方だ。コーヒーと温かくした牛乳を半々で入れる」

 酒が抜けるの一言に、アントネッラは鼻を近づけ、アルコールの心配がないのを確認してからごくごくと飲む。ジャカはその様子を見て、警戒心を持つようになったのは良いことだ、などと思う。

「あなたも聞きたいことがあると言っていたけど、私もいくつか聞いて良い?」

「答えられる限りのことは、構わない」

 穏やかな笑みを浮かべた中年男に、アントネッラは安心した。

「マイヨは今、どこにいるの?」

「やっぱり最初の質問はそれか」

「ご、ごめんなさい」

 気を悪くしただろうか。アントネッラは慌てて謝った。

「いや、そうじゃない」

 ジャカが笑顔で応えて、自分のコーヒーを一口飲んだ。

「マイヨから話を聞いたとき、アンタのことを気にしていたからさ」

 気を悪くしていなくて良かった。アントネッラはホッとした。

「で、マイヨだけどな。錬金協会が乗っ取られ……」

「のっ、乗っ取られた!?」

 ジャカの言葉はアントネッラの素っ頓狂な声で遮られた。今度はジャカが驚く。

「え? 何が起こったか把握していない?」

「『体制が変わった』って瓦版を渡されて、私……」

 アントネッラは自分がピルロから連れ出されるまでの顛末を話した。それを聞いたジャカは眉間に皺を寄せ、難しい顔をしてさらにコーヒーを飲む。

「アンタの質問にはできる限り答える。でも、答えるにあたって、アンタが何をどのくらい把握しているか確認したいんで、先に質問させてくれ」

 自分が一々反応してやりとりが途切れることを嫌がられたかもと察したアントネッラは一瞬だけムッとする。しかし、今の状況ではジャカの言い分が正しい。それに今の言葉をマイヨが言えば自分はどういう反応をするだろう。酔いから醒めかけた頭で考え、納得し頷いた。

「じゃ、聞く。その前に念のため、アンタとお兄さんのフルネーム、それにお父さんと母方のおじいさんの名前を聞かせてくれ」

 母方の、という言葉にアントネッラは怪訝な表情をしたが、質問の意図を理解すると、ルカレッリや父マッシミリアーノの名前に続き、答える。

「母方のお祖父様はアリーゴ・アンチェロッティ」

「ご出身は?」

「アニェッリよ。そして、リマ大公の曾祖父に若かりし頃負けて、追放されたシルヴィオ・ピルロ・サッキの曾姪孫です」

 母方の祖父の名を淀みなく言い、出身地も間違いない。おまけにピルロという街の言わば名前の由来となった人物との関係まで丁寧に補足。ジャカは話を進めて問題ないと判断した。

「ありがとう。本題に入ろう。アンタはRAAZ様に会ったことあるか?」

「2度、あるわ……」

 アントネッラは言いにくそうに続ける。

「最初は、私が20日以上前だけど、ピルロが燃えたあの日よ。あれは、彼が燃やしたと言っていた」

「2度目は?」

「10日ほど前だったかしら、山崩れが起こって、中心の広場から北側の一部に土砂が流れちゃったとき。あのときは、生き埋めになりかけた子たちを助けてくれた」

 ジャカは頷いてから続ける。

「アンタは何で自分が連れてこられたか知っているか?」

「正確にはわからない。でも、ピルロから連れ出されて、まさかあんなことになるなんて」

「あんなこと?」

「1年前にアレッポに殺されたお兄様と再会したの」

「ちょっと待て。それ本当か?」

「間違いないわ。あれは本物だった」

「それで? 何が起こった?」

「お兄様は髭面の男に助けられて、それで1年前、難を逃れたって」

「髭面の男? 名前とか、他に情報ある?」

「ええ。名前はハーラン。マイヨも知っている。あっちもマイヨを知っていて、『ネズミの親玉』とか散々な言い方してる」

 ジャカはアントネッラにコーヒーを飲みながらで良いからと仕草で伝えつつ、続きを促した。

「初めて見たのは、ピルロが焼かれたまさにその日。突然現れるなり、ウチの小間使いを殺して逃げた」

「その小間使いだけ? 本当に?」

「正確にはその場に居合わせた男の子を攫って、そのまま逃げたの」

「男の子?」

「ええ。詳しいことはちょっとわからないんだけど。初めて見たときは、ラ・モルテと一緒にいた。次に見たときはマイヨと一緒にいた」

「男の子の見た目は?」

「茶色の髪をした、利発そうな子」

 ジャカは聞きながら、考える。実際に会ったことはないが、ラ・モルテ(死神)と一緒にいたり、マイヨと行動していたというくだりから、RAAZがもっとも気に掛けている女性の側にいる少年ではないかと推察する。

「次の質問だ。ルカレッリと再会して、何か言われたか?」

「『錬金協会を変革する』って。『文明の遺産』から学ぶために対峙するって」

「ルカレッリはハーランといたんだな?」

「ええ」

「アンタは本当に、ルカレッリとハーランが繋がっていたことを知らなかったのか?」

「夢にも思わなかった。驚いた。逆に、お兄様は私がマイヨと縁があることに驚いていた」

 アントネッラは残ったコーヒーを全部飲み、ポットから2杯目を注ぐ。

「アンタ、ひとりだけで連れて来られたのか?」

「いえ、パルミーロ、あ、ピルロの役所で働いてくれている人が一緒についてきてくれた。マイヨのことも知っている。っていうか、街の人にとってもマイヨは恩人みたいな感じ」

「そいつはどこにいる?」

「私がお兄様と再会していたとき、もう、どこか別の場所に連れて行かれたのか、どうなったのか、わからないの」

「アンタが連れてこられるまでの顛末すべてに対する証人、ってことか」

「ええ」

 ジャカが聞いたことを頭の中で整理する。そのとき、アントネッラは2枚の瓦版を指す。

「見て良いか?」

「ええ。1枚は、まだ出回っていないって。『これから配る』んですって」

 ジャカは問題の1枚に目を通した。

「……なるほど。ピルロから『自発的にアンタが出ていった』ことにしないと都合が悪いのはそういうことか」

「だいたい私、アニェッリとも錬金協会とも和解した覚えなんかないわ」

 アントネッラはそう言って、困惑の色を浮かべる。

「気を悪くしないでくれ」

 ジャカが先にフォローしてから話す。

「アンタの話が本当なら、この筋書きを書いたヤツにとって、アンタに今ピルロへ戻られるのは都合が悪いんだ。だから、あのマセガキに色仕掛けさせたんだ」

「ホント最悪。髭面って、悪趣味すぎ! でも……」

 ここで、アントネッラは深い息をこぼしてから天井を仰ぎ見た。

「マイヨから聞いていた。『親戚が皆、顔がそっくりだ』って。そのそっくりさんを差し向けられなかったのは救いだったかも」

 動揺しているときにそんなことが起これば自分は本当にどうなっていたかわからない。取り返しのつかない判断ミスをしなかった保障はどこにもない。アントネッラはこの1点についてだけは安堵した。

「そっか」

 ジャカは小さく頷いた。

「じゃ、今度は俺がアンタに話さないとな。まず最初に一番気にしている、そのマイヨのことだ」

 アントネッラは視線をすぐさまジャカへと戻した。その様子に、ジャカは彼女がマイヨを信じつつもその身を案じていることを察する。

「居場所はわからない。ただ、一昨日、いや、もう昨日か? 夜中にマロッタで会って会長も交えて話をした。どこへ行くとかそういう話はしていなかったが、一連の騒ぎに対する反撃の準備をしている」

「マイヨ、大丈夫かしら」

「ああ、大丈夫だ。あれは俺から見ても会長に負けない胆力がある。最後の会話から察するに会長と動いている。乗っ取った連中は共通の敵って感じだったしな。俺もアンタを保護したことを報告するから、マイヨとは数日のうちに会えるはずだ」

「私、ここから出ちゃダメってこと?」

「少なくとも今日明日いっぱいは。アンタからの話を聞いて、できることならマイヨへ直接預けたいし」

「あの、私にここを動くなというなら、お願いを聞いてくれないかしら?」

「ん?」

「できればその、私と一緒に来た、パルミーロを捜してほしいの。できれば助けてほしい」

 アントネッラの頼みに、ジャカはどうしたものかと言いたげな顔をした。

「アンタのことは先に片付けてから俺の仕事って感じだったんだが……」

「お願いします」

 アントネッラが頭を下げたところで、ジャカは怪訝な表情をした。

「ん?」

「どうしたんですか?」

「そう言えばそろそろ俺の部下が戻ってきて良いはずなんだが」

 アントネッラは、先ほど自分を助けてくれたときに一緒にいた面々のことだとすぐにわかった。

「おっそいな」

 ジャカはそう言って、出掛ける準備を始めた。

「え? 私、ここにひとりで」

「ここは誰も知らないから来客は絶対にない。あと、俺と部下以外で錬金協会の人間は近づかない。でも、戸締まりはしっかりしてな? 騒ぎが起こったから野次馬根性出して雨戸を開けないように」

「はい」

「もう一度言う。来客は絶対にない。だから、中からは開けないこと」

「わかりました」

「俺たちが戻るときはさっきの玄関とは別の入口から戻る。アンタは安心して風呂入って、寝てて大丈夫だ」

「ありがとう」

 頭からすっぽりと黒い外套に身を包んだジャカはアントネッラを残し、一軒家を出た。


 誰にも見られることなく一軒家を出て、夜の雑踏へ舞い戻ったジャカは先ほどの洋服屋のあたりで野次馬が人だかりになっている光景を目にした。

「何かあったのか?」

「!?」

 ジャカは騒ぐ野次馬をかき分けて現場へと近づく。近づくに連れ、虫の知らせとでも言うのか、嫌な予感を抱かずにはいられないかった。

「……!」

 最前列の野次馬の肩越しにようやく現場が見えるようになる。飛び込んで来るやジャカは息を呑んだ。

 洋服屋の前に死体がいくつも転がっているではないか。その側で自警団のような面々が現場を事細かにチェックしている。時代が時代なら現場検証と呼ばれるだ。

(何てこった……!)

 死体は5つあり、4つの黒い外套姿と、それなりに年がいっている女性だ。さらに周囲には白い薄手のワンピースや上着、靴、小さな鞄が散乱している。ジャカはそこにあるもののどれにも見覚えがあった。

(剥がされた腹いせに今度はこっちを剥がしに来たってことか!?)

 ジャカはまずいことになったと思う。

(あのガキが5人を一気に()ったとは思えない)

 まさか自分の部下がまとめて殺されるようなことになろうとは。心から申し訳ないことをしたとジャカは思う。だが、詫びたり悲しむのは今ではない。誰が、どうやって大の大人5人を一気に始末したのか確かめる必要が出てきた。

 ジャカは野次馬たちや現場を見ている自警団の面々たちの会話に耳を傾ける。

「──細い刃物で切られて、大量の血を流して死んでいる」

「──こいつは腕、こいつは首、こっちは心臓の近くだ」

「──服の上から一気に切っている。外套も服も皆、同じところを切られている」

「──包丁か何かで斬りつけたのか?」

「──わからんよ。だが、刃物で、恐ろしく切れ味が良いのは間違いない」

 切られた場所が皆違う。抵抗、もしくは反撃しようとした瞬間にやられたのか。それともすれ違いざまにやられたのか、それはわからない。

「──あとは屯所で調べるぞ。おい、死体を運べ」

 ここまでを聞いたところで、死体を確認したい衝動に駆られるが、今急ぐべきはそこではない。

(会長へお伝えしないと。取り敢えず、監査部の連中のところへ行くか)

 フランチェスコの協会にも監査部はある。どこの街の協会施設でも、この部署は「お荷物部署」扱いだ。会長はそのことに目をつけ、自分の息が掛かった人間を入れている。まずはここで伝言を頼もう。それが最初にやるべきことだ。

 ジャカは近づいたときと同じように野次馬の中に紛れそっと抜け出た。

 急ぐ気持ちを抑え、街の人々と同じように何食わぬ顔で歩いて行くうち、目的地である錬金協会の建物が見えてきた。ジャカは素知らぬ顔で敷地へ入ると、受付へと赴いた。

「あの、本日は……」

 受付の女性が言い終わるより早く、ジャカはサンゴをつけた鍵のペンダントをチラリと見せた。

「忘れ物です」

 何食わぬ様子で奧へと入った。建物の廊下を歩いて行くと、一番奥に「監査部」と書かれた表札のある扉までたどり着く。ジャカは軽く扉を叩いてから開いた。

 まだ明るい部屋では、ふたりの職員が仕事をしている。

「こんばんはー」

 ジャカは挨拶をすると、内部用の連絡を速達で依頼した。

「……行き先がマロッタの食堂アセンシオ店長宛。内容が『お目当てのお魚はまだですが、別件のお魚は手に入れました』ですね?」

「それでお願いします」

 依頼を済ませたところで、ジャカは錬金協会の建物から足早に外へ出た。

 もう一度、夜の街に溶け込もうとしたときだった。

「すみません」

 突然、錬金協会の敷地沿いの塀に背を預けていた男が声を掛けてきた。影のせいか、顔は良く見えない。

「はいはいどうもー」

 ジャカは怪しまれないよう、冴えない中年男らしい返しをした。

「火、貸してもらえませんかね」

 男がそう言って、タバコを吸うジェスチャーをした。

「ああ、いっすよ」

 ジャカは火打ち石に似たもの(ファイアスターター)を取り出した。

「お手間掛けます。それじゃ、見えるように灯りを点けますよ」

「じゃ、タバコの前、失礼します」

 手元が明るくなると、カチカチシュッシュッと擦って着火し、上手くタバコに火を点けた。

「いやぁ、ありがとう」

 タバコの火がついたとき、ジャカはハッとした。

 どうして手元がこんなに明るいのだ。目の前の男はランタンなどを持っていないのに! それだけではない。ちょうど、男の目の高さにタバコの火が映り込んでいる(・・・・・・・)ではないか。目元は見たこともない、半透明の板きれ(ワンレンズ)が掛かっているので、ハッキリと見えない。だが、顔の下半分はハッキリ見える。髭面の男だ。

 一瞬前まで、そんな気配はまったく感じられなかった。完全に景色に溶け込むような存在感のなさとのギャップにジャカは驚いた。同時に、そこにいる人物が誰なのか理解した。

(こいつが、マイヨやアントネッラが言う、ハーランってヤツか!)


256:【OPERA】ツケは結局、一番弱い者にまわってくる2023/04/17 20:00

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