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254:【OPERA】青天の霹靂か予定調和か? ハーラン劇場開幕

前回までの「DYRA」----------

 マイヨが手に入れた情報から、ハーランの意図を読み解き始める。だが、肝心のハーランの行方がわからない。そんな中、RAAZはアンジェリカたちと動くロゼッタを案じる。そのロゼッタはひとり、命令を実行しようと動き出す。しかし、状況がさらに悪化したことを示唆する情報を瓦版で見てしまう。


 アニェッリの西にある宿屋で、早速部屋へ入ると、ロゼッタは瓦版に目を通した。

(大公と、会長を裏切った錬金協会と、ピルロ)

 またしても、ロゼッタたちにはまったく馴染みのないオンデマンド印刷だ。白黒とは言え、ご丁寧に写真も掲載されている。だが、そこへ興味を引かれることはなかった。正確には、興味を示す余裕がなかった。

(あのときのマロッタで……)

 サルヴァトーレ(RAAZ)とアンジェリカが話していたあのとき、ロゼッタは直感的に会長へ面倒を起こすと確信にも似た気持ちを抱いた。

(やはり)

 あのとき感じたことは杞憂ではなかった。自分の感覚を信じて良い。キリアンと別れた後、すぐに秘密の通路を使って抜け出したのは正解だった。それでも安心はできない。向こうもバカではないのだ。自分を探しにアニェッリ全体に網を張り巡らせるだろう。

(早く動いた方が……)

 アニェッリは都だ。四方に関所に相当する門や警備詰め所がある。昼下がり、メレト側から到着したときに馬車で入った東側は人や物資の往来が激しいため、門はあのひとつだけだった。そこを通って中へ入れば道は自ずと中心街へ繋がっていく。しかし、西と南北側はそうはいかない。西側は郊外へ出る門とアニェッリの外への門がある。外側の門は断崖絶壁の手前に灯台代わりに使っている古びた要塞がある。そこへと繋がる門が二重門となっているものの、関係者以外の出入りは事実上禁止されている。

(確か会長から……)

 禁止理由は自殺者が多かったからだと聞いていた。

 一方、南側は中心街、郊外、港湾地区、それぞれを隔てる門がある。

(西門をそのまま出れば崖の上になる。ということは、南から出て西へ移動しろということだろう)

 南側は中心街から郊外へ出るだけならともかく、港がある方への移動となると、警備が極めて厳しい。犯罪者の潜入、逃走経路、果ては密輸のルートにもなり得るからだ。ロゼッタは他に方法がないかも考える。残った北側は山賊やアオオオカミ対策で門は四重で非常に厳重、その上壁も高い。噂ではハシゴを掛けたくらいではくぐれないとまで言われている。

(やはり最終的には南側から出るしかないか。ならば)

 一刻も早く動いた方が良い。朝まで待てば、門が閉じられるなど対策を講じられるかも知れない。

(夜でもまだ人通りがある今のうちに出るしかない)

 時間を無駄にすればするほど、選択肢が減ってしまう。ロゼッタは決断を迫られる。

(急いては事をし損じる)

 ロゼッタは手持ちの現金から金貨30枚を取り出すと、ベッドの枕の下へ入れた。そして、部屋の窓のカーテンをそっと開いて様子を窺う。

「えっ……」

 1枚の紙を手にした男たちが数名、人通りある道を慌ただしく走り回っているではないか。時折、道行く人に紙を見せながら尋ねたり、店などへ入っていく様子も見える。

(何かを聞いて、探している?)

 ロゼッタはまさかと思いつつも、カーテンを閉めた。それからコートから中身を取り出すと、ベッドに放った。最後に、荷物から外套を取り出し、バッグを背負ってから外套に身を包むと、部屋を出た。

(あっ)

 廊下を見回すと、勝手口の方へ繋がる通路があった。ロゼッタは忍び足でそこを通り抜けると、勝手口の扉をそっと開いて、抜け出した。

 扉を閉めたときだった。

「──宿屋さん! こんな感じの女、見なかった!?」

 宿屋に男たちの声が響いた。追われているのがもし自分だったら──。ロゼッタは面倒を起こすまいと、雑踏に紛れて歩き出した。下手に走れば目立つことこの上ない。

(急がないと!)

 走りたい気持ちは山々だが、安易に違和感を与える動きは危険だ。ロゼッタは街の人々に溶け込むことを意識する。

つけられて(尾行されて)いることを用心しないと)

 夜、人が集まって混み合っているところはどこかないか。ロゼッタが考えると、すぐ近くに大衆酒場の看板を見つけると、ここだと思う。

 ロゼッタは周囲をごく自然な仕草で見回す。雑踏の中で先ほどとは別の人捜し男のグループが走っているのが見える。早く振り切ろう。そう決めると外套の被りで顔を見えにくくしてから酒場へと入った。

 酒場は人でごった返していた。ほぼほぼ満席で、立ち飲みの空間はぎっしり、という言葉が相応しい状態だ。ロゼッタは待ち合わせの素振りで人混みに紛れて店の奥へ進んだ。酔客は誰ひとり気に留めなかった。ロゼッタはそのまま従業員用出入口へ着くとそこから外へ抜け、別の通りの雑踏へ消えた。

 これを何度か繰り返し、やがてロゼッタは繁華街の西の外れにたどり着いた。

(目立たないように、動かないと、か)

 ロゼッタはアニェッリの中心街の西門がまだ開いていること、まだ出入りがあり、特に顔や身元を確認するようなことをしていないのを見ると、何食わぬ顔で街を出た。

(外側を回って南へ行った方が良いだろう)

 時間は掛かるが走ってはいけない。走れば目立ってしまうからだ。

(今歩いて行ってもとんでもない時間に門へ着いてしまう。誰もいない隙に抜け出すか、今晩は潜伏して早朝港へ行く馬車へ紛れるのか)

 これが最初で、考えようによっては最後の選択かも知れない。考え抜いて決断しなければならない。ロゼッタは歩きながら、頭の中でふたつの選択肢を天秤に掛けた。

 ロゼッタは考えている間、ふと、夕方見た瓦版のことを思い出す。

(錬金協会と、大公と、ピルロ。だが、あのアントネッラが本当に和解したのか?)

 思い返せばあの瓦版には前日と同様写真(フォトグラフ)が使われていた。果たして信じて良いのだろうか。あの写真が逆に信憑性を下げている気がしてならない。大公はサルヴァトーレ(RAAZ)と話をして、盟を結んだのではないのか。それ以上に、ピルロの彼女はあの三つ編み男(マイヨ)と距離が近いのではなかったのか。考えれば考えるほどわからなくなる。何が本当で何が嘘なのかわからない。ロゼッタは考え込むまいと意識した。




 ロゼッタが秘密の家からちょうど出た頃。

 アントネッラは、ベッドとテーブルと椅子しかない、独房よりはマシな程度しかない広さの部屋をくるくると歩き回りながら考え込んでいた。窓にはカーテンのレースが何重にも掛けられており、外の景色はぼんやり見えるのみ。ピルロから連れ出されて以来、未だにここがどこなのかわからない。

 昨日、1年前に死んだと思われた兄ルカレッリとまさかの再会を果たした。本当なら奇跡のような、いくらでも喜んで良い出来事のはずだ。しかし、現実は違った。

(お兄様は、髭面の手で転向させられた)

 ルカレッリは去年の周年祭での悪意をあろうことかハーランの機転で回避し、彼の手引きでトレゼゲ島へ行ったり、この世界を変えるための準備をしていたというのだ。

 直接話した限り、ルカレッリには考える力もちゃんとあった。あれは酒や薬の類でおかしくなったのではない。1年という時間で今までとは違う価値観が付与されたと言うべきだろう。これまではマロッタやアニェッリに並ぶ、いや、超える街にするべく発展させたいとずっと願ってきた。再会した今もそこは変わらなかった。だが、決定的にして大きな相違がいくつか出てきた。ひとつは、錬金協会を変えることで世界全体をもっと発展させようと舵を切った点。もうひとつは、長いロードマップの過程で脱落者が出ることを折り込み、彼らを見捨てることも厭わない点だ。後者はアントネッラの知る限り、以前の彼からは考えられなかった。ハーランに焚きつけられたのではないか。

(転向? あれは変節って言った方が良いかも)

 そして、ルカレッリとわかりあえない点があとひとつある。

(髭面と、マイヨ)

 事実上、ルカレッリの後ろ楯はハーランだ。欺されているとしても、信じることになったきっかけは、自分がマイヨと縁を持ったときと同様、助けられたからこそだ、と。

(私にとってマイヨにあたる人が、お兄様には髭面だなんて……)

 自分がマイヨへ絶大な信を置いているように、彼にとってはハーランがその対象だ。自分がハーランに何をされるかわからない状況に陥ったことを話しても、信じられないと言いたげな反応だった。アントネッラは、この問題が解決しない限り、和解の道はないかも知れないと痛感する。事実、話を終えた後、この部屋へ連れて行かれ、外から施錠されてしまった。朝食と昼食、それに飲み物などを運んできたのは例のクリストと名乗った小柄な少年だったが、警戒されているのか、大柄な男をふたり帯同させていた。

(お兄様と話したあと、私はここに連れて行かれて、パルミーロは……)

 ルカレッリの口振りから、パルミーロはハーランの手でどこか別の場所に連れて行かれてしまったかも知れない。最悪、危害を加えられた可能性だってある。何とかしなければならない。今、やるべきこととしてわかっているのはふたつだけだ。

(ピルロへ戻らなきゃ! あと、マイヨへ昨日からの出来事を全部伝えないと!)

 このまま、ピルロへルカレッリが帰還するようなことになれば、街というより、街の人々が大混乱に陥るのは火を見るより明らかだ。何せ、死んだことになっているのだから。そのルカレッリは一体、今、どこで何をしているのか。一晩どころか丸1日経過しているのだ。何らかの動きがあったとしても何も不思議なことはない。ある意味、時間が命と同じくらい大事だ。


 アントネッラは、やるべきことをやるにしても、何からどう手をつければ良いか懸命に考える。

(逃げるにしても、ここがどこかわからないと! それがわかれば、次の選択肢が出る)

 ピルロを連れ出されてからの顛末を思い出す。荷馬車に乗せられたとき、幌のおかげで外の景色をほとんど見られなかった。それでも何も見えなかったはずはない。揺られ続けて疲れて眠ってしまうまで、どう移動したか、時間がどれくらい経っていたのか何か手掛かりがないか記憶の糸をたどる。

(端を渡って、左へ曲がった。だから、川下へ向かったのは間違いないのよ)

 荷馬車にしては、結構速かった気がする。

(左へ曲がって、最初の方は結構舗装された道だった。でも、結構揺れるからそれで疲れて途中で寝ちゃった)

 もし目が覚めたとき、夜だったらそれなりに寒かったはずだ。部屋に火を焚いてはいなかった。

(ピルロから夕方までには着ける、ってことよね)

 それなら選択肢が絞られる。マロッタは森を挟んだりする都合、意外と時間が掛かるものの、時間的には辛うじて選択肢に入る。数時間で行かれるなら、近道を通るフランチェスコだ。ペッレではやはり遅めの時間になってしまう。

(考えられるのは、マロッタ、フランチェスコ、ペッレのどれかってことね)

 錬金協会の人間が朝早くからやってきた。あんな朝早くから来ることができたのは、前の日の深夜から移動したからだ。

(山賊とかの心配がないなら、最短なのはフランチェスコよね。でも、マロッタは馬車ではなくて早馬で行けば、パオロであらかじめ荷馬車があれば……)

 ペッレの選択肢がほぼなくなった。事実上の2択だ。

(お兄様がいた。だとすればどっちに匿うだろう?)

 トレゼゲ島に行って、戻ってきた。そして、調べ物をたくさんしていた様子だった。

(島へ行ったなら、デシリオからってことよね。なら、逆にデシリオから目立たないで移動することを考えたら、ペッレかフランチェスコになるわ)

 先ほどの条件と組み合わせれば、ペッレは選択肢からなくなる。

(錬金協会から来たって言っていた。なら、連れて行かれた先は、錬金協会の建物よね?)

 錬金協会と言えば、会長が変わったという。あのRAAZは毎年フランチェスコで陳情みたいなものを受けるイベントをやっている。ならば、迂闊にそこへルカレッリを匿うだろうか。反会長派は副会長がマロッタにいることもあり、そちらの方が誰かの目につきにくいのではないか。

(でも、会長がいなくてある意味、もぬけの殻なら……)

 フランチェスコ!

 あとは、外を何とかして確かめるだけだ。

 アントネッラは施錠された扉へ近寄ると耳をそばだてた。人が歩いて近づいてくる気配はない。次に椅子を持って、窓の方へと近寄った。

(お行儀悪いけど、気にしている場合じゃない!)

 窓の外を見ようと、椅子の上に乗った。恐らく、採光を考えてレースのカーテンにしたのだろう。アントネッラは内心、そんな大人しくし続けてたまるものかとばかりに、何枚も掛けられたカーテンの角のあたりを1枚ずつ、同じ箇所を小さく破った。

(外が見えれば!)

 夕方の街が見える。人通りが多く、時計台が遠くに、そして錬金協会の建物が近くに見える。アントネッラにとってそれは見覚えがある光景だった。近場には手入れが行き届いた庭が広がっており、敷地の中と外は壁と大きめの門で隔てられている。

(フランチェスコ……! しかもこれっ!)

 アントネッラは小さい頃のことをふっと思い出した。

(えっ……ここもしかして、西の都の出張所みたいな場所?)

 ここがどこかはわかった。何と運が良いのだろう。というより、まだ自分は運に見捨てられてはいなかった。アントネッラは心の底からそう思う。ここならわかる。外に出ることさえできれば、ピルロと往来する行商が集まる店に助けを求めることもできる。

 希望がわいてきたときだった。

 扉の鍵が開く音が聞こえる。

 アントネッラはとっさに、椅子から降りて、テーブルの近くまで持って行くと、何食わぬ顔で座った。ほぼ同時に扉が開いた。

 やってきたのは、またしてもクリストだった。

「すみません」

「何よ」

 アントネッラが気持ち鋭い声で返す。

「ここを出ていただくことになりました」

「え?」

 内心、出られるなら好都合だと思う。

「帰れるってこと?」

 クリストがそれまで見せたこともないような不敵な笑みを浮かべる。

「帰るなんて言わないで下さい。ものすごく面白い、きっと二度と見られないであろう、素敵なお芝居をご覧いただいてからでも遅くないと思いますので」

「はぁ!?」

 一体どういうつもりなのか。アントネッラは思わず声を上げた。

「まぁまぁ。そう興奮しなさんなよ」

 声と共に、それまで扉の脇、死角になる場所に立っていたハーランが姿を現した。手には2つ折りにした2枚の紙。

「イライラするのはお肌にも悪いんじゃないかな?」

 言いながら、紙をアントネッラに差し出した。

「最新作で最先端なお芝居の演目のご案内(パンフレット)だよ」

 アントネッラは受け取ると、紙を広げる。瓦版だった。

「……えっ!?」

「2枚目だけど、それを見るのがキミが最初だ。まぁ、明日の朝には大騒ぎになるだろうけどね。はははは」

 アントネッラは見出しと写真(フォトグラフ)を見るや血相を変えた。



 アニェッリ大公と錬金協会、ピルロと和解!


 アントネッラ市長、ピルロへ帰還! 錬金協会との合同事業へ



(私、こんなの知らない!)

 このままではとんでもないことになる。アントネッラは最悪の事態を予感し、恐怖を抱いた。同時にハーランが一体何を考えているのか、想像できなかった。


254:【OPERA】青天の霹靂か予定調和か? ハーラン劇場開幕2023/04/03 20:00

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