252:【OPERA】あの頃に戻るためなら、『文明の遺産』でも餌にする
前回までの「DYRA」----------
マイヨに案内されたのは、かつてあの悲劇が起こった地だった。RAAZは話し合いを中座すると、「あの日」の惨劇現場へ足を運ぶ。記憶によみがえる絶望の瞬間。RAAZは苦しみ、呻き、涙をこぼす。影からそれを見たDYRAはそっと、彼を抱きしめた。
「外してすまなかった」
会議室に戻ったRAAZを、何事もなかったような表情でマイヨが迎えた。
「何か、スッキリして『覚悟が決まった』って顔しているなぁ」
「まぁ、な」
マイヨはRAAZの雰囲気が少し変わったことにすぐ気づいた。言語化するには難しいが、憑きものが落ちた、とでも言うのだろうか。
「じゃ、DYRAが戻ったら──」
言った矢先、DYRAも戻った。彼女もまた、先ほどまでとは雰囲気がまったく違う。心に少しだけ余裕が出た感じだ。マイヨはふたりが多少なりともわかり合ったのだと安堵した。
「でさ、これからのことだけど」
マイヨがテーブルを指差して切り出した。2冊の日記帳の他、タブレットが2台置いてあったはずだが、今は1台のみ。なくなった1台の代わりに、恐ろしく薄っぺらい紙が2枚置いてある。どうやら、席を外している間に出力したのだろう。
「言いたいことは色々あるんだけど、いったん溶解紙で出した。それはアンタが読んでおいてくれれば良い」
RAAZは紙を手に取ると、サッと目を通す。
「何?」
険しい表情でマイヨを見る。
「俺がハーランのヤサでヤツが隠し持っていた記憶媒体を手に入れた。で、そいつの中にあった中身がそれ。要するに、アンタにたたき壊された世界を元通りにする、文明再興計画のロードマップだ。でも、ここで延々と内容を論じるのは時間が惜しい」
その通りだ。
「ざっと解析したけど、ご丁寧に、『陛下』自身が残したプランだ。ファイルの出力日時は世界が焼かれる少し前。つまり、アンタにやられる前に誰かに『自分を救出するための手順』を伝えた、というべきかな」
「救出手順を人間に託すとか、何考えているんだ。それに、ガワが紡績さえないようなこんなチンケな文明じゃ……」
RAAZはハッと目を見開き、自分で言いかけた言葉を最後まで紡ぐのを止めた。
「アンタ、気づいたな?」
「……超伝送量子ネットワークシステム」
「あたり」
マイヨがおどけた表情で頷く。と同時にバン! とテーブルを叩く音が部屋に鳴り響いた。数秒ばかり、水を打ったように場が静まりかえった。
「……くっ」
RAAZだ。
「ハーランが『トリプレッテ』を要求した理由がわかった。政府の連中、ミレディアの作ったものを把握していたのかっ!? 何が『陛下』だ! 彼女はあのクソペテンに縋る奴らとそれを利用するクズ共に愛想を尽かしたんだぞっ!!」
RAAZとマイヨのやりとりを聞いても、DYRAは彼らが何を言っているのか皆目わからなかった。辛うじてわかるのは、『トリプレッテ』が重大な何かで、ハーランへ渡してはいけないこと。これだけだ。
「そうだね。アンタを爆誕させたときからドクターはもう、『成功するかどうかわからない計画』より『この世界から逃げろ』に舵を切ったんだ。もう『打つ手がない』ってね」
(RAAZの女は、殺される前に逃げるつもりだったのか?)
「……で、そのクソペテンのご意向にハーランが沿う、だと」
RAAZが毒づいた。
「そういうこと。そして『文明の遺産』なんて呼ばれている俺たちの世界のノウハウをほしがる連中と結びつこうとしている。これは最悪のコラボレーションだ」
マイヨは言いながらピルロで入手した日記を手に取った。
「ピルロで手に入れた日記によれば、ピルロとハーランはタヌ君のお父さん、ピッポを触媒にして手を組んでいた。そして聞いて驚け、だ」
「まだあるのか?」
「日記の最後の日付は、1年ばかり前だ」
「一年?」
DYRAはオウム返しする。マイヨが日記を広げ、最後に書かれた箇所を読み始めた。
周年祭で街は盛り上がっている。それにしても最近アレッポがおかしい。錬金協会の内通者と繋がっているんじゃないだろうか。あの件が会長にバレたんだろうか。ハディットさんの身は安全だろうか。それも心配だ。でも、こっちから連絡する手段もない。表だって動けば、皆を巻き込んでしまう。せめてピッポさんと連絡が取れれば良いのに。ハディットさんのことがどうにも心配だ。
マイヨが読み上げ終えると、DYRAは戸惑った。
「どういうことだ。ピッポは、タヌの父親はハーランから逃げたんじゃないのか!? その日記の通りなら、ピルロを間に挟んで繋がったまま、とも解釈できるぞ?」
「DYRAの言う通りだ。そこは2冊の日記を突合して正確に分析したい」
そう言うと、マイヨはタブレットのカメラ機能を使い、日記のページを見開きごとに撮影していった。その様子に、DYRAは怪訝な表情でタブレット画面をそっと覗き込んだ。
(日記を書いたりしないでガラスの板に写し取れるのか!?)
ハードカバーの厚めな日記帳を数分も掛からずにすべて撮影すると、マイヨは次に、ピルロで入手した日記も同じように撮影した。
「ISLA。ピルロの日記は、植物園で手に入れたと言ったな?」
「言ったよ?」
「まさかその日記を書いたのが小娘だったってことか?」
「いや、日記を読む限りこれはルカレッリ、殺された双子の方だろう。アントネッラはハーランを蛇蝎の如く嫌っている。何せ『髭面』呼ばわりだ。繋がっていたならその辺の矛先が鈍ったはずだ」
「お前が相手じゃ小娘如き、細かいところで誤魔化すのは簡単じゃない」
「それに、もしアントネッラが繋がっていたなら、子犬君の態度とかでも伝わってくるはずだ」
マイヨの言い分はその通りかも知れないとDYRAは思う。
「そうなると、気になることが出てきた」
「何だい、DYRA」
「ハーランとピッポは袂を分かった。日記ではハーランとピルロが繋がっている。そして、ピルロはピッポとも繋がっている。そのピッポは、都の関係者がついている」
「アニェッリとハーランが裏で繋がっている可能性、か」
RAAZが呟くと、DYRAは頷いた。絶対にないとは言えない選択肢だ。
「政治家は常に全部の選択肢を乗せる、か」
「RAAZ。アンタの密偵さん、大丈夫なのか?」
言われてみればそうだ。昨日、確かアンジェリカたちと一緒に出発している。RAAZは面倒事の予感を抱く。そんなRAAZの渋い表情に、タヌはロゼッタを案じた。
「リマ大公と一緒にアニェッリだよな。行った方が良くないか?」
「私が動く。DYRAとガキは状況を確認するまで休ませるのも兼ねて、安全のためメレトが良いか。ガキが起き出す前に一気に送り届ける」
時間が惜しいのではないか。タヌさえ休めれば問題ないのでは。自分だけでもピッポを追った方が良いのではないか。DYRAはそれらを言おうとしたが、RAAZが軽く制する。
「言っておく。キミとガキにとっては恐らくノンビリ過ごせる最後の時間になる。幸い、今ならあそこはもぬけの殻も同然だ」
休んでいる場合ではない。そう言い返そうとしたが、タヌにとっても最後の休憩になるなら、休ませるべきかも知れない。DYRAは不本意ながらも同意した。
「俺はハーランの足取りを追う。アントネッラが連れて行かれた件も情報が全然ないからな。人工衛星で追跡できるところまでやって、あとは足だ。あと、アンタにひとつ頼みたい」
「ん?」
「キエーザとはどうやって連絡取れば良いかな?」
「錬金協会監査部のジャカ宛で手紙を出せば良いんじゃないか? ただ、ディミトリたちに見られている可能性があるから、気をつけた方が良いぞ?」
次の行動は決まった。
「まずは、ロゼッタと合流だな。もう、こんな状況だ。これから先を考えれば、彼女には直接的なところからは手を引かせないと」
「それが良いと思うよ」
「しかし、人手が足りないのも本当のところだ。比較的安全な方で、アレの封を外してもらう必要があるな」
「アレ?」
「ああ。ミレディアはアレを守るために、セキュリティロックを3か所に分散していた。だが、東の果てがガキの親父にバレていた。ならさっさと西の果てのロックを外すしかない」
「外すってことは……」
言葉が意味すること、次に何をしようとしているのかを理解したマイヨは確認するような視線をRAAZへ向ける。
「ミレディアが遺したものは、絶対にハーランにも、愚民共にも渡さない」
DYRAはやりとりを聞きながら、タヌに何かと良くしてくれたロゼッタのことを思い出す。そして彼女の無事を祈った。
252:【OPERA】あの頃に戻るためなら、『文明の遺産』でも餌にする2023/03/20 20:00
252:【OPERA】あの頃に戻るためなら、『文明の遺産』でも餌にする2023/07/27 13:12